バタフライエフェクト   作:べれしーと

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嘲笑う声が聴こえる


韜晦と約束と…… 06

10:48

 

 

 

 

 

車内にて先輩は口を開く。

 

「何があったかは訊かない……今だけは俺も黙秘する。共犯者にもなろう。だがこれからは、何かあったらゲロる。これは冗談抜きでヤバい。」

 

それに俺は静かに首肯する。思えば、運転席で声を渋らせて発言する先輩の姿というものは中々のレア物であった。珍しく、そこには厳格さが漂っていた。現在の様子が普通では決してない事をそれだけで語っている。

 

……あの後の俺は思考を巡らせ、結果、先輩を頼る事にした。

 

可能性として中辻の件を捨てきれない以上、俺にとっての協力できる人物は先輩ただ一人に絞られる。危険ではあったが、致し方ないものだった。

 

電話を用いて緊急の要請をすると、予想に反してすんなりと彼は来てくれた。掌の血が地面に水溜まりを作りそうな勢いだったのでとても助かった。その優しさには頭が上がらない。

 

応急手当をして体を縛った桜田を一緒にトランクへ収納し、そして彼は、途中で買ってきたらしい医療用の針糸で俺のキズを縫合してくれた。真摯に無言で、施してくれた。

 

先輩は今さっきの様な態度をずっと貫いてくれている。詳細を訊きはしてこない。最初にあの惨状を見せた時は顔をしかめたものだが、今は冷静だ。この余裕の無い状況下、この対応は本当に有難い。

 

包帯の巻かれた左手は痛みをあまり感じない。やはり先輩を頼って正解だったようだ。

 

「全部終わったら、病院行けよ。」

 

「……はい。ありがとうございます。先輩。」

 

拙い感謝の気持ちを誠実に伝える。

 

彼の返答は真摯な無言であった。

 

 

 

 

 

10:50

 

 

 

 

 

部屋の灯りがなんとなく暗く感じる。治るものでもないが、アタシの気持ちと同調して風景が様変わりするのは当たり前だが気持ちの良いものではない。

 

楓さんの控え室でパイプ椅子に座り、ただぼーっと、鏡を見つめて早何分か。たぶん、十分かそこらだろう。体感でしかないが、勘みたいなものは鋭い方だ。

 

スタッフさんに呼ばれていなくなってしまった楓さんは当分帰ってこないと思う。裏口の大部屋でライブの確認がある筈だから。

 

(窶れてるなあ……アイドルのくせして、見事に醜い顔してる……)

 

もう一人のアタシは見るに耐えない、酷い表情をしていた。くすんでいて、煤がかっている。魔法をかけられる前のシンデレラでさえ、もうちょっとマシなものなのに、アタシは。

 

「ネガティブなんだ……どうしようもなく。」

 

プロデューサーさん。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

 

 

「ありがとうございます。葛城さん。」

 

ドーム裏にて、僕にそう言ってくれる美優ちゃん。こういう礼儀正しいところから親の教育が見てとれるなんておっさんくさい考えを払拭し、一、二言の言葉を交わし合って、彼女は会場へと姿を眩ましていった。

 

本当に凄いと思う。こんな世間知らずの運転手にはアイドルとかよく分からないけど、デビューから一ヶ月半でこんな大きな箱を担当するって、おそらくウチの業界で最速だ。しかも二十後半。なかなかに驚く。

 

それなのに嫌みや驕りがない。黒い噂も全くたっていない。結構、有り得ないレベルの話だ。純粋に力があるということなんだろうが……これほどの逸材が何故今まで眠っていたのだろうか。

 

極めつけはプロデューサーだ。どう考えても悪手だろう。手に余る。確かに優秀だが、若手すぎるのだ。彼が先輩と慕っているあのプロデューサーならまだ納得がいく。ニュージェネレーションを売り出した、れっきとした敏腕なのだから。

 

これは、贔屓ではなかろうか。いや、僕はしがない運転手だしそういうことがあったとしても別にいいんだけど、会社の事を考えるとどうしてもね。

 

