これからはペース戻します許してください!なんでも(ry
GPDとGBNの操作系統は同じだ。
理屈としては開発に携わったスタッフが一部同じであることにある。もちろん、相違点は存在する。
その最たるものは操作した時の重さだ。
GBNの場合プレイヤーの脳を騙すことによって成立する。GBNのVRデバイス擬似的に重さや振動、衝撃を感じることが出来るのに対し、こちらはもっと直接的な重さが操縦者にフィードバックされる。
何せ、GBNにはリミットがかけられているのだ。
脳を騙すというだけあって、その分のリスク・マネジメントもしっかりしておかなければ会社もGBNも消し飛びかねないからだ。そのため完全なリアルから一歩及ばない程度に抑えられている。
だがGPDはプレイヤーに直接的なダメージというものが存在しないため、一つ一つが容赦ない造りとなっている。
レッドフレームが試すように、フィールドを飛び回る。
GPDに設定された戦闘フィールドは荒地。乱雑に聳え立つ岩は遮蔽物として役に立ちそうだ。だが、逆を言えばそれくらいしかない。
天候は曇り。だが雨雲というには色が薄いためビーム兵器の減衰も期待しない方がいいだろう。
ソードメイスを素振りし、動きを確かめる。
若干オルタナティブとの解釈違いズレこそあれど、概ね自分の操作スタイルに沿った造りに調整されている。否──
オルタナティブの根幹はナユタとシバにある。クセが多少似通っているのはなんらおかしくはないのだ。
特にナユタはスピード主体なのに対してシバはパワー主体。
オルタナティブは基本その両方を受け継いでいる。そりゃバレるわけである。
「リハビリは充分か?」
眼前に待ち構えるシバが操る異形のアストレイがしゃんがしゃんと音を立ててこちらに歩み寄る。
「あんた……確かレッドフレームユーザーだったよな……」
カナタは二重の意味で口を開いた。
一見ロードアストレイをベースにしているように見えたが、もしかしてこれはレッド→ロード→現在の異形のアストレイと言った具合に変遷をたどったのか。元々シバの使用機体はレッドだ。
ロードアストレイの公式キットは現状リリースはされていない。だとすればアストレイの始祖であるプロトタイプシリーズをベースに改造したと思うのが自然なのだ。
「にしたってえらい変わりようだ。イメチェンってレベルじゃねえだろ……そいつァ」
「なに、コイツで500戦以上やったのさ。壊し壊されては直し改造し改良しそして壊しGPDに特化させた──俺の相棒、レッドフレームの行き着く先──アストレイ・ノーネイム」
ノーネイムはカナタのレッドに歩み寄り、お互いの得物が届く範囲まで詰め寄る。そして──
「オイ、何呆けてんだ──間合いだぜ?」
「ッ!」
最早反射だった。
振り抜かれたソードメイスはノーネイム目掛けて振り下ろされる。だが当然の如くシバは読んでいた。一撃は見事空振り、地面を叩きつけるだけで終わる。そして──
ビームサーベルを抜き放ったノーネイムがレッドフレームの背後に回り込み、袈裟懸けに斬りかかった。
「チィッ!」
背後に回るのはセオリー通り。おいそれと叩き斬られるほど間抜けではない。振り向くより先に左腰部のサイドアーマーにマウントされたガーベラストレートを抜刀し、ノーネイムが放つ一撃をしのぐ。
スピードは相変わらず速い。一瞬でも油断すればスクラップにされる。
機体はありがたいことに高水準で出来上がっているおかげで、ここで負けても機体がダメだったなんて言い訳にはならない。それに一度奴には勝っているのだ。
「へぇ、防いだかよ」
ビームサーベルと対ビーム処理が施されたガーベラストレートが衝突し、火花を散らす。パワーは当然ノーネイムの方が上。ならば──
