ベッドに腰かける七夏の手をリインが握る。
魔法が使えるか判断する第一段階。
魔力を流し、それを感じるか確かめるのだと言う。
魔力を感じることが出来れば、その人は魔力を持っている。
魔力を持っているのなら、魔法を使えるかもしれない。
まずはそこでふるいにかけるらしい。
「魔力を持ってるからと言って、必ずしも魔法が使えるわけではありません。はっきり言って、魔力を持っていても魔法を使えない人の方が多いです」
魔力を持っていることを確認し、それから魔法が使えるか試すのだと言う。
「魔法使えるかどうかってどうやって確かめんの? 普通は一系統しか使えないんだろ。総当たりすんのか?」
「魔力を外に放出すれば何がしかの形になるので、それで判断します」
ま、そんな先のことよりも、とりあえずは魔力を持っているかどうか確かめさせてください。
そう言うリインの指示に従って、一人ずつ魔力を流し込まれることになった。
「では流します。何か違和感を感じたらすぐに言ってください。止めますので」
「わかったわ」
七夏が緊張で強張った表情で返事をする。
リインに手を握られて、まだ何もしてないのに額に汗をかき始めている。
とんでもなく緊張しているらしい。リインがちらっと七夏の顔を窺う。
「……やっぱこれムリ。ちょっと、誰か順番代わって――――」
「流します」
鬼でももうちょっと情けがあると思う。
気おくれしてるのを察していながら、問答無用で流してしまった。
「んあぅッ!?」
反応は顕著だった。
流された刹那、七夏は声にならない声を上げ、背を反らせて天井を見上げる。
かはっと息を吐く音。鯉のようにパクパクと口を開け閉めする。
その思わぬリアクションに、側で見守っていた俺たちの方が驚いた。
「おや?」
どういうわけかリインまでもが驚いている。
その間も七夏は天井を見上げたままで、がくがくと足が暴れ始めた。素人目から見ても痙攣しているとわかる。
「あ、強すぎましたか」
「七夏!? 七夏!!」
リインが手を離したことで、七夏はベッドの上に倒れた。
リュウの呼び掛けにも答えず、その身体はぴくぴくと痙攣が続く。口からは涎が垂れ、目は焦点が合っていない。
そのあまりに痛ましい姿に、和人がリインの肩を掴んでどういうことだと詰問した。
らしからぬドスの効いた強い口調に、俺の方が気圧されるほどだった。
「いや、まあ……」
歯切れの悪い返事。
さすがに七夏のあの様子を見て黙ってはいられない。
「リイン。七夏に何した」
俺の問いかけに、心なしかほっとした様子を見せる。
「魔力を流しただけです」
「魔力流したらあんなになるなんて聞いてないぞ」
「私はいつも通り流しただけなんですが、異世界の人は耐性がないんですかね。刺激が強かったようです」
「刺激?」
「まあ、あの……」
リインがちらっと七夏を見る。
リュウに抱きかかえられた七夏は、霧絵に頬を叩かれ一応回復したようだった。
焦点の合わない目で霧絵を捉え、じわっと涙を浮かべたかと思うと、その胸に顔を埋めてしまう。しくしくと泣き声が聞こえてきた。
「魔力を流す行為は、愛撫と言いますか。性的快感に近い刺激を与えると言われてまして……」
そこまで聞いて一旦話すのを止めさせる。
思わず七夏の様子を窺うと、相も変わらず霧絵の胸に顔を埋めていた。
ここから見て分かるほど体が震えているから、多分本気で泣いてるんだろう。存分に恐怖も味わっただろうし。
「リュウ、お前ちょっとこっち来い」
「は? いや……」
渋るリュウに和人が言葉を重ねる。
「七夏のことは放っておいていいから。今は霧絵に任せておこう。早くこっち来て」
しかしリュウは応じようとしない。七夏と俺たちを交互に見るばかりで躊躇っている。
そうこうする内に、何となく察してしまったらしい霧絵が本気でリュウを叩いた。それでようやくこっちに来る。
