プロダクションの二階、端にある階段まで延びる廊下の陰にまた俺は隠れる。
見れば、帽子を目深に被った先輩が相も変わらず待機していた。
(……やってやる。)
今から行う事は全て俺の傲慢だ。
奏の怪我や加蓮の挫折等を解決した
ひどく馬鹿馬鹿しい身勝手を俺は起こそうとしているのだ。
けれど、
《三人とも彼の事を心配していた。》
これは、彼女達のため、そして先輩のため、勿論俺のためにも起こすべき傲慢である。
(出来てない人間だな。俺は。)
早速行動を開始する。
廊下の陰から足音を隠さずに俺は出た。
反応し、振り返った先輩を無視して発言する。
「
急いで逃げようとする先輩を見ながら続ける。
《「分かってんだろ。じゃなきゃこんなにやられねぇだろうし。」》
「
……俺のこの言葉に、逃走しようと動かしていた足を先輩は止めた。
代わりに帽子を脱ぎ、階段から視線を離して口を開いた。
ゆっくりと、徐に。
「……そうか。誰かにリークされたか。」
ここからは思考戦である。
たとえ友情やら傲慢やらを理由にしてきたとはいえ、俺の担当を陥れようとした事実がある。
彼の友人だから。分からない事だらけだから。
俺はこそこそといく。
プロデューサーとして培われた能力を存分に発揮させてもらおう。
(リーク?……単独犯じゃ、ない?)
ということは、先輩の犯そうとしたこの一連には仲間がいて、そして俺の一言で裏切られたと認識した……
あの時の言葉とも被せたが……そこまで信用されてないのか。
『誰かに』ということは三人以上の可能性が高い。しかし現場の周りに人はいなかった。加えて信用の薄さが真だとすると……
「はい。ありがたいです。」
最初はこの答えでいける筈。
「……その様子だと俺はまだ安全なのか?ニュージェネは?」
震えた声で先輩は俺に言う。
(安全……ニュージェネ……?)
物騒なにおいのする単語が出てきた。
もしかすると俺は、結構危ないもんに口を突っ込もうとしてるのか?
というか身の安全を訊くって、しかも他の娘の事も。
(……おいおい、とことん俺はクズ野郎か?)
自虐的に己を揶揄する。
先輩の瞳には怯えが付きまとっている。
完全に
リーク云々も仲間じゃなくて脅してる奴ら。
脅してる奴らからけしかけられた仲間だと思われてこんな怯えてんのか。
《怪我の原因を訊かれた時、先輩は暈して答えた。》
流入してきた記憶を思い出す。
(……カマかけてみるか。)
これらの会話や思考等から、ある一つの仮説が俺の頭の中に浮かび上がった。
それは最悪に近い仮説である。
有り得ないと信じたい仮説である。
もし正しかったのなら、俺のこれらの憶測が全て事実に変わる仮説である。
しかし、芸能界なら起こりうるであろう仮説でもある。
「
俺のこの発言に先輩は黙る。
(どうだ……?)
その沈黙は先輩がきちんと破ってくれた。
「
(ビンゴ……っ!)
