「答えてよ。プロデューサー。」
加蓮は動揺のままに詰問する。まるで信じられないといったように。
俺は当惑するばかりであった。
だってそうだろう。
何故、過去に戻った事を知っているのか。それを知る方法はただ一つで、しかも俺の持つこのタイムリープだけでそれは可能になるというのに。
まさか加蓮も一緒にタイムリープしたというのか?
なんで?どうやって?
訳が分からない。これまでこんな事は一度として起きたことがない。
いや、もうこの際そういうのは一旦置いておこう。
「さっきまで、アタシのスマホいじってたじゃん……ねぇ……」
加蓮が俺と共にタイムリープしてきたという事は確定している。
(だとすれば、なんて言えばいい。こんな能力。)
「美優さんは……生きてるよね?」
泣き出しそうな声で彼女は俺にそう発言した。
混乱しきっていて、目線に落ち着きがない。
(言うべきなのか……でもそれでもし加蓮に被害が及んだら……)
子供の頃は毎日のように同じ事を考えていた。
この力はきっと神様からの贈り物だ、誰かが知ったら天罰が下って惨たらしい事が起きるに違いない。
俺は恐ろしくなって、いつも掛け布団にくるまって震えていた。
大人となった今の俺はこんな有り得ない事を信じていない。
しかしこれが荒唐無稽な絵空事である保証など何処にも無い。
加えて、騒がれるのが嫌という理由や、面倒臭い事に巻き込まれたくないという理由も勿論あった。
だから、タイムリープについて他人に話すのは控えていたし、とても憚られた。
(けれども……こうなっちゃ、仕方ないか。)
「……加蓮。」
一言そう呼び掛けると彼女は素直にこちらを向いてくれた。
「車の中で全部話す。付いてきてくれ。」
「……一緒に地獄を渡る気があるのなら、な。」
2018 8/7 8:43
「時間遡行……プロデューサー、人間……?」
「多分な。」
俺は車内で自分の子供時代の目覚め、能力の制限、関連して高垣さんについて等々を洗いざらい加蓮に説明した。
前置きとして秘密厳守を約束してもらい、あまり深く突っ込まないという契りも交わしておいて。
そして、中辻連関の事件は伏せておいて。
「アタシが突然タイムリープに目覚めた訳は?」
「説明した通り、全く分からん。」
「うーん……写真の撮影者も同様にタイムリープするってことはないの?」
「ふむ……続けて。」
「プロデューサーは美優さんを救おうと過去に戻る為、北条加蓮が撮影した写真を使った。んでさ、戻る過去がその写真を撮った時刻と場所になるってのは、撮影者の意思に依存する事を意味してそうじゃない?」
「ほう。」
「だからアタシもタイムリープしてしまった。記憶を引き継いで遡行できた。」
「……」
「聞かせてもらった限りなら一番有り得そうな事だと思うんだけど……どう?」
「……確かにそれっぽいな。」
嘘を吐く。
俺は、加蓮のその論理が破綻している事を知っている。
中辻の件を伏せた関係で彼女は奏に関するタイムリープを知らない。
あの時、俺は高垣さんの撮影した写真を用いてタイムリープを行った。
けれども彼女に影響は無かった。いつもどおりだった。
……結局、加蓮がタイムリープに目覚めた理由など分かる筈がない。
こんな神様じみた能力では、理解できる事の方が少ないのである。
考えるだけ無駄であり、今、最優先すべきは美優であるのだ。
運転しながら俺は頭の中を切り替え、熟考する。
彼女は11:00過ぎに車にはねられて死亡する。それを防ぐにはどう行動すればよいのか。
先ず配慮するのは彼女の予定である。今日は大々的なライブの日。美優が死亡する未来があるとしても、悲しいかな、社会人として守らなければならない体裁というものがあるのだ。
その為、無理矢理彼女を引き連れて事故から守ることはできない。
彼女は9:50迄、会社に拘束される。
そこから送迎車が彼女を会場まで運ぶことになる。大体10:00頃には出発してる筈だ。
おおよそ40分の道程を終え、一旦全アイドルはドーム内の裏口近くにある大部屋へ集合。ゆとりをもって、これは11:30迄に行われる事となっている。
横槍を入れる事が可能になるのは事故ギリギリの時間帯になるであろう。
さて、これらを理解した上で彼女の行動を思い返すと疑問点が幾つか浮かび上がる。
最も大きく、明白な疑問は送迎車の存在である。
加蓮も言及したように送迎車が近くに見当たらなかったのはどう考えてもおかしい。
ウチの運転手はライブ前のアイドルをやすやすと道端に放り出す阿呆じゃないし、それをさしおいても、アイドルを放る事で生じるメリットが存在しないのだ。
それでは送迎車は何処に?