期待の新人と名高いモノクロームリリィの速水奏と北条加蓮、歌姫とも形容される高垣楓、そして天才と称賛される三船美優。

 

(触れてはいけない業界の闇ってやつだったりしてな。はは。ないか。)

 

唐突に今日の運転の指示も()()()から来たし。大きな策略、的な?でもまあ、さすがにありえんか、そんなこと。

 

(会社の損害と利益とを天秤にかけたら、このアイドル業界は慎重にならざるをえないからね。)

 

「彼も新人ながら五人の担当をするなんて、まったく、尊敬するよ。給料あんまり変わらないのにさ…………五人?」

 

奏ちゃん、加蓮ちゃん、楓ちゃん、美優ちゃん。あれ?

 

(あと一人、誰だっけ。)

 

 

 

 

 

11:01

 

 

 

 

 

先輩に迷惑はかけられない。加蓮と同様にこれ以上巻き込む訳にはいかない。そう思って、彼とはドーム裏で別れた。

 

楓さんらの集まる大部屋から離れた、人気の無い裏倉庫。埃を被った粗大ゴミが隅々に鎮座しているそこへ桜田と一緒に入室。錆びた鉄の臭いと切れかかった蛍光灯が自分の会社の地下駐車場を思わせて、少し居心地が悪い。

 

まだ気絶しているコイツの手を取り、先輩から貰った手錠を用いて排気管とそれを繋げる。彼は他のアイドルとも仲がいい。その内の一人からくすね盗ったのだろう。ご立派なこった。

 

鍵をかけ、拘束を解き、待つこと数分。桜田が目覚めた。混乱や焦燥は見えない。

 

「よう、殺人犯。」

 

そう声をかけると彼はゆったりとした所作でこちらを見た。手錠をがちゃがちゃして、コイツは嫌みったらしくほざく。

 

「あらぬ嫌疑で殺されかけた私の身にもなってくれ。」

 

「逃げたお前が悪いんだよ。」

 

そう諭してやるとコイツは、愉快極まりないといった様子でこう言った。

 

「自分の狂気に気づいてないのか、お前は。冷静にこの状況を鑑みろ。どっちが悪だ?」

 

「黙れ犯罪者が。美優を殺そうとしてたのは分かってんだよ。吐け。真実を話せ。早く。」

 

もう十一時を過ぎている事は知っている。どうにかして真実を知り、防がねばならない。

 

「妄想も大概にしろ。意味がわからん。取り敢えず、この手錠を外せば訴訟は止めてやる。何が言いたいか賢い君なら分かるだろう?」

 

「言い逃れるなよクズが……全て知ってるんだぞ、俺は……!」

 

コイツ、口を割る気がないらしい。ヤバいぞ。非常に不利だ。美優が、美優がまた。

 

「何がだ。これまでの業務内容とかか?それとも、この不合理な非行か?精神が錯乱しているぞ。落ち着け。」

 

「ッ……この……ッ!!」

 

桜田の襟元を掴み上げる。頭に血が昇って、迫り来る時間に焦ってしまって、美優と加蓮に迷惑はかけまいと急いでしまって。

 

理性と思考をかなぐり捨てた俺は、とんでもない大馬鹿野郎だった。

 

(いっ……!!)

 

桜田は冷静だった。だから勝った。俺は興奮していた。だから負けた。

 

早すぎる。桜田が目覚めて、たったの一分も経っていない。その間に彼はこの物置から脱出する算段をたてていたのだ。

 

彼の口車に乗ってしまった俺は激昂した。それ故に近づきすぎてしまった。忘れていたのだ。彼の強靭な肉体を。

 

「プロデューサーの君ならおそらくここにでも……あった。」

 

手錠のかけられていない腕で、腹に一撃。強烈な痛みに俺は蹲ることしかできない。

 

そうして無様にもがき苦しんでいる俺の衣服から彼は携帯と鍵を取り出し、手錠を外した。

 

