帰りたい。けれど帰れない   作:紺南

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タイトル変えました



第18話

城の周囲は物々しい気配で満ちていた。

遠目から、ランタンの様なものを持った兵が城壁の上を右往左往駆け回っている。

門の前には鎧を着こんだ兵隊が歩哨していて、俺たちが近づくと明らかに緊張が走ったが、片方がリインだと知るや否やホッとした顔をする。

 

中に入って、慌てたように駆け寄ってきたのはリインより二回りは年上のおじさんだ。ちょび髭がよく似合っていた。

 

「ご無事ですか」

 

息せき切ったという調子で、額に汗を滲ませながら問うてくる。

 

「はい。皆さんも平気でしたかー?」

 

「兵に損耗はありません。陛下もご無事です」

 

ふむふむと頷くリイン。

おじさんは、ちらと俺の方を見てからすぐリインに向き直った。

リインは思案気に問いかける。

 

「お客様方はどうでしょう?」

 

「そちらも安全です。先ほどエクエスが向かいましたが」

 

「ならば万に一つ何の問題もないでしょう」

 

それからリインはよく分からない単語を口にした。

なんとなく地名の様な気がする。どこそこの何番ストリートみたいな。

 

「今の場所に、侵入者の遺体が残ってます。夜が明けないうちに掃除をお願いします。何も出てこないとは思いますが、手がかりも調べておいてください」

 

「は」

 

おじさんは周囲の兵に矢継ぎ早に指示を飛ばしながら去っていく。

兵隊たちもそれぞれ指示に従って早足で駆けて行った。

 

その後ろ姿を見送る俺に、いつの間にかリインが近づいてきていて、袖を引っ張った。

 

「お疲れじゃないですか? 今日はもう寝ませんか」

 

「寝れるの?」

 

「もちろんです。代わりのお部屋は用意してありますよ」

 

下手すれば徹夜かと心配していた。

そうじゃないのは素直に嬉しいことだが、先ほどあんなことがあったばかりで果たして寝れるだろうか。

 

「今日はもう安全なのか」

 

「少なくとも、兵隊さんたちはピリピリしてます。陛下の居る城に侵入を許してしまったのですから」

 

例え目的が王様ではなく俺であったとしても、城に入り込まれたことには変わらない。

下手をすれば暗殺もありえた。危機感は相当な物だろう。

 

「もし、今陛下が亡くなられたら、この国は今度こそ終わりですからねー」

 

「物騒な……」

 

「アスカさんたちも困っちゃうことになりますね」

 

確かに、曲がりなりにも保護されている立場で、その後ろ盾を失ってしまったら俺たちの未来は真っ暗だ。俺は一足先に真っ暗になりかけたが。

 

「階段上る体力ありますか?」

 

「舐めんな」

 

それぐらいは出来る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

城の中は明るかった。

壁に埋め込まれた何かが光っている。

火ではないようだ。照明のように見えるが、どうなのだろう。

 

階段は一段一段やけに段差が小さく、幅が広い。

普通の階段より上るのに時間がかかって仕方がない。一歩一歩確実に上っていく。

材質は石らしく、一歩踏むたびに甲高い音が鳴り響いた。

 

先導するリインとの位置関係的に、どうしても俺の目線は腰辺りに向けられる。

そのおかげで彼女の着る丈の長いスカートが汚れているのに気が付いた。

先ほど俺の怪我を診たときに汚れたのだろう。

 

「そこ」

 

「はい?」

 

振り向くリイン。

真っ直ぐな瞳に何となくバツが悪くなる。それでも目を逸らして言う。

 

「スカート汚れてるぞ」

 

「おや」

 

んー?と尻の方を見るのに身体を捻じっている。

 

「ああ……。まあ洗えば落ちるでしょう。ダメでも予備ありますし」

 

「高そうな服なのにな」

 

「否定はしません」

 

リインは汚れなぞには頓着せずまた上り始めた。

こいつが汚れているのなら、俺の服もどこか汚れているんだろうか。

 

気にしながら階段を上る。

メイン階段とでも言うべき幅広な階段を上った後もいくつか階段を上り、結局かなりの段数を上った。足が痛くなるぐらい。体力あるかの真意を遅ればせながら悟ってしまった。

 

