急に相手のパワーが上がった。
オルタナティブは膝をつき、機体脚部は硬い地面へ僅かにめり込んでいく。
「ちっ……」
Gサイファーの出力が目に見えて上昇していることに気付いたカタナは機体のスラスターを噴かし、ビームサーベルと鍔迫り合いをやっていたブレードトンファーを滑らせる。
逃げるつもりかと咎めるようにGサイファーの頭部が逃げるオルタナティブを捉えている。奴の身体が動くより速く──もっと速く。
そのままねじ切ろうとGサイファーが上半身を動かそうとした矢先にオルタナティブは鍔迫り合いを脱した。ビームサーベルの切っ先がオルタナティブの眼前で空を切る。
一歩遅ければ撃墜とまでは行かないだろうが、致命傷を貰っていただろう。
あのスタンダードな風貌から一体何処からそんな力が出るのか。いや、違う。
スタンダードだからこそなのか。あの機体は無駄を極力省いている代わりにフレーム単位で構築されている。それは機体の動きから覗かせる部品から見て分かる。
基礎性能は相当高いと見た。
Gサイファーの紅く漲らせる双眸が、オルタナティブの装甲越しにカタナの心臓を抉るように射貫く。
デストロイモードの禍々しい部分だけを抽出したようなそれは、ゲームの世界だというのに自分の命の危険めいたものを予感させた。
「なんだ、こいつは」
自然と言葉が出る。
まるでこれは──シバのノーネイムと対峙した時のようだ。
再度斬りかかるGサイファーに、極めて生物的な恐怖を覚えながらブレードトンファーを振るい応戦する。振り下ろされる斬撃より──
──斬り裂け、奴よりも速く。
そう、念じられた一撃は光が鋭く空間を裂くようであった。
横二文字に振るわれた一撃は見事──
先ほどまでGサイファーと錯覚していたものはエネルギー状のデコイだったようだ。Gサイファーだったそれはモザイク状に消え失せエネルギーで出来たものに書き換わった。
あの機体のデコイはどうもセンサーはおろかカメラも誤認させるのか。むざむざ相手の策にかかった訳だ。
情けない、と嘆くよりも先に斬り裂かれて正体を露わにしたデコイは爆ぜた。
爆音がマイクを叩く。
魂と身体が引き剥がされそうな勢いで揺れる機体が、爆風に押し流されて吹き飛んだ。
咄嗟に肩部の大剣を盾に防いだが、100%シャットアウトできる訳ではない。防ぎきれないほどの爆風を受けたオルタナティブの装甲は確実に傷付いている。頭部のメインカメラの大半が閃光で焼けてしまったようだ。頼れるのはノイズの入ったセンサー類と焼けたカメラくらい。
そう何度も防ぎ切れるものではない。爆煙から抜け出した所で背後にGサイファーがビームサーベルの先端をこちらに向けてドスドスと走り突っ込んで来ている。
このまま串刺しにする気だろうがそうは問屋が卸さない。両肩部の大剣に仕込まれたスラスターを駆使し無理矢理旋回。ライトアームのブレードトンファーを投げつける。
まさか反撃してくるとは思わなかったのだろう。ワンテンポ遅れて飛んできたトンファーをビームサーベルで弾き飛ばす。
その隙にレフトアームに残った得物で、爆風の勢いのままゼロ距離まで詰め──一閃。
「浅いッ──」
咄嗟の判断だったのだろう。Gサイファーは後退しコックピットの外周を掻ききっただけ。返す刀でビームサーベルを一閃。
反撃をかけてくるのは読めていた。無造作にブレードトンファーで防ぐ。──が。
パキン、と。あまり聞きたくない金属が弾ける音が鳴り響いた。
自らを支える柄を失った刃が宙を舞い、地面に突き刺さる。ブレードトンファーが──折れた。
マグナム弾を叩き斬ったツケが回ったらしい。ノーダメージで切り抜けようと欲張った自分の戦術ミスだ。悟ったカタナは一人コックピットの中でボヤく。
「……練り込み不足ってワケか」
トドメだと言わんばかりに、もう一本のビームサーベルを地面から掬い上げるように振るうGサイファーの姿を見て、「ハッ……」と自嘲気味に笑った後……
肩部にマウントされた大剣の柄をGサイファーの方に向けた。
結論から言おう、一撃は避けられた。イノヴェイティヴジャケットの両肩部の大剣には柄の端が向いている側に姿勢制御用のバーニアが仕込まれている。
それを利用して無理矢理機体をバックステップさせることでビームサーベルの間合いから離れる。
イノヴェイティヴジャケットの本来の戦術ならこのまま次に大剣の切っ先を相手に向け、大剣に仕込まれたドラグーンシステムを発動し、射出。レフトライト共々アームを大剣で吹っ飛ばしていた。
が、カタナには懸念が一つあった。
アレがユニコーンガンダムの系譜なのだとしたらサイコミュ殺しのあのシステムを積んでいるはず。ゲームシステム上、アレはドラグーンやGビットすらジャックするシロモノだ。
なれば──
オルタナティブはライトアームで、左側の大剣の柄に手を掛ける。そして──
「ブースト!」
カタナの叫びに応えるように機体のバックパック並びに大剣のスラスターが全開となり一直線に突貫を始めた。
元々このジャケットはエクシア並びにダブルオーを参考に組み立てたシロモノだ。
意表を突く動きが出来るのがこの機体の特色であり、早々に晒すことは避けたかった。それ故のマグナム弾真っ二つという暴挙に出た訳だ。
……まぁブレードトンファーが折れるとかいう本末転倒もいい所なオチになったが。
自分自身を弾丸と変え、コックピットに一直線。
最短で、最速の──一撃。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
無意識のうちに吠えていた。
猪突猛進全速前進。一瞬でゼロ距離にまで詰めていた。
このままいけばコックピット直撃。一発でダメージアウト。
そう、
現実はそう。行かなかった。
行かなかったのだ。だからこの都合の良い話はこれで終わりなのだ。
──この土壇場で上体を捩った!?
