バトローグのアヤメさんが可愛かったので初投稿です。
この男が誰なのかカタナは知っていた。
騎士ガンダムの操り手はゴマンといるものの、こんな状況下から出てくるやつなんて限られている。
「カドマツさん……なのか」
カドマツ操るダイバー、ロボ太。
黙したまま、オルタナティブの前に飛び降り、彼から背を向けたままあの化け物を見上げていた。
気負っているつもりか。
余計だ、そんなことは。自分から飛び込んだことだと言っているだろうに。
けれども一人二人ダイバーが増えた所でどうしようというのだ。カドマツの技量は下手なダイバーなぞより高めなのは知っているが、クジョウ・キョウヤほどのジョーカーにはなり得ない。
そう思っていた時期がカタナにもあったのです。
「ロック解除、パニッシュシステム──起動」
と、騎士ガンダムそのものの声で見知らぬ言葉を吐いていく。
パニッシュシステム。和訳するなら罰。状況から察するに明らかに運営権限であろうその単語に、カタナは眉を潜めた。
「切り札か……それが」
バーサル騎士ガンダムは投げた剣改めバーサルソードを拾うと、その刀身が白い光を帯びる。
あまりにも唐突な闖入者にアランは気炎を上げた。
「誰だ。さっきまでいなかっただろう。ビルドダイバーズじゃないな……お前は!」
そう。この男はカタナ同様ビルドダイバーズではない。
「そうだ。そしてこの異常事態にカタをつけにきた」
気炎を上げるアランだが、バーサル騎士ガンダムは動じることなく対峙を続ける。
先に仕掛けたのはアランの化け物の方だった。伸びた触手がバーサル騎士ガンダムを襲う。
が、その白く光るバーサルソードで一閃。その攻撃で襲いくる触手を的確に打ち払った。
駄目だ。まともな相手ならまだしも、生半可な戦い方では泥仕合になるだけだ。
得物を構え直した矢先、カタナは化け物の異変に気づき顔を上げ目を見開いた。
「……再生が遅い。いや、していないのか!」
破壊された部位の断面から生え伸びようとするものがない。それどころか僅かにポリゴンに綻びが生まれている。それが意味することは……
「……一体何をした」
今の状況を根底から覆しかねないものを見せつけられた側からすれば冷静にはなれなかった。
ブレイクデカールが機能不全を起こしているなど。最後の砦が壊れ始めているなど思いもしなかっただろう。
「こんな状況でベラベラ喋るか。このままその力、
「なっ……!」
突然現れて何もかもを看破したかのような言動に対して巨人の動きに戸惑いが出ていた。
あのままの効力が続くのならカドマツは勝てるはずだ。相手は完全に動揺し切っている。
このまま押し切れば。
そう、このまま。
一条の光なぞ、来なければ。
次に一撃を加えようと地面を抉り蹴ろうとした矢先、バーサル騎士ガンダムの前を一条の光芒が通り過ぎた。
月夜の7人の構成員のほとんどが巨人に喰われた。となればあの光芒を放ったのは──
「チッ、Gサイファー……!」
カタナは忌々しげに舌打ちした。
再起不能にしたつもりだった。爆散させていればこうはならなかった。
甘かったのだ。乗っていたのがアヤメだろうが容赦なく爆散させておくべきだったのだ、本当なら。
ブレイクデカール特有のオーラこそ放たれていないが全身から覗かせる
アレを放置させておけばカドマツが危険だ。
「させるかよ……」
イノヴェイティヴジャケットをパージし、彼方から飛行体がオルタナティブの前に現れる。
輸送用の戦闘機形態となったワイルドジャケットだ。
それを殴り砕き全身に装備。
換装し、おまけでついてきたソードメイスをまるでバトンのように振り回してから臨戦態勢をとった。
「来いや、化け物」
その隣にやってきたガルバルディリベイクもレフトアームに装備した滑腔砲を構え始める。
あちらもカドマツに任せてあの暴れ馬を沈めると判断したのか。
このガルバルディリベイクの腕前も信用出来る。あれのバックアップがあるのならまず負けることは、ない。
だがしかし、後悔もあった。
自分の落ち度とはいえアレにはビルドダイバーズの仲間が乗っている。それと知らずに戦わせる真似をしているのだと。
