「なあ、聞いたか?今日のライブ。」
「中止らしいな。」
「マジ?なんで?」
「会場の近くで事故った奴が出たとかなんとか。」
「え?俺は会場が混乱したからってネットで見た……」
「そうなの?」
「いや、実際どうとかは知らんし。」
「あの346がでしょ?ヤバくね?」
「相当な何かがあったんだろうな。」
「アイドルも大変だね。」
「おい。支部の話、そっちにも回ってきたか。」
「え……なんすかそれ。」
「俺も知らない。」
「なんか、元々本社で偉かった人が急死したんだと。」
「はあ。」
「へー。」
「反応うっす。これってそこそこの重大事件なんだぞ。」
「でも偉かったのは過去の事なんですよね?」
「支部って事はその人、相応にやらかしてる訳だろうし……そもそもそれはフェイクニュースじゃないか?っていう。」
「ガチだ。」
「はえー。」
「よく考えろ。ここは曲がりなりにも芸能界だぞ。」
「は、はい。」
「権力闘争の重鎮が一人消えたんだ。しかも突然。」
「荒れるぞ。これから。」
「うわー……マジかよ……」
「どした。」
「今日の346のライブがゴタゴタで急遽中止になったらしくてさ。」
「……なに?」
「本社の発表がホームページにあるぞ。ほれ。」
「…………」
「再度開演する予定はありませんって、うわあ。」
「関係者の事故……」
「ああ、そういえばお前の友だちがプロデューサーやってんだっけ。」
「……」
「聞いてんのか、大希。」
「聞いてる……くそっ、あいつ電話出ねぇ……」
「そりゃ、仕事に追われてんだろ。こんな発表するくらいなんだし。後でかけ直せ、後で。」
「でも。」
「でももくそもないだろ。どうしようもないんだから。つーかそろそろ研究室戻ろうぜ。自分で誘っといてなんだけどあちぃわ、ここ。」
「……」
「何を渋ってんだよ。図書館まで無理矢理連れてきた事なら謝るからさ。早く行こうや。」
「あいつは大事な時に限ってドジをする。」
「そうか。」
「だから、心配で仕方がない。分かるだろ?」
「信じるしかないな。」
「は?」
「信じるしかない。」
「どうしたお前?」
「どうしたって、え?怪我してないか心配してるんだろ?違うの?」
「まあそうだが。」
「それじゃあ正解じゃんか。」
「いや、信じてどうなるんだよ。そんなんで救われるか。非科学的な。」
「友情に理論なんてあってたまるかアホ。」
「いや、そうだけど……」
「研究で頭固まりすぎ。もっとバカでいけばいいんだよ。」
「……あっそ。そうだね。」
「おい、面倒臭いからテキトーに話を切ったな。今。」
「いいから戻ろうぜー。」
「聞けよ。」
×
「ごめんなさい、加蓮ちゃん。怖い思いをさせて。」
私がそう言うと、彼はナイフをこちらに向けて怒りを表しました。
「喋るな、黙れ!殺すぞ!」
それは自暴自棄で、いつぞやの私の映し鏡の様。酷く憐れにさえ見えてくる。
(なんとか隙を作って、救い出さないと……)
目的を達成する為に頭を巡らす。先ずは口を動かさねば始まらないだろう。
「……私を殺したいんですよね?」
そう問うと、彼は力強く首肯した。
「それでは、彼女は関係ないでしょう。離してくれませんか。」
私のこの切なる要求は暇を置かずに否定されます。
「この頭の包帯が何か分かるか?これはな、お前らのプロデューサーにやられたんだよ。」
加蓮ちゃんの怯えが増す。そんな子どもの表情を見て動こうとしない大人はいない。私の後ろにいる感化された人格者達は、咄嗟に警棒に手をかける。
「おっと、頼むから警備員の皆さんは動かないでくれよ?狙いはただ一人、三船美優だ。」
そう言って彼は一歩、後ずさる。その歩みの先には、彼が逃げる事の可能な道が続いている。
