帰りたい。けれど帰れない   作:紺南

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第2話

気持ち一つで弱点をカバーできたら、俺は今頃スーパーマンになっていただろう。

今、こうして閉じ切った校門を前に息を切らせて世の不条理を嘆く。どうして俺はスーパーマンじゃない?

 

世の不条理に嘆いているのは俺一人ではなかった。すぐ隣で俺と同じように憎々しく校門を睨む一対の目。

不思議なことに、同じ境遇の人間が他にもいると途端に安心できる。

 

俺が校門に着いた時、一足早く校門前で立ち尽くしていた生徒。

同級生で、何なら中学の頃からの知り合い。名前はリュウ。

 

「……」

 

「……」

 

お互い無言で所在なく校門前に立ちすくむ。

出来ることなんて何もないが、未練たらしく校門を見つめる。

開かねえかなあ。開かねえなあ。

その内、目と目で語り合う俺たち。

 

どうもリュウは寝坊したらしい。

「俺の場合は和人の馬鹿がだなあ」と目で語るが、伝わったのかは自信がない。

 

また校門を見る。

ちょっとやってみろよと指さした。

 

一瞬の間。

リュウは眉をひそめていたかと思うと突然校門に攻めかかった。

色黒で、身長は180を超えていて、腕なんか丸太のように大きい。

その圧倒的存在感と腕力をもってしても校門はピクリとも動かない。

 

「無理か」

 

「……無理に決まっているだろう」

 

あわよくば開いたらいいなという目論見は残念ながら崩れ去った。

しかし落胆はない。と言うか開くはずがない。もしこれで開いていたら、何かと物騒な昨今、ちょっとやばい。

 

その上で分かり切っていたことに付き合ってくれたリュウには感謝したい。

ありがとう。

 

「じゃあ、行くしかないな。説教されに」

 

「……ああ」

 

二人で一点を睨む。

その先には来客用の玄関があり、外部の人や遅刻したやつはそっちから入ることになっている。

遅刻した人間に至ってはただそこを通ればいいと言う訳ではなく、玄関を入ってすぐのところに事務室があって、そこで遅刻届をもらって職員室にいる誰かにサインしてもらう必要がある。

朝のHRで出席確認はしているので、もらわずにしれっと教室に紛れこもうものなら担任にどやされるのだ。

加えて、大抵はサインをもらう時に小言をいただくことになり、後々担任にも小言をいただくことを考えると二重苦だ。

 

しかもこの時間帯だと職員室にはほとんど人がいない。

いるのは教頭や各学年の生活指導の怖い先生ばかりで、最悪怒鳴られることは過去の経験で知っている。

 

「朝から怒鳴られるのは幸先が悪すぎる」

 

「岸本がいないなら……俺はそれでいい」

 

ブルーな気分で元気をなくす俺の横で、リュウは切実にそれだけを願っている。

どっちかと言うとお前は怖がられる方だろうと言う強面のリュウにも怖いものがあって、岸本と言う体育教師兼柔道部の顧問をリュウは極端に恐れている。

遅刻したことを知られるとこってり絞られるから、出来ることならいないでほしいと「おお、神よ」と言わんばかりの勢いで願っている。

体育教師は数が少ない上にほとんど教官室に居るからいないとは思うのだが、確実ではない以上願わずにはいられない。

人の悲しい性である。

 

実際、事務員さんから遅刻届を貰った後、職員室に向かえば、そこにいたのは教頭先生だった。

先ほど挙げた例の中では一番マシな人だ。一先ず安堵する俺たち。

まあでも、分かりやすく怒られない分この人の説教は長い。

 

「遅刻しました」

 

「なに?」

 

遅刻理由だとか反省しているかとか根掘り葉掘り詰問され、解放された時には一時間目の授業はとうに始まっている時間になっていた。

たかだか5分遅刻しただけなのに、教室へ着くのは30分以上遅れてということになる。

効率が悪いったらない。

 

「もう遅刻しないように。特に早乙女。お前二年になってからもう3回目だぞ。5回で生徒指導室。10回で保護者召喚だからな」

 

「わかってます。分かってますよ」

 