渋々といった様子のリュウは説明を求めた。
大人しくリインの話を聞けとそれだけを伝えた。
「悪い。もう一回最初っから」
「はあ。いえ、魔力を流すと性的快感を感じますよと」
「……性的快感?」
リュウが口をあんぐり開ける。
俺と和人はまさかまさかと言う気分だった。
「じゃあ……七夏のあれは」
「あれはー。えー……」
歯切れの悪さはそういうことだったらしい。
見た感じ、中学生ぐらいの女の子にそんなことを言わせようとしているリュウは紛うことなき変態に見える。
しかし、予想外の事態にその頭は追いついていないようだった。肩に置かれた和人の手にすら気づいている様子はない。
「あれはー……イっちゃったんですねえ」
わざわざそこまで言わなくても。
男三人にそんなことを言わされて、うっすら頬を染めるリインを責める気にはなれなかった。
あの後、男三人は部屋から出て扉の前に避難していた。
泣き止まない七夏に、たとえ彼氏であろうと男である以上何も言えることはないだろう。
あのままあの場にいても、居たたまれなさすぎて居場所がなかった。
誰に言われたわけではないが、自主的に部屋を出ることにした。
俺たちが出るのと同時にリインは使用人を呼んだ。
すぐに黒髪の人と茶髪の人がやってきて、リインの指示を受けドタバタとどこかへ行ってしまう。
完全に蚊帳の外に置かれた。そのことに感謝しながら、この後の展開に思いをはせる。こんなのどう転がっても嫌な未来しか見えない。
「なんかエロゲーで似た展開見た気がするよ」
とは和人の呟き。
「エロゲーなんかやるのか」
「うん、まあ。男だし興味はあるよね」
「お前16だろ。どうやって買ったんだ」
「ダウンロード」
「……年齢認証は?」
「ああ言うのって基本ざるだよね」
同意を求められても困る。
俺は年齢認証するようなサイトを見たことがない。
「性的快感かあ……。この後僕たちも受けるのかな」
「拒否する」
「だよねえ」
興味はあるけどねと嘯く和人は壁に背を預けて蛙座りしている。
「それより七夏だろ。あれどうする」
「どうするって?」
「メンタルケア」
「……」
柔和に笑っていた和人も真顔になるほどの難問だった。
彼氏的立場にあるリュウは、この話題になってもむっつりと黙りこくって何も喋らない。
よくよくその顔を窺うと大層なショックを受けているらしいと言うのが分かる。
しばらく役に立ちそうにない。
「僕はどうにも出来ないよ。そこまで仲良くないし。そこ触れた瞬間に泣かれそう」
「それは俺も同じだな」
「いやーアスカなら……」
言いかけた言葉を途切れさせ、自分の中で確認している。
やがて確認を終え、ニコッと胡散臭い笑顔になった。
「死ぬ覚悟有りなら立ち直るかもよ?」
「……一応詳しく聞こうか」
「気が晴れるまでサンドバッグ」
単純明快で大変素晴らしい。
しかし懸念はある。
「もし俺が死んでも気が晴れなかったら、お前が後継ぐんだよな?」
「そんなの三人とも死んじゃうじゃないか」
特に可笑しくもなかったが、和人が笑ったので応じてやる。はっはっは、と。
「僕の知ってるエロゲーだと、『私がイクとこ見たんだからあんたも見せない』って展開になるんだよ」
「そのクソゲーから少し離れろ」
リアルとゲームを同一視するな。
変に七夏に口調を似せていたから想像してしまった。
そんな展開は絶対ないと言い切れるが、想像してしまった分の罪悪感が凄い。
「少しでいいの?」
「無茶苦茶離れろ」
「物理的に手の届かないぐらい離れてるよ。それこそ次元を越えてる。僕のパソコン、パスワードかけてたかなあ」
「知るかよ……」
この会話でようやく気付いたが、和人も少しおかしくなっている。
リュウのように分かりやすいおかしさではないが、エロゲーのカミングアウトから始まり、会話の流れがあっち行ったりこっち行ったりと話していて疲れてしまった。