しかし、だからといって私達は手出し出来ない。そんな事をすれば加蓮ちゃんは殺される。たった一つ良い事があるとすれば、彼も全てを棄てて一目散に逃げる事は出来ないだろうという事。
周辺を見渡せば、廊下は膠着状態といって相違ない様子でした。
「貴方は、どうやって私を殺すんですか?」
アプローチを変えて、他人行儀に耳を傾けてみます。
「こっちに来てもらえればそれで良い。お前の首筋を切ったら、直ぐにでも北条は解放するさ。」
「そんな……ダメ!そんな事、もうさせない!」
拘束された加蓮ちゃんがそう喚く。いけない。刺激は強硬を産む。
「北条……もしかして、死ぬのが怖くないのか?」
彼が腕を振りかぶる。終わる。それだけは。
「待って……っ」
彼の持つ鋭利なそれは、私や彼女、警備員の制止も虚しく、彼女の左腕を貫通する。
「ーーーッッ!!!!!」
耳をつんざく叫び声が反響する。痛みに哭いた、辛苦の通告。
(あぁ、まただ。また私は、傷つけた。)
苦悶の様相を呈しながらぐったりとしている彼女を蔑む彼は、皮肉たらしく言った。
「お前が生きているから皆が不幸になるんだ。分かるな?」
最も忌み嫌っていたシナリオ、それは大切な友人を傷つけられる事。それが今や、現実となってしまった。
次の瞬間にも加蓮ちゃんは殺されるかもしれない。脅迫でもなく、彼は本気でやるだろう。私がここで彼の説得を試みる限り。
「う……ぁ……」
加蓮ちゃんはどうやら、出血のせいで意識が朦朧としている様だった。少しも無駄にできそうにない。刻一刻と、彼女は死に向かって歩いている。
「……彼女を離して下さい。そうすれば要望通りにしますから。」
ただ失いたくない一心。また繰り返す訳にはいかない。
「ふざけるな。私を騙そうとしているだろう。お前を殺せれば、もうそれ以外はどうでもいい。色々と邪魔が入ったんだ。いい加減終わらせたいんだよ。」
しかし、そんな思いは遮断され、諦念を孕んだ声色で返答されます。
「……どうして私を殺したいんですか。」
そう訊くと、表情が変わった。怒りだった。
「桜田日和……娘だ。私の娘は、愛しい我が子は、葬式にも謝罪にも来なかった無関心で傲慢なお前のせいで死んだ。言ってる意味は分かるな?」
震えた声で糾弾される。怒りは着地点を見失っているようで、むしろ哀愁が強く漂っていた。
「確かにそうかもしれません。」
「そうかもしれません、じゃない。そうなんだよ。」
弱々しい紛糾に、私は同情する。
「私も悲しかった。辛かった。神様を恨んだ。」
「……あぁ。そうだ。親より先に逝くなんて、酷すぎる。」
心からの思いを告げられ、しかし、冷徹に責める。
「加蓮ちゃんにも家族がいます。」
「……っ。」
「彼女も、貴方が日和さんを愛している様に、家族に愛されているんです。」
「それは…………」
彼は目を泳がせ、口をつぐむ。後ろめたい気持ちを隠す様に、また一歩退いた。
「貴方は大事な人の為に一生懸命なだけ、そうでしょう?」
「…………」
「ならばせめて、関係のない彼女は離して下さい。」
彼は暫し沈黙する。考慮する所があったのだろう。
どうか……どうか、考え直してほしい。無辜の命を蔑ろにしてはいけないと、彼は分かっている筈なのだ。
「……無理だ。」
しかし、返ってきたのは拒絶。予想に反した結果。
「っ……どうして?」
「死の真相を知るために金が必要だった。借金が膨れ上がって、私の返せる範囲は超えた。やらなければ、今度は妻が危ない。」
変に引っ掛かる物言いに我慢ならず、口を出す。
「真相?日和さんは事故死したって、」
「殺人だよ。」
「……え?」
間髪を入れずにされた、思いもしない返答に思考が止まる。
「お前が犯人だろう。知ってるさ。教えてもらったからな。」
(……?…………何を言っているのか分からない……私が、殺した?)
