帰りたい。けれど帰れない   作:紺南

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第22話

目が覚めたら馴染みのない場所にいる。そんなことが当たり前になっていた。

 

二人部屋の片方のベッドの上。ぼんやりと天井を見上げる少女。名前を霧絵と言う。

 

霧絵は寝起きで茫洋とした頭のまま身体を起こして隣を見る。ルームメイトの七夏と言う女の子がいた。

お世辞にも良いとは言えない寝相から目を逸らし、周囲を見回す。

ここは部屋。知らない国。知らない星。知らない世界。

 

――――異世界に来た。

 

冗談としか思えない言葉。冗談であってほしかった。

現実を受け止めるにはまだ少し時間がかかる。

 

「……アスカ」

 

居候の男の子の名前を呟いた。

もう何日も会えていない。今どこで何をしているだろう。無事だろうか。酷い目に遭っていないだろうか。

不安と心配が同居している。一向に会わせてはもらえない。隔離されている。病気の恐れがあるからと尤もらしいことを言っているが、どこまで本当なのか。

 

溜息を吐き、身体に力を入れて立ち上がる。とりあえず顔を洗いたかった。

 

 

 

 

 

何の変哲もない日々を送っていた。

修学旅行の最中。京都にいた。甘いものを食べて神社に向かった。それがどうしてこんなことになったのだろう。

切っ掛けはやはりあの神社だろうか。和人が行きたいと言った。そうしてこうなった。

誰も言葉にはしないが、薄っすらとそう思っている。

 

そんなことを思っても、霧絵にそれを責めるつもりはなかった。こんなことを予想できたはずはないから。

非現実的すぎる。あの時、たくさんの白い手に襲われて、気づけば異世界にいる。

 

あの手は一体何なのだろうか。誰の手だったのか。白い手。小さい手。子供のような手。

 

あれによって自分も七夏も和人もリュウもここに連れて来られた。

アスカに至っては何十本と言う数に覆われていた。死んだと思ったけど生きていた。それはよかった。本当に。

 

ベッドで過去を振り返っていた。日課になっている。本当は先々のことに目を向けるべきなのだろう。けれど中々そうすることが出来ないでいた。

一通り思いを巡らせた後、七夏が目を覚ます。「おはよう」と言い、「おはよう」と答えた。

顔を洗って服を着替える。与えられた服だ。シンプルで装飾品はない。お洒落とはほど遠い。

 

身支度を済ませた後は四人一緒に朝食をとることになっている。

決まった時間に起き、決まった時間に食べる。規則正しい生活を送らせられている。

誰からも文句は出ない。食事は豪華だ。野菜が多めで肉もある。栄養は考えられている。

 

「今日も魔法の練習だよね?」

 

食事中、和人が口を開いた。

その言葉は他の三人に向けられている。七夏がチラリと和人を見てから答えた。

 

「多分ね」

 

会話は続かない。カチャカチャと食器の音だけが響く。

リュウも霧絵も口を開かない。元々二人は寡黙だ。聞かれなければ答えることもない。冗談を言う性格でもなかった。

 

壁際にメイドが複数控えている。

その内、パエラと言うメイドが常に四人の側に控えていた。

用があるならこの人にとリインと言う少女が言っていた。

パエラは瀟洒な人物である。現代風に言うならクールだ。四人よりいくらか年上だが、年齢以上の貫禄がある。異世界ではこれが普通なのかもしれないと霧絵は思った。

 

「パエラさん」

 

「はい」

 

「魔法の練習でいいんですよね?」

 

「はい」

 

「場所は昨日と同じ場所で?」

 

「はい」

 

和人の質問にパエラは表情一つ動かさず同じ返答を繰り返した。

とっつきにくい人物だった。世間話など出来そうもない。そんな相手に和人は機を見て話しかけている。仲良くして損はないだろうと和人は言っていた。

もっと言うなら、親しくして情報を引き出そうと言うのが和人の目論見だった。

それには七夏もリュウも理解を示した。しかし霧絵には悠長に思えて仕方がない。

今のところ知りたいことは何も知れていない。いつになったら知れるのか。知れたとしてその頃には手遅れではないか。

慎重なのはいいが、慎重すぎるのは駄目だ。霧絵は食事の手を止めてパエラを見つめる。その視線に気づいたパエラが霧絵を見返す。

 

「どうかなさいましたか」

 

「アスカは?」

 

