帰りたい。けれど帰れない   作:紺南

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第1話

白い雪が辺り一面に積もっている。

吐く息は白く、眼の前は吹雪で何も見えない。

雪の上に残したはずの足跡はとうに消えてなくなっていた。

 

そんな中を、来た道を振り返ることもせずに、何かに追い立てられるように走る。

今まで何度も雪に足を取られ、何度となく転んでも。手がかじかんで思うように動かなくても。

 

この先に何があるのだろう。

なんで俺は走っているのだろう。

頭のどこかで声がする。

しばし考えにふける。ようやく分かった。

 

――――ああ、これは夢だ。

 

夢の中の俺は、何のためにこんな雪道を走ってきたのだろう。

悩みながらも走る足は止まらない。

自分の身体じゃないかのように、思い通りに動いてくれない。

 

息をするたびに喉が痛む。

体中が悲鳴を上げている。

あと少し……。あと少し……。

 

悲鳴を上げる身体を叱咤して、目的地まで走り続ける。

一度も休むことなく、ついに辿り着いた。

平野に雪が被ったような場所。

本当なら見晴らせるはずだ。それを俺は何故か知っている。

 

探すように辺りを見回す。

吹雪の向こうに何かがある。

雪が邪魔をして俺には見えない。

そのはずなのに、夢の中の俺はそれが何なのかわかったらしい。

震える腕は寒さだけが原因ではなく、総毛だつ全身を両腕で抱きしめた。

 

「どうして……」

 

泣きそうになりながらつぶやく。

胸の中から言い様の無い悲しみが溢れ出た。

後悔と懺悔、怒り。全てがないまぜになって、ぐちゃぐちゃに心をかき乱していく。

 

「なんで!!」

 

胸の内をさらけ出す様に、のどの痛みなぞ気にも留めずに声を荒げる。

依然吹雪は治まらず、風の音が俺の声を全て掻き消している。

誰にも届くはずの無い声だった。なのに吹雪の向こうから誰かの声が聞こえてきた。

 

風に掻き消されながら言い合う俺たち。

少しずつ吹雪が治まってきている。

誰かが立っている。

雪のべールの向こうに小さい影が見える。

 

「あなたのために」

 

影が言った。

途端に吹雪が晴れる。

 

曝け出されたそれを見て俺は絶句した。

同時にありえないと思った。どうして? なぜ?

どうして君が?

だって、それは君の……君の――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

ジリリリリリリリリ!!!

 

目覚ましの音が鳴る。

目を開けた時、俺は床に突っ伏して寝ていた。

直前までの白い景色と目の前に広がる茶色いカーペット。

夢との落差に頭がついていかない。ついにでベッドとも落差がある。

 

顔を上げるといつもの部屋で、垂れた涎が汚いアーチを築いた。

手の甲で口元を拭いながら考える。

 

白い景色。あの先には……。

 

もう夢の内容を思い出すことができない。

見たはずの何かは思い出せない。

その子の顔も、その光景も。

あるのは胸の中に溜まる不快感だけだった。

 

ずっと昔からこういう夢を繰り返し見ている。

どれだけ幸せな夢を見ていても、最後にあそこに繋がる。

後悔や不快感が残る夢。

何に後悔して、何を不快に思っているんだろう。

答えを求め続けて、その答えは未だ出ていない。

 

夢と言うのは不思議なものだ。

意味のある夢を見る時もあるし、何の意味もない荒唐無稽な夢を見る時もある。

この夢はどちらなのか。

 

ずっと同じ夢を見ているのだから、何かを暗示しているような気がする。

かと言ってそれが何のか分からない。答えの出ない問いを続けていると頭がおかしくなりそうだ。

 

いくら考えても何を暗示しているのか分からないなら、これ以上考えても意味のないことでしかない。

それより寝汗を吸ったパジャマが気持ち悪い。ベッドから落ちたときに鼻を打ったらしく、今になってじんじん痛み出した。

今日は平日だ。いつまでも夢の余韻に浸っている訳にもいかない。

 

「起きよう……」

 

立ち上がってカーテンを引く。

レースのカーテンの先は空は青と白の二色に彩られていた。

窓を開けると気持ちのいい風が吹いている。

日差しの強さに思わず目を閉じた。

 