頭部に装備された2門のバルカン砲、イーゲルシュテルンのトリガーを引く。弾丸がノーネイムの装甲に命中しけたたましく被弾と共に火花を散らす。
「野郎……ッ」
たかがバルカン、されどバルカンだ。Gジェネなどのゲームではダメージ調整武器だったりするが、こういったゲームでは立派な飛び道具だ。
このままではノーネイムの強化された装甲でもひとたまりもないと判断したノーネイムはシバの毒づく声と共に後方に跳び避けた。
そして右肩部のマント型装甲がパージされ、ライトアーマーに装着される。露骨な砲撃形態にカナタは咄嗟に機体を岩陰に飛ばした。ただただ横に動いたところで偏差射撃でぶち抜かれるのがオチだ。
「そんな石ころで防げると思うなよ──貫通させる」
籠手状のアームの先端から一条の光芒が放たれる。ビームライフルなんて生易しいものじゃない──ストライクフリーダムが持っている腹ビーム並みの高出力ビームがレッドフレームが隠れた岩に直撃した。
「しまっ──」
確かに岩如きで防げるはずが無かった。岩は砕かれ、衝撃波と減衰したビームがレッドフレームを襲う。咄嗟にソードメイスを盾にしたものの、無傷で済むという虫のいい結果にはならず。
衝撃波で爆風に流され吹っ飛ぶレッドフレームを前に、ノーネイムが追撃と言わんばかりに飛び掛かる。このままでは殺られる──ッ。
瞬殺。GPDのブランクを理由にして負けるのか、俺は。始まって3分も経っちゃいない。まだカップ麺が堅いままだ。
脳裏に浮かぶ敗北のビジョンを前にカナタは吼える。
「まだだぁッ!!」
抜き身のガーベラストレートとソードメイスを駆使し、連続で振り下ろされる攻撃を次々と防ぐ。
有無を言わせぬラッシュ──そうだ、俺はこの男から学んだ
思考させる前に叩け。
その教えが今この瞬間、カナタ自身に牙を剥いていた。
拭い難い敗北の記憶。
攻撃をいなすたびにフラッシュバックする記憶が忌々しかった。そんなもの、あとでゆっくり思い出してやる、だから今この瞬間だけは思い出してくれるなと、必死に抑え込む。
ここで思い出すのは戦闘の邪魔にしかならないのだ。──えぇい、気が散る。
レッドフレームが携えた2刀の防御を縫って振り上げる、一撃。
完全にGPDに最適化されておりGBNでの交戦とはまるで訳が違う。ナユタが生きていた頃以上の力をもって殴りかかるそれを、レッドフレームは上半身を逸らし紙一重でかわす。
「貰った!」
「ッ!?」
右半身にセットされたマント型のアーマーに隠れたライトアームが伸びる。
一見何ももっていないように見えるそれは、手甲型の装備が施されている。そしてそこから発せられる緑色の閃光。
──ビームサーベル!?
ライトアームからビーム砲を撃てるのだからサーベルを形成したっておかしくなかろう。砲撃ならチャージ中に回避が出来ただろうが、生憎サーベルは発生が速い。コックピットの直撃を避けるべく横に向かって地面を蹴った。
が、無情にもビームが装甲を穿つ音がこの殺風景な戦場に木霊した。
千子村正を持つ左肩が穿たれていた。
「チィッ!」
緊急でレフトアームをパージし、追撃の一太刀を避け返す刀でレッドフレームは頭突きを放つ。
蜥蜴の尻尾切りめいてはいるが、このまま貫かれて動きを封じられては撃墜されていたので安いものだ。頭突きを貰ったノーネイムは軽くよろける。
この瞬間を待っていた。さぁ、逃すな。
想定外の一発を貰った一瞬の隙を縫って、レッドフレームはソードメイスを手放し入れ替わりにバックパックにマウントされたビームサーベルを抜刀。そのままノーネイムに振り下ろす。
──浅いッ!
