五右衛門風呂というのがある。
昔、トリスタが器用な手つきでそれを組み立てて山の上で良い眺めダナーとか言いながら入ってたのをよく覚えている。
俺は火を起こす係だったのでどんな表情を浮かべていたのかは知らない。
だが、恐らくは今風呂に入って嬉しそうな声で歌ってる卯月と似たような顔をしてるのではないかと思う。
あのときと変わらず俺が火を起こす係だが。
「♪~♪♪~」
何の歌なのかは分からない。曲調からして楽しそうな音楽なのだとは思う。アニソン…に近い感じとでも言えば分かるだろうか。
シリアスな曲調からギャグっぽいコミカルな曲調に突然切り変わるオープニングソングみたいな感じだ。
これは受け売りだが、こういう切り替えのある音楽は人の感情を揺らしやすく、音楽と同じように右往左往して最後には楽しい曲調で終わるため、人を楽しい気分にさせやすいらしい。
だからか、ああいう曲は売れやすいようだ。
悲しい曲より楽しい曲が売れるのは何となく分かる感じがする。ご都合主義で終わるのは確かにスッキリするし、嫌な感じもしない。
理屈としては分かりやすいと思う。
俺は風を起こして火を激しく燃やした。
卯月の楽しげな歌声を聞きながら、燃え尽きないように枝を足し入れ、背中から受ける夜風を感じた。
火を見ると人は落ち着く。
何処かの国のテレビ番組にも永遠と焚き火が燃えてるだけの映像が流れてるくらいには有名な話だ。
だからだろうか。俺は凄く落ち着く。
そうして落ち着いていると突然、フッと脳裏から身体全体へと神経が一気に張り詰めた。
「どうしたぴょん?」
「…いや、何も…ねぇよ」
これは本当だ。何かが起きたわけではない。
敵が出た訳でも災害が起きた訳でも身の危険が迫るような事があった訳じゃない。
いや、ある意味では危険なことなのだとは思う。
「本当にどうしたんだぴょん」
何処か心配そうな声音で聞いてくる。
悪いな、卯月。こいつは俺の癖なんだ。
最後の最後まで気を緩めることも出来ない、いや許せない孤独な戦士の悪い癖なんだ…。
俺は安穏としている平和の中で唯一、安穏と出来ない変な人間なのだ。臆病だと言われても仕方ない。
超人的能力を持つがゆえに俺は俺より強い奴等と戦ったことがある。そうして俺は知った。
音よりも速い一撃を、硬い鉱石で作られた盾が砕けるほどの重い武器を、存在を気取られることもなく殺す技術を、殺意もなく人を殺せる人間を、敵の心をも破壊する悪魔を、悪がいなくても裁かれる善人を、クズが希望に見えるほどに狂う世界を。
俺は知っている。
だからこそ、油断しようとするとそれを許さないとばかりにすべての意識レベルをまるでブレーカーを逆に落とすかのようにトップギアに切り変わってしまうのだ。
だから、卯月は悪くない。悪いのは俺がこれまでいた環境だろう。悪いやつはいない。己ですらも本当はそうなのに許せなかった過去があるから己を許すことなど出来ない。それでも認めてくれた人もいるから本当は許さなきゃならない。
…まだ何も許せてないし、迷っているからこんなことになってるんだがな。
つくづく自分が歩き始めたんだと自覚させられる。面倒な性格だぜ本当に。
「……変な人だぴょん」
ブラックな笑みをニヤリと出しながら俺は赤く赤く燃える火が絶えないように枝を投下していた。
その炎がまるで己のようだと錯覚しながら。
そして、俺はそんな炎が夜明けには既に消えていることを知っていた。
卯月がドラム缶から出て、今度は俺が入る番となった。
俺は卯月が服を着る時にサッと脱いでサッと入って出ただけ。温もるつもりもないし、それにまだやることが残ってるから、身体の汚れをある程度取って終わらせた。
元より着たきり雀な状態。身体の汚れを取ったとしても服を着ればまた同じことだ。
俺はある程度水気を払ったら、服を素早く着た。
