帰りたい。けれど帰れない   作:紺南

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第11話

落ち込みすぎて気分はブルーを通り過ぎて真黒になった。

かなり長い間風に当たっていたから、体はすっかり冷えきっている。

こんなところでいつまでもしょげているわけにはいかないが、ショッキングな現実を突きつけられて、どうにも力が入らない。

「風邪ひきますよ」と気遣う声を無視して、目の前に広がる景色を眺める。

 

町並みを行きかう人たち。

この景色の中に、異世界だと言うリインの言葉を肯んずる根拠は何一つない。

こうして見ていても精々日本ではないのかもしれないと感じるぐらいだ。

 

レンガ造りの町並みは日本ではほとんど見ない。あれほど大きな運河など、日本のどこを探せばあるのだろうか。

しかし、例え日本ではないことを納得できたとして、異世界などと言う非常識極まりない単語を呑み下せるほど常識知らずではない。

そもそも異世界って何だ。

 

リインの言葉の真意とか、異世界の意味だとか、考えても考えても答えなんか出ない。そもそも着地点が見えない。

混乱している。異世界って単語の破壊力は想像を絶する。

全て投げ捨てて布団にくるまりたい。寝て起きたら家かもしれない。淡く思う。

 

「リイン」

 

「はい」

 

考えている間、俺のアクションを待っていたリインはただ無表情に佇んでいる。

立ち上がって向かい合う。背の低いリインを見下ろす形で見つめた。

 

「霧絵たちはどこだ?」

 

「……」

 

数瞬、沈黙のうちに見つめ合う。

やがて、リインは微笑みながら扉を指し示した。

 

「ご案内します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リインの後に続いて移動する。

部屋の外は長い廊下が続いていて、やけに意匠が凝っていた。言うなれば洋館のような雰囲気で、たぶん海外の金持ちの家なんかはこんな感じじゃないかと思う。

 

道中、メイド服を着た女の人と何回かすれ違い、その人たちは一様に頭を下げてきた。

頭を下げられるたびに、狼狽えて情けないリアクションをしてしまう。それが俺に対してではなく、リインに対して下げているのは分かっているのだが。

慣れているらしいリインは悠々と歩き、その後ろで俺はすれ違うたびに会釈をする。10回近く繰り返した頃、ついに耐え切れなくなって訊ねた。

 

「なんでみんなこんな畏まってるんだ」

 

「私が偉いからです」

 

「お前があ?」

 

俺よりも背が小さくて身体は一回り小さい。見た目だけではなく言動からして子供にしか見えない。これのどの辺が偉いのだろう。見方を変えれば見えるのだろうか。

 

どれだけ視線を変えても、一向に偉そうに見えない後頭部を見つめる。俺の視線を知ってか知らずか、リインは振り返りもせずに言ってきた。

 

「堂々として下さい」

 

丁度メイドさんとすれ違ったところだった。

 

「いや、無理」

 

「なぜ?」

 

「俺別に偉くないし」

 

ふっと鼻で笑う気配がする。

 

「そうですかー」

 

「……なんだよ」

 

「いえ。異世界の人というだけで随分なものだと思いますけどねー」

 

「異世界ねえ……」

 

理解を棚上げしていた単語を再度聞かされ、そんな呟きが漏れる。やはりどうにも受け入れ難い。

「おや?」と意外そうな顔でリインが振り向いてきた。

 

「信じてませんね」

 

「まあな」

 

当たり前だろと言外に匂わす。

 

「お前、俺の立場だったら信じられるの? 異世界とか何とか」

 

「鼻で笑っちゃいますかね」

 

それみたことかと溜息を吐く俺に、「でも」とリインは続けた。

 

「今なら信じられます。実際、アスカさん始め、5人もいらっしゃいましたし」

 

言いながら自然な動作で腕を伸ばし、なぜか手を握られる。

 

「こうして触れ合えますし」

 

「……」

 

何も言えなかった。

何の意味があって手を繋がれたのか分からない。

触れ合えることと信じることに何の関係があるのだろう。

 

「もう着きますよ」

 