手応えがなかった。間違いなくビームサーベルの刃渡りに届いていたのにも関わらず、だ。
「忘れたかよ、イズミ弟……対ビームコーティングはGPDじゃ必須スキルだ!」
対ビームコーティング処理。実体兵器には弱点がある。そう、重量だ。
基本重量が高いお陰で機動力が殺されてしまったりすることは多々あるのだ。そのため、ビーム兵器がメジャーになると思われたが、環境というものは案外上手く出来ており、どいつもこいつも挙って対ビームコーティング処理を施すようになってしまったという背景がある。
「ニセモンの戦場に浸かった結果がそれか……情けねえ。数年前トーシロだった頃の方がマシだったぜ……!」
シバの口から吐き捨てるような、一言がカナタに叩きつけられた。そして──
「全力を出すまでもねぇ……壊れろ!」
無情にもノーネイムのビームサーベルの突きがレッドフレームのコックピットに吸い込まれるように放たれる。
ふざけるな、ここでコケにされて壊されるのか。カナタは舌打ちしながら機体を動かす。
避けられない攻撃じゃない。
──まだだ! まだ終わっちゃいない!
力一杯にカナタは操縦桿を倒す。そしてレッドが動くより先に──
ノーネイムとレッドフレーム。2体の無機物だけが壊し合う世界が暗転した。
「ちっ、落ちたか」
シバの毒づく声が冷えた空間で乱反射する。GPD筐体が限界を来たし電源が切れてしまったらしい。
ノーネイムとレッドフレーム。糸の切れた人形2体がぶらりと筐体の冷たい金属板のうえで横たわる。
2機が壊れるより先にGPDの筐体が先に根を上げたらしい。
ビルの闇で見えなくなったシバの舌打ちが聴こえてきた。
「ここまでか……まぁいい。偽りの楽園でテメェでテメェを貶める真似はもうよすんだな」
何が偽りの楽園だ。
何が偽りの戦場だ。
何が──
彼からすればこれは善意なのだろう。きっと。けれどもカナタからすれば余計なお世話なのだ。
始まりは皆同じだったのに。
あのプレハブ小屋が解体された時もう二度とあの日には戻れないという絶望込みの確信があった。このまま空中分解して自然消滅するものだと思っていた。
だが
先の交戦で放たれた明確な殺気の籠った一撃はかつてのシバとは似ても似つかぬものだった。
何が彼をそうさせる。そんなものは決まっている。──GBNに対する憎悪だ。
ソードマンとは一応、その憎きGBNの盾として成り立っている。
それが知り合いとなれば放っては置けないのだろう。だが──
「断る」
明確な拒絶が気付けば口から出ていた。
「……テメェがどう吼えようが俺は壊すぜ、あの綺麗事だけ並び立てただけの逃げ先として作った世界を」
シバの立ち位置が、自分にとってどうなのかが明確になっていく。
尤も、最悪な形ではあるのだが。
「逃げ先?」
「GPDが終わった事情はお前も知っているはずだ」
そう。一時期は酷いものでGPDの特性を悪用した連中もいた。だからこそナユタとシバは有名な
だがしかしその流れは止められず縁尾町の自治体も痺れを切らし焚書紛いのことを始めたことは覚えている。大人たちがプラモデルから子供を守るだなんて大層なお題目を掲げていたことも。
それでいくつもの店を無責任に潰していたことも。
最早GPDをリリースした企業には割りに合わない状態であった。クレームやら何やらでまともな業務も立ち行かないという有様だ。提携先との手も切れるか否かの瀬戸際でGBNというGPDの特性を一部引き継いだものが完成したのはタイミングとしては最低でもあり最高だった。
なんせGBNであればその辺のリスクもある程度回避できるメリットがあった。なんせ目立たないのだ。顔をも知れぬ正義の味方気取りに筐体を破壊されることもない。
運営していた企業側も自治体、下手すれば国に刺されるのは望まないところだし、炎上し続けるものを放置しているほどマヌケでもなかった。その結果……GPDを切り捨てた。
