帰りたい。けれど帰れない   作:紺南

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第12話

「さて、これでようやく皆さんときちんとお話しできます。喜ばしいですね」

 

どことなく白々しさを漂わせるリインの口上に、七夏が不機嫌に鼻を鳴らした。

和人もリュウも何も言わない。じっと剣呑な目でリインを見つめている。

そんな目で見つめられているリインは平然としているが、同じ場にいる身としては裸足で逃げ出したくなるような空気だった。

 

「あ、皆さんはそのままで。アスカさんは申し訳ありませんが立っていてもらえますか? 病み上がりっぽいですけど」

 

「寝てただけだし」

 

「寝まくったおかげで元気有り余ってるんですね」

 

「まあ」

 

「良い夢見れました?」

 

「知ってるだろ」

 

悪夢寄りだった。

そんなことは語るまでもないことだ。

 

今、部屋の中に6人いる。狭い部屋だ。6人と言う大所帯のせいもあってか余計にそう感じられる。

ベッドが二つあり、机がある。その上には本らしきものが置いてあった。表紙にかいてある文字は記号に見える。読めない。

 

俺とリインを除く4人はそれぞれベッドに腰かけていた。

リュウと七夏が座っているベッドは明らかにスペースがない。リュウがデカすぎる。こうやってまじまじ見ると、中学の頃より一回りデカくなったような気がする。柔道やってるとデカくなるんだろうか。

比べて、霧絵と和人が座ってるベッドは余裕があった。隣に座れと霧絵がぽんぽんベッドを叩いている。けれど折角の心遣いは遠慮して、立ってることにした。

 

腕を組む七夏が内心の苛立ちはそのままに口火を切った。

 

「何を話そうって言うの?」

 

「それはもちろん出来る限り全てですが」

 

そこで一度言葉を区切り、リインは俺を見てくる。

この視線はなんだと見つめ返す俺にニコッと笑顔を浮かべ、続きを切り出した。

 

「七夏さんたちにはすでにお伝えしてます通り、ここは皆さんの世界とは別の世界。いわゆる異世界です」

 

「……うん。聞いたね」

 

和人が頷き七夏を見る。

七夏は不承不承ながらも同意した。

 

「そうね。でも法螺話よ」

 

まったくその通りだ。

現実逃避する七夏の気持ちは痛いほど分かったので強く頷いておく。理解者を得た七夏が非常に嬉しそうな顔をしたが、和人に横やりを入れられた。

 

「七夏。何回も話し合ったじゃないか。この人たちがそんな突飛な嘘をつく理由がどこにあるんだい?」

 

「それは……そうだけど。でも……なんか、あれよ」

 

俺が寝ている間に意見を纏めていたらしい。

霧絵とリュウは黙して何も言わない。進行は和人にお任せのようだ。

唯一、七夏だけは異論があるようで納得のいっていない態度を見せるが、和人の言葉に反論できていない。

 

「何より僕たちは魔法を見せてもらってる。そりゃあ、認めたくはないけど、認めざるを得ないじゃないか」

 

「……」

 

ついに七夏は何も言えなくなり、それを見ていたリインが「よろしいですか?」と口を挟んだ。

 

「七夏さんの疑いも最もです。そう簡単に私たちを信じていただけるとは思っていません。必要ならば何度でも魔法をお見せしますし、どんな質問にもお答えします。しかし、少なくともこの三日で私たちがあなた方に危害を加えるつもりがないことはご理解いただけたと思います」

 

長々と述べるリインに、七夏は親の仇でも見るような目を向けている。

ピリピリとした空気が漂う中、気になることが一つあったので聞いてみる。

 

「俺、まだ魔法見てないんだけど」

 

厳密に言えば夢のあれが魔法らしいのだが、俺としては夢を見ていただけで、ちっとも実感がわかないのでノーカウント。

 

「アスカさんには後でお見せします。だから今はちょっとしーっとしててください。邪魔ですので」

 

「そりゃあ悪かった。でもその手やめろ。子供じゃないんだから」

 

人差し指を唇に当てられてはそんな文句も出てくる。少し背伸びまでされた。その態度はまるで子供に言い聞かす母親のよう。

「失礼しました」と手を戻すリインに悪びれた様子はない。形だけの謝罪だ。

それを見ていると、ついつい憎まれ口が口から飛び出す。

 

「お前の方が子供のくせに」

 

「人を見た目で判断するのはお勧めしません。それに小さいからって侮ると、痛い目見ちゃいますよ?」

 

人差し指を今度は自分の唇に当ててウインクを一回。

ドキッとした。そんなの子供のすることじゃない。

 

内心の動揺を悟られないよう、リインを睨む目つきをより険しくする。その努力を知ってか知らずか、リインはカラカラと笑って受け流してしまった。厭に癪に障る。

 

「ちょっと」と七夏の苛立ち混ざりの声は、今のやり取りが気に入らなかったらしい。

 

「あんたら、仲良くない?」

 