だが、コックピットは掠めた。
上体を捩ったことで真正面からの貫通ではなく横からコックピットハッチを一部掻き切った。
慣性のままに、地面の上を滑りながら着地し眼前に広がる邪魔な土煙を大剣で振り払う。
クリアになった視界で視えたもの――それは。
コックピットを軽く抉られ中身が露わになっている。
さて、パイロットの顔くらいは見ておこうとカメラをズームした所でカタナは息を呑んだ。
──あの忍者、ビルドダイバーズの……!
馬鹿な。寝返ったとでも言うのか。
本来いるべき場所にいない彼女にカタナは何をすればいいのか一瞬分からなくなった。しかしカタナは彼女のことをよく知らない。
なので、今この瞬間確かな事を頼りに得物を握り直す。今この瞬間対戦相手であり、マスダイバーを庇う敵でもある。それに
「……自己再生。いや、時間を巻き戻したのか」
まるで
ナノスキン並びに細胞系統の自己修復アビリティではない。エフェクトから察するに没データでも呼び出したか。GBN内部の時間に干渉するような力にカタナは眉間に皺を寄せる。
ブレイクデカールか。と一つの懸念がよぎるがいつものように機体からドス黒い焔を噴き出していないことでその可能性は消失した。
とはいえこの現象は僚機がブレイクブーストを発動した直後に発生している。無関係ではなさそうだ。
ビームサーベルの出力が目に見えて強大になっている。これではまるでビームサーベルというよりハイパービームサーベルだ。
伸びた刀身を真っ直ぐに突き立てるGサイファーにオルタナティブは横に跳び退く。
隙だらけだ。出力に身を任せた攻撃など身を滅ぼすだけだ。
そのまま詰められた距離を使って、大剣で両断するだけだ――と振り上げたその時。
Gサイファーを中心に黒い衝撃波が奔った。斬撃より速かったそれはオルタナティブの――否、カタナの動きを鈍らせた。
「――な、に」
センサー類のノイズやモニターの視界不良が一段と酷くなる。カメラが焼けたとかそんな生易しいものではない。システムがGサイファーを捉えることを拒絶しているみたいだ。
さきほどまでなら狙撃は駄目でも近接戦闘ならだましだまし出来た。しかし今回はそれどころの話ではなかった。
「ノイズが……!」
駆動系に異常は操縦から発生する微振動や音で異常はないことは分かる。
だがモニターのノイズは改善されず。ここで近接戦闘しようならバランスを崩して転倒とか、正面衝突とかあまりにも情けないオチがカタナの脳裏で展開される。
センサーを利用した索敵システムも死に、カメラも依然として閃光で焼けている現状。
目を失ったも同然であった。
こんな所で沈められるのか。
音を頼りに、Gサイファーから離れつつこの状況を脱する方法を思考する。流石にあれだけの相手を音だけで戦えない。漫画でよくいる盲目の剣士じゃないのだ、こっちは。
己の視界に頼るがあまり、目を失った時に払う代償をカバーするだけのものはカタナは持ち合わせちゃいない。
だったら今この瞬間視界を確保する方法を探るしかない。
ふと、先ほどハッチを抉り飛ばされ姿を一瞬だけみせたアヤメの姿がよぎり、カタナは即コンソールを無造作に叩いた。
かしゅん、と音を立ててクリアな外界が露わになる。約20mの高所に吹くごうごうとうるさい風がカタナの髪を酷く揺らした。
ハッチが邪魔なら外せば良い。――そういうことだ。
突然の行動にGサイファーは困惑でもしたか一瞬動きが鈍る。
「頭おかしいよな。……俺もそう思うぜ」
わざわざ急所を晒した状態で戦う馬鹿がいるものか。だがここで急所を晒して勝てる戦いならいくらでもやってやる。自嘲気味に笑いながらもカタナの瞳は一つも笑っていなかった。
ビームサーベルの切っ先がこちらを向いた瞬間、オルタナティブが動き出した。吹き込む風に歯を食いしばり耐えながら、Gサイファーに向かって駆ける。
当然Gサイファー側はハッチという名の盾を失ったカタナを焼き斬ろうとビームサーベルをコックピット目掛けて振るう。
そうだ。防御力ゼロのウィークポイントを狙いさっさと倒してしまいたいだろう。モビルスーツを破壊してしまうよりずっと効率がいいというもの。