「どうすっかなあ」
「好きにすればいいよ」
今は和人も役に立たないということが分かった。
一人悩んでいると、廊下の奥から黒髪のメイドさんが澄ました顔で近づいてくる。
随分な早足で、その手には着替えらしきものを持っていた。
リインのいる部屋にノックした後、返事も待たずに入っていく。
それから然程間を開けず、茶髪のメイドさんがやってきた。
片手に白い布を目線の高さまで抱え、さらには掃除道具まで持っている。
それらで視界が塞がれているため足取りがおぼつかない。
フラフラと蛇行運転で、見ているこっちが不安になる。
その調子でギリギリのところを綱渡りで歩いていたが、ついに頭をぶつけたので声をかけてしまった。
「大丈夫ですか?」
「え……あ、大丈夫です」
布を抱えたままプルプルと痛みに堪えていたメイドさんは、声をかけると少しびっくりした様子で、俺の顔を見るとぺこぺこと畏まってしまう。当然だが、そんなことをされる覚えは微塵もない。
「手伝いますよ」
「いえ! そんな!」
遠慮されるが、手伝う意思は固い。事故る所なんて誰も見たくないのだから当たり前だ。
「見ていて危なっかしくて仕方ないので、俺の安心のために運ぶのだけ手伝わせてください」
「あ……はい」
すぐそこですと茶髪のメイドさんは部屋を指さす。
リイン達の居る部屋の左隣だった。
「このシーツ全部そこですか?」
「いえ、二つはそこのお部屋に。残りの内二つはそのお部屋の左隣。最後はさらに左隣です」
三つの部屋を寝られる状態にするのだろうか。
部屋に置いときますよと一人そそくさ歩く。
ありがとうございますと後ろから聞こえてきた声に答えることはしなかった。
いざ部屋を開けてみると、中はどこも全く同じレイアウトだった。
見ていて何の面白みもない。間違い探しぐらいでしか楽しめないだろう。
シーツを部屋に置き元居た場所に戻るとメイドさんの姿はなく、和人が相変わらずのヤンキー座りでそこにいた。
「颯爽と助けちゃって。格好いいね」
「メイドさんどこ行った?」
和人の茶化しは無視する。
今のこいつは相手するだけ無駄だ。
「そこの部屋。多分掃除してるんじゃないかな」
「掃除ね」
三部屋とも掃除ということは、2・2・1に分かれるのだろうか。1は男三人の内の誰かだな。
心の中でそんなことを考えていると、ガチャッと扉が開き黒髪のメイドさんが出てくる。
その人は俺たちにそつのない動作で一礼し、左隣の部屋に入って行った。
チラッと茶髪のメイドさんが箒を持っているのが見えたので、和人の言う通り本当に掃除しているようだ。
扉が閉まってからもそこを見ていたから、メイドさんの後に霧絵が出てきたのに気づかず、声を掛けられてかなり驚いてしまった。
「アスカ」
「うお!?」
すぐ近くに立っている霧絵。
「なんで驚く」と少しだけ不愉快そうに眉を顰めている。
近づかれてもまるで気配がしなかった。忍者みたいだ。
そう思うも、多分俺が気を抜きまくっていただけなのだろう。
「七夏運ぶの手伝って」
「俺が?」
「私じゃ重い」
そりゃあそうかもしれないけど。
今の七夏に近づくのは出来れば避けたい。
泣かれたり怖がられたり、怯えられるよりも、いつものように口悪く罵ってほしいから。
「泣きつかれて寝たから平気」
「……なら、いいか」
部屋に入るとリインがベッドの上に行儀よく座っていた。
同じベッドで七夏がすやすやと寝息を立てている。
「酷いことをしてしまいました」
どうやって持ち上げようかと思案する俺の横で、リインがそんなことを呟く。
「色々と考え足らずで……。聞くところによるとまだ未経験だそうですね。トラウマになったかもしれません」
「年寄みたいなこと言うなよ」
ていうかその辺のことを口滑らせてんの誰だ。
いや、考えるまでもなく霧絵だと分かるけど。
「その口ぶりだと経験あるように聞こえるぞ」
「それは……どうでしょうね」
こういう質問ではぐらかす場合は大体YESだ。
見た感じ中学生の女の子が経験ありというのには犯罪の香りを嗅ぎつけてしまう。
世界が違うから、その辺の貞操観念もまるで違うのだろうと無理矢理納得させるしかない。
「結婚してんの?」
「いえ。でも、適齢はとっくに過ぎているので、近いうちにしたいと思ってます」
「そっすか」
ギャップを感じる。
勝手に抱いていたイメージが次々崩れていく。俺の常識はこの世界では非常識か。
起きてから数時間も経っていないが、早くも疲れた。もう寝たい。
「七夏連れて行くけど、どこ運べばいい?」
「隣の部屋に。霧絵さんもそちらに移ってもらいます」
「はいよ」
お姫様だっこみたいに担いで隣の部屋に向かう。
部屋を出てすぐ目の前にリュウが仁王立ちしていて、こいつに任せれば良かったじゃんと背筋が凍った。
「……」
「今からでもチェンジするか?」
「……いや」
図体の威圧感は凄まじかったが、絞り出したように弱弱しい声だった。
「任せた……。頼む」
「部屋運ぶだけだぞ」
「頼む」
肩を落として同じことを繰り返された。
一体何にそんなショックを受けてるんだこいつは。
歩いて数歩の隣部屋に着く。
両手で七夏を持っているから扉を開けられない。
霧絵に頼もうと振り返る。しかし、霧絵は和人と何か話をしていた。
「和人」
「なんだい」
「次、和人の番」
「ん? なにが?」
「魔力流されるの」
「は?」
思わず和人は立ち上がった。
霧絵に詰め寄る。
「ど、どうして?」
「私はもう終わらせたから」
「……魔力を? え、あれやったの?」
「やった。あった」
魔力はあったらしい。
じゃあ、七夏と同じ目に遭ったということだろうか。
それはなんとも、想像するだけで目に毒が回りそうだが、あまりに堂々としているから嘘ついてるんじゃないかと疑ってしまう。
「……」
「同じ穴の狢になれば、少しは七夏も救われる」
「いやいやいやいや」
「頑張れ」
ぽんと肩を叩いて健闘を祈り、霧絵はさっさと和人から離れる。
そして扉の前で突っ立ていた俺のためにドアを開けてくれた。
中にメイドさんはいなかった。仕事が早い。
綺麗にセットされたベッドに七夏を寝かせ、何となくその寝顔を見つめる。
綺麗な顔だったが、眦に涙の痕が残っていて何も言えなくなる。
居たたまれなくなり、取りあえずその場に正座した。掃除したばかりだから別に汚くもないだろう。
「アスカもやる」
「分かってるよ」
正座する俺のすぐ後ろに立つ霧絵。両肩に手を乗せているのは、絶対逃がさないと言う意思表示だろうか。
どの道やらないと言う選択肢はなくなった。
霧絵と七夏にだけやらせといて、俺たちは逃げました、じゃあこいつが起きたときに合わせる顔がない。
魔法なんて知った事じゃないからやらなくていいだろ、なんて口が裂けても言えなくなった。四の五の言わずやるしかない。
内心で覚悟を決める俺の首に腕が回された。
背中に霧絵の体重と体温が感じられ、耳元で熱い吐息と一緒にぼそっと呟かれる。
「安心していい」
「なにが?」
「イクほど気持ちよくはなかった」
「……」
情報ありがとう。でも聞きたくなかった。
こいつとこんな話をする時が来るなんて。これが時の流れの残酷さだろうか。
16歳になって、以前のまま穢れを知らないなんてありえないと、理屈ではわかっていたことだが。
いざ突きつけられると受け入れ難い。
人間だれしもやってることだし。そりゃあ、子供のままじゃいられないよなあ……。
「なんの慰めにもなんねえよ」
「そうかな」
「そうだよ」
「そっか」
その後、リュウが俺を呼びに来るまで部屋は沈黙で満たされたまま、ただ時間だけが過ぎていった。