「アルバイト? ばーさん正気か?」
ある日、カナタは学校が終わり帰宅すると、自宅の古鉄やの戸に貼り紙がされていた。
アルバイト募集中。元々古鉄やで働いている人間は碌におらず、強いて言えばカナタと店主の祖母だけだ。
アルバイト募集の貼り紙に驚愕している間に先ほどの独り言が聴こえていたのか心底面白くなさそうな顔持ちの祖母が戸を開けて現れた。
「お前さん、あたしが運動しに行ってる最中にずっと家に籠るつもりかい? あんたこそ正気かい」
「がきんちょに混じって草野球やらサッカーするアグレッシブなばーさんに正気を疑われたくねぇ。でも、アテはあるのか? そもそも雇えるほどの売り上げはあるとは到底……」
「それはあんたが考えることじゃない。今はあたしの店だからね」
「そりゃそうだけど……」
いつのまにか自分の知らないところで話が進んでいるのが、何だか面白くなかった。
状況をうまく飲み込めずにいるカナタは取り敢えずそのアルバイトを店内で待つ事にし、じっと閉められた戸を見つめ待ち続ける。
「あ、来た」
戸の白濁としたガラス部分に黒い人影が映る。サイドテールらしき頭のシルエットからして女の人か?
しかしその見憶えのあるシルエットに顔をしかめた。シルエットはまじまじとその貼り紙を見てから戸がゆっくりと引き開かれそのシルエットの正体が明らかになる。開かれて行くにつれカナタの表情が徐々に引き攣って行った。
「あの、アルバイト募集の貼り紙を見て来ましたフジサワ……」
「知ってる。入って」
無意識に口からそっけない声を出していた。
フジサワ・アヤ。どうやら彼女もガンプラビルダーらしくパーツ取りの為にちょくちょくこの店に訪れている。今回は客として、ではないらしい。
「じゃぁ、面接頼んだよ」
「へ? なんで俺が」
祖母にポンと肩を置かれてカナタは眼を丸くした。そういうのは店主がやる事じゃないのか。それを孫に丸投げとはどういう事だ。
「第一次面接ってやっちゃ」
「そんな厳重な……バイトに対してやることかよ」
バイトは面接大体1回だろうにと心の中で愚痴りつつ、ある時は買い取りとかでの相談場、ある時は子供が屯するテーブルに着かせた。今回は面接会場だ。
祖母はいつの間にか裏に消えており、1対1となっている。カナタはアヤの向かいに座り、一つ溜息を吐いた。
相当緊張しているのか肩が持ち上がっており、目も泳ぎに泳いでいる。見知った顔なのにそこまで緊張するのかと猶更面白くない気持ちになりながら口を開く。
「にしてもまさか、真っ先にお前さんが食い付くとは思いもしなかったよ。まぁ人となりはそこそこ知っているつもりだし気楽に気楽に」
「は、はい」
「俺の面接なんざたかが知れているんだからそんなガチガチにならんでも……にしても何でよりにもよってウチなんだ。そこがちょっと気になる」
「えっと……あの……わたしの家周辺あまりアルバイト出来る所が少なくて。それでそこそこの距離でーってなるとここが立地的に丁度良かったから……」
しどろもどろな物言いに大丈夫なのだろうかと心配になる。いやまぁそこまでこの仕事は忙しくはないし、どちらかと言えば盗みはしない信用のおける人間の方が重視される。加えて彼女の場合盗みをするというにはあまりにも仕込みが長すぎる。ついでにこの古びた店に見合ぬ監視カメラもきっちり付けていたりする。
しかしながら祖母がどう見るかが問題である。
「まぁ、知らん店よりは敷居が低くいし、こちらとしても知らん奴が来るよりは割と楽だわ。にしてもばーちゃんが未知数でなぁ。何を考えているんだか……」
「そんなに?」
「お前さんだって知ってるだろ? うちのばーさんがその辺のばーさんじゃないって事」
「確かに」
互いに神妙な顔持ちで頷き合い、お互い裏の出入口を見る。そこには祖母の姿は無く恐らく2階に上がっているのだろう。
「取り敢えず何曜日に出られるか分かるか? その辺教えて」
戻って来ることが期待出来ない現状取り敢えずバイトに必要な日数やら今後どれくらい働く予定なのかを訊いてみる。別に志望動機なぞ訊くほどのものでもない。
近くにあったし敷居が低かった。それだけでカナタには充分だった。
一頻り訊き、彼女の話をメモしてからパタンとメモ帳を畳んだ。
「ここまで訊いといて悪いけど、多分一旦帰って貰う形になると思う。こんな店でも形式上履歴書が要るだろうしさ」
脱力気味に立ち上がり、裏に入る。しかし祖母の姿は――
「ばーさん何それ」
裏の階段から降りて来ていた。手には盆を持っている。
「茶菓子」
「お、おう?」
それでいいのか。2段階形式の面接を構えたと思ったら今度は茶菓子。堅苦しいのか緩いのかどっちつかずなちぐはぐさにカナタは目を丸くする。
