海上の冒険者   作:ナレコ

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久々に投稿


荒れ狂う嵐ほど運がないと嘆くこともない

ーーヤバいな…。

 

 2日前の遭遇戦により、卯月の装備は中破していた。

 俺達がいた島にはオレンジとドラム缶くらいしかまともなものはなく、そんなもので割りと高度な技術で作られたであろう卯月の装備を直すことは不可能であった。だが、有ったとしても俺も卯月もそんな技術力なんざないので、どちらにしても不可能だっただろうが。

 

 俺は異世界から来てはいるが、回復魔法とかが使えるわけではないし、ポーションを作れるわけでもない。

 とは言え2日も休めばある程度の怪我というのは治るものだ。装備は直らなくとも卯月の身体はだいぶましにはなっていた。

 

 ただ、俺が察しているように卯月もまた気付いていた。

 今はまだ卯月は浮くことが出来る。だが、武器は故障してるし速度も半分ほどしか出せなくなっていた。

 

 それはつまり……次に敵と遭ったとき卯月は完全に装備が大破するであろうことだ。

 そうなると、恐らく装備の力によって浮いていた身体は海に沈むことになるだろう。

 

 卯月は既に覚悟を決めざる得ない状況に追い込まれていた。俺はそれを察していながら、卯月に2つの提案を出した。どちらも過酷で、そしてシンプルな選択だ。

 

 島に残り助けが来るまで待つか、海へ出て仲間のところまで行くか。

 

 卯月は悩んでいたようだが、しばらくして決めた。

 鎮守府に帰る、と。

 

 そうして俺達は海へ出る準備を速やかに整え海へ出た。

 そう、海へ出たのだ。

 

 そこで冒頭に戻る。俺達は今絶望を感じていた。

 卯月が言う深海セイカン?とかいう敵よりも恐ろしくどうしようもないものに行く手を阻まれていた。

 

 ざぱーん!ごおおおおおおお!!!ざぁぁあああどかぁぁあああん!!

 

「はがねさぁーん!!」

「なんだぁー!?」

「手をー、きゃあ!?」

「卯月ぃッ!波に飲まれてんじゃねぇよ!?」

「たすけ、たすけがぼごほげほー!?」

「ぐッ!だぁー!!!」

「がほっ!げほっ!ごめん!ぴょん!」

「無理に喋んな!しっかし、なんつー運の悪さだ……」

 

 本日、晴れときどき嵐(ガチ)。

 

 

 

 強風、高波、大雨、雷。

 視界不良、計器不良、音声不良、足場不良、湿度過多、気温低下。

 

 俺はこういう極端な天気とか環境に慣れてはいるが……卯月はそうじゃないようで、波によく足を取られていた。

 足を取られて転ける程度ならそこまで問題視はしない。問題なのは足を取られれば渦潮の流れに引きづりこまれてしまうという点だ。

 

 渦潮とは恐ろしいものだと、俺は知っている。

 例え軍艦であっても渦の規模によっては沈むことがあるというのを見たことがあるからだ。

 

 そもそも渦潮というのは海流と海流が激しくぶつかりあって出来たものだと親友から聞いたことがある。

 だから渦潮から遠く離れていようと、俺達は海流に乗せられているが故に気付けば渦潮の近くまで引きづりこまれていた。

 

「もっと走れ卯月!」

「これが全力ぴょん!無茶言うなぴょん!」

 

 状況はまさに絶望だった。

 走っても走っても渦潮から離れた気がしない。

 そもそも走ろうにも高波や、大波が迫ってくるわで真っ直ぐに走ることすら危険極まりない。

 時には三メートル……二階建ての家の大きさほどの波すら迫ってくることさえあった。

 

 それでもなんとかなっているのは俺が無理矢理突破ルートを作っているからに過ぎない。

 

「鋼さん!大波がっ!」

「無理矢理突破するっ!しがみついてろっ!」

 

 十手を両手で持って構え、波の中で低く勢いも少ないところを狙い、波をV字に叩き潰すっ!

 

 土龍武術『波潰撃』

 

 土龍武術の技は相手の攻撃を真正面から打ち破るというとても正々堂々とした…一言で言えば脳筋な技が多い。だからなのか自然災害に対する物理的解決技が多く、こういう差し迫った時とかに割りと重宝する。ただ土龍武術の技は感覚的過ぎるところが多いせいか会得に時間が掛かりやすく失伝した技もまた多い。

 

 今回活躍してる技『波潰撃』もその1つで、この技は自分の身長分の波を叩き潰すことが出来る。

 錬度が高ければ上位の技も使えてもう少しどうにかなったんだが、土龍の技ってのはさっきも言った通り会得するのが難しい。

 だからこんな中途半端なことになっている。

 

「はがねさぁーうぇぷっ!?」

 

 考えを巡らす暇もなく、卯月がまたしても波をかぶり引きづりこまれる。

 

「だから転けんな!しっかりバランスを取ってろ!」

「そ、そんな無茶苦茶なーーがぼけぼがぼーっ!?!?」

「おまっ!ちゃんと前見てついてこいよ!」

「海水が目に入って開けられないぴょん!」

「それくらい我慢しろっ!」

「げほっげほっ! なら、抱っこくらいしてほしいぴょん!」

「甘えんな!敵がいつ襲ってくるかも分からんのに、両手を防いでられるか!」

 

 こうしている今も気を張って周りを見回しているのにそんなことしてられるか!