若干息を切らす俺を愉快に見るリインは「後もう少しですよ」と励ましてくる。

余裕綽々な女の子を前にして、これ以上情けないところは見せられまいと少し無理をして足を進める。

 

歩く廊下はどことなく見覚えがあった。

見覚えのあると言っても、城の内装は大体同じだから気のせいって可能性もあるのだろうが。

 

「ここです」

 

示されたのは今までで一番意匠が凝った扉。

リインは懐を探っている。

鍵束を取り出してそのうちの一つを差しこんだ。

 

扉はすんなりと開き、先にリインが入る。

俺も後に続いた。

 

中は広い。

部屋の一辺に大きな窓がついている。

そこからバルコニーに繋がっていた。

 

あそこから町が一望出来る。中央を通る運河とか、人が大通りを歩くところとか。

ずっと感じていた既視感の理由を、ここでようやく悟った。

この部屋は、俺が最初に目を覚ました場所だ。

 

「ここ……」

 

「アスカさんが三日お寝坊していた部屋です。懐かしいでしょう?」

 

言われてみれば懐かしさはある。

あれから何日経ったのだろうか。考えれば、この世界に来てまだ半月も経っていないのか。

 

「まあ、良い部屋だよな」

 

窓のすぐ近くにベッドがある。

人が二人優に寝れるベッドだ。あの大きな窓から差しこむ朝日で目が覚めるのは、清々しい気分に違いない。

他に無駄に大きな机とか棚とか箪笥とか。

部屋の大きさのわりに家具は少なく人の気配はなかったが、総じて良い部屋と言う感じだった。

 

「明かりをつけますね」

 

リインが机の上の器具をごそごそと弄ったと思ったら、中央の鉱石部分が淡い光を放つ。

机を中心に部屋の半分ほどまでを照らすそれは、照明器具と見て間違いない。

まさかこんな物があるとは。思ったよりこの世界の技術力は凄いのかもしれない。ただ問題は動力が何なのかと言う点だが。

 

「どうやって動いてんのこれ」

 

「魔力です」

 

魔力……。

電気の代わりに使えるのか。便利だな魔力。

 

「とても高価ですけど、蝋燭など買い足さず済むので助かってます。壊れない限り魔力を充填すれば発光し続けますし」

 

「へえ」

 

原理はどうなっているのだろう。あの真ん中の石が魔力に反応して光るのだろうか。

手に取ってくまなく眺めまわしたい欲求を何とか抑える。

壊したら洒落にならない。弁償なんて出来ない。この世界の通貨は一銭も持っていないのだから。

 

「ところで、アスカさん」

 

「んー?」

 

「今から着替えるので、私の裸を見たいのならこっちを向いてて構いません。見たくないのならあっちを見ててください」

 

「……」

 

突然すぎて、何を言っているのか理解が及ばなかった。

なんでこいつはここで着替えようとしているんだろう?

 

間の抜けた顔でリインを見る。

もちろん詳しい説明を求めてだ。

しかしリインはわざとかどうかはさておいて、ニコッと笑って上着を脱ぎ始めた。

 

「あっち向いてる」

 

慌てて違う方を向く。

くすくすと忍び笑いが聞こえる。

からかわれた。そんなことは火を見るより明らかだ。しかし不思議と怒りはわいてこなかった。

諦めの境地ってやつだろうか。囮にされたことと比べると大した問題ではない気がする。

 

しかし、それが甘い考えだということはすぐ知れた。無知ゆえの想像力の無さだった。

背後から聞こえる衣ずれの音が勝手な想像を巡らせてしまい、頭の中はピンク一色になる。我がことながら、そんな自分がただただ恥ずかしかった。

 

「アスカさん。耳真っ赤ですよ」

 

「見るな」

 

「いいではないですか。少しぐらい」

 

「俺が見てないんだから、お前も見るな」

 

引き出しか何かを開く音がする。

「どれがいいですかねー」と言う声には応えなかった。

そもそもどうしてここにリインの着替えがあるのだろうか。

答えはいくつもないだろうが、冷静に頭を働かせられるほどの余裕はない。

 

あーでもないこーでもないとリインの独り言を背中に受けてしばらく、いつの間にか俺はその場に座り込んでいた。

別に立っているのに不都合が生じたというわけではない。立っているのに疲れただけなのだが、時間が過ぎゆくにつれ、この状況をやましいと思う気持ちは増していく。

 