ポロポロと涙を流す彼。
反して確信を得た俺はこそこそしなくてもよい、というよりむしろ、大胆にいくべき確証を得ることができた。
時計を確認すれば今は16:23。奏が突き落とされる時間が迫っていた。
(急ぐか。)
俺は泣いている先輩の元へ進み、手を握り、言う。
「すんません先輩。今までの全部嘘です。」
「……は?」
潤んだ瞳を投げつけられる。
「はっきりいって貴方が何言ってるのか全く分かりませんし、リークとかそもそも何ですか状態です。」
「お、お前、えっと、は?」
膝を床について俺を見上げている彼は少し安堵しているようにも見えた。
「取り敢えず立って下さい。別の場所で話しましょう。」
手を引っ張りあげる。
「ちょ、ちょっと待て、って、うあ!」
と、バランスを崩して彼が転んでしまった。
「いって……あ、足が……」
「す、すみません。」
俺はそう言いながら時計を再度確認する。
(16:25。まじか。ごめん先輩。)
「くっそ……多分捻挫だぞ。いてえ。」
必然性事象がここで発生してしまった。また先輩を怪我させてしまうなんて。
「ほ、ホントすみません……えと……」
「もういいから。今は兎に角医療室まで俺を運んでけ。」
「でも、」
「訊きたい事があるんだよ。沢山な。」
「っ…………分かりました。」
×
医療室には運悪く人がいなかった。
その為、簡易的な処置しか彼には施せなかった。
思えば先輩には迷惑ばかりかけて何も還せてない。
氷嚢を先輩の踝にあてがいながらその冷気にのせられるよう、俺は冷えた気持ちになった。
と、彼が口を開く。
「望、お前どうして俺だって分かった。顔は隠してたのに。」
どうやら先ずはそこかららしい。
確かに彼からしたら不思議だろう。どうやって自分だと知ったのか、と。
だが生憎ホントの事は言えない。何故かは自明の理だ。
嘯くしかない。
「奏にメールしたの先輩ですよね?」
「……それは分かってるのか。」
「はい。俺のプロジェクトルームに入って怪しまれない、尚且つ、私用の携帯をそこに置いてある事を知っているのは先輩だけなので。」
「そうか。」
溜息と共に彼は相槌を打つ。
続けざまに彼は言う。
「お前何をどこまで知ってるんだ。」
少し含みを持たせた感じ。試してるのか?
「奏を階段から突き落とそうと思索していたこと。それと……先程の会話から察するに、
その言を聞いた先輩は、また溜息をついた。ゆっくりと。
「
暗い表情を彼は隠しもしない。
「……なあ。」
先輩の柄にも合わない小さな声。
「はい。」
力強く返す。
「地獄を一緒に渡る気、あるか?」
情けない鳴き声を俺は聞く。
あの頃見ていた、知性と優しさを携える貴方の面影はどこにもない。
疲弊しきった貴方は別人のようで。
どことなく、やさぐれていた頃の貴女を思い出して。
《「アンタを頼るなんてそんなのアタシっぽくないよ。アタシなら、利用するね。信頼してないし。分かった?『新人』さん?」》
俺は、ただ一言。
「あります。」
かけた迷惑の分、利用して下さい。
それもまた友情のカタチ、でしょ?
五、六分後。二人の密会は始まった。
「俺は脅されてる。
「……俺?なんで俺なんすか?」
突然の情報に驚く。脈絡がないからだ。
「後で話すからまあ聞け……んで、脅してきてるのはお前の推察通り裏切り者だ。そいつから奏を階段から落とせって命令された。ただし死んだりしても責任は負いませんだってよ。ふざけやがって。」
先輩は奏を階段から突き落とそうと
にしても『そいつ』というには裏切り者は一人なのだろうが、
《『誰かに』ということは三人以上の可能性が高い。》
矛盾点が生じる。
裏切り者は誰なんだ。
これらを彼に訊く。
「
……は?
中辻?
部長?
中辻部長って、それ、
「部長が俺を辞めさせようとしてるって……何で……」
呟いた一人言にも彼は返答してくれた。
「
「ど、どういう、」
「よく考えろ。思い出せ。」
「何故お前だけ入社出来たか。」
《それに人事部の目は節穴なのか。俺一人っておかしいだろ。一人だけならもっと優秀な人材いたじゃん。なして俺なの。》
「何故楓さんがお前の担当になったのか。」
《研修生に期待しているという事が果たして異動に直接的関係があるのか甚だ疑問だったのだ。》
《研修生にこんな事をやらせるなよ。経験不足で失敗するぞ。》
「何故研修生上がりたての新人が五人担当するのか。」
《四月から正式なプロデューサーとなる俺へ異例にも担当アイドルを五人もつけやがった。》
「しかもその五人の遍歴考えてみろ。おかしいだろ?」