 そうはいっても、この天候だ。

 周囲に警戒を配り続けることなんて不可能に近い。

 故に俺がそれに気付いたのは直感だった。

 急に血の気が冷めるような気配を感じ、反射で卯月を片手で持って俺はバックステップを踏んでいた。

 

 直前まで俺達が進んでいた位置に何か黒いものが飛んだのが見えた。遅れて左右の波が弾け飛び海水の飛沫を俺達はもろに被り、白く寒いものに包まれ、互いに握る手以外に何も分からなくなる。

 

 ーーこのままでは飲み込まれる!

 咄嗟に踏ん張り、抗うように力強く十手を握り締め振り払おうとするが、思った以上に腕に掛かる負担が重くとても振り払えそうにないと判断した。

 判断した後、構えを変え目の前の海水を叩き潰した。

 

「……」

 

 白波を抜けた先には二メートルを越える大波がすぐそばまで来ていた。振り下ろした直後ですぐには十手は振るえない、卯月はまだ波に呑み込まれているため片腕は壁に飲まれているような状態だから動くこともままならない。

 暗く青黒い荒波が迫りつつあるなか俺が取った行動は目の前に迫る波を壁と認識して走り抜けることだった。

 

 そもそも大波相手ならサーフィンでもして波の力を受け流すのが普通で楽なのだ。それをぶっ潰して無理矢理突破するのは非効率的であまり良いやり方とは言えない。ただそれでも敢行したのは後ろに渦潮があるため。

 だからこそ、俺はつい舌打ちをしてしまった。

 

 渦潮との距離は少し離れているだけで、波の速度からして早めに突破しないと10秒もしないうちに渦潮に巻き込まれて今度こそ沈められてしまうと予想できたからだ。

 

 これは予想以上に厳しいことになってきたな。

 俺はさっきのことを思い出す。

 波や風、雷の音が激しいため正確な方向は分かっていないが、かなり強そうな奴が俺達の横から攻撃したのが分かった。

 それもこんな荒波の中、正確に俺達の位置を把握して狙ってきやがった。

 相手は相当な射撃スキルを持っていると想定。しかも、波をぶっ飛ばすほどの威力を持った弾丸…いや、砲丸。

 

 酷く恐ろしい理不尽な敵が近くにいるようだ。次の砲撃まではある程度長いクールタイムがあるはずだが、奴にはその常識が通じるかどうか……。

 

「ちっ、ここまで波が荒いと索敵も満足に出来ないか」

「げほっげほっ! ぴょんっ!?」

「抱えるぞ。舌噛むんじゃねぇぞ」

 

 卯月のお腹に腕を回して肩に担ぐ。

 結局手を塞ぐはめになるのか。酷く面倒な話だな畜生め。だが、立つこともままならない卯月とここから脱出するにはこれが最善策か。

 足場がぐらぐら揺れて強風に煽られながら走るには、卯月のバランス感覚が致命的過ぎる。そもそもこれほど足場が悪い中で全力疾走なんて、俺でも無理だ。

 だが、二人で手を繋ぎながら走るよりかは俺が卯月を担いで走った方が断然速い。

 

「速く動けるようになるとは言え、あんまりお前を担いで走りたくはなかったな」

「うーちゃん、重くないよ!」

「それじゃねぇよ」

 

 全力疾走しないとは言え、かなりの速度で動くからお前の負担が半端なく掛かるんだよ。

 気遣いとかしてられないからな? 途中で気持ち悪くなって吐くなよ?