システムの注目度とリスク回避を考えればGBNにシフトするのも仕方ない流れだ。だが、GBNを始めた所でGPDで得て来たものが戻って来る訳でも無かった。
そんな後ろ暗い理由でちゃんと楽しめるかと言われればシバからすればNOなのだ。結局のところ悪意が見えなくなっただけで無くなった訳でもない。根本的な解決にはなっちゃいない。
だがGBNを壊して何をしようと言うのだ。GPDが戻る保証なぞどこにもないのに。不発弾みたいなものを掘り起こすよりGBNを復興させた方が割りに合うのだ。
あの忍者のようなユニコーンとエレガントではないエピオンを従えてこいつらは壊した先に何を見出していくのか。
「逃げ場にした偽りの世界で俺の作ったブレイクデカールに手ェ出して浅ましく自滅していく。奴らにはそれがお似合いだ」
「逃げ道を奪ってどうするつもりだ。GPDとあのプレハブ小屋が戻って来るなんて保証をあんたがするんスか。GBNをやっている奴らを巻き込んで踏みにじる道理なぞねェよ──この世の何処にもだ」
「お前の後ろにいる奴らが石を投げてもか。お前が守っているものにそこまでしてやる義理があったのかよ? 薄っぺらいオトモダチごっこをしている連中がやるガンプラごっこを守って、後ろから刺されるなんて中々イカれてやがるぜ」
シバの問いにカナタは何の臆面もなく頷いた。
シバにとってGBNは所詮そういうものなのだろう。だがカナタには引き下がらない。譲れないものがそこにあった。
「……あぁ。義理なら、ある」
「馬鹿が……!」
シバもカナタもとっくに気づいていた。GPDを失った者同士同病相憐れむが、その先の未来においてはお互い相容れないということも。
自分たちから居場所を奪った大人の勝手な理屈も、その理屈を加速させる真似──GPDを悪用した連中も気に食わない。
GPDの過去がかけがえのないものであることも。無理くりGPDのサービスを強制終了させた大人たちに思うところだってある。
そうだ、ここまでは同じ。
もしかしたらカナタもシバも立場が反対だったことだってあり得ただろう。
だが──なんだというんだ。
根っこが同じ、だからなんだ。
お互いの心の中が分かったとして近親憎悪を引き立てるだけなのだ。言葉を交わせば交わすほどあり得たかもしれない自分自身を幻視して拳を叩き込みたくなるだけだ。
「テメェの渇きと絶望から目を逸らし、偽りの楽園で生きて……テメェはいつまで逃げ続けてやがる!」
シバの咳を切ったような叫びがこの乾いた一室に木霊する。売り言葉に買い言葉と言わんばかりにカナタは返す。
「それはアンタもだろう! アンタのやろうとしていることも目の前の現実を見ちゃいないだろうが! いつまで兄貴とGPDに囚われてやがる!」
過去に囚われるのはダメ。未来だけを見ろなんて言う頭のおかしい話じゃない。
上手く折り合いを付けろ。それが人として正しい在り方なんだとカナタは叫ぶ。だがシバがそんな大人ぶった小僧の戯言で折れるほどヤワではなかった。
「囚われる……? そんなのお前が言えた義理かよ。何故アストレイやらアイツの必殺技を引き継いでやがる。いつまでかつて俺たちがしてきたことの後追いを続けてやがる……テメェもそうだろうがッ!」
「…………」
返す言葉が無かった。自分も過去が呪いとなっているのだ。シバのことを笑える義理じゃない。
──カナタは過去に意識を沈める。
GBNを始めたのは、端的に言ってしまえばかつてあった自分の居場所を取り戻したかった。それだけのことだ。
家族が死んでからというもの、住んでいた家が広く感じた。本来あるべき母の声も、父の声も、兄──ナユタの声もない。
朝起きたら当たり前のように置いてあるはずのご飯もないし、自分の帰りを迎えてくれる家族の姿もない。
静寂がただ虚しかった。けれども死んだなんて認められるほど昔のカナタは物分かりはよくなかった。