名指しで呼び止められた内容に慄く。

生徒指導室はまだしも保護者召喚はまずい。

俺の保護者は霧絵のおばさんとおじさんだ。

共働きで、召喚ということであれば仕事を休まなければいけないかもしれない。

居候で肩身が狭いのにこれ以上の迷惑はかけられない。

今まで散々かけてきた分、こういうくだらない迷惑は回避してしかるべきだろう。

 

説教が終わって、ようやく職員室から解放された俺たち。

手に遅刻届を握りしめ教室へ向かう。

 

「明日から少し早く出るかな……」

 

「うん?」

 

保護者召喚を回避するための改善案としては妥当なところだろう。

たかだか5分足止めを食らっただけで遅刻するほどギリギリに登校していては、10回なんて余裕で越えてしまう気がする。

 

「……そう言えば、あの二人は一緒ではないのか?」

 

「先に行った。原因作った和人も一緒にな」

 

やはり目での意思疎通は伝わってはいなかったらしい。

説明ついでに怒りの再点火。

今頃のうのうと授業を受けているだろうあいつには本気で一発殴ってやろうかと考えるぐらいだ。

殴りはしないまでも嫌がらせの一回ぐらいはするかもしれない。

実際行動するとなると面倒くさいから、多分考えるだけで終わるけど。

 

「今日の一時間目は……」

 

「英語。二時間目が数学」

 

「それで三・四時間目に総合か……そうか……」

 

そう言えば総合は宿題あるんだっけなあ。

霧絵にもう少し考えろと忠告されたが、今更何を考えれば良いものなのか。

この期に及んでは、旅行雑誌を眺めるぐらいしか挽回の手立てはないが。

 

「修学旅行って言ってもなあ……。京都だろ? 正直行きたいところなんかないだろ。あるか? どこか行きたいところ」

 

「俺は……七夏と旅行と言うのは初めてだから楽しみだ。たとえ修学旅行でも」

 

「あ、そう」

 

リュウは七夏と付き合っている。

中学生の頃、七夏のクレバー極まりない手段で始まった二人は、今はリュウの方が熱を上げているように思う。

熱々の時期はとっくに過ぎて最近は倦怠期みたいな空気を感じていたが、内情はまだまだ熱々の様だ。

当分は別れる心配もないだろう。このまま結婚まで行くのかどうか少し楽しみでもある。

 

「まあ、高校生でカップル旅行とかしないだろ。普通」

 

「ああ。そうかもしれない。……ところで、話は変わるのだがアルバイトをしてみたいと思っている」

 

話題の転換が露骨すぎて、旅行について真剣に考えているのが見え見えだった。

バイトをして金を稼ぐほどとなると泊りがけの旅行だろうか。

日帰りならともかく泊りがけは未成年では中々難しいのではないか。法律の壁とか道徳の壁とかが邪魔をするだろう。

 

「短期?」

 

「そうだ。部活もあるから短期で考えている」

 

いくつか紹介できそうなところはある。

それじゃなくても一緒に応募すると言う手段もあるか。

しかしリュウの場合は部活動で柔道をやっているから、そっちに専念した方がいいと思うが。

 

「まともなバイト先だと同意書必要になるけど」

 

「……それは、親の?」

 

「うん」

 

一転、苦虫を噛み潰したような顔になる。

リュウの家だと同意書にサインしてもらえなさそうだ。

 

「やるにしても夏休みだろ? まだちょっと時間あるから考えとけよ」

 

「しかし……」

 

「部活だってあるんだろ。岸本がうるさいぞ。色恋にうつつ抜かすな、とかなんとか」

 

昔、実際に言われたことを言ってやった。

それで苦い顔のリュウはさて置いて、そうこうする内に教室に到着した。

ガラス戸の向こうで英語の教師が黒板に書きつけている。

 

なんとなくリュウとアイコンタクトをしてから戸に手をかけた。

気分は極秘任務を帯びたエージェント。

実態は遅刻した学生と言うのだから、なんとも間抜けな話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

覚える公式が日々増えていく。

書き終えたノートを眺めて溜息を吐いた。

基本的な使い方から発展形まで、この先どれほど覚えるのだろうか。

同じ公式でも物理はパズルの様で面白いのになあ……。

 