一瞬、瞼の奥に夢の光景が浮かぶ。

目を開けたとき、そこは親しみ慣れたいつもの風景だった。

 

あの夢の先もこういう景色が待っていたらいいのになあ。

風に吹かれながらふとそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベーコンなのかハムなのか。階段を降りる途中から香ばしい匂いが漂ってくる。

朝食は米かパンかはまちまちで、この分では多分今日はパンかなと当たりを付ける。

俺が作るときは10割米になるが、パンも嫌いなわけじゃない。

 

今日の朝食当番は誰だったか。

記憶の中で当番表を思い出しながら扉を開き、キッチンに入った俺にコンロの前でフライパンを振っていた女の子が振り向いてぶっきら棒に言った。

 

「おはよう」

 

「おはよう」

 

茶色い髪に寝癖みたいにうねるくせ毛。

ぴょんと頭頂部で一房跳ねているところなんか、知り合いに言わせると「まるでアニメみたいな髪型」らしい。

あまりアニメに詳しくない俺の目で見ても、そう言われるとそうとしか見えなくなる。

風呂に入ってもこの髪型が維持されることを知った時の知り合いの反応は面白かった。嫌なことがあった時に思い出せばリフレッシュできる。

 

そんなアニメ的なこいつは霧絵と言って、別に俺とは家族でも親戚でもなく、ただ一緒の家に住んでいる。というよりは俺がご厄介になっている。年頃の家に異性がいると言うのもまたアニメっぽい。

 

「今日はパン」

 

「知ってる」

 

匂いで知った。食パンだと言うのは今知った。……ベーコンか。

 

丁度トースターが甲高い音を鳴らして焼き上がりを知らせた。

皿にベーコンをよそっている霧絵の代わりにトーストを取り出す。

朝食はいり卵にベーコンとソーセージというシンプルなものだ。

霧絵が作るメニューの中では定番になっている。

別にまずいわけではないが、かといって美味いかと言われると首を捻る。

つまりはごく一般的な味だ。

 

朝食の用意が出来たので、二人とも席に着いて黙々と食べ始めた。

背中でテレビがラジオがわりに流れている。

霧絵の視線がそれに集中していて、音を聞くと天予報をやっているようだ。

 

聞きなれた男性天気予報士と女子アナの掛け合い。

最近各テレビ局で不倫だ浮気だとセクハラだと取りざたされているから、ついつい穿った目で見てしまう。

朝から心汚れるのは健康に悪いだろうと意図してテレビは見ないようにした。

 

「明日雨だよ」

 

「へえ」

 

そんな意図はまるっと知らず、悪魔のような誘惑。

思わず振り返ってテレビを見るも、すでにお天気マークは気温に移り変わっていた。

比較的過ごしやすい陽気になるでしょうと赤文字の数字は25℃と書かれてる。

25というのは嫌に微妙な数字で、暑いか快適かは風と雲に左右される。

さっき窓を開けた感触では、今日は若干日照りが強かった。

 

朝食をすっかり食べ終わった後、とくにすることもないから時間が来るのを待っていた。

霧絵はと言うと対面のソファで本を読んでいる。

何を読んでいるのかはブックカバーで分からない。何を読んでいても驚かない。例えラノベでも。

 

「アスカ」

 

「んー?」

 

「七夏ちゃんの宿題終わらせた?」

 

「一応は」

 

本から顔も上げずそれだけを尋ねてきて、霧絵はまた本に集中してしまう。

七夏と言うのが霧絵をアニメキャラのようだと言った奴のことで、修学旅行が近いから行きたい場所考えておきなさいと宿題を出されていた。

 

ちゃんとやっておかないと蹴られるので、奴は俺を蹴ってもいい男だと認識しているので、最低限名称を挙げられるようにしておかないといけない。

昨日10分ぐらい考えて思いついたので多分蹴られることはない。

挙げた名前が気に入らないからって蹴られることもないと思う。たぶん。

 

宿題の答えを反芻し不備がないか検証している間、まったりした時間が流れて登校時間になった。

霧絵が横に置いてあったバック本を入れて立ち上がる。

何も言わずに玄関へ向かう途中でこちらを振り向いた。

 