「その欲張りさがッ――」
一本。持っていた大剣を全力で投げつける。
ビームサーベルの一振りで弾かれてしまうそれをカタナは苦笑いしながら2撃めともう一本マウントしていた大剣を抜き放つ。
「命取りだタコ助ぇぇぇぇぇぇッ!!」
それでも投げた大剣を弾き飛ばすという一連の動作こそ隙になるというものだ。
一連のモーションまで短縮は出来まい。機体の出力を全開に一撃を叩き込む。
手応えは……あった。
深手を貰ったGサイファーはぐらりと揺らぎ後退りを二歩三歩してから、地に膝を着いた。
◆◆◆◆◆
STAGE48 絆、その代償
2年も前のことだし、多分よくて言われればやっと「あぁそんなのあったね」程度の認知度だろう。SDガンダムユーザーだけで構成されたフォースであり一時期上位ランクに一瞬だけ顔を見せたくらいだ。けれどもアヤメは鮮明に昨日のことのように覚えている。なんせ彼女にとって変え難い思い出の場所なのだから。
アヤメが彼らと出会ったのはまだブレイクデカールの存在も何も知らなかった2年前に遡る。
零丸がまだ未完成だったころ、テストフライトがてらやっていたミッションを手伝って貰ったのが全ての始まりだった。
その頃はソロで動いていたし、自分の周りにはGBNをやっている友達は碌すっぽいなかったのも大きいだろう。
友達はただ流行りに乗っかるコミュニケーションツールとしてのVRゲームでしかなくて、アヤメからすれば作ったガンプラで遊ぶゲームという認識。
文面にしてしまえばたったそれだけか、と思うかもしれないが。この差というものはどうしようもないほどに覆せないものだった。
彼女からすればガンダムとは安室とシャーナントカが戦う話でありそれ以上でもそれ以下でもなくて、それを知ろうという気も一切なかった。
ガンプラを作っていたのは周囲の友人の中で見れば自分一人だけだった。
多分ガンプラを作っている女子は探せば見つかったのだろうけれども、探すほどの酔狂さはアヤメにはなかった。そんなことやってるくらいなら積んでるディープストライカーかネオ・ジオングを完成させるか、零丸の完成に時間を費やす。
自分の好きをカタチにすることに時間を使う。
そんな思考なら当然周囲との空気感の違いというものは出てくるのだ。
理想なら好きなガンプラで友達とわいわいやれることに越したことはなかったけれども。周囲はあっという間にやめて行った。
だからこそ、
「なぁ、良かったら俺たちの仲間にならないか?」
「――へ?」
聖職者風の衣装を纏った眼鏡の男、コージーが出した提案にアヤメは目を丸くした。彼の他にも4人。リアルだともしかしたらネカマネナベの可能性もあっただろうが、自分より年下のバイキング風の少女やらウエスタン風の青年やらアラビアン風のお姉さんやら女盗賊やらで統一性はまるでないのだけれども共通して言えるのは皆SDガンダム使いであるということだった。
「俺たち、SDガンダム好きが集まってフォースを作ったばっかなんだ。SDに乗ってるなら資格は充分。どうだい?」
最初こそ遠慮はした。
まだ出遭って間もないのにそんなホイホイと招いていいのか、なんて。もしかしたら彼らにとっては自分は地雷もいいところなダイバーだなんてオチもあるかもしれないのに。
「一人でも難しいことでもさ」
「皆とならクリアできるよ」
女盗賊のスーとコージーが。そして他のメンバーたちが口々に歓迎だという旨を口にしている。良いのか自分で揺らぎつつある気持ちに背中を押したのはコージーの強引さだった。
「よっし決まりっ! はい! けってー!」
「相変わらずうちらのリーダーは強引だな……」
「フォローするこっちの身にもなってくれるー?」
ウエスタン風の男のホークは苦笑いしながら付け加える。今に始まったことじゃないようだ。そしてスーもまたわざとらしくツッコミを入れる。
「おつかれさまでーす」
そして小柄なバイキング風の少女ダイバーのヒロががオチを付けていく。そんな彼らの仲睦まじさに引っ張られるように、流されるように。