盆に乗っているのは麦茶と塩味のポテチだった。
「どうだった」
「どうだったっていつも通り。結構緊張してるっぽいけど。取り敢えず出られる曜日はこの通りメモに書いておいた。自宅からだとバイト出来るとこ殆ど無くて、幸い近めのここでバイトを募集をしていたって感じ。接客苦手そうな感じだけど、別に警戒するような奴じゃないし俺としてば別に構わないと思う」
「相当入れ込んでいるようだねェ」
「友人と思っているつもりだから多少の贔屓は許してくれよ。てか補正が入るような俺をなんで面接官にって――おーい無視かばーさん……」
言うだけ言って表に出てアヤに茶菓子を出している。その有様を裏から見ていたカナタはこめかみを指先で叩いてから表に出た。
アヤの顔を見ると意外そうに、その差し出されたお茶とポテチに目を丸くしていた。当然だ、面接が終わったと思ったらポテチと麦茶が出るなんて誰が予想するか。
「お、お構いなく」
「まぁ食いな。別に取って食おうって訳じゃァない。ガッチガチだねェ……」
祖母の意外とラフな物言いと茶菓子で徐々に緊張が解れたのか、湯呑の冷たい麦茶をようやく一口。カナタは少し離れた所でそんな彼女と祖母の姿を見ていた。
「あんたの顔は覚えているよ。毎回
同じようなこと言ってる。と言いたげにアヤが祖母とカナタを交互に見て、カナタは「やめてこっちみないで」と口を3の字にしてからしゃくる。
「まぁ、ゆっくりしていきな。盗みや殺しと壊しをせん限りクビにゃせんよ」
「良いんですか?」
アヤの質問にカナタの祖母は頷いて返し、自分で出した皿の上のポテチを一口頬張った。アヤも同じくその皿からポテチを摘まみ一口。
「華々しさもない所に態々働きに来ようとしてくれている娘を無碍に扱えるものかい。履歴書出してくれればソイツでお終いさね。
「?」
高く買っていると言われアヤがカナタを見る。ちょっと驚いている風だ。
――ばーさん何を余計なことを
彼女の視線にカナタは誤魔化すように「俺は知らないからね!」と目を逸らす。変に思われたらどうするんだと抗議の視線を祖母に向けるが祖母は全く悪びれもしなかった。
――今後仕事中気まずくなったら恨んでやるぅぅぅ
◆◆◆
「……で、物売りにきたのが来たら保留。判断は店主というか、ばーさんがやるから。もし俺もばーさんも不在の場合は客の情報を控えておいてくれ。これがその受付票な。ここに必要な客の情報を書くとこがあるからそれを訊いてからばーさんに引き継ぎ。ばーさんが居る時にまた出直して貰うって感じだ」
数日後の昼下がり。
あっさりと採用されたアヤはカナタからレジの操作方法と売却に来た客の対処の仕方を説明を受けていた。
そこには気まずさは無く、アルバイト始める前のいつも通りの変わり映えしない空気のやり取りだ。
アヤがアルバイトをしようと考えたのは突発的なものに等しかった。
特別金に困っている訳でも無く、近くにバイト出来る所が無かったのも実を言うと嘘だ。それを証拠に近所のファミマがアルバイト募集の貼り紙をしている。
のんびりとした空間が好きだったのが大きいだろう。気だるげにジャンプを読んでいるカナタとカードパックに一喜一憂したり屯する小学生たちを見守ったり、暇な時に売り場に出している商品にまつわるしょうもない無駄話に花を咲かせたり。
でもそれは自分が客であるという大義名分が無いと憚られる所がある。冷やかしでここに来て居座って、カナタが良い顔をするはずがない。
ここに居るのに大義名分というものが欲しかった。
だからこのアルバイト募集の貼り紙を見た瞬間、衝動的に臨んでしまった。いざ挑んでみたはいいが、こっぱずかしくなった挙句緊張で固まってしまった。
けれども店主であるカナタの祖母曰く、自身を高く買っていると言われた時は信じられなかった。本人はそっぽを向いていたのでもしかしたらカナタの祖母の冗談だったのかもしれないが。
本当にこれで良かったのだろうか。という疑問はある。
流れで採用されてしまい、募集もそれでお仕舞いとなりこれ以上新しくアルバイトが来ることは当面なくなった。
これで良かったのか。ただ自分の衝動的なものでアルバイトの枠を潰してしまったようなものだというのに。
そんな卑屈になる自分が居るけれども、今ここで逃げてもそれはそれで迷惑なことだと咎める自分自身も同居している。
もう引き下がれないなら迷惑にならないくらいにはならなければと、カナタの説明に耳を傾ける。
「やる気満々なのは嬉しいけど、そんな肩肘張らんでも。そこまでお堅い仕事でもないんだからさ。のんびりやろうや」
そう、カナタが笑顔で言ってくれて少し気が休まった。