「来なくていい! 余計なお世話だ!」
中々乱暴な物言いだ。自分でも思う。
誰がどう聞いても反感を買うし助けたくなくなるはずだ。
しかし帰ってきた返答は意外なものだった。
「コイツも確実にトドメを刺す必要があるはずだ。どんな手を使っても。嫌な予感がするんだ。嫌な……!」
コーイチの言う嫌な予感が何なのか。
恐らくは気付いているのだ、あのモビルスーツは普通じゃないということを。
これ以上問答しても無駄だと悟ったカタナは機体をゆらりと動かした。
先に打って出たのはGサイファーだった。
空っぽのビームマグナムを投げ捨てビームサーベルを抜き放つ。そして搭乗者のGを無視した機動でオルタナティブの背後に回り込む。
それをいち早く察したコーイチはガルバルディリベイクを動かして、待ち伏せをかけた。
まるでゲッターロボでも相手をしている気分だった。それに耐えるだけのスピードとフレーム強度。作った奴は相当の腕前に違いない。しかし──自身の意志で乗りこなせなければ意味がない。
EXAMに呑まれたブルーのように暴れ狂うそれをカタナは分析する。これまでの読みづらい動作は何処へやら。
確かに速度は先ほどの比ではないし、恐怖という恐怖を捨て攻撃に転じたそのマニューバは脅威だ。
だがしかし。
俺たちを追い込むには程遠い。さっきの状態となって出直すがいい。
センサー類が再び異常を起こす。
今度は同じ手は通用しないだろう。コックピットを剥き出しにしてやろうなら動きを読まれてサーベルの熱で蒸し焼きにされるのがオチだ。
まだ手札はある。
特に、今度は乱戦ではなく敵が少ない。──アレを使う。
Gサイファーがガルバルディリベイクに押し負けて、再び射程の外に離れる。
動きが不規則なお陰で目で追うのは困難だ。
──迷いを棄てろ、ノイズを跳ね除けろ。
全神経を手から操縦桿に、機体のボディから四肢に、そして場に行きわたらせる。
感覚は拡がり一定の『空間』が出来る。
空間は俺自身だ。そこにいるガルバルディリベイク、石、埃、大地。総てがカタナの一部でありそれ以外は──「敵」。
その『空間』に入って来る異物に神経を尖らせる。
仏に逢うては仏を斬り、祖に逢うては祖をも斬れ。そこに大義名分などもなく、欲望も無く。
ただ叩き斬ることだけを想え。
無一物。その狂気に身をやつす。
そして──Gサイファーが横殴りに襲い掛かった瞬間、オルタナティブは携えた鈍色の得物を閃かせた。
◆◆◆◆
「奴らしくねェな。まるでシステムにでも呑まれてやがる」
戦場から少し離れた崖の上でフードを目深に被った男、シバは舌打ちする。アヤメはもう少しスマートな動きをすると思っていたが。
確かにGサイファーはブレイクデカールを介して輩出された
しかしあれでは長くは持たない。ペースを無視したあの動きでは自殺行為だ。それ故にアヤメらしくない。
「細工したのはテメェか、エージェント」
「おや、お気に召しませんでしたか?」
背後から悪びれず言うマジシャン姿の男。振り向かずともシバにはあのエージェントが薄ら笑いを浮かべているのが手に取るように分かった。
「あぁ、気に入らないな。俺の作ったガンプラに余計な茶々を入れんじゃねえ」
「貴方が甘いからですよ。確かにGBNがダイバーの発した感情がジャンクデータとして抽出されるということに自力で気付き、ブレイクデカール無しで他者のブレイクブーストに反応、それに準ずる力を持たせる着眼点は非常に面白い。賞賛されるべきだ」
ぱちぱちとわざとらしく拍手するエージェントにシバは忌々し気に舌打ちする。
確かにこの男がデータを寄越したお陰でGBNのコアシステムに干渉しブレイクデカールの精度を上げることができたのは事実だ。
しかし気に入る勝ち方と気に入らない勝ち方がある。
「しかし……あの小娘では駄目だ。ブレイクデカールの力の抽出はあの化け物に任せ、Gサイファーに余計な感情を入れない事です。AIが導き出す最高最善の戦い方が勝利への法則を導き出す」
「馬鹿が……!」
