バタフライエフェクト   作:べれしーと

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嘲笑う声が聴こえる


韜晦と約束と…… 05

8/7 8:32

 

 

 

 

 

もう一度過去に戻り、俺は隣にいる加蓮へ声をかける。

 

「犯人の目星がついた。付いてきてくれ……加蓮?」

 

そっと伺うと、彼女の顔は青ざめていた。動揺に足が震え、手を無心に見つめていた。

 

「…………また目の前で美優さん殺されて……手が、手が温いの。血だよ。血で温いんだ。」

 

そうして、ごめんね少しだけ待ってと彼女に言われる。そうだ。何故、気がつかなかった。未来を変えない限りはタイムリープする度に、彼女に美優の死を経験させる事となる、と。

 

(目の前で美優が殺される。そんなの、辛いに決まってる。それを俺は。)

 

ゆっくりと俺は加蓮を抱き締めた。体いっぱいに、包み込むように。安心させてあげたかった。申し訳なくて、どうしようもない気持ちだった。

 

そうして俺に、固い決意に似た義務感が萌芽した。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。加蓮の為に、美優の為に、これ以上の負担はかけられない、と。

 

早くなんとかしなければならない。

 

これは俺にしか出来ないのだ。

 

やらねばならない。

 

俺の、俺だけの義務なんだ。

 

俺が、なんとか…………

 

 

 

 

 

9:40

 

 

 

 

 

落ち着いてくれた彼女を連れて行き、ドームに着く。要所要所が前回と同様になるよう行動して、桜田が予定通りにドーム裏まで来るよう細工する。四つ目のルールだ。

 

因みに加蓮をわざわざこの場まで連行してきた事にはきちんとした理由がある。なんとなく惰性のまま事件に巻き込むつもりなど勿論毛頭ない。

 

その理由とは単純である。確認だ。

 

今のところ百分率でいえば九十九パーセント、桜田が犯人であることに間違いはない。しかし、念には念をおしておきたい。

 

彼は数十年このプロダクションで働いているベテランだ。仕事に誇りを持ち、人望も厚い。俺もお世話になっている。中辻でさえ、彼には頭が上がらなかった。

 

そんな彼が作為者に命令されて自社のアイドルを殺害する……なんて、どう考えても不自然なんだ。

 

それに出来すぎている。まるで一本の糸に手繰られているかのようだ。自分の思う様に行動して、加蓮の思う様に行動して、高垣さんに言われる様に行動して。

 

俺らは警察でも何でもないただの一般市民。何故ここまで上手くいくのか。どうしてこんなに単純に、結果へと辿り着く事ができてしまうのか。

 

大きく俺は、()()()()()()気がしてならない。

 

再度燻る疑念に、どうしても人間性を捨てきれない。

 

(…………考え過ぎか。)

 

汗が、ポタリと滴り落ちる。それと同時に、加蓮が俺の肩を叩いた。

 

「その……犯人だって確認したらさ。我が儘だけど、えと……離れたい。ここから。」

 

「……怖いのか。」

 

「うん……今になって感情がごちゃごちゃしてきてさ。なんか、よく分かんないけどまた泣くかも。それか殴りそう。怨み込めて、顔を。」

 

「…………楓さんの控え室で待ってろ。頑張ってくれてありがとな。加蓮のおかげで美優を救えたよ。」

 

そう俺が言うと、彼女は強調して発言した。瞳の奥をじっと見つめられながら。

 

「ダメだからねプロデューサーさん。犯人に危害を加えたりするのは。」

 

「自己犠牲と他己犠牲もダメ。たとえ戻れるとしてもだよ。」

 

「……ごめん。ちょっと酷い事言う。」

 

「……美優さんを救うとかもう言わないで。それ、神様気取りみたいで、()()。」

 

「今のプロデューサーさん怖いよ。何処かに行っちゃうんじゃないか、なんて、そんな感じして……」

 

「加蓮……?」

 

「……訳、分かんないよね……ごめん……」

 

加蓮は泣いていた。怯えるようにして、何故か泣いていた。

 

分かったから、大丈夫だから、と返答する。数秒おし黙った後、加蓮はこれを了解してくれた。不安げな表情をそのままにして。

 

(そろそろ加蓮の情緒が不安定になってきたな……どうにもここでタイムリープを終わらせるしかないらしい。)

 