第二に美優の存在である。
11:00も過ぎた頃にドーム表の遊歩道で何をしていたのか?
彼女だって集合時間が間近に迫っていた事を知っていただろう。社会人なら尚更気にするものを、何故あそこまで呑気に佇んでいたのか。
そして第三に。
「加蓮。」
「何。」
「美優を轢いたあの車、おかしくなかったか。」
「……タイミングの事?」
「ああ。」
「まあね。ちょっと
車のタイミング。
自販機でジュースを選んでいる時からずっと路上に停車していたその車は美優が現れて突然、動き始めたのだ。
信号を無視し、歩道へ突っ込んで行く姿は作為を孕んでいた。
(まさかとは思うが……)
《中辻の俺を見る視線は明らかに殺意を孕んでいた》
(…………)
「ねえ。」
思考中、加蓮に呼び掛けられる。
「なんだ。」
「……ちょっと後に、ほんのちょっとだけ後にはもう、美優さんが死んでるんだよね。」
窓の外に広がる風景を見つめながら独白される。
「それをアタシと、プロデューサーで死なない未来に変える。」
「これって、
その質問に俺は間髪入れず断言する。
「正しいよ。」
「自分勝手じゃない?」
「正しさなんて全部自分勝手さ。
「……」
「嫌なら辞めていい。協力がなくても俺でなんとかする。」
「……ううん。協力させて。」
「そうか。」
「うん。」
11:00
適度に準備を終わらせて二人で外へ出る。
階段を降り、美優の立っていた遊歩道まで歩く。
不自然に停められた車は前と同様にそこにいた。
「プロデューサー。」
感情のままにその車まで行こうとした加蓮を、しかしながら俺は止める。
「駄目だ。」
「でも!」
声を荒げる加蓮。
「なんて言うつもりだ。これから貴方は人を殺しますって言うのか?」
俺は冷静さを促す。
「……でも、怪しい。」
「次の機会でいい。今回は美優を保護して中まで連れていく。」
そう言うと加蓮はこちらを凝視した。
「次って何。また戻るの?」
目を丸くして問われる。
「失敗したら戻るさ。」
訊く必要もないだろうに。
「成功するまで?」
「……?