安易にAIを使ったとして、その作り手はどれだけGサイファーを理解しているというのだ。
現状あのアヤメが得意としていたトリッキーな動きは鳴りを潜めて、ハチャメチャな動きだ。だがそれはカナタにとって──
「テメェは奴を解かっちゃいない」
敵に塩を送る行為に等しいそれを、シバは咎める。
その余計なお世話が逆に状況を悪化させるだけなのだ、と。
「ほう、かの好敵手イズミ・ナユタの弟、イズミ・カナタをですか」
「……なに」
──何故、知っている。
エージェントはそこまで知っているというのか。驚きと同時に危機感も形を作る。
ソードマンへの工作も奴らが無断で行っていることを鑑みると次に何をしでかすかわからない。そんな危機感だ。
「大人とはさまざまな人と繋がりを持っているものですよ。それが新たなビジネスチャンスに繋がるというもの」
「チッ、勝手に気取ってろビジネスマン崩れが。だが──余計なことはするな。いいな?」
ギロリ、とこれまでにない程の殺気の籠ったシバの瞳。しかしながらエージェントはまるでたじろぐこともせず、小馬鹿にしたように。
「おおう、怖い怖い」
と手をヒラつかせるだけだった。
戦いの行方。
それはシバには手に取るように分かった。
まずは化け物とバーサル騎士ガンダムの戦い。
運営が対ブレイクデカール用に強制初期化させるシステムを実戦運用を始めた。対症療法に過ぎない上に味の完成されたブレンドに異物を入れる行為に等しいそれは結果的に一振りの剣としてしか存在できないものの、それだけでもあのアラン操る化け物を一蹴するには丁度良すぎた。
一方でオルタナティブとガルバルディリベイク。そしてGサイファー。
この戦いは少しばかり忌々しい光景に映る。気に喰わないのだ、何もかもが。
あのカナタだけではない。
ナナセ・コウイチまでもが目の前で自分の邪魔をしているという事実だ。コーイチと姿形を偽っていても動きで分かる。あれはコウイチそのものだ。
かつて、背中を預けた戦友と。かつて戦い方を教えた弟子同然の男がそこにいた。
挙句勝手にデータを改ざんされた暴走機がアヤメの意志を無視して暴れ倒して、場を滅茶苦茶にしている。こんなクソッタレな状況の何処に気に入る要素があるものか。
そして現状、予想通りオルタナティブが暴れ狂うGサイファーの攻撃を先読みしカウンター気味にいなしていた。
何が最高最善だ。確かにAIの作りはいいのだろう。あの殺人的な加速の中には自滅や機体の磨耗を防ぐ工夫やバランス制御もしっかりもしている。
だがそれが逆に仇となっている。特にカナタからすればそれは格好の餌だ。
今回のような超攻撃型のマニューバではなく、フェイントなどを重点にマニューバを組み込むべきだったのだ。
おそらくこっちが
名前を知っていてもそこまで読めなかったようだ。
完成度の高さが逆に先読みのしやすさに繋がってしまっている。これでは勝てる戦いも勝てない。
挙句コーイチが的確に砲撃をしかけ、動きという動きを制限している。
それに釣られたGサイファーの攻撃を読んでいたオルタナティブがテニスでもしているようにソードメイスで殴り飛ばしていく。
これはひどい。
エージェントはあまりの試合運びに少しばかりイラついているのか貧乏揺すりを始めている。
「オイオイ、自慢のAIはどうした。まだアヤメが操作した時の方が上手く戦えていたぜ?」
余計な茶々を入れた結果、下に見ていたシバに煽り返された。
しかも化け物はバーサル騎士ガンダムに追い込まれ、Gサイファーの仕込んだAIも役に立っていない。
当然そんな状況を面白く思うような奴はいない。踵を返して戦場に赴こうとしていくのをシバは何もせず見送ることにした。
「加勢か? 悪いが俺は行かないぜ」
「もとより貴方の助けを期待などしていませんよ。それにあのバーサル騎士ガンダムの持っているものには利用価値がある」
「……勝手にしろ」
バーサル騎士ガンダム、おそらく運営の手による機体であろうことは容易に想像がついた。なればこそ余計な手出しをすれば後々の行動に制限が出かねない。