手をつないだまま歩を進めるリイン。

正面に扉を見据えて立ち止まる。

 

「ここは?」

 

「ここにいらっしゃるはずです」

 

何の変哲もない扉。

この奥にあいつらがいる。そう思うとなぜだか緊張した。

 

「……とりあえず、放せよ」

 

「おっと失礼しました」

 

ぱっと放されぬくもりは消える。

名残惜しさなんて感じてる場合じゃない。

 

リインがノックする。

コンコンと木を叩く音が二回。

 

「なに?」

 

剣呑な声が戻ってきた。

やけに緊張感漂うこの声は七夏のものだ。

くぐもった声は、小さいがはっきり聞こえてくる。

扉のすぐそばにいるようだ。

 

「アスカさんが起きましたよっ!?」

 

言い終わる前に、凄まじい勢いで扉が開かれ、リインの額を強打した。

衝撃で後ろに倒れ込むその身体を慌てて受け止める。

開いた扉の先に七夏が立っていた。くたびれた印象を受けるのは、ぼさっとした髪のせいだろうか。

見開かれた目は、今しがた無体を働いたリインのことなど素通りして、俺だけに注がれている。

 

「あー、これどうすんだよ。死んだんじゃないのか」

 

「……」

 

ぺちぺちと頬を叩いて蘇生を試みる。

「むにゃむにゃ……アスカさんのぬくもりが……」とふざけた声が聞こえてきたので、大したことはないのだろう。

 

「よかった生きてる」

 

「あんた……」

 

「お前もドア開ける時は気を付けろ」

 

七夏は茫然と俺の顔を見ていたが、くしゃっと顔を歪ませたかと思うと俯いてしまった。

 

「……あんた、自分が何日寝てたか分かってんの?」

 

「知らん」

 

少し間が空いて、

 

「……三日よ」

 

「もう修学旅行終わってんじゃねえか」

 

今頃大騒ぎだろう。

まさか修学旅行中に生徒が5人も行方不明になるとは。

来年から面倒くさい規則が出来そうだ。

 

「……心配するとこが違うでしょ。ばか」

 

「あーはいはい。心配かけたな。この通り元気だよ。残念でした」

 

「ほんっと、ムカつくぐらい元気な口ね。半年ぐらい寝かせてあげましょうか?」

 

ようやく上げた顔は笑っていた。

攻撃的に見えるのはいつも通り。でも弧を描く口は少し歪んでいる。無理をしているのがバレバレだった。

 

「七夏、いいかい?」

 

七夏の背中から聞こえた声は和人のものだった。

廊下に出るでもなく、部屋の奥に引っ込んだ七夏と入れ替わるように和人が顔を見せる。少しやつれたようで、顔色は記憶にある物より青白い。俺の顔を見て、子供っぽい笑顔を浮かべた。

 

「やっと起きたね。寝るのが好きと言っても限度があるよ」

 

「そんな寝てた気はしないんだよ。一晩寝てすっきりって感じ」

 

なぜか握手を求めてきたので応じてやる。

どうして突然西洋かぶれの挨拶をするようになったのか。景色の影響だろうか。

 

「とにかく良かったよ。……どこまで聞いたのかな。今、色々とんでもない状況なんだけど、それはまた後でだね。控えがまだ二人いるからね」

 

和人の背中越しに見えるアホ毛。

 

「どうしてトリを飾るのがリュウなんだ?」

 

「今少し忙しいんだよ」

 

和人は部屋の奥に目を向けながら、意味ありげに言う。

なんだろうと首を伸ばして見えようとした。それを邪魔して、和人はつま先立ちになる。

 

「見えない。邪魔」

 

「女心は複雑なんだよ。分かってあげようよ」

 

諭すような口調に説教されたのだと察する。

その意味を考える合間に、アホ毛の主張は激しくなった。

 

「……戻ってるよ」

 

苦笑して、和人は部屋の奥に引っ込んだ。

霧絵が顔を見せる。見た感じ何も変わってはいなかった。無表情なところも、ピョンと一房跳ねた髪も。

 

「……」

 

「よう」

 

「……」

 

「おはよう」

 

「……」

 