俺がそう返答すると加蓮は愕然とし、それっきり黙ってしまった。思春期とはよく分からない。情動の機微が激しい。
そう考えながら前の美優の歩行方向を鑑み、その道筋を辿っていくと、一人で空を見上げている女性を発見した。
こちらに気づいた彼女は目線を下げて発言する。
「二人が何故ここに……?」
「美優さん……!」
打って変わって明るくなる加蓮。
それとは裏腹に困惑した様子の美優の手を取り、加蓮と共に三人で裏道に入る。
「集合時間が早まったんで迎えに来たんです。な、加蓮。」
「う、うん。」
俺がそう言うと美優はある疑問を口にした。
「え……?遅くなったと言われましたよ……?」
(……まさか。)
その疑問に俺は悪寒が走った。
直感が、再来を予測したのだ。
虚偽の申告をされている。
不自然な路上駐車。
消えた送迎車。
中辻の件。
そして、
「誰にですか。」
「運転手の方にです。」
これは、予想より遥かに危険かもしれない。
「あ、加蓮ちゃん。奏ちゃんね、早く来れるかもって言ってましたよ。」
「え、ああ、ありがとうございます……」
取った手を離してから二人の会話に俺は割り込む。
「二人とも先にドームまで行ってくれ。俺、用事思い出した。」
「え!?」
加蓮の声を無視し、裏道から離脱して先程の遊歩道へ向かう。
二人に行かせた裏道は迂回路だから前の未来は起こり得ない。
しかし、これでもしも美優が死んだら……
(一番大変なタイムリープになる。)
×
ドームの表通りに戻るとまだあの車は端に停車されていた。
(加蓮にああ言った手前、これか……笑えないな。)
歩みを止め、車内を見つめる。そこにいた一人の痩せ細った男性は何事かを呟きながらこちらを睨みつけていた。迫力のない、やる気も感じられない瞳である。
俺は彼に車から降りるよう指示する。しかし睨んだまま動く気配が無い。
どうしようかと思案していると彼は俺に向かって中指を立て、こう言った。
「失せろガキ。」
余裕も無かった俺はその程度の煽りでいとも簡単にキレてしまった。
落ちていた石を使って窓を割り、男を引き摺り出す。
「ひぃぃっ!!ご、ごめんなさいごめんなさい!!」
ガラスを片手に胸ぐらを掴んで、訊く。
「三船美優って知ってるか。」
「は、はい!!知って、知ってます!!知ってますから殺さないで!!」
「
「そう!!そうです!!ごめんなさいぃ!!」
泣き出すのも周りの静止も俺の耳には入らない。入るのは美優についての情報のみ。
「たの、頼まれた、頼まれたんです!!やったら借金をちゃらにしてくれるって、そう言われて、」
「誰に言われた。」
「し、知らねぇよ!!顔会わせたのは今日の朝が初めてだし、そ、そいつだってこれから
「
「
……ああそんな。
(最悪だ。)
美優さんと共にドーム裏に着く。ギリギリ集合五分前だ。セーフ。
それに美優さんは今もこうして生きている。隣で歩いている。
とても嬉しいけど、心の奥は少しだけムズムズする。
彼女は一度死んだことを覚えていない。アタシが泣いて、プロデューサーが決心したことを知らない。
美優さんは
(どこか空虚に思えてしまう。この嬉しさも、その優しさも。)
と、
「おや、三船さん。」
帽子をかぶり、黒の手袋をしきりに弄っている初老の男性にアタシ達は話しかけられた。
膨らんでいる彼の胸ポケットが妙に気になった。
11:34
騒動を起こして警察を呼ばれてしまった俺は入り組んだ裏路地を走りながら
写真を表示し、それをじっと見つめていると風景が揺れだした。
(これは
路上駐車していたあの男は金で雇われた一般人だった。
美優の送迎を行う運転手に頼まれ、意思的に殺そうとしてた。
何故かは分からない。が、何らかの理由から運転手が美優を殺そうと画策していたのは事実だ。
ならば、今日失敗したところでまた美優を殺そうと計画するのは自明の理である。したがって、運転手の動機を探らなくてはならない。先ずリセットだ。その後、必然性も調べる。
(過去に戻って、もしも加蓮に美優が殺されたって言われたら……)
動機を探る意味がなくなり、ほぼ詰みだな。
8/7 8:32
気づけばそこはプロジェクトルームだった。
途端、加蓮が地に座り込む。スマホを放り、顔は絶望に染まっていた。
しきりに掌を見ては、血が、血が、と声を発していた。
加蓮のスマホと俺のスマホを交換して、俺は呪った。
ふざけた道化師が造り出したような運命を、呪った。
内容がハードになっていく。