「良くない。こいつが色々失礼なだけだ」

 

「こいつって誰ですか?」

 

「お前だよ」

 

すっとぼけるリインは、指摘されてなおニマニマと笑っている。

眉を顰め、諦め半分に溜息を吐いて七夏を見ると、その顔は険しく般若の様だった。

言いたいことがあるようで、ビシッと人差し指を突きつけてくる。一々振る舞いが攻撃的だが、元気であることは間違いないらしい。

 

「あんた分かってんの? このガキンチョは私たちを誘拐したのよ? これは拉致よ、犯罪なのよ!」

 

「返す言葉もありません」

 

一転、しゅんと項垂れるリインは反省してますと態度に滲ませている。

 

「皆さんを元の世界にお返しするために、全力を尽くしています」

 

「信じられるわけないでしょ!」

 

七夏の癇癪は相当のようだ。

この世界に来てから三日たっているらしいと言うのに、その怒りはまるで治まる気配がない。

気を抜くと一気に噛みついて来そうな顔でリインを睨みつけている。

リュウが臨戦態勢に移っているのでいざという時は大丈夫だろうが、相も変わらず険悪なムードであることに変わりない。

 

そんな二人を前に、俺はまたもや口を挟んでしまう。

 

「つうか帰れないの?」

 

空気は読めていないかもしれないが、さっきの魔法うんぬんよりよっぽど重要なことだった。

小馬鹿にされまくっていた今までと打って変わって、リインは平坦な口調になる。

 

「帰れません」

 

「なんで?」

 

「帰る方法が分からないからです」

 

「なんで俺たちここにいるんだよ」

 

「私たちがお呼びしました」

 

「なら普通帰れるだろ」

 

「帰れません」

 

答えが一巡した。

それで分かったのは、無理、出来ないってことだけだ。

顎に手を当てて少し考える。考えた所で分からないことだらけだ。

聞いてしまえば手っ取り早いが、現状それをするのにはかなりの勇気を要する。しかししないわけにもいかない。

 

「どういうことだよ」

 

我知らず、問い詰めるその声はかなり物騒な声音になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「事故だったんです」

 

長ったらしいリインの説明を要約するとその一文になる。

つまるところ、俺たち5人――――更に言うなら人間を呼び出すつもりはさらさらなかったのだと言う。

 

「異世界から何かを呼び出す魔法の実験です。一回目の実験は失敗しました。二回目で何とか『道』を繋ぐことができ、三回目でこれぐらいの透明な筒を呼び出しました」

 

リインが胸の前で大体の大きさを示した。結構デカい。

しかし、それだけだと大きさが分かっただけで具体的に何のことを言っているのか分からない。

「ペットボトルだよ」と和人が捕捉したおかげでイメージが出来た。多分2リットルかそこらのやつだろう。

 

「四回目の実験では、同じものを呼び出せるかを試す予定だったのですが……」

 

「ペットボトルの代わりに僕たちが来ちゃったんだって」

 

「なるほど。事故か」

 

「災難だね」

 

空々しく笑い合う。普通に笑う気力などとっくに吹き飛んでいた。けれど笑わないとやってられない。自暴自棄一歩手前のような、そんな気分。

 

俺たちの様子を見ながらリインは力なく首を振る。

 

「『道』の大きさはギリギリ筒が呼び出せる大きさしか広げていません。仮に人間を呼ぼうとしても、そもそも無理なんです」

 

「でも、現に私たちはここにいるわよ」

 

「不思議です。なんでいるんですか?」

 

「あんたが嘘ついてるんじゃないの?」

 

「滅相もない」

 

「むかつく」

 

「七夏。落ち着け」

 

馬をなだめるように七夏をなだめるリュウ。

放っておいたら、今すぐにでもリインに後ろ蹴りを食らわせかねない。本当にやりかねないから、獰猛な猛獣みたいなやつだ。仮に首輪つけても即座に千切ってしまいそう。

まあ、猛獣だろうが何だろうが静かにしていてもらわないと困るので、リュウには彼氏としての責任を果たしてもらうしかない。

 

「て言うか『道』ってなんだよ」

 

「『道』とは……まあ、光の帯ですね」

 

「雲の隙間から陽の光が差してる的な?」

 

「まさしくそんな感じです。説明お上手ですね」

 

なんかおだてられた。

パチパチと拍手するリインは超笑顔。

先ほどから、しおらしくなったと思ったらすぐに笑顔になる。かと思えばまたしおらしくなって。そしてまた笑顔になる。

切り替えが早すぎる。まるで演技のように。七夏の言う通り、確かにこれは胡散臭い。

 

「便宜上我々がそう呼んでるだけで、実際はまるで違うものなのかもしれません」

 

「実物見てないから分からないけど、その道伝って戻れないのか?」

 

「空にお帰りになるということなら、多少お手伝いしますよ。何もないところからいきなりポンッと現れてゆっくり落ちてくるので、多分魔法的な何かがあると思いますが」

 