《今年最も売っていきたいユニットを最も期待できる有能に任せたいという理由から、モノクロームリリィより、速水奏と北条加蓮。》
「最後は今日の楓さんの仕事だ。どうだ?」
《「雑誌のインタビューでここに来たんですが……中辻さんから聞いてませんか?」》
「つまりな。」
「
氷嚢を俺は床に落としてしまう。
手が、いや、全身が冷えてしまったから。
友情の傲慢でタイムリープしてみれば、突きつけられたのは自分の危機。
思い違いで先輩を傷付けた最初の過去よりも今の和解的エンドを迎える過去の方が彼にとっては良いものだろう。
そう思ってた。
なのに蓋を開けてみれば待っていたのは絶望。
両者が等しく背負う、絶望。
「採用理由、は……」
今度は俺が声を震わせ、問う。
「
「……楓の引き抜き?ステータス?」
「中辻はお前をなんとしてでも退けようとしてる。高垣楓という最高の原石を使用するにあたって最大の障壁となるからだ。
頭が真っ白になる。
だって、これは、あまりに話がでかすぎる。
《「地獄を一緒に渡る気、あるか?」》
地獄より最悪だ。
こんな訳の分からない事に俺と楓が巻き込まれているのだから。
「望。これを聞いたからには協力してもらうぞ。」
唐突の強い口調にしどろもどろしてしまう。
「な、何に。」
「話訊いてたから分かるだろ。俺とお前だけじゃねえ。担当してるアイドル達も危ねえんだ。ニュージェネ、モノクローム等々。」
「……」
「退職や引き抜きで済めば優しいもんだ。あいつ、俺を脅す時こう言ったんだぞ?」
『望くんを退ける事に失敗すれば、君の担当アイドルは私が全余生をかけて滅ぼしてあげよう。さて、どんな味がするのかな?』
俺はただ閉口する。
部長は俺を目の敵にして、今までずっと退職させようとしていたのか……?
というか、このままだと楓も、皆も危ないじゃんか。
先輩の言うことに嘘は感じられない。
確かに正当性のあるものだったからだ。
「何で先輩は脅されてるんですか……」
そう訊くと、多少の困惑の後。
「……痴情の縺れ。凛、卯月、未央。全員とだ。」
「……そっすか。」
「ああ。」
その返答を聞いて俺はまたまた思考する。
どうするべきか。
何をすべきか。
何が出来るか。
熟考する。
『自然に生きるなんて、私には難しすぎると思いませんか?』
《「…………やっぱり、アイドルなりてぇよ……っ」》
《「…………悔しい、のよ……っ!」》
《「プロデューサー、一緒なら出来るって、言ってよ。」》
《「……ずっと、ずっと会いたいと思ってました……っ!」》
《最後に、部長が無能である事にも気づかされた。
二十以上も年下の若造に論破されて癇癪を起こすとは。御愁傷様。》
熟考した。
何が出来るか。
何をすべきか。
どうするべきか。
返答を求めて俺は先輩へ問う。
「協力ってことは、先輩が
彼は嬉しそうに、それでいて悲しそうに返す。
「ああ。生半可な姿勢じゃ、学生気分で温厚に行ってちゃ守りたいものも守れない。」
「そんなことできるんすか?」
「ここは化物の宿る芸能界だぞ?やろうと思えば案外やれる世界なんだよ。」
そんな先輩の言葉を聞いた俺は。
「協力します。案は?」
5/2
先輩の状態に関する未来以外は変わらず、次の日。
足関節の捻挫で有給をとったのである。
出来ればそのままずっと休んでいてほしいものだ。
しかしそうもいかない。
彼の有給保有日数は丁度一ヶ月だった。
つまり
つまり
俺と先輩は先ず部長を失脚させるために『俺の責任問題とするため行われそうになった奏の事故』の連関を上手い具合に隠滅させる必要があると考えた。
最初から怪しまれたら試合終了だからである。
その為俺は知らんぷりを貫き、先輩は前述したように行動した。
よって、この一ヶ月間は先輩の担当グループのニュージェネレーションズが他のプロデューサーに担当される訳だがそれは考えなくてもいい。部長がこの時点で彼女達に手を出してもメリットがないからだ。
とはいえ何かやらかされる可能性もないとは言えない……
それで先輩も先輩で有給中、色々と活動するらしい。
脅されてからただ傅いていただけじゃないのだと。
失脚に追い込む手立ては現在、充分でないにしてもあるにはあると。
一ヶ月後、必ず揃えて出社すると。そう言われた。
さて、では、これらのものから導かれる俺のすべきことは一つだろう。
幸いにも俺にはタイムリープがある。
それを用いて俺はひたすら守るのだ。
先輩と俺のアイドルを守るのだ。
(
皆の笑顔を守るがために。
話がエグい方向いってる……(予定調和)