もしかしたらプレハブ小屋に行けば皆いるかもしれない……なんてあまりにも空虚な期待もしていたけれども、プレハブ小屋の連中は誰も来なくなっていた。
仕方のないことだ、身内の一人が死んだのだ。いつも通りにやれるはずがない。
テレビの向こう側の出来事がまさか自分の身の回りで起ころうなんて。ヘリオポリスの学生じみた思いをきっと、彼らもしていたのだろう。
胸にぽっかりと穴が空いたようや空虚さが幼いカナタを苛んでいた。
そんな中、カドマツがどういう訳か落選していたGBNのβテストの参加権をくれたのだ。GBN、そこに行けばもしかしたらなんてありえない期待を抱えながら……
結論から言おう、いるわけがなかった。死んだ奴が電脳の海に漂っていたらそれこそホラーだ。キンケドゥを前にしたザビーネみたいになること間違いなしだ。
それを自覚した頃には眼前でプレハブ小屋が解体されていた。
俺を置いて行かないでくれ。俺を一人にしないでくれ。解体されていくプレハブ小屋を見ながら心が叫んでいた。
ナユタがいる。シバがいる。コウイチがいる。
一時期は結果的にGPDを上書きするように出てきたGBNに恨みすら抱えそうにもなった。けれども──生前、ナユタの想いを聞いてしまっては恨むに恨めなかった。
『GPDが終わるかもしれない……か。でもいずれはそうなる気はするよ。終わらないものなんてないんだしね。でもさ──GBNが始まるときは皆も一緒に笑顔でやれるといいな……』
そして、自分を突き動かすものはマスダイバーの理屈に対する反感と居場所、そして兄の残した言葉を守りたかった。
根っこはGPDの過去だ。そして無自覚にもシバとナユタがかつてやっていたことの真似事をしている。
シバが言葉を紡ぐ。
「自分自身の気持ちから見て見ぬふりして、馬鹿どもに後ろから刺されまくることが現実を見るってことなら大した理屈だぜ……それにな、戻らねえのは分かってんだよ……そんなのとっくに気付いてんだよ。だがだんまりを決め込んでやるつもりはねぇんだよ……!」
「……あぁそう」
カナタは踵を返す。もうこれ以上語り合った所で互いが譲歩する未来は──皆無。
──なんでこうなるんだよ……!
今のカナタの胸の内にはシバに対する怒りと、決別に対する抵抗感が同居している。拭いきれない過去と過去がぶつかり合っていた。
「また邪魔しようなら俺は……あんたを全力で叩ッ斬る」
喉奥から絞り出すように出た言葉。それは吐いてしまえば簡単だが、後戻りできない一言だった。
「ハッ……俺が間違っているってんなら──俺に勝ってみせろ。俺を、否定してみせろ」
シバの宣戦布告がカナタの耳朶を打つ。シバを否定するということは過去を否定することもカナタにとっては同義。自傷行為に等しいものだった。
それでも、カナタは出口に向かって歩き続けた。そのままドアのない出入口を潜ろうとしたその時、後ろから声がした。
「おい! これだけは覚えておけ。俺の自称協力者が曲者でな……デカい力が動いている、お前が思っている以上にな。……SSS、だ。覚えておくんだな」
「何故それを俺に? それにSSSって……」
敵に塩を送る行為に等しいそれをカナタは訝しんだ。
罠か? SSSなる暗号は一体何を意味しているのか分からず、問いかける。だが返って来たのは返答というにはあまりにも不可解な言葉だった。
「GBN諸共ぶッ潰したいからだ」
協力者を? そんな馬鹿なことがあるか。要領を得ず振り向くと既にシバの姿はこつぜんと消えていた。違う出入口でも使ったのだろうが追う気にもなれなかった。これ以上アヤを待たせるわけにもいかない。
カナタは廃ビルを後にする。
本当に倒すべき者はシバだけじゃないとしたら。そして大きな力が動いているとなると、自分の力ではどうしようもないのだろう。
カドマツに伝えようと思ったが……そうなればシバのことを言ってしまうことに繋がる。堂々巡りの思考をしながら、祭りの喧騒に呑まれた。