同じ部屋で、妨げる物もなく女の子が着替えているシチュエーションは純粋無垢な男には何より苦痛だ。

今日は波乱が続いている。一体俺がどんな罪を犯したというのか。

神は……いるはずがない。とっくの昔に見限っていた。

 

「アスカさんも着替えないといけませんねー」

 

「ああ、うん。……そう言えば俺が今着てる服って、これどうしたの? なんかあんまり違和感ないんだけど」

 

「城下で買ったものです。違和感がないというのはよく分かりませんが、気に入ってくれたのなら何よりです」

 

会話の途中も衣ずれの音は断続的に聞こえている。

正直いい加減にしろと言いたかった。一体何をどうしたら着替えるのにこんなに時間がかかるのか。

着ては脱ぎ、着ては脱ぎを繰り返している気がする。

 

「ところで、話は戻るのですが」

 

「ん」

 

「怒ってますよね?」

 

「ああ。どんだけ時間かかるんだよって、言ってしまおうか迷ってた」

 

「そっちではなく」

 

ぺたりと素足の音が聞える。

ペタペタと足音は近づいてきた。

 

「囮にしたことです。アスカさんは何も仰いませんけど、やっぱり怒って当たり前だと思うのですよ」

 

「まあ……。けど、過ぎたことをどうこう言っても仕方ないだろ」

 

「本気でそう思ってくれているなら嬉しいのですが、本気じゃないでしょう? まだ過ぎたことではないですし。弁解も挽回も今を逃してしまっては取り返しがつかなくなる。そう思うんです」

 

すぐ背後から聞こえる声に、振り向こうかどうか迷う。

振り向いて良いものだろうか。もし着替えがまだ終わってなかったら大変なことになる。

散々迷って、結局何もできないでいるうちに肩に手が置かれた。揉むようにぎゅっと力が籠る。

 

「痛いですか?」

 

「いや……」

 

上から順に、怪我をしたところを次々触れられていく。

もうどこも痛くなかった。ただの打撲だったのか。不幸中の幸いだ。

 

「痛みがなくても、怪我をしたのは事実ですし。あんな目に遭わせてしまった責任は取らねばならないでしょう」

 

「俺は取ってほしいって思ってない」

 

「メ、ですよ。アスカさん」

 

諌める声は小さく静かで、耳元で聞こえた。

後ろから首に腕を回され抱き締められる。

 

「ウソはダメです。私にはわかります」

 

「嘘なんてついてないさ」

 

「それも、ウソ」

 

この調子では何を言っても嘘と決めつけられそうだ。どうやって言い負かせてやろうか。

そもそも言い負かすことはできるんだろうか。女の子に口で勝てた試しはない。

 

俺が黙っている内に、リインは離れる。

ペタペタと遠ざかる足音に聞く。

 

「もういい加減振り向いていいか?」

 

「いいですよ。とっくに着替えてますから」

 

もっと早く言え。

文句はそこそこに振り返る。

黒い服を着たリインが立っていた。装飾は多かったが、生地が薄そうだからパジャマなのだろう。

リインは自分の格好を見せびらかす様に腕を広げる。

 

「どうですか?」

 

「ああ、うん」

 

正直似合ってない。

白い服がかなり似合っていた。それと比べれば全然似合ってない。

あと単純に黒って言うのが嫌だ。さっき全身真黒な奴らにぼこぼこにされたから。

 

「正直にどうぞ」

 

「白の方が良かった」

 

「むー。白は見飽きたと思って黒にしたんですが、失敗でしたね」

 

よかった。揶揄する目的はなかったらしい。

それを知り、余計なことは考えず真っ白な気持ちで見ると、黒もそう悪い物ではない。白の方が良かったと言うのは変わらないが。

 

「これお着替えです」

 

「ありがとう」

 

渡された服は、今着てるのと大差ない服だった。

完全な家着って感じのラフ感。

七夏に批評させれば『ださい。地味。隣に並ばないでくれる?』ぐらいは言いそうだ。

 

「……」

 

「どうしました?」

 

「着替えたいんだけど」

 

「どうぞ」

 

「いや、せめて後ろ向くとかさ」

 

「ははぁ」

 