でもまあ、二時間目が終わってあとは楽だなと気を抜いた。

実際、総合なんてものは寝ていれば終わるぐらいのものである。

そこにツカツカと足音を響かせてやってくる女。

短い髪の毛にスラッと長い足。七夏だ。

 

「おそよう」

 

「……おはよう」

 

皮肉交じりの挨拶。

当たり前の受け答えを返したら七夏は鼻で笑った。

言葉はなく口だけ動く。「ち・こ・く・ま」

ほっとけ。

 

「宿題、ちゃんと考えて来たでしょうね」

 

「考えたよ」

 

「ふーん。楽しみだわ」

 

嫌味を言うかのようにサディスティックな表情。

ニヤニヤと「弱点みーつけた」とでも言いそうに笑っている。

こわい。

 

「ちなみに、どこ? ちょっと一足先に教えてくれる?」

 

「なんで」

 

「あんただけやり直しになる可能性高いから」

 

お前は俺を何だと思ってるんだと溜息を吐いた。

 

「行き先京都だろ? いくらなんでも行きたいところの一つ二つすぐ思い浮かぶ」

 

「そうよねえ。でもね、落とし穴って意外なところにあるもんなのよねえ」

 

訳知り顔でそんなことを言って、「さあ、早く言いなさい」とバシバシと机を叩いて催促される。

これを拒んでも俺に利がないと言うか、最悪口汚く罵られて自慢の脚線美が綺麗な弧を描いて見せつけられるので、従順な態度以外に選択肢はなかった。

 

「ほら、京都って言ったら欠かせない場所があるだろ?」

 

「嵐山?」

 

「違う。清水寺」

 

清水の舞台で有名な清水寺。京都と言えばそこと嵐山と金閣寺とか。

正直そこぐらいしか思いつかなかった。

嵐山は誰か他の奴が言うだろうと思い、無難に清水寺にしておいた。

 

七夏は「なるほどねえ」と頷きつつ、手に持っていた京都の旅行雑誌と修学旅行のしおりを俺の机に置いた。

 

「ねえアスカ。あんたこのしおり読んだことある?」

 

当然のことながらしおりは俺も持っている。

しかし読んだところと言えば持ち物の一覧表ぐらいで、まだ全部に目を通したわけではなかった。

 

「あるけど」

 

「あら、そう。じゃあもちろんこのページも読んだのよね」

 

七夏が指さしたのは日程表と書かれたページ。

嫌な予感がした。

 

「ねえ、なんて書いてある?」

 

それによれば、まず俺たちは一日目に飛行機で空港に向かいその後バスで奈良へ赴く。

午後から聞いたことの無い観光名所をぐるりと巡った後、ホテルへ。

ホテルの夕食はバイキング。

そして二日目の午前中に清水寺を巡る予定らしい。

清水寺……。

 

「私が出した宿題って、自由行動の時にどこ行きたいかってことなんだけど、理解してた? 理解したうえであんた清水寺行きたいの? そこ全体で行くんだけど、それでも行きたいの? 二回行きたいの? 何で行くの? 何を見るの二回も。ねえ何見るの? 何がしたいの? なにするの?」

 

七夏は笑ってる。

笑いながら詰問してくる。しかしその目は笑っていなかった。

こわい光を帯びた目が、射殺さんばかりに俺を貫いている。

 

「もう一度だけ聞くけど、清水寺? 行くの?」

 

「ワンモアチャンス」

 

「お願いしますは?」

 

「プリーズ」

 

力強く、机の旅行雑誌が叩かれた。

 

「次は蹴るから」

 

言い捨てて、七夏は自分の席に戻っていく。

七夏が去った所で丁度予鈴が鳴り、担任の教師が教室に入ってきた。

 

「授業始めるぞー。あ、その前に今日遅刻したやつちょっと来い」

 

ということで。

失敗した気分そのまま、リュウと一緒にすごすご教卓に向かうことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さ、みんな宿題はこなしてきたわよね?」

 

七夏の質問に班員の霧絵、和人、リュウは頷いた。

俺は七夏そっちのけで雑誌を読みふけっている。

なんか良さげな場所無いかなと隅から隅まで文字を追う。

 

「よろしい。じゃあ、ただ待つのも暇だし発表しましょうか。あんたはちゃんと考えないさよ」

 

「わかってるわかってる」

 