「賢明な愚者に情報の置き土産だ。君の言うとおり、私は三船美優をこれから殺しに行く。」

 

代わりに彼は俺の左手と排気管を手錠で結ぶ。今になって傷が鈍く痛んできた。

 

()()……そして()でもある……()()()()()()()()()()を、彼女にはどうしても償ってもらわなければならない。」

 

独白と共に、携帯と鍵をゴミ山の奥に投げ捨てられる。頭を抑えてふらついている様子を見るに、桜田も平常ではないらしかった。

 

「それにしても君が……まさかこんな事をするなんて思ってもいなかった。頭がキレるとは知っていたが、理性的だと認識していたからね。盲点だったよ。」

 

彼は部屋の扉に手をついて、更に言葉を繋ぐ。

 

()()()()()()()……君からは。」

 

「…………」

 

「同じ穴の貉。ただそれだけだ。」

 

そう言い残して、彼は頭を押さえながら消えていった。

 

どうしてこんなことになったのか。そんな困惑だけが俺を支配していた。

 

 

 

 

 

×

 

 

 

 

 

「____心、その……気にすんなよ。すごく良かったと思ってるし。俺は。」

 

「あえ?何の話?」

 

「いや、任意試験。ドームの。」

 

「あー、ブービーだったあれねー。別に気にしてないよー。」

 

「あ、あっけらかんと……てっきり落ち込んでるものだとばかり。」

 

「デビュー二ヶ月、二十六歳、崖っぷちの超新星☆佐藤心ことしゅがーはぁと見参☆……これ、あり?」

 

「俺的にはあり。」

 

「世間的には……?」

 

「なし、だな。うん。」

 

「おい☆お世辞でもオッケーって言えよ☆言え☆」

 

「はいはい。オッケーオッケー。」

 

「…………真面目になるとね。はぁとはさ、アイドルになれればそれでいいの。それ以上や以下はいらない。高尚や低俗はどうでもいい。」

 

「……」

 

「私は奏ちゃんみたいに万能にはこなせないし、加蓮ちゃんみたいに努力を積み重ねられないし、美優ちゃんみたいに才能を扱えないし、楓ちゃんみたいに上手く立ち回れない。ダメダメなんだ。」

 

「……」

 

「でも、そんなはぁとにもあるの。アイドルになるっていう、()()()()()()()()が。その自負が。目標が。」

 

「……なら、尚更落ち込まないか?」

 

「焦ったって良いことないし。それに、プロデューサーがいるしっ☆」

 

「え……」

 

「望は()()()()()()()なの。つまりそれは、プロデューサーが望ってこと。」

 

「うーん……よく分からん……」

 

「そう?」

 

「それって要は感情論的なもんだろ?もっと、論理的な理由があるのかと思った。」

 

「……はあ。はぁと、ショック……そうなるんだ……」

 

「え、なんか変だったか?」

 

「こんな時も論理、論理、論理。少しくらいは激情的でも許されるんだから、そうなればいいのに。」

 

「自己矛盾してるぞ、それ。」

 

「人間なんて矛盾の塊だよ。冷静な人ほど激昂するって言うじゃん?」

 

「そうか…………」

 

「……ホントに順位とか、気にしてないから。ありがとね。()()()()()()()。」

 

 

 

 

 

×

 

 

 

 

 

不思議と頭は冴えている。殴打の痛みはひき、感情も収まりがついてきた。

 

まとわりつく困惑、不安、絶望にうちひしがれながら、左手の呪いを壊そうとする。

 

しかしどうにもならない。鼬の最後っ屁であった。

 

「美優……加蓮……」

 

地に這いつくばって名前を溢す。口が渇いていて、音が全く出ない。もう、時間は過ぎた。理解するしかなかった。美優は殺されたのだ。

 

「俺が……俺は……」

 

どうしてこうなってしまった。こんな、意味の分からない事態に陥ったのは、何故だ。

 