黒シャツに茶色の袖無しジャケット、黒の長ズボン、十手、サバイバルナイフ、それと龍の青文字が刺繍されたリストバンド。
改めて確認しても、結構簡素な作りだなと思う。
しかも、また財布持ってくるの忘れてたな…。あの中にはギルドカードも入ってたんだがな。
…今となっちゃあっても無用の長物でしかねーがな。
元々、そんなに金を使う性格でもない。どうせ宿に泊まれなくても野宿が出来るなら問題ないと思ってた。
実際、ここに来てからもそれが上手く噛み合っていた。植物には毒がないし、敵にも勝てた。味方はいるし、状況を考える余裕もある。今のところ緊急の問題はない。
あるとすれば、卯月の存在とあのよく分からん怨霊だか海の主みたいな奴くらいだろう。
「明日は修業メインにやるか…」
あの化け物なかなか強かったな。海に出るってことはまたあんな魔物と戦うことになるのだろう。
この前の戦闘じゃ何故か足が着いていたから良かったものの…また着くとは限らない。
あれに勝てるように明日鍛練するかな。
「鋼さん、風呂入らないぴょん?」
「いや、もう入った」
「速すぎるぴょん!そんなの入ったうちに入らないぴょん!」
そう言われてもな。石鹸とかシャンプーとか有るわけでもないのに、温い海水に浸かってもなぁ…。
「いいからもう一度入るぴょん!」
「でも、汚れは落ちねぇぜ?」
「汚れが落ちなくても汗は流せるぴょん!いいから入るぴょん!」
「だが…」
「だがもしかしもないぴょん!入るぴょん!」
面倒だ。だが、卯月が右腕を引っ張って威嚇してくる。仕方ないのでもう一度入ることにした。
例によって、サッと脱いでサッと入った。
すぐに出てもたぶん止められるので、とりあえず卯月の気が済むまで入ってみることにする。
ドラム缶の中には石が入っているため、足が火傷することはない。とは言え、それでも高温ではあるため中は案外熱い。
近くには海があり、潮の臭いが風に乗って来る。というかドラム缶の中からもする。
一応、洗ってはある。ボロ布でごしごし汚れを落としたし、磨いた。でも、水を作ったわけでもないし、使えるのは海水くらいしかなかったので海水を使った。
結果風呂は海の臭いである。精々、身体が温まるだけで汚れはそこまで落ちない。
だから、さっさと上がったのだがーー
「まだダメだぴょん!もう少しドラム缶にいるぴょん!」
「…分かったよ」
ーーこんな風に顔を出して上がろうとするとダメ出しされる。
……もう上がってそこらの木の根元で寝たいんだが。
そんな俺のどうしようもない考えを感じ取ったのか卯月がまったくどうしようもない奴だぜみたいな呆れた声で話しかけてきた。
「…いくら汚れが取れないからってちゃんと暖まらないとさすがに風邪引くぴょん」
「大丈夫だ。俺、風邪引いたことないから」
「風邪引いたことなくても駄目ぴょん」
焚き火がバチッと小さく爆ぜる音がして、俺は上を向いた。すげー頑なな卯月の態度に何を言っても上がらせてくれないと悟ったからだ。
そうだと気付けば、逆にどうしてそこまで頑固な態度になるのか不思議でもあった。
「…なーんでそんなに頑固なのかねぇ」
「当たり前のことだぴょん」
「当たり前ねぇ」
「汗べとべとで寝るとか気持ち悪くないかぴょん?」
「なるほどな」
それは分かる気がする。実際それは寝づらいし気持ち悪い。寝たときに気付けばだが。
「それにうーちゃん汗臭いのは嫌いだぴょん」
「それは悪い」
……やはりサバイバル生活が長いと感覚が麻痺しやすいのだろうか。以前の俺なら気付くであろうことに全く気が付かなかった。これは駄目なパターンだった。
俺は卯月の正論に降参し、素直にドラム缶の中にいることにした。汚れを落とせばいいって問題じゃなかったわ。
そのあとしばらく沈黙が続いた。俺は卯月から上がってもいい宣言を聞くまで、長々とドラム缶に入ることになったのであった。
来週にまた投稿するかもしれません