「宿題の答えわせは3・4時間目だから、それまでにもっとちゃんと考えておいた方がいいよ」

 

「ちゃんと考えたんだけど」

 

「何分?」

 

「恥ずかしいから、それは言わない」

 

10分とか言ったら「馬鹿なの?」みたいな目で見られるに決まってる。

そんな目で見られると七夏の蹴りと同じぐらい傷つくから、傷つくぐらいなら何も言わない。

 

「蹴られるよ」

 

「蹴られても痛くないし」

 

半分強がり。最近は結構痛い。

「ふーん?」と霧絵は胡乱気に呟き、唐突に可愛い掛け声と一緒にローキックをかましてきた。

 

「えいや」

 

「いたい」

 

それは手加減しているようで、実際は全然痛くない。七夏に比べて何と優しいことだろう。

あいつは腰にひねりを入れて体重を乗せて蹴ってくる。

それがあまりに様になっているから、初めて見たときはつい見惚れたぐらいだった。

 

それに比べてこの蹴りは幼い子供がじゃれてきたようなもので、癒しすら感じる。

 

「えいえい」

 

「いたいいたい」

 

「えい」

 

「行かないのか」

 

いくら癒しを感じても繰り返されるとただただ面倒くさい。

促してもまた蹴ってきたから、いっそ無視して玄関に向かう。

 

「和人が待ってるぞ」

 

「おっと。そうだそうだ」

 

幼馴染を引き合いに出したが効果なし。靴ひもを結んでいる俺の背中に一発入れている。

いい加減怒ってもいいのだろうか。

 

「とっとと行こう。ちょっとやばい」

 

「へいへい」

 

和人云々じゃなくて時間がやばい。

そう言うとようやく蹴るのを止めてくれた。

 

玄関から出れば強い日差しが燦々と降り注いでいる。

季節はもう初夏ということもあり、俺も霧絵もYシャツが半袖で上着は着ていないのだが、それでも若干の暑苦しさを感じる。

主な原因はあれだ。あの太陽。

 

今日はまだ風が吹いているだけましな方で、これから夏本番に向けていきこれ以上に日照りが強くなるかと思うと早くも気が滅入りそうになる。

 

「あつい」

 

手をかざして空を見上げる。

少し雲が多いが、太陽は丸々顔を出している。

つい最近まで寒い日に暖めてくれる女神みたいなやつだったのに、今は暑い日を余計熱くしてくれる憎い奴になってしまった。

 

「なに見てるの」

 

「いや、あれ何とかならないかなって……」

 

「あれ?」

 

俺の視線を追って、霧絵も上を見上げた。

あれと言うのが太陽だと分かったら、何も言わず歩き出してしまった。

 

さっき蹴られまくった意趣返しを兼て、霧絵の背中に尋ねる。

 

「暑くないか」

 

「……」

 

鬱陶しそうにしながら何も答えてくれない。

答えてくれるまで問い続ける。

 

「なあ、暑いだろ」

 

「……」

 

「暑いはずだ。暑いだろ」

 

「……」

 

「お天道様が見てるぞ。正直に暑いと言え」

 

「……」

 

「暑いか暑くないか。イエスオアノー?」

 

「次言ったら本気で蹴る」

 

ようやく遠まわしの同意を得られた。

それで承認欲求は満たされたが、いざ満たされるとそれ自体何の意味もない欲求だと気づく。

別の何かを満たそうとすれば、あの痛そうなローファーが本領を発揮するのでもう言わないが。

 

暑い日差しを浴びながら、5分も歩けば普段待ち合わせしている十字路の電柱に着く。

そこでは和人という優男風の幼馴染がスマホをいじりながら待っているはずだったのだが、今日に限っていなかった。

よりによってギリギリの今日に限っていなかった。

 

いないいないとキョロキョロ見回す俺たち。

そのまま数分待っただろうか。

 

「来ないな」

 

「来ないなら放って行くしかない」

 

登校時間にはもはやギリギリだから霧絵の判断は適切なのだが、もう少し待ってみてはと思いもした。

しかし一人であいつを待って二人一緒に遅刻と言うのは酷すぎる結末だ。

だから待つと言う選択肢は端からない。

 