矢継ぎ早に彼は言葉を続ける。
「ブレーキに細工がしてあった……お前がやったんだろう?事故に見せかけようとしたんだ。」
全くもって身に覚えのない事実を伝えられ、私は混乱する。
「そんな……そんな事してません!誰がそんな事を……!」
「言う義理はない……もういいだろう、とぼけるな。それ以上ふざけた真似をするのならば、北条は殺す。」
彼は刃を彼女の首に押し当てる。たらりと薄く、血が垂れる。涙のように肌を伝っていく。
一旦、彼の発言は忘れるしかない。この状況を打開してから解明すればいい。彼女が助からない事には始まらないのだ。
兎に角、選択肢はもう少ない。誰かが犠牲になるのは明白。それでも何とか足掻くしかない。だからこそ、策を練らねばなりません。
けれども、不出来な脳にはそんな策など出てこない。易々と救出案が閃く事は無かったのです。
時間だけが浪費されていく。焦燥に駆られ、より思考がもたつく。
(こんな時、隣人なら……楓さんなら、どうするのでしょうか。)
緊迫した状態なのに、私の頭に思い浮かぶのは解決策などではなく、彼女の事でした。
私を絶望の淵から救ってくれたあの隣人なら、この場を、もしや……と。
一人になる事に抵抗はなかった。俺には責務があり、時間を戻して人を助けるという義務を遂行すれば、皆が幸せになると信じていたからだ。その幸福の為なら、自分を犠牲にしてもよかった。
でも、結局は死体が増えただけだった。
勿論、幸せになった人もいる。それは俺の先輩だったり、仕事仲間だったり、よく知っている人だ。そんなものは極少数なのに。
悪人を殺した。心は痛まない。
他人を殺した。罪悪感に苛まれる。
知人を殺した。悲しみに暮れる。
(じゃあ、美優や加蓮は?)
考えるだけで体の奥が冷えていく。涙が止めどなく零れて、早く死にたいと希ってしまう。
「………………楓に、会いたい。」
今すぐ彼女に溺れたい。こんな現実から逃避したい。そんな想いに出た言葉では決してない。
「俺を……皆を救えない弱虫な俺を、叱ってくれ……」
独りは俺だけでいい。死ぬのなら、
「楓……っ」
嘲笑ってもらって構わない。お前になら全部を託せる気がするんだ。
「楓……っ!」
だから、頼む。一縷の望みを。
「楓……っ!!!」
「外まで丸聞こえですよ、プロデューサー。」
「……え…………?」
扉の開く音と共にした、耳に馴染む声。
息を切らして汗を流す、緑髪の幼馴染。
「遅くなってごめんなさい。捜すのに手間取ってしまって。」
言葉を失った。彼女は、来たのだ。
「なん……で、ここが……」
「ただの運と努力ですよ。至る所を走り回りました。」
茫然自失という四字熟語は今のために存在したのだろう。それほどに俺は、我を忘れていた。
「手錠の鍵は?」
「あ、あぁ、いや、ダメだ。ゴミに紛れて、見つけ出せない。」
「分かりました。」
そう言って彼女はスマホを取り出した。どうやら急いでいるようだった。
(未だに信じられない。願いが、叶った?そんな都合よく?)
