綺麗だった。とても綺麗だった。精巧な機械のようだった。
夏の事。研修生として先輩プロデューサーにこの職のいろはを学んでいたとき。
ビル内の廊下を歩きながらアイドルに於ける宣材写真の重要性を教え込まれていたとき。
モデルさんの撮影も共に控えていたとき。
運命の様だった。専用控え室から貴女が出てきた。
「の、望くん……?」
彼女は何も変わってなかった。変わらず美しかった。
六年ぶりの再開。嬉しくはあった。
「なんだお前。楓さんと知り合いか?」
「……高校の同級生です。」
「そうか。」
でも、俺は臆病だ。
「お久しぶりです。楓さん。六年ぶりですね。」
興味のない素振りをした。
自分から関係を切り離し、だが、運命的に再会した。
ここで前の様に馴れ馴れしくできるだろうか。
しかも彼女は有名なモデルではないか。
俺はスキャンダルの元になる。
それに、彼女からしても面倒臭いだろう。
他人のままで終わらせるべきだ。
この自分勝手な感情は、貴女に出会えたからもうすぐ消えていくはず。
幸せそうな貴女に出会えたからもうすぐ消えていくはず。
自分みたいな邪魔者は彼女の様に穢れを知らない高貴な女性と親密になってはいけない。
高校時代に知ったのだ。その魅力にとり憑かれると。
「……ずっと、ずっと会いたいと思ってました……っ!」
ああ、止めてくれ。泣かないでくれよ。
勘違いするだろう。
頼むから期待させないで。
側にいれるかもなんて思わせないで。
自分は貴女にとって害悪なんだ。
昔と変わらない優しさと弱さを俺に見せないで。
この醜い恋を諦めさせてくれ。
×
秋の事。高垣さんは別事務所のモデルを辞めて、この346プロダクションに入る事になった。
高校での引っ越しの件はごめんなさい。
また一緒ですね。
もう離れません。
そんな甘言に惑わされる。
悪くないと思ってしまう。
駄目だ。彼女に迷惑をかける。切り離さないと。
そう思った俺は自分の身分も考えず、部長に直談判をかけた。
高垣さんはアイドル部門でなくモデル部門でこそ輝く。
何故こちらの部門に態々異動させたのか、と。
すると返ってきた答えは全く予測もできなかったものだった。
「お前に期待しているのだ。理解しろ。」
このおっさんは頭が沸いていると思わざるをえなかった。
研修生に期待しているという事が果たして異動に直接的関係があるのか甚だ疑問だったのだ。
この会社は近い内に潰れるんじゃないかとこの時は本気で思った。
上司の見る目の無さに呆れかえっていたのだ。
俺には学歴も無く、資格も無く、経験も無い。
そんな奴に期待とかバカなのかと。
……別に彼女がアイドルとして輝く事に不満を感じている訳じゃない。
俺が彼女の近くにいれば、いつの日か必ず俺が間違いを犯す。
それをどうしても避けたいだけなのだ。
奮闘虚しく、高垣さんのプロデュース方針は俺が決める事になった。
(なんで俺なんだ。)
研修生にこんな事をやらせるなよ。経験不足で失敗するぞ。
(…………まあやれと言われたんだからきちんとやりますが。)
約一週間から二週間程で高垣さんのプロデュース方針案を分かりやすい様に纏めた。それを先輩に渡す。
俺の案は多方面に浅く売り出すというものである。
高垣さんは自身のモデル経験から様々な仕事への繋がりを見込める。尚且つ、それに関係して彼女は知名度がある。
美しく、絵画染みている容姿は老若男女幅広く受け入れられるに違いない。
アイドルとしては新人である事に加えて、歳が歳であるが、自分にはこれでいけるという謎の自信があった。
高垣さんならいけるという自信があった。
×
冬の事。年末合同ライブの現場下見の帰り。
夕方で、街中のライトが光だす頃合い。
「あれ?ひっさしぶりー。」
彼女に声をかけられた。相変わらず可愛い人だ。
「覚えてない感じ?」
無反応でいるとそう彼女に続けられた。
(……覚えてるが黙っておこう。)
「すみません……覚えていませんね。」
「そ、そっすか……」
「それでどうかしましたか佐藤さん。」
「覚えてんじゃねーかっ☆」
寒さで鼻を赤くしている心に再会した。
二人で居酒屋に入る。心曰くここは焼き鳥がばか旨らしい。
そこでは二年間の昔話が盛り上がった。