◆◆◆◆◆◆
なるほど綺麗な花火だ。
いつまで経っても戻って来ないカナタを待ちながら花火を見上げる。流石地元民だ、目の付け所が部外者とは全然違う。
当の案内してくれた彼は現在絶賛焼きそば買いに行方不明。
一応メッセージアプリで「ちょっと遅くなる! 本当にごめん!」なんて言ってはいたが心配だ。
この高台に来た時、カナタはまた墓前にいる時と似たような顔をしていた。
本人は自覚していないようだったが。やはり家族絡みか。……相当思い詰めているのだろう。
アヤは無造作にGBNのデバイスを起動させ、保存したアーカイブを展開した。
ナユタ、否、GBNにいる亡霊についてはある程度個人的に調べてきている。
あの男は数ヶ月前に頭角を現し、Safety-Security-Softwareというセキュリティソフトの開発会社をスポンサーに次々と他のプロビルダーを打ち倒してみせている。
その動きは圧巻だった。
デビュー戦においてはランカーをノーダメージで蜂の巣に。それ以降も連勝を重ねておりその勝率は7割を超えている有様だ。
そして現状、見事プロ同士のトーナメントに勝ち抜きクジョウ・キョウヤとのエキシビションマッチを控えているという。
かつてのナユタを知る一部の者たちやGPDに詳しい者たちはあのGBNのナユタをこう呼んでいる。「亡霊」と。
なんせカナタ曰く死体は上がっており火葬もキッチリされているのだ。
そして声も似通っており、聞いた限りの情報だと喋り方もナユタそのものなのだとか。
カーボンヒューマンか何かかこいつ。
写真と比べるとアバターの外見こそそのままではないが特徴はちゃんと捉えており、完全に知っている人じゃないと出来ないような顔の作りだ。
こいつは……誰だ。
底知れない不安が胸の内から湧いてくる。
これが身内だとしたらカナタも冷静ではいられまい。大事な家族なのだから。
彼に何をしてあげられるのか。
少し考えもした。ただ部外者が家庭のことに頭突っ込んだところでただの余計なお世話でしかないし、地雷を踏んで傷口に塩を塗るオチだってある。
でも。それでも、だ。
あんな顔をしているカナタは好きじゃない。
ガンプラの話をしたり、カードパックを買いに来たクソガキや屋台のおっさんに喧嘩を売られて大人気なくムキになったり、GPDで戦っていた時に見た横顔を見ている時の方が何倍も何百倍も、何千倍もいい。
「ごめん……待たせた!」
「遅かったね」
噂をすればなんとやら。
レジ袋片手にようやっと帰って来た。
中から出して来た焼きそばが冷めている、買ってからそこそこ時間が経っていたことを意味していた。完全に道草を食っていたこと丸わかりだ。
「何かあった? 凄い顔してる」
「……いやァ屋台が混んでてなァ」
──絶対嘘だ。
平静を装うとはまさにこのことか。視線が露骨に逸れ表情が深く強張り、そこから無理やり笑顔を作ろうとしていた。ガラス細工が可愛く見えるほどに脆い、笑顔だった。
嘘が苦手なんだろうなとか思いながらも、アヤは腹を括った。
──このままほっとくのは絶対に嫌だ。
「ねぇ」
「ん?」
「わたしね──キミが好きだよ。ガンプラのことや色んなことを笑顔で話してるキミが──だから……っ、こう、イズミ君には笑ってて欲しいっていうか、何があっても味方だからっていうか……その……」
「……ぇ?」
尻すぼみになって小さくなるアヤの声。
そしてカナタから返ってくる気の抜けた炭酸のようなぬるい返答。
どう見ても脳が処理落ちしていそうな様子だった。完全に微妙な雰囲気になりながら花火を見上げる。……というかいざ言ってみたはいいがこれただの告白では。
冷静になってみれば一体何をトチ狂ってるんだ。
──待て待て待て待った待った今この瞬間言うつもりじゃなかったんですいや本当に別に付き合うのは別に構わないんですが心の準備というものがですがね!