この俺の小さな疑問に答えはない。しかし、惨憺たる現実にはそれが存在する。
「まだ二人は生きてます。」
「っ……!」
だからこそ、楓の発言に俺は戸惑った。既に殺害の予定時刻は大幅に過ぎ去っている筈だ。それなのに生きているという事は、俺の論理に誤謬があった事になる。
「楓……俺はどうすれば……」
弱気な俺をほったらかして、彼女は携帯を見ている。美優と加蓮が生きているのなら助けに行くべきだ。それなのに。
「楓……?」
「……これは賭けです。望くん。」
「え?」
厳しい表情の楓が一人ごちる。
「私達は窮地に立たされました。だから、決断しなければなりません。多数を救う決断……」
彼女の手は震えている。
「そして……失敗すれば、大切な人が死ぬ決断を。」
楓のその言葉に俺は後ろめたい気持ちを覚える。
「これから起こる現実を、私は全て受け止めます。覚悟して背負います。罪人として生きていくのも厭わないつもりです。」
俺は楓にそう強く言われる。けれども、彼女の姿は今までで一番弱々しく映った。根本のネガティブが顔を覗かせていた。
「賭けですから最悪、皆が死ぬかもしれません。でも、それは反面、皆が生きられるかもしれないという事ですよね。」
「……一人でも欠けるのは嫌です。」
一瞬間の無言の後、楓は力なく笑った。
「約束を交わしませんか?」
脈絡の掴めない提案。
「……どんな?」
しかし、それを否定はしない。いつもと違う楓の言動に俺は惹かれた。
そして、発せられた響き。
「
その有無を言わさぬ迫力に、俺はたじろぐ。
不思議な感情に支配された。それは恋心に似合わない何かだった。憎悪や猜疑、不信感の様で、郷愁や懐古の様でもあるノスタルジック。
それに突き動かされて、俺は首を縦に振る。彼女は満足そうに微笑した。
すると、示し合わせたように彼女のスマホが音を立てた。
「もしもし、
(電話……相手は奏?一体何をするつもりだ。)
そんな思考も露知らず、楓は大きく深呼吸する。空気が重い。彼女の瞳は鋭く、決意の眼差しであった。
目を瞑り、数秒。
「やって。」
開いた目蓋と同時に、楓は決断した。
加蓮ちゃんの奪取に頭を悩ませていた私に好機が訪れたのは突然でした。
「っ……音響室には誰もいないはず……!」
彼は大きな音に気を取られ、怯む。
それを見た加蓮ちゃんが真っ青な顔を引き締め、私を見る。
彼女はここを分岐点と決めたらしい。
隙は一瞬。
先は分からない。
迷う時間などない。
誰かに凶刃が行くかもしれない。
でもやるしかない。
今、動くしかない。
(もう、終わらせよう。)
「ッ!!!!」
彼女が動く。
精一杯の力を振り絞り、彼の拘束を解く。
震える体を懸命に走らせる。
「お前……!」
途端の行動にふらついた彼が怒りを露にする。
刃物をしっかりと握り、腕を振りかぶる。
目線は彼女の元へ。
投擲の二文字が浮かぶ。
(ダメ。その結末は。)
がむしゃらに私は彼女の方へ走り出す。
加蓮ちゃんが手を伸ばす。
直ぐ後ろでは彼が警備員に取り押さえられかけていた。
手にそれはない。
宙で光を反射する『怒り』。
音は遠のいて。
光も消えていき。
時は遅くなり。
私は選択した。
「美優さん!!!」
×
アイドルでいたかった。
ただそれだけだった。
後悔した時には、もう遅かった。
彼女に彼の居場所を教えた。その他にも色々教えた。
罪滅ぼしにはならないだろうけど、自責で潰れそうだった自分にはこれしかなかった。
犯罪に加担したんだ。消せない咎を作ってしまったんだ。
そう思うと、身体が冷たくなっていった。
結局、女の嫉妬心に負けた私が一番の宿痾だった。
用済みの私はどうせ殺される。そんな事、裏切った時には既に覚悟していた。だからそれは別にいい。
けれども、友達が死ぬのは見過ごせなかった。
ごめんね。
身勝手にあなたを巻き込んで。
共犯者として、危ない橋を渡らせる様な事をさせて。
あなたも命の危機に晒されるのに、嫌な顔一つしない。
……強いなぁ。
何で私はこんなに弱いんだろう。
どうして何も守れないんだろう。
譲れないものの為に命を賭す。私達は一緒の筈なのに。
(もうすぐ終わる。)
(誰が生き残ったかな。)
(……ううん、関係ないや。)
(
殺すのに躊躇無くなってきた(似非サイコパス)