「…………ライブ、出来ないのね。」
物悲しい雰囲気が漂う。
「その怪我で無理はできない。しょうがないよ。」
そうしてふと、その赤い目尻の語る真実がなんなのか、俺は気になった。
「泣いてた?」
失礼ではあるが、続けて俺は訊く。
無能な事に、俺はまだ彼女の事を理解していない。
理解しなくても、彼女はやっていけると思ったから。
才能があって、未来が約束されているから。
だから、理解していなかった。
親が弟ばかりを構って、兄の事を理解しようとしないのと同じ様に。
「意外?」
泣いていたという憶測は、案外すんなり認められた。隠したりしないのか。
「意外だよ。君はいつだって冷静沈着な人だと思ってたからね。」
このような事態に陥っても慌てず最善を熟考する人というイメージは違っていたらしい。
「私一人の問題じゃないもの。」
ゆっくりと口を動かし。
「昔話、聞いてくれる?」
「ああ。」
静かに彼女は、語り出す。
「……加蓮とはユニットを組む以前からの友達だったわ。私はスカウトされて、彼女はオーディションに受かってアイドル候補生になったの。見習いとして一緒にレッスンを受けてた時に意気投合してね。二人で色んな所へ行ったのを今でも鮮明に覚えてる。」
「私は何をやっても直ぐにこなせる天才型らしくて、同期のアイドル候補生の中でもトップだったわ。ずば抜けていた。だから、嫌われた。妬まれたの。女って怖いわね。独りになっちゃった。」
「対して、加蓮はへっぽこだった。素人目でも解るくらいアイドルには向いていなかった。けれども加蓮は諦めず努力したわ。ひたすら、ただひたすら。それこそ倒れるギリギリまで。」
「時期毎に全アイドル候補生がランク付けと絶対評価をされるのはプロデューサーなら勿論知ってるよね。この会社の本気が犇々と伝わってくる制度よ。それで数百人の中から努力だけで、彼女は私に次ぐ二位という順位を勝ち取ったの。凄いわよね。」
「とても喜んでたわ、加蓮。飛び跳ねてた。周りの子と一緒に喜んでた。……加蓮は万人に好かれるの。私と違って、女子高生らしいから。天才じゃなくて、凡人だから。」
「それから二ヶ月後、私がアイドルとしてデビューする事になった。ソロでね。でもそれって、普通に考えれば早すぎるデビューよね。だから何故これほど早いのかトレーナーさんに訊いてみたら、君が凄いからって返されたわ。」
「君は既にアイドルとして上流であると言っても過言ではない、だって。私みたいな候補生ごときが、デビューさえしていないくせにそんな地位を取れるなんて豪語されて、馬鹿馬鹿しいと思った。アイドルって、そんなに簡単なんだなって感じたわ。」
「そうしたらやる気なくなっちゃって。どうせアイドルとして頑張っても才能で片付けられて、頂点を取っても当然と言われて、女の子らしい虚勢を張っても自信と勘違いされる。皮肉っぽく言えば天才故の苦悩ってヤツよ。」
「だから、私は加蓮をデビューさせて下さいって常務に直談判しに行ったわ。彼女の方がよっぽど適任だもの。当然反対されたけど、私も食い下がった。とことんね。」
「結局折衷案で片付いたわ。ご存知の通り、ユニットでのデビューよ。」
「泣いてたの、加蓮。やっと夢見たステージの第一歩を踏み出せる、努力が報われたって。」
「候補生の皆からも祝福されたわ。彼女だけね。」
「……加蓮は、何処までも真っ直ぐで、本気で、妥協を許さなくて、自分に厳しくて、周りに優しくて、夢を追い続けていて、努力してて、なんにも自分は出来ないって笑いながら言う子なの。強くて、かっこいい。私と違って弱さや絶望でさえも武器にして戦ってる。」
「私の削がれたやる気を取り戻させてくれたのは他でもない、加蓮よ。彼女の為に、私は私を利用した。才能を彼女の夢の糧としてきた。」