裏手から少し離れた所に立てられたパワーパイプテントに置いてある私用の携帯を前回と同様にポケットにしまう。勿論、高垣さんからのメールを見てからである。

 

暫く待つと周りが少し騒がしくなった。その中心に向かってみれば前と全く変わらない。高垣さんと桜田さんがそこにいた。

 

「加蓮。」

 

「……うん。そう。」

 

加蓮は俺の問いに間髪入れず答える。そうか。百パーセントでいいんだな。

 

「胸ポケットにナイフ隠し持ってるから、気をつけて。」

 

次いで発言される。なんだよ。殺意バリバリで合ってたじゃねぇかクソッタレが。

 

「……楓さんと一緒に行け。」

 

「……」

 

「心配するな。日常は目前まで迫ってる。任せろ。」

 

「……うん。」

 

 

 

 

 

×

 

 

 

 

 

平均的な日常を送っていって、あっという間に二十二歳。

 

私は四年制大学を卒業してそこそこの会社へ入る事になりました。

 

教授方から院に推薦されたりもしましたがいまいち興味を持てず、結局波風の立たないOL人生を三船美優は選んだのです。

 

働いてみるとまあまあ過酷ではありました。けれどもホワイト寄りの企業だったので()()()使()もせず、ある程度のハラスメントにも目を瞑って毎日を生活していました。

 

そんな私に一人だけ、同期の友人が出来たのです。

 

彼女の名前は桜田日和。

 

思慮分別の利く、優しい人でした。

 

 

 

 

 

×

 

 

 

 

 

高垣さんと加蓮をドームの中へ誘導し、桜田を呼ぶ。今度はテントの陰で、二人だけ。密会の形となる。

 

「どうしましたプロデューサーさん。到着、早すぎましたか。」

 

彼のはきはきとした声は一字一句がキレイに聞き取れる。耳にも心地よい。

 

「いや、ちょっとした質問なんだけど。」

 

「……はあ。」

 

だから聞き逃す心配はない。()()()()()()()

 

「美優を殺せと誰に命令されたか、言ってみろ。」

 

ナイフでの攻撃はさすがに勘弁なので彼から距離をとってそう問うてみる。核心を突かれて動揺を見せるかと思いきや、しかし、表情を一切変える事はない。何も喋らず、ぴくりとも動かない。

 

怒りを扇ぐ意を込めて挑発してみる。

 

「どうした。それでも使って俺を脅せよクソジジイ、ん?物忘れが激しいのか。それともボケたか?胸ポケットだよ、胸ポケット。そこに入ってるご自慢の髭剃りだ。」

 

手を用いてオーバーリアクションにそう伝えると、さすがに動揺したのか表情が驚きに満ちていく。

 

「ああ、そうそう。テメェが雇った表の粗大ゴミ、あいつなら収集車で帰ったよ。」

 

「……そうですか。」

 

やっと口を開いた彼に俺は再度問う。

 

「誰に命令された。」

 

「ここは……」

 

にこやかに質問を無視されて怒りが沸き上がる。質問してるのはこっちだろうが。

 

「おい、ジジイテメェ、」

 

「静かだね。周りに誰もいない。」

 

またもや無視され、抑えきれない。

 

(このクソッタレが……っ)

 

「いいかげんに、」

 

「私はこう見えても鍛えてたんだ。確かに今はヨボヨボだけど……()()()()()()()()()()()()()。」

 

「……は?」

 

そう言って彼は俺の元まで()()()()

 

まさか、そんな、

 

(おい嘘だろ、待て、待て……っ)

 

驚きから足を溝に引っかけてしまい、バランスがくずれる。急いで体勢を直し、顔を前に向ければ、拳。タイムリープよりも速い一瞬。そして対比するかの如き長い頬の痛み。全身から力が抜け、地面に平伏する。立ち上がれない。血の味がする。口内で出血したようだ。眩暈もする。たった一刹那で、こんなことが、

 

(ヤバい、殺される、)

 

見上げるとそこには年老いた殺人犯。暑く焼けるようなコンクリートに思考が乱される。

 

膨れあがったそれはナイフの証。彼は目前に大きく迫り来る壁の様な圧倒感で、俺に恐怖を与えた。

 

ただ恐れる事しかできない。

 

何度も肉薄した筈の死を俺はこの時初めて明白に実感したのだった。

 

しかし、何を考えたのか。彼は立ち去った。足早に逃げていった。

 

呆然として、十数秒後、ふらつきながら俺は立ち上がった。場違いな安堵で体が崩れそうになるが、すんでの所でなんとか堪える。水っぽい血液を路上に吐き捨てて、どうにか、なんとか。

 

(クソ……ざけんなよ老いぼれが……!)