リインは悩む素振りを見せる。

うんうん唸って、頭を抱えて。「あー」とか「んー」とか。

 

演技染みてて非常に胡散臭い。

そして、結局は腕で大きなバッテンを作った。

 

「私の目の前で着替えてください」

 

「……」

 

もしそうすれば羞恥心は限界を迎えるだろう。

口で言ってこいつは聞きいれるだろうか。

視界の隅にベッドがある。手っ取り早くここは腕っぷしで行こう。

 

「……」

 

「お、お」

 

リインの腕を掴んでベッドに引き摺る。

 

「なにをするつもりですか」

 

「……」

 

言葉ではもう何も言うまい。少なくとも今日は。眠いんだ俺は。

ほとんど抵抗しないリインをベッドに押し倒す。

 

「なにをするつもりですか。なにをするつもりなんですか。一体何をなさるんですか」

 

「……」

 

執拗に問いかけてくるが、この期に及んで面倒な問答は無用。

掛け布団を手に持ちガバッと一気にその小さな身体をくるんだ。

 

「あ」

 

その呟きを最後にリインは静かになった。

布団の下で微動だにしない。まさかこんな程度で死んだってことはないだろう。

 

ま、静かなのは良いことだ。

この機を逃さずそそくさ着替える。

その間リインはまったく動かなかった。

 

すっかり着替えも終わらせて、ベッドの上の膨らみを睨む。

 

「おい。生きてるのか」

 

「あ、お着替え終わりました?」

 

平気な顔ですぽっと顔を出す。

待ってくれていたらしい。ありがとう。でも最初からそうしてろ。

 

「もう寝たいんだけど」

 

「ですね。眠りますか」

 

ベッドから飛び降りて机の方へ。

照明を掴んで瞬く間に光が弱まる。

数秒もしないうちに完全に消えてしまった。

 

「なにしたの」

 

「魔力を吸い上げたんです」

 

「へえ」

 

明るい部屋が一転して暗くなったから目が見えない。

ちょっと待つと目が慣れて薄ら見えるようになった。これは暗順応か。

 

「……で、なにしてんの」

 

「え、眠りますよね?」

 

「寝るけどさ。なに? 一緒に寝るの?」

 

「同衾ですよー。嬉しいことではないですかー?」

 

「……」

 

色々なことがあって、今日はもう疲れた。

これで寝て起きたらまた誘拐されてるなんてことがあれば目も当てられないが。

いや、そもそもこいつらはやろうと思えばどうとでも出来るのか。ならどうでももういいや。

 

「そっち詰めろ」

 

「はーい」

 

広いベッドだ。二人端っこに寄れば問題はない。そんな気がする。

 

「……なんでこっち来るの」

 

「せっかく一緒に寝てるのですから、触れ合いたいじゃないですか」

 

布団の下で手を握られる。

小さくて冷たかった。

手の冷たい人は心が温かいと馬鹿な話を聞いたことがある。

 

「……」

 

「……」

 

見つめあう。

今やリインの顔は鮮明に見えていた。

眠気は依然あるが、何となく眠れない。

何も言わず、何もせず。時間はどんどん過ぎていく。

 

「何もしないんですか?」

 

「は……」

 

「女の子と一つベッドの上で何もしないんですか?」

 

上手く頭が働かない。

でも言ってることはなんとなく分かった。

 

「言ったではないですか。酷いことしてもいいんですよって」

 

「しないって言っただろ」

 

「男の癖に」

 

安い挑発にため息を吐く。

なんともなんとも。

睡魔のせいで頭に靄がかかっている。

だから思ったことを言って、したいことをそのまました。

 

手始めに、まずリインの頬に手を伸ばした。

リインは片目を瞑るだけで俺の手を受け入れた。その頬は少し冷たかった。

 

「そこまでするぐらいなら、どうして囮になんてしたんだ?」

 

「……」

 

「俺と拗れたくないって言うなら、最初からしなければよかったんだ。けど、したのならそれだけの理由があるはずだ」

 

「……」

 

「何も言わないなら、俺は一生お前のことを許さない」

 

「ぁ……」

 

漏れた声は極々小さかった。

伏目のリインは唇を噛んで、頬に当たる俺の手に自分の手を重ねた。

 