結論の妥当さを理解し、霧絵の背中を追いかけた所で、先に十字路を直進していた霧絵がピタッと止まる。

そして振り向いた。

 

「いた」

 

「なにが」

 

「和人が、いた」

 

十字路を右に折れてすぐのところに奴はいた。

イヤホンを着け、塀に背中を預けたヤンキー座りで音楽に熱中している。

そこは死角であり日陰である場所で、おそらく太陽を避けた結果そこにいるのだろうとは思ったが、待ち合わせを忘れて音楽に熱中とは図太いやつだ。

 

「どうする」

 

「放って行きたいところ」

 

気が付かないふりして放置とは霧絵も容赦がない。

しかしとっとと行かずに俺の行動を待っているから、俺の好きにしていいと言うことなのだろう。

蹴るも殴るも俺次第だ。よおし。

 

「えいや」

 

「あいてっ」

 

俺は和人を蹴ることにした。

家で霧絵にやられたように軽く。

それでようやく和人は俺たちに気が付いた。

 

「なんだもう来てたんだ」

 

「お前なんでこんなところに隠れてるんだ」

 

和人は肩をすくめる。

分かり切ったことを聞くもんだと小馬鹿にしたような表情で。

 

「だって、暑いじゃないか」

 

「5分ぐらい時間無駄にしたぞ」

 

和人は腕時計を見て、それから破顔した。

 

「これは急がないとね」

 

にっこり笑って何言ってやがると少しイラッとしたが、そんなことより時間の方が大事だ。

俺たちはいつもギリギリに家を出るので、少しでも足止めを食らうと遅刻してしまう。

 

今も小走りで登校しないと間に合わない時間になっていた。

ただえさえ暑いのに、そんなことすれば余計に汗をかく。

原因を作ったやつを睨んだ。

 

「たまにはいいじゃない。運動不足なんでしょ?」

 

「今が放課後なら文句はなかったかもな」

 

まあ、たとえ放課後でも文句タラタラだったと思うが。

言い争う俺たち。後ろで急かして霧絵が言った。

 

「いそげいそげ」

 

「置いてくよアスカ」

 

スタートダッシュは同じだったはずなのに、いざ走り始めれば二人との距離はどんどん離れていく。

和人はサッカー部でほぼ毎日のように走り込んでいる。エースと言うわけではないがレギュラーだ。

対して俺は美術部の半幽霊部員として下手くそな絵を時々描いている。

体力に関しては到底及ばない。

 

環境が同じはずの霧絵に至ってはもはや謎だ。

運動にしても勉強にしてもあいつのポテンシャルの高さは眼を見張るものがある。

 

そんなこんな、二人に比べからっきし体力のない俺は少し走っただけで息を切らして立ち止まってしまった。

両膝に手を置いて肩で息をする。

 

顔を上げると遠くで霧絵が立ち止まって俺を見ていた。

見る限り息なんて荒げてない。平生そのままで俺を見ている。

 

このままだと遅刻だなあ……。

霧絵を付き合わせるのは良心が痛む。

先に行けと手で合図した。それを受けた霧絵は顧みることなく走り出した。

 

少しずつ小さくなる背中から目を離して、空を仰いで深く息を吸う。

この分だと間違いなく遅刻だ。今まで遅刻したことがないわけではないが、進んで遅刻するほどぐれてるわけでもない。

 

少しずつ息を落ち着かせながら空を見る。

頭上に広がる青い空に引き込まれそうになった。

細かいことなんてどうでもいいと、雄大な自然は言っている様に思う。

 

「よし」

 

走り出す。

 

人様の事情が自然如きに理解できるか。雄大とか、大雑把なだけだろ。

とにかく間に合わないかもしれないけど、やるだけやっとけ。

汗かくけど怒られるよりましだ。

ここで開き直れるのならもっと楽しい人生を送れるのだろうが、つまらないことに頓着する俺は大物にはならないだろうな。

 

「あとで覚えとけよ」

 

恨みつらみは案外エネルギーになる。

和人を殴る未来を想像しただけで存外に足は動く。

たぶん学校に着くころには忘れているだろうけれど。




転生タグが活用されるのはずっと先
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