でも少しずつ、ミッションをこなしていき。一人では越えられなかったミッションを越えていくたびに楽しくなっていった。
それから数か月。
――話がある。と
コージーからフォースメンバー共々コテージ型の
メールを飛ばすと「すまない、もうちょっとだけ待ってくれ」と帰って来たので仕方なく全員で時間を潰していた所――
「俺たち、ほんと調子いいよな」
ホークが感慨深げに呟いた。事実ラックには局地的な大会での実績の象徴であるトロフィーが並び、戦績グラフの3歩進んで1歩下がる勢いで上の方へと上がりつつある。
ただの同好会同然の集まりがまさかここまで来るとは思ってもいなかった。
こうしてそこそこ値の張るコテージ型のフォースネストを手に入れ、フォース同士のバトルで勝利と連戦連勝を重ねていく。
当時SDガンダムの評価というものは決して高くなかった。口の悪い所からすれば趣味の産物だの添え物だのマスコットだの酷い言われようだったのを覆したのは事実
SDガンダムだけでリアルタイプだけの軍勢を倒すだけのことを大々的にやるフォースなんてそうそういなかったのだ。
「アヤメも強くなったしね」
アラビアン風の女性ダイバーのテラはそう言うが事実、SDガンダムならではの立ち回り方を学んだのはこの時期からだ。一人でやっていると完全な我流で限界が見えていたが同じSD使い同士とやっていると互いの弱点や学ぶべき点が幾らでも学べたのだ。
そうやって仲間と追って追われてを繰り返し、互いにどんどん強くなれたのもGBNに楽しみを見出したものの一つだった。
「その内抜かされちゃうかも」
「かもね」
ヒロの能天気なひと言に軽口で返す。でも彼女だって負けちゃいないのだ。SDならではの奇想天外な戦い方をお一番よく知っているのは実はヒロなのだから。
「なーにそれぇ」
「少しは謙遜しろよ、謙遜」
冗談交じりにブーイングを飛ばすテラとホークにたまらずヒロとアヤメ共々笑ってしまう。そんなこんなで軽口の応酬を繰り広げていると、この部屋のドアが開く音がした。
「おっ、盛り上がってんじゃん」
待ち人、来たり。
コージーとスーが揃ってやってきた。
なぜネストに全員集合で集めたのか。そんな4人の疑問への答えは直ぐにでた。
コテージを出ると、そこには20m級の――SDガンダムにしてはやたら巨大な2頭身が自分たちを見下ろしていた。
白と緑を基調とした装甲に、両肩部には違うSDガンダムの頭がついている。バックパックにはクリアパーツ由来の
まるで統一性のない左右非対称の凹凸だらけで、下手すれば自立出来ずに倒れてしまっているであろうそれはちゃんと眼前で立っていた。
これだけのものをコージーとスーは作ったのか。
「完成していたのか……すげぇ」
ホークが感想を漏らす。前々からGBNで手に入れた報酬をかき集めてこれまでにない凄いものを作る、なんてコージーは息巻いていた。
確かにこれまでにないものだった。
「そう! 皆から貰ったパーツデータを集めて作った、世界でたった一機のオリジナルSDガンダムだ!」
皆で力を合わせて作ったマシン。コージーが作り上げたものはそういうものだった。
まさに絆の証、とテラは評した。事実、この機体の構成パーツは自分たちが苦労して手に入れたパーツだけで出来上がっている。
まさしく
「ね! 皆で写真撮ろうよ!」
ヒロの提案に乗った乗ったと次々と皆が新SDガンダムの上に飛び乗って行く。それに一歩遅れたアヤメはヒロに手を引かれる。
「いこ!」
まだこうして写真を撮っていたあの頃はこうしてGBNのサービスが終わるまで永遠に続いて行くのだろう。そう思っていた――
ブレイクデカールがばら撒かれて2年、GBNは混沌を極めていた……
どっかーん! てなわけで、始まりましたアヤメちゃんの前倒し過去回想。辛さで精神がやられるいわゆるトラウマってやつだ(突然の3分講座)。
毎度見てもアレは辛いのに、これを書くためにアヤメに感情移入しだすと余計に酷くなる仕様はほんとひどい
でもこの作品にはとっても必要なので何度も見返しますよ、えぇ。
( ゚∀゚)・;’.、グハッ!!