説明がふわっとしている。

魔法的な何かと言うが、魔法使って呼んだんじゃないのか。自称魔法使いの癖にと思うのだが、本当に何も分かってないらしい。

 

「よく見ると空間に穴開いてたりしないか」

 

「どういう状況なんですかねそれ」

 

空間に穴と言うのはリインにとっては想像すら難しいらしい。

かくいう俺も今一分かっていない。七夏ぐらいなもんだろう。こんなことに詳しいのは。

 

帰る方法なんて今考えても仕方ないことだが、少し考えてみる。

とは言え、考えられることは少ない。そもそも材料が少ない。何も知らないのだから。

 

「その光を反射してみるのはどうだろう」

 

「おや」

 

和人の言葉にリインが感心しているのを見ながら、部屋を見回す。

 

「……」

 

唯一、未だに何一つ言葉を発していない霧絵は、無表情にリインを見ている。

怒っているのか悲しんでいるのか。何も思っていないわけはないだろうが、こいつの感情は今一わからない。

よっぽどのことがない限り表情は変わらない。例えば、地面から生えてきた手に足を引っ張られるとか、そういうホラー染みたことでもない限りは。

 

「そう言えば」

 

「はい?」

 

「俺たち、地面から生えてきた手に引っ張られて沈められたんだけど、魔法ってそう言うものなのか?」

 

光の帯がどうとか。空から落ちてきたとか。

神々しさが感じられそうな説明とは結びつかないホラー加減だった。

 

「よくわかりません」

 

考える素振りもない即答。

 

「魔法を使えば、私たちの世界では空から光の帯が注がれ、何かが呼び出されます。その時、そちらの世界でどうなっているか、私たちは観測できませんので」

 

そんなもんかと嘆息し、また思考を巡らせる。

「でも」と続けられた言葉に意識を向けさせられた。

 

「手と言うのは少し引っ掛かりますね。人の意思が感じられます」

 

「お前のじゃなくて?」

 

「私は……」

 

そこで一旦言葉を切って、リインはまじまじと俺を見上げてきた。

さっきからちょくちょく見つめられる。ひょっとして何か言いたいことがあるのだろうか。

そう思うと、その目は何かを訴えかけているような気がする。敢えて言葉にせず目で伝えてこようとしているのが意味不明だが。

そのままお互いに数瞬見つめ合う形になり、やがてふっとリインが微笑んだ。何かを諦めたようにも見える。結局、目の奥の感情は隠れてしまった。

 

「意図的にそんなことが出来るなら、異世界の人たちを拉致するなんて暇なことはせずに、もっと凄いことしてますよ」

 

あっけらかんと述べるリインを見ていると、直前のあれは気のせいだったような気がしてくる。

この会話を受けて、今までリュウに抑えられていた七夏が、リュウを押しのけ嘲り混じりに訊ねた。

 

「へえ? 例えば? どんなこと?」

 

「この国を救うとかですかねえ」

 

「はっ。健気ね」

 

七夏の厭味ったらしさは置いておいて、会話の内容はやけに不穏だ。

なんだっけ。ウルトリクスとかそう言う名前。この国そんなやばいの?

 

「そもそも、そのために私たち呼んだんじゃないの」

 

「何をどう頑張れば、人間5人で国を救えるのですか?」

 

リインのごもっともな質問に、なぜか七夏は胸を張る。

 

「それはあれよ。私たちに凄い才能があって、それを使って勇者みたいな感じで……」

 

張ったはいいが、言ってる内に恥ずかしくなったのか、言葉尻に向かうほど声はか細くなる。

勇者とか国を救うとか、そんな発想が出てくる時点でゲームとかアニメとかラノベに影響され過ぎだと思う。丁度いい機会だからしばらく断っとけ。嫌が応にも断たざるを得ないだろうが。

 

「勇者ですか」

 

「……そうよ。悪い?」

 

「いえいえ。悪いことなんかこれっぽっちもありません。夢を見るのは生きていくうえで大切なことですから」

 

その言い方は明らかに馬鹿にされていた。七夏もそれを分かっていて、羞恥心で顔を赤くしている。

さらに子供に言い聞かす様な丁寧な口調で畳みかけてくる。

 

「でも、勇者はおとぎ話の中のお話しです。現実にはいません」

 

「そんなことを言うなら、異世界だって妄想の類でしょうがっ!」

 

「それもそうですね。さて、アスカさん」

 

しれっとした態度で会話を打ち切る。

まだ何か言い募ろうと口を開いた七夏だったが、これ以上は傷口を広げるだけだとリュウが制止した。

それで七夏は歯を食いしばって乱暴にベッドに腰かけてしまう。

 

「お待たせしました。お待ちかねの魔法タイムです」

 

「別に待ってねえよ」

 

「隠さなくてもいいですよ。期待に胸躍らせてたこと、ちゃんと知ってますので」

 

楽しみですねと朗らかに笑うリインを見ると、何となく嫌な予感がしてならなかった。

 

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