しかしエージェントはバーサル騎士ガンダムの持つ権限が欲しくて前に出ることにした。
迂闊な強欲は身を滅ぼすというのに。それに……
エージェントがエピオン改を呼び出す。
ビームソードを携えて戦場へと向かう姿にシバは背を向けて通信機をアヤメに向ける。
「聞いたか。墜ちたらその隙にリタイアしろ。バカどもと心中する意味はない」
そう、投げかけると「了解」と喉奥から絞り出すようなアヤメの声が通信機から発せられた。
後はさっさとこの場を去るのみ。ログアウトポイントの近くまで歩を進める。
そして、去り際にエージェントの姿を一瞥してやろうと振り向くとそこには案の定エピオン改を前に一機の黒と紫のモビルスーツと妙にバブリーだったり妖しいカラーリングのモビルスーツたちが立ちはだかっていた。
「あら、そこのエピオンさん何をするつもりかしら?」
フォース、アダムの林檎だ。
情報は持っている。オカマだらけの変人集団でありながらその実フォースランク13位。
独特のネットワークはこちらが下手な動きをすればすぐに足取りを掴まれる可能性が大だ。
もし捕まってもベラベラ喋ってくれるなよ。
そう祈りながらシバはこのGBNから姿を消した。
◆◆◆◆◆
寄らば斬る。
寄らずともコーイチが狙い撃つ。
そして間合いに入ろうなら寄って斬る。
先程の針の穴に糸を通す繊細さと多岐に渡る行動パターンは何処へやら。
確かにこちらの急所を狙う攻撃は的確だ。しかし的確過ぎるが故に読み易いのだ。
もう頃合いか。
拡散させた意識を引っ込めると気付けば地に膝をついたGサイファーの装甲が凹みまくっており、無理やり立ち上がろうとしているところをコーイチのガルバルディリベイクの放つ滑腔砲が封じていた。
アレにアヤメが載っていることを知らせるのは少しばかり気が引けた。どういう事情があったのかはっきり言えばわからなかったし、彼女については分からないことばかりだ。
下手に茶々を入れてギスらせるのは趣味ではない。
一思いにやる。
立ち上がれないGサイファーの上空にオルタナティブが舞い上がる。
そしてソードメイスを明後日の方向に投げ捨て、入れ替わりに千子村正を抜刀。
そのまま落下の勢いのままに縦一文字に振り下ろした。
真っ二つにされたGサイファーは敢えなく爆発四散。消滅していくポリゴン片を前にカタナは大きなため息をついた。
結局、あの連中は絆という呪いに縛られたまま潰されていくのか。
Gサイファーを破壊し、遠方でバーサル騎士ガンダムと戦闘を繰り広げる化け物に想いを馳せながら機体を走らせる。
道中でその戦闘を見守るが最早勝負にすらなっていない。
バーサル騎士ガンダムの剣はどうも特別製らしく悉くその再生能力を無力化していく。
反撃についてもダブルオーダイバーエースやモモカプル、ジムⅢビームマスターが妨害し、最早化け物には成す術もなかった。
「くそっ! くそぉっ!」
化け物の一部の誰かが口惜しげに叫ぶ。
楽しくやりたいから自分たち以外は不幸に落ちろと言うのなら幾らでも抵抗してやる。幾らでも否定してやる。
バーサル騎士ガンダムの猛攻を前に四肢は削げ落ち、地面にどさりと横たわる。
再生しようと伸びるチューブが伸びては消えを繰り返している化け物の前にオルタナティブが降り立つ。
それを前に化け物の中のアランは口を開いた。
「……お前には分からないだろう。お前らには」
「あぁ、わからねえ。あの力が齎す惨状が明白に出ているのにも関わらず平然とブレイクデカール使って開き直る奴の気持ちなんて一生分からねェ。分かりたくもねェよ」
GBNがなくなってもなおその歪んだ繋がりを維持し続けるつもりか。
続けられるものか。別の綻びがお前たちを引き裂くだけだ。
ならばいっそ腐る前に壊れてしまえ。
オルタナティブの足元に転がった化け物の頭目掛けて、千子村正を突き立てる。
悲鳴が弾ける。絶望、失望、憎悪。多くの負念を内包したそれをカタナは、そしてリクは一身に受ける。
カタナはただ濁った瞳でその崩壊していく彼らの希望の残骸を見下ろしていた。
STAGE51 罪と罰