愚痴が多かったと思う。特に心の。
「私の夢、知ってるっけ?」
ほろ酔いな彼女が問う。
「……知らないです。」
同じくほろ酔いな俺が答える。
「…………アイドルになりたかったんだ。昔から。」
真面目な表情と真剣な声色。あのふざけた二年間からは想像もつかないシリアスだった。
彼女は矢継ぎ早に語る。酒を煽りながら。
「小学生くらいかな。テレビに出て有名になりたーいって思い出したのは。」
「その不純な動機とチヤホヤされたいっていう欲望からアイドルを夢見だしたの。容姿には自信あったし歌手とか女優より楽そうに思えたからね。」
「中学生の頃頑張ったんだよ?オーディション受けに行ったりして。でも周りの子の本気に私の適当が勝てる訳なくてさ。」
「落ち続けたよ。なんだかそれが悔しくって急に本気になったの。私の方が可愛いんだって。スウィーティーなんだって。前までの適当さは嘘みたいに笑顔の練習したり。」
「でもダメだった。なんかが足りなかった。それがなんなのかは分かんないまま親に禁止令くらってね。勉強しろって言われた。これ以上は無理かなって自分でも思って、勉強することにした。」
「だから大学は悪くないとこ入れたよ。ご存知の通り。大学ははっちゃけた。適当と本気と勉強で人生なーんも遊んでなかったからさ。二人で泊まりの旅行行ったよね。あれは人生で一番楽しかった。」
「大学を卒業して就職した。けれどもまたこけた。仕事って難しいねー。クビになったよ。一ヶ月前。」
「んでさ、最近思うんだ。もう一度だけ、夢を見たいって。小さい頃見てた風にさ。」
「もう年齢考えりゃ無理な事わーってるんだよ……でも……」
「…………やっぱり、アイドルなりてぇよ……っ」
×
部長に二回目の直談判を起こしたのは居酒屋に行った次の日だった。
「スカウト権限を認めろ?それは無理だ。期待してるとはいえ早すぎる。一年と少しを待て。」
俺はこの日、自分が説得能力に長けている事に気づかされた。
次に、自分は情で動きやすい人間である事、公私混同をしてしまう人間である事にも気づかされた。
最後に、部長が無能である事にも気づかされた。
二十以上も年下の若造に論破されて癇癪を起こすとは。御愁傷様。
「よーっす。来たよー……さむっ。」
「佐藤心さんですか?」
「…………?……そ、そりゃそうでしょ。どうしたの突然呼び出して。」
「貴女をアイドルへスカウトしに来ました。」
「…………へっ?」
×
春の事。年末の評判が予想を遥かに上回り良かったらしく、高垣さんの歌う『こいかぜ』のCD発売が急遽決定した。
結局この時も高垣さんはアイドルとして346に所属している。なぜなら俺の方針案が大成功を修めたからだ。
先輩プロデューサーは驚いていた。
お前の方針通りにやれと上司に言われた。そしたらこれだ。才能あるぜお前。と。
部長も驚いていた。
まさかここまでとはと。
……そんなに驚く事だろうか。ただ交渉したりスポンサーについて思案したり効率性を重視したりすればこんなものは簡単だ。そんなに褒められる事はしていない。
だが評価が上がっている事実、これは悪くない。つーか嬉しい。
その後、この新人アイドル育成案の大成功により、研修生から独立して直ぐの新人プロデューサーにしては大きい数のアイドルを任される事になった。この会社は能力主義。四月から正式なプロデューサーとなる俺へ異例にも担当アイドルを五人もつけやがった。
これも嬉しいっちゃ嬉しいが新人に期待しすぎだろ。
まあ、それはさておき。俺が担当するアイドルとはこの五人である。
方針を決めた俺自身がプロデュースをする方が効率的であり、成功しやすいという理由から、高垣楓。
スカウトをした本人であるという理由から、佐藤心。
今年最も売っていきたいユニットを最も期待できる有能に任せたいという理由から、モノクロームリリィより、速水奏と北条加蓮。
俺が最も売っていきたいアイドルだと思い、自分から担当を立候補させてもらったという理由から、
「すみません……ボールペンを失ってしまって……」
「うっかりなのは変わらないな。姉さん。」
そして従姉であるという理由から、
「ほい。みゆねぇ。」
三船美優。
アイドルの選出は完全な好みやでもみやで。