穴があったら入りたい。というかもう今この瞬間逃げ出してもいいだろうか。いやいやダメだろう逃げたらダメだろう。一生後悔するぞそれは。などとテンパっているアヤを他所にちょっと持ち直したらしいカナタが頭を掻きながら口を開いた。
「悪い、何か今日やらかしんてんなァ俺。うん俺は大丈夫。ホント心配性だなぁ」
笑顔にも種類がある。今この瞬間見せているのは壊れかけの笑顔。何が大丈夫なんだ、一体何が。そこからは特に何も考えていなかった。気づけばカナタを抱きしめていた。
ただ、何処にも行って欲しくないその一心で腕に力を込める。今この瞬間何もしなかったら何処かに飛んでいってしまいそうな気がした。
──逃げるな。少しくらい弱みくらい見せろ。
そうしているとカナタから、ちょっと不貞腐れたような声が聞こえてきた。
「いたい。お前はコブラガンダムか何かか」
「あ、ごめん」
というか誰がコブラガンダムだ。失礼な。
慌てて腕から力を抜くが断固として腕は解かない。それに今更解いたところで、どう取り繕えたものじゃなかった。
──もう知るもんか。
半分ヤケクソだった。心の準備もクソもあったものじゃない。遠くから聞こえてくる花火の音を心臓の音が上書きしていく。
しばらく間を置いてから、カナタがぽつりぽつりと言葉を紡ぎ始めた。
「屋台が混んでたのは半分嘘だ。……別の店探せば一発だもんな。昔の兄貴の好敵手で、俺にガンプラを教えた恩師に会った。ソイツはえらく変わってて……いやぁ、きちぃわ。半分絶縁宣言かましたんだぜ」
声が、震えていた。
何があったのか詳しくはわからないが、ここまで露骨に弱さを見せたのはこれが初めてだ。
「大丈夫。大丈夫だから……」
その言葉に根拠は、一切ない。本当に絶縁かましてしまったのならその言葉は空虚なものと化す。
けれどもカナタならきっと乗り越えられると信じている。そしてそんな彼の痛みを少しでも肩代わり出来るのならいくらでもしてやる。
あんな昏い顔は似合わないから。いつものカナタが大好きだから。
どんなことがあろうが味方だと。強く──
──偽善者め
誰かが、嗤った気がした。
カナタ? いや違う。これは他ならない自分自身の声だ。
──かくしごとをしている分際で何を偉そうに。
──お前はこれからヤツの居場所を壊すの。それだけじゃない、ビルドダイバーズの皆も裏切り壊すんだ。そんなヤツが誰かを救うなんて烏滸がましいにも程がある。
「……っ」
自分の影が出す哄笑を前に、何も言い返せなかった。
腕に込められた力が抜ける。解けそうな腕にカナタの声が引き留めた。
「悪い、もうちょっとそうしてくれるか。……頼む」
「んっ」
横のカナタの顔を見る。暗くてよく見えないがきっと涙を堪えているのだろう。
それを放置して離れられるほどアヤも薄情にもなれず、そして嘲笑う自分自身の言葉にも言い返せない。そんな宙ぶらりんのまま抱きしめ直す。
カナタの心臓の音や呼吸が聞こえる。
少しずつ落ち着いている、そんな気がした。
──ほんと狡い女だ
STAGE39 伝えたいこと
双方どんどん核地雷を的確に踏んでいく鮮やかさ。
しかも当然のように悪意がないのでなおのことタチが悪い。
この状態で宝生永夢ゥ!された場合何が起こるかなんて想像したくもない。
:Safety-Security-Software
ガンダムブレイカー3で出てたセキュリティソフトウェア会社で、本作でも概ね同じ。
ガンブレ3では作中かーなーり重要な働きをしてきます。一体何をしたのか気になる方は是非遊んでみてね(露骨な宣伝)。
:コブラガンダム
Gガンダム27話で登場したドモン・カッシュの対戦相手。ネオインド代表でなぜか登場者はオネエ言葉だった。
次回STAGE40『過去と未来の北極星』
クローズドβテスト時代の話。