「自業自得だ……俺が、()()()()()()……」

 

口許に流れた涙が塩辛くて、嗚咽と咳が苦しくて、ああ、どうしようもない、どうせなら私の命を、この腐った無価値な人生を奪っていって欲しかった、彼女達に罪などないのに、どうしてこのような仕打ちを……

 

「同じ、穴の……貉……」

 

確かにそうだ。俺はクズで、紛れもなく、最低の痴呆。理論、理論、理論で掴んだ未来を感情論で踏み潰す。己の身勝手で他人を利用する、殺す。これはこれは、どうやら桜田や中辻なんかよりもよっぽど悪党らしい。こんな奴が、高垣さんを好きだとか……

 

(もう、どうしようもないな。)

 

どこかからか愉しそうに俺を、()()()()()()()()()

 

隙間風を便りにしているようだ。廊下にいるスタッフの話し声ものっている。

 

悲観は加速する。まるであの頃のように。

 

高校生の時、俺は高垣さんが帰郷して無となった。

 

同じく色が、世界から消えた。

 

「おいおいどうなってんだよ……マジにおかしいぞ今日は……!?」

 

「ライブはどうなるんだ!?」

 

急いでいる足音、余裕の見えない声。非日常の嘲笑。

 

(ごめんな。俺のせいで。)

 

「中止に決まってんだろっ!早く動けっ!」

 

「誰か警備員呼んでこい!!警察も!!」

 

……やはり俺は、クソ野郎だ。

 

(何かの為に動くなんて、無意味だった。)

 

()()()()()()()()()()だとか、()()()()()()()()()()()()()だとか、()()()()()()()()()()()()()()()()だとか……なんなんだよこれ!!」

 

「終いには桜田の爺さんが()()()()()()()()()()だとよ!頭に包帯巻いて!訳わかんねぇよ!」

 

こんな運命、()んじゃなかった。

 

(もう、俺には分かんねぇ……)

 

 

 

 

 

「人質は()()()()!三船美優が交渉中!一体どうなってんだあのプロデューサーのアイドルは!」

 

 

 

 

 

×

 

 

 

 

 

いつかの大学終わり、暇が合ったので俺らは会談することにした。飯でも食いに行こう、という感じだ。

 

「男女同士の友情が成立しないなんて本当かなって思うんだけど、どう?」

 

道を歩きながらの軽い話だった。俺からすれば、ただの談笑。そうして切り上げるような何でもないもの。

 

「さあ……?俺にはよく分かんねー。」

 

正直にそう返答される。望はこういう奴だ。分からない事ははっきりと宣言する。

 

「そもそもだよ。」

 

話しが進めやすくてとても助かるなあ。なんて思ったり。

 

「うん。」

 

「これ、同性同士の友情なら上手くいく、なんて考えにも取れるじゃん。でもそんなの傲慢にも程があるよな。」

 

だから、別に求めてなんていなかった。意味なんてなかったんだ。

 

知らなくてよかったのに。

 

適当に流してほしかった。

 

相槌で重畳だったんだよ。

 

なあ。

 

「俺と心はその反証になりそうだな。」

 

「……えっ?」

 

誰なんだよそいつは。

 

「ああ、うちに佐藤心っていう面白い先輩がいてさー。」

 

「そ、そう。」

 

なんの話をしてんだよ。

 

「ほら、この人。可愛くない?どう?」

 

「そう、だな。」

 

お前にはいるだろ。どうしてだよ。なんでそうやって。

 

「……楓はどうなんだ。」

 

まさか彼女の想いを知らないなんて、そんなこと。

 

「…………優しい先輩だったよね。」

 

……そうか。

 

お前は、()()()()()()

 

見てみぬふりをして、誤魔化して。

 

そうやって上塗りを重ねて。

 

自分で背負って。

 

(俺とお前は__)

 

 

 

 

 

2018 8/7 12:13




結末までの道筋とかは決まってるんで、あとは書く時間さえあればなんですよ。
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