「やっとなの。やっと、お返しが出来るの。仲良くしてくれたお返しが。やる気をくれたお返しが。光明を見せてくれたお返しが。」
「いずれ、加蓮はトップアイドルになる。私は確信してる。見せてくれた光明は、形容なんてできない程に光り輝いてた。」
「…………でも、私が台無しにしてしまった。冷静になんて、いられる訳ないじゃない。潰したのよ。またとない機会を。加蓮を輝かせる事の出来た機会を。」
「私は、こんな自分が許せない。友達を幸せにさせる事すら出来ない自分が。」
「…………悔しい、のよ……っ!」
……奏が、顔を下に向けて泣き出す。俺が初めて見る、感情の暴露だ。
(友達、か。)
奏の思いとあの時の俺の思いは、少し似ていた。
だからだろうか。
どうしようもなく、助けてあげたいと思ってしまった。
「奏、もし……もしもの話だ。」
「……?」
奏は、いつもと違う、年相応の表情で俺を見る。
「その怪我が無かった事になる方法があるとしたら、どうする?」
「……何が、言いたい訳?」
凍てつく懐疑の視線。
「例え話だよ。つまり、過去が書き換えれたらどうしたいか、って事。」
「…………決まってる。」
「何?」
優しく問い返す。
「こんな、小さな失敗をしなかった過去に書き換えるわ。」
「……そうか。分かった。」
奏が、そう望むなら。
「でも、過去は変えられないのよ?知ってた?」
嘲る様に謗られる。
「知らねぇよ。」
ソファーから立ち上がって扉に向かう。
「その野蛮な口調は素かしら?」
ドアノブを乱雑に回し。
「ああ。そうかもな。」
部屋を出た。
17:29
男子トイレの個室に籠って、スマホを開く。
「不思議の国の白ウサギ、ならぬ白猫だな……」
二匹の猫と冴えない顔をした俺が写っている写真を表示。
「奏のやつ、顔くしゃくしゃにして泣きやがって。」
風景が揺れだす。
「笑顔の方がお前にはお似合いだっつーの、大人被れが。」
そして___
2018 4/28 9:27
自撮りスタイルで携帯を掲げる自分。
近くでは二匹の猫が寄り添って眠っている。
八時間前にタイムリープ出来ているようだ。
(夕方五時前、俺が奏の側にいればなんとかなる筈。)
今から七時間半後か。
(……そういえば、捻挫の原因を聞き忘れていた。)
失敗した。それも訊いておけば良かった。
まあ、取り敢えず、タイムリミットまでは大分ある。
予定は出来るだけ遵守していかなければならない。打ち合わせに行こう。
14:00
遊歩道を一人で歩く。
あんなクソ会社の中、前と変わらず珈琲を飲んで、時間を潰す暇はない。
急いで戻ろう。
そうだ。346に着いたら奏に付きっきりでいればいい。
レッスンは休ませよう。
危ない場所には行かせないようにしよう。
夕方五時過ぎに彼女が無傷なら俺の勝ちだ。
今日を乗りきれば……
15:25
「今日のプロデューサーさんおかしいわよ?頭でも打った?」
失礼な事を奏にずばり言われる。
ここは346内にあるカフェ。二人でゆっくりと話込んでいる最中であった。
「冗談きついよ奏。」
「……なんか、急に名前呼びになったよね。気持ちの変化?それとも……魅了されちゃった?」
「秘密。」
彼女に訊いてみると、本日の私用はないという。
あの時の様に、時間を適当に潰せればオッケーだろう。
さて、何を話そうか。
17:30
気づくと、男子トイレの個室に俺はいた。
「なっ、どういうことだ!?」
(さっきまでカフェにいたのになんで……)
奏も、回りの喧騒も、薫り立つ豆の匂いも、キレイさっぱり全て消えて無くなっていた。
代わりにあるのは俺と、静寂と、ツンと鼻に刺さる臭いのみ。
手に持つスマホを確認する。夕方の五時半。
(…………俺は、戻された、のか?)