 

 憤る卯月を放置して、心のリミッターを外す。

 人は無意識に危険を避けるもの。これだけ足場が悪ければ身体のバランスを維持しようと無意識にセーブを掛けてしまう。俺はそれを意識して無視をする。

 

 集中しろ。意識をトップギアに入れ、感覚を研ぎ澄ます。意識を完全に戦闘に切り替え、十手を腰に差して足を強く踏み込んだ。

 

 ダァン! 強い踏み込みに海が飛沫を上げ、俺は駆ける。数歩駆けただけで足がぐらつくのが分かった。それだけでいつ転けてもおかしくないことが理解できた。

 波に足を取られれば渦潮に呑まれる、足を止めれば砲撃が来る。たったそれだけの問題だ。どうということはない。

 

 雷が海に落ちる。俺は咄嗟に身体を伏せて、砲撃を避ける。今のは狙ってやがったのか? 砲撃の音を雷と紛らせてやがった。

 厄介な敵だ。どこから撃ってくるのかなんとなく把握はしてるものの、近接攻撃しか持たない俺に反撃は出来ない。それよりも一刻も速くこの状態から脱け出してこのエリアから離れなければ卯月がヤバい。

 

 駆ける、駆ける、駆ける。波と波の間を駆け抜け、時に強風の力を借りて駆け上がり、平地ではあり得ない三次元的な動きを作り出す。

 もっと常識はずれを。もっと化け物染みた動きを。

 

「うぴょぉおおおおおお!?!?!?!?」

 

 その動きはこの海で最も常識はずれな動きであっただろう。鋼としては単純に身体の限界を引き出しただけで、海の流れまで把握している訳ではなかった。

 だが、卯月からしてみれば、目を開けるのも辛い潮風の中で荒れ狂う海の中を縦横無尽に駆けているようにしか思えないくらいにぶっ飛んでいた。

 

 ただでさえ、暗く寒く目が染みるような荒れ狂う天候の中なのだ。明かりもなく、レーダーもない中でどうやってこれほどの動きが出来るというのか。

 

 どこからか放たれる精密射撃もこの鋼のあり得ない三次元的動きにはさすがについてこれないのか後ろの方で飛沫が上がっているようだった。

 

 このまま行けば、鋼達がこの海域を脱け出すのも時間の問題だっただろう。そう、このまま脱け出せれば。

 

「あ?」

 

 それは鋼が持つ不幸な運命が引き寄せたものか、それとも必然だったとでも言うのか。

 

 鋼が海域から脱け出すその前方。

 黒く暗くそら恐ろしい気配を漂わせた女の亡霊のような何かがその海の上に立っていた。

 荒れ狂う嵐のような天候がその亡霊の周りだけ何故か不自然に凪いでいる。まるでここから先は私の領域だとでも主張しているかのようだった。

 

(なんだ…あいつ)

 

 俺は経験から目の前の相手が尋常ではないと感じた。

 酷く冷たい。

 烈火のような怒り狂う殺意ではない。これは…そう、悲しみと苦しみに狂い満ちた…絶望の殺意だ。

 

 病的なまでに白い顏を上げ、血のような深紅の瞳がこちらを射抜く。

 飢えたハイエナが獲物を見付けた時のような暗い嗤い凄惨な笑みがその女から零れた。

 

「ミツケタ」

 

 蕩けるような高い声で、誘うように手を広げて、静かに狂うように高揚していく。

 

「うぴょっ!?」

 

 けほげほっ! と咳き込んでいたのを思い出したように卯月が気が付いた。

 そういや移動中、落ちないように強く抱き締めていたような気がする。もしかして、締め付けすぎたか?

 途中から妙に抵抗が薄くなった気がしたが、気を失ってたのか。

 

「カンムス…!」

 

 女は卯月を怨敵とでも言うかのように凄い目で睨み付けていた。凄い剣幕だ。酷く冷たい殺意だったのが怒り狂う炎上の殺意になってやがる。

 

「卯月、お前あいつに何かしたのか?」

「ぜぇはぁぜぇはぁ。あいつ…ぴょん?」

 

 卯月は苦しそうに息を吐きながら、俺が指を指す方へと目を向ける。

 

「深海棲艦ッ!?」

 

 へぇ…あれも深海セイカンか。結構形が色々あるのな。悪魔か魔物みたいな感じなのかね…。

 見た感じ、見たこともない外見凄そうな兵器っぽいの持ってるけどあれはいったいなんなんだろうな。

 生き物のようにも見えるようだが……。

 

「しかも、姫級!? ヤバいぴょん、ヤバいぴょんっ!」

「姫?」

 

 卯月はまるで森に行ったら熊に出会っちゃったみたいな顔して慌てていた。

 つっても、ここからかなり距離あるし逃げられないこともないような気がするけど……。

 

 とは言えだ。今まで出会った深海セイカンとかいう奴等は全員遠距離攻撃を持っていた。

 今までの傾向からして奴もまたなんらかの遠距離攻撃を持っている可能性が高い。というかあの馬鹿みたいに大きい兵器がそういう兵器なのだと思う。

 

「なるほど、逃げられない…か」

 

 卯月の慌てよう、目の前の女からの冷たい殺意、そして俺の経験からその答えを直感する。

 相手は一人。例え逃げられないとしても殺れないこともないだろう。

 

「さて…やりますか」

 

 かくして、この嵐のような海域のボスとの戦いが始まった


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