 

再び沸き上がる恐怖を義務感で押し潰す。加蓮と美優の為にやらねばならない。ただその一心で全てを押し潰す。

 

相手は定年間近のジジイだ。殺されたりなんてしない。考えるな。大丈夫だ。殴られるのは慣れている。ナイフなんて避けりゃいい。そうだ。強気に。強気に行くんだ。理性的な思考はムダだ。今は排除しろ。恐怖してはならない。あの殺人犯から、真実を聞き出さなければならない。獰猛に食らいつけ。

 

(追うしか、ねぇだろ……っ!)

 

 

 

 

 

「はあっ、はあっ…………くっそ……げほっ……」

 

(いた…………っ)

 

ビルとビルの隙間、細い路地裏道にて固い壁に体を預け、肩で息をしながら額の汗を拭う。憎たらしい真夏の暑さと油断の効かない本気の走りで既に疲弊しきった俺は、余裕もなく体を引き摺って彼の元へと近づいていく。

 

(もう、言い逃れは出来ねぇぞ……)

 

奥に佇む人影は多少息を荒げている程度で濃い疲労の様子が見受けられない。息を調えながらゆっくりと彼の方へ進むが、どうにも真実を聞き出す方法を思い付かない。

 

「誰に……命令されてんだ……げほっ……教え、ろ……」

 

彼自身も路地裏の奥からこちらに歩いてくる。真剣そのものの彼の表情は、仕事に臨むいつもの姿と全く変わらない。

 

「なあ、頼む……教えてくれよ……」

 

けれどもただ一つだけ違う点があった。手に持ったナイフ。新品の輝きを失っていない、小さなナイフは。

 

「…………俺も、殺すか……?」

 

赤を求めている。

 

そう言いたげだった。

 

音も脈絡も慈悲も無く殺人犯は走り出す。

 

猪突猛進の様であった。

 

彼はナイフを突き立てて襲いかかろうとする。

 

俺の体は疲れでほぼ動かない。重くずっしりと感じられる。

 

それでも避けなければならない。

 

普通ならそう思うだろう。

 

しかしそれでは駄目だ。

 

(()()()()()()()()。)

 

逆に利用しろ。

 

獰猛に食らいつけ。

 

殺す勢いでいけ。

 

そうだろう。

 

()()()()()()()()

 

彼女達を救うのだ。

 

やれ。

 

怯むな。

 

(人間性を捨てろ。)

 

左手を前に出して、ナイフを受け止める。刃の部分が掌を貫いて血に赤く染まる。動きは止めた。

 

「くそ……っ!」

 

まごつきを易々と見逃すようなヘマをやらかすつもりは毛頭ない。素早く右手で相手の頭を掴み、頭蓋骨を割る勢いで壁に叩きつける。

 

「がっ……」

 

一回、二回、三回。容赦など、猪にはいらない。

 

「…………」

 

足が地面につき、両手はだらしなく垂れ下がる。コントロールを放棄した彼の体は手を離すといとも簡単に地に倒れ込んだ。腹に蹴りをいれても反応はない。

 

死んだかと思い、徐に心臓部へ耳をあてる。

 

(……死んでねぇのかよ。)

 

微かな心音で生まれた残念と安心と不安の混合的な感情が俺を支配する。それは彼の頭頂部と自分の左手の鮮血が些末事であるかの様に錯覚させた。

 

(……俺はここで、どうにかして終わらせなければならない…………しかし…………)

 

この惨状に、俺は暫し逡巡する。

 

またタイムリープした方が良いのではないかと。

 

ここから得られる情報は果たしてあるのだろうかと。

 

脳震盪で意識不明の犯人と、手に穴を空けたプロデューサー。

 

今から何ができるかと。

 

(…………)

 

加蓮はおそらくもう無理だ。

 

(彼女をこれ以上巻き込んではならない……)

 

死んで()いない。まだ誰も。

 

(………………やるしか、ない。)

 

「焦るな……義務を果たすんだ……義務を……」

 

 

 

 

 

10:02




言い訳しません。マジにごめんなさい。
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