どこがいいかなあとページを捲る。

おいしいスイーツの特集に移り変わった。

抹茶を使ったアイスやパフェ。あんこを使った和菓子。

京都と言えばこの辺りが有名らしい。

なるほどねえとページを捲ろうとして気が付いた。

なぜか、このページにだけ付箋が付いている。

 

「……」

 

その間、他の4人は嵐山だ稲荷大社だ銀閣だ金閣だ八坂だと口々に行きたいところをあげつらっている。

それをよそに、俺は思うところあってじっくりスイーツを眺める。

やがて大体言い尽くしたのか、静かになった頃を見計らって声を上げた。

 

「これ観光名所じゃなくていいの?」

 

「は?」

 

例えばこんな名所はどうだと抹茶パフェやどら焼き。他にぜんざいわらびもち餡蜜と。

様々なスイーツが載ってるページを七夏に見せる。

七夏はそれを一睨みしたかと思うとこれ見よがしに溜息を吐いた。

 

「あんた何言ってんの?」

 

そしてこの言い様だ。

この言い方はダメですかと諦めてページを捲ったところで、七夏は加えて言い募った。

 

「馬鹿にしないでよね。そこは絶対行くに決まってるでしょ。何のために付箋つけたと思ってるの。今はその合間にちょろっと観光名所覗いておきましょって話してんのよ」

 

「あ、そうなの」

 

初耳だった。

同じく初めて聞いたらしいリュウが驚いて七夏を見た。

絞り出すような声で尋ねている。

 

「寺や神社を見て回るんじゃないのか……?」

 

「何が楽しいのよそれ。こちとら坊主じゃないのよ。旅の醍醐味って言ったら食べ物でしょ。普段食べられない物を食べ歩く。美味しいものに舌鼓を打つ。これ以上に楽しいことったらないわ」

 

七夏はよく分かってる。神社やら寺やら。そんなものは年寄りが見に行くものだ。

こちとら泣く子も黙る若者だ。死後の世界とか、そんなものとはまだまだ縁がない。

 

俺は同意して頷いた。しかしリュウはと言うと意識の乖離に頭を抱えていた。

その内一緒に旅行に行きたいとか言っていたが、今からこんなことじゃ先が思いやられる。

 

「ちなみに昼食はどうするつもりで?」

 

「私も鬼じゃないわ。それはあとでみんなで決めるわよ。あ、でもあんまり重たい奴はNGで」

 

人差し指でバッテンを作る七夏を霧絵が無表情に見つめ、和人はげんなりしている。

まあ、甘いものを腹一杯食べるからそれはしょうがないかな。

 

「ふうん……。じゃあまあ俺は金閣寺行きたいかな。光ってるし」

 

「金閣寺ね……。よし。分かったわ。最後の方は聞かなかったことにしてあげる」

 

さらさらと紙に書きつけ、これで全員分の要望が纏まった。

あとは取捨選択して、どこに行くのかを決める。

 

「じゃあ、決めましょ。これ、スイーツ店がどこにあるか纏めてあるから、これ見ながらね」

 

地図とノート。

地図には丸数字がいくつか書かれている。

ノートには七夏厳選のスイーツ店が列挙されている。

それぞれ頭の数字が地図上の数字とくくり付いているのだろう。

これ作るのにかかった労力を思うと素直に褒めたくなったが、しかし行く店全部七夏が決めるのはどうなんだろう。修学旅行だぜ?

 

「これさー……」

 

ノートを指さして一つ文句を言おうと七夏を見た。

七夏にっこり笑って言った。

 

「ね。スイーツ楽しみね」

 

無垢な笑顔。

心の底から楽しみにしていると分かる表情に、文句を言おうという気は失せてしまう。

 

俺も甘いものは嫌いじゃない。

記憶に残らないような神社ばかり見るよりも、旅仲間と美味しいものを食べる方がずっと記憶に残るだろう。

記憶に残ると言うのは大事なことだ。たとえ風化するとしても、今この瞬間を大事に生きていきたい。

 

「そうだな」

 

七夏が厳選した店なら外れなんてないだろう。

興味なんてまったくなく、なんなら行くのやめようかと思っていた修学旅行だが、少しだけ楽しみになってきた。

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