「あの……」

 

熱心に見つめてくる霧絵に声をかけるがことごとく無視される。

爪先から頭のてっぺんまで何往復もする視線に辟易として頬を掻く。

 

「なにかある?」

 

「……」

 

霧絵はふるふると首を振った。

その割に視線は治まらない。

 

「……元気だ。よかった」

 

肩をポンと叩かれて、満足したような表情で部屋の中に戻ってしまう。まあ、謎だ。

 

最後に現れたのはリュウだ。リュウは無言で鳩尾に一撃食らわせてきた。やけに気持ちの籠った一撃は、心配よりも私怨が籠っているような気がした。

ダメージが大きく、膝をつく俺を無視してリュウは部屋に戻ってしまう。

 

「いってえ……」

 

「皆さん感情表現が多彩ですねえ。見ていて飽きません」

 

蹲り、痛みに呻く俺を尻目にのっそりとリインが起き上がる。

思わずぼやいた。

 

「……気絶した振りかよ」

 

「痛かったのは本当ですよ」

 

服に着いた埃を払う。

ニコニコと機嫌よく俺の側に寄ってきた。

 

「それでは参りましょうか」

 

「どこに?」

 

「もちろん中に。色々聞きたいことがあるでしょう? 私も話したいことがあります」

 

助け起こそうと差し出された手は無視する。

 

「アスカさんが起きたので、ようやくちゃんとお話しすることが出来ますよ。皆さん全然聞いてくれなかったので」

 

「誘拐犯のことなんか聞きたくないだろうしな」

 

「七夏さんが拉致問題がどうとか言って取り合ってくれなかったのですよ。出来る限り一人にならないようにと無理やり一つの部屋に4人で寝られてましたし」

 

「ここ二人部屋なんですけどねえ」とぼやくリインの口調は内容とは逆にこの状況を楽しんでる気配がした。

どの道俺が起きなければ話は始まらなかったのだろう。聞く限り、万が一死なれでもしたら、どうしようもなくこじれただろうし。

 

「三日寝てたって言うのは本当か?」

 

「本当ですよー。全然まったくこれっぽっちも起きないので、そろそろ危ないかなーと夢の中にお邪魔しました。無事に起床出来て何よりです」

 

「魔法ってやつか」

 

「魔法ってやつです」

 

聞きたいことが後から後から湧いてくる。

4人の無事が確認できて、安心したおかげだろうか。

魔法について詳細を求める俺に、リインはまんざらでもなさそうな表情を浮かべ、「しょうがないですねー」と口を開く。

 

そうやって、いつまでも廊下で話し込む俺たちの元に、痺れを切らせた七夏がやってきた。

 

「あんたらいつまでそんなとこにいんのよ! さっさとこっち来なさいっ!」

 

「あ、悪い。今行く。……なんか目赤いな」

 

「それ言っちゃうんですか」

 

さっき見たときより七夏の目が赤くなっていたので思わず口走った。

リインが呆れたように額に手を置き、七夏の顔は目だけではなく頬まで赤くなる。

赤は警戒色。怒りの色だ。

 

「誰のせいだと思って――――っ、ちょっとリュウ! 放して!!」

 

「話が進まん」

 

暴れ出しそうになった七夏を、リュウが背後から羽交い絞めにした。

じたばたと暴れる七夏を部屋の中に引き戻す。その巨体に言いたいことがあった。

 

「リュウ。お前いきなり現れて腹に一発ってどういうことだよ」

 

「話が進まないので詳細な説明は省くが、正当な理由がある。お前が悪い」

 

ギロリと睨まれたのでそれ以上の追及は諦めた。

リュウがこう言うのだから、きっときちんとした理由があるのだろう。一周回って怒りに変わるぐらい心配かけたのかな。

 

「アスカさんは、もうちょっと色々……あ、やっぱりいいです」

 

ため息交じりの苦言は途中で翻される。

 

「なんだよ」

 

「どうでもいいことでした」

 

「さ、お先にどうぞ」と促され部屋に入る。

どいつもこいつもきちんと言ってくれない。

なんだか納得いかない、もやもやした気分だった。

 

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