今まで一度もなかった経験に俺は驚く。
未来が変わった様子はない。
ということはつまり、未来が変わったから戻されたという訳ではないという事だ。
(そういえば、あの頭痛と鼻血も無い。)
鼻の下を触っても水っぽさは感じられない。
そもそもタイムリープをして未来が変わった場合、戻る未来はいつも元の未来の数時間後だったと記憶している。
高校生の時も、夜にタイムリープして帰って来た時は朝になっていた。
それなのに今回は同じ時刻に帰って来ている。
(このタイムリープ、もしかすると俺が分かってない事実がまだあるんじゃないか?)
一つ目、戻る過去はその写真を撮った時刻、場所である。
二つ目、自分以外の存在も意思を持って行動する。
三つ目、過去に起こした行動によって元いた自分の未来が変わる事がある。
これだけじゃなくて、まだルールがあるんじゃないか?
そのルールに違反したから、戻されたんじゃないか?
「……先ず、何で戻されたのか考えねぇと。」
2018 4/28 9:27
自撮りスタイルで携帯を掲げる自分。
近くでは二匹の猫が寄り添って眠っている。
(最初と似た感じで過ごしてみよう。)
猫たちを起こさないよう、ゆっくりと俺は会社へ向かった。
今回のタイムリープは、実験だ。
14:54
自販機で買った珈琲を飲み干し、ゴミ箱に捨て、高垣さんを休憩室で待つ。
(もうそろそろ来ると思うが。)
「プロデューサー?」
高垣さんはやはり現れた。ほぼ同じ時刻だ。
「こんにちは高垣さん。今日は確か、雑誌のインタビューでしたっけ。」
最初の時は知らなかった情報を出す。
「ええ。少し緊張してしまいました。」
高垣さんはニコニコと喜ばしげに語られる。見ていて飽きない。と、
「隙あり!」
パシャリ、と写真を撮られた。
「うおっ!?」
「ふむ……キリッとしててカッコいいですね。」
そう言いながら彼女はドアへ向かう。
「それでは、夕方の仕事があるので。」
そして彼女は舌をペロッと出して、そそくさと出ていってしまった。
「…………からかいに来ただけかよ!!」
ごほんっ……兎も角これより、対応が違っても変わらない行動がある、という事が分かった。
このタイムリープに於いては、俺がこの休憩室にいれば必ず高垣さんが現れ写真を撮って帰っていくという一連の行動だ。
高校生の時のタイムリープに於いては、通り魔が誰かを殺すという行動だ。
つまり、導かれる結論はこうだろう。
『四つ目、過去に起こされた行動には、必然性を持っているものもある。』
15:25
又、俺は一つの仮説を考えた。
未来に戻されたのは何故か、についての仮説だ。
今までのタイムリープと今回のタイムリープの違いを洗い出すと、一つだけ、分かりやすく気になる点があった。
それは、滞在時間である。
今回のタイムリープに於ける滞在時間は最も長く、単位を示すと約六時間。
今までのタイムリープでこれほど長く過去に滞在したことはない。
したがって、強制的に送還されたのは長く過去にいすぎたからではないか、というものだ。
この仮説の証明は簡単である。
俺がこのまま、男子トイレの個室で目を覚ませばいいだけであるのだから。
17:30
気づくと、男子トイレの個室に俺はいた。
……なるほどね。つまりはこうか。
『五つ目、過去の長時間滞在、厳密には六時間の滞在は出来ない。六時間滞在を行った場合、元の未来へ強制送還される。』
(頭痛、鼻血は無しか。)
「未来が大幅に変わると出るって事なのか……?」
ボソリと呟く。
「まあ、それはどうでもいい。どうせ分かる。」
写真を表示するためのアルバムを閉じ、そそくさとメールを開く。
高垣さんに雑誌のインタビューが終わったのは何時頃かを訊き、奏には怪我をした時の状況を訊く。
さて、まだまだこのタイムリープの成功には時間がかかりそうだ。
感情を吐き出す奏とか良くないですか?……え?それはお前の性癖だ?ああそうだよ性癖で悪いかァ!?(逆ギレ)