「……遅かれ早かれこうしなくてはいけなかったのです」

 

ぽつりとリインは言う。

 

「大国から要求がありました。『異世界人を見せろ』と。正直笑っちゃいました。取りあえずそんな人たちはいないと白を切りましたが、所詮はその場しのぎ。この国には色々なところから人が入り込んでいます。中でこそこそと工作されては、守れるものも守れません。見せしめもかねて、早い内に潰しておかねばいけなかったのです」

 

「囮にするなら、せめて一言欲しかった。これって我がままなことか?」

 

「筋を通すなら、そうすべきでした。すみません。……言い訳、いいですか?」

 

何でも聞くつもりで鷹揚に頷く。

リインはほっとした顔をした。

 

「ここまで危険な目に遭わせるつもりはなかったんです。アスカさんが知らぬうちに全て終わらせるつもりでした。エクエスちゃんに頼んで、ソキウス君に護衛を任せて。準備は万端。さあ、こいと待ち構えていたのに、まさか、出し抜かれるとは……」

 

「……俺結構ピンチだった?」

 

「超ピンチでした。危なかった。あと一歩で本当に誘拐されてましたね」

 

思わず目が覚めた。

衝撃のまま起き上がろうとして、重ねられた手で思いとどまる。

 

「アスカさんかなりボコボコにされちゃって、これはもうダメだと。酷いことされて償うしかないと。そう思いまして」

 

「説明抜きでそんなこと言われたら余計反感買うって思わないのか」

 

「アスカさん滅茶苦茶怒ってたじゃないですか。文句すら言ってこないくせに、内心凄く怒ってるのが手に取るようにわかってしまい、関係改善が絶望的にしか思えず……」

 

「『ホクホクなんですよー』とか言ってないで最初から今の説明してればよかったんだ。そうすれば文句の一つも言ってやったさ」

 

「口真似お上手です。……いや、すいません。おちょくってないです。ごめんなさい」

 

ため息を吐く。

握る手には汗をかいていた。

重ねられた手は、いつの間にかぎゅっと掴まれている。

 

「お前がバカやった結果俺が酷い目に遭ったってことでいいのか?」

 

「はい」

 

「で、俺が酷い目に遭った分酷い目に遭って許されようと?」

 

「はい……」

 

「悪いが女の子をぶん殴る趣味はない」

 

「ぶん殴るだけが酷いことじゃないでしょう?」

 

「何しろって言うんだよ……」

 

「耳貸してください」

 

「いや、いい」

 

二度目のため息。

こんな夜遅くになんの話をしているのだか。

そう言う話をするのなら、時と場合を選びたい。間違っても、女の子と同じベッドの中で話すようなことではない。

 

「どういう理由があろうと、お前に何かするつもりはない」

 

「それは……許してもらえない、ということでしょうか?」

 

「いや。許すよ」

 

その一言で間が空いた。

瞬きすらなくじっと見つめられ、居心地が悪いどころではなかった。何か言ってくれ。

 

「ただ、次はもう止めてくれ。もしやるなら絶対に教えてくれ」

 

「はあ」

 

呆然自失とするリインの反応は鈍い。

聞くべきことは聞き、言うべきことは言った。

このまま寝てしまっても問題はないだろう。

 

「あ。待ってください。本当にそれでいいんですか?」

 

「は?」

 

「何もせず許すのも理解し難いですが、私のことを信じるのですか? 私が本当のことを言ったという保証がどこにありますか?」

 

「……」

 

こうやって真正面から問われると返事に困る。

信用していいのかと暗に尋ねられ、さて、何と答えるべきだろうか。

 

やはり、これ以外にない。

 

「俺はお前を信じる」

 

「……」

 

「もう寝るぞ」

 

眠りにつく俺を慮ったのかは定かではないが、リインの声音は囁くほどに小さくなっていた。

 

「……また裏切られたらどうするつもりですか?」

 

「その時は、俺がバカだった、って話だ」

 

「そんな考えだと利用されやすいでしょうね」

 

「存分に利用してくれ。ただ、次はないから」

 

「一回でも十分でしょう」

 

どうだかね。

心の中で思いながら、意識は暗がりに沈んでいく。

今度こそ寝れる。今日は夢を見るだろうか。もし見るのなら、幸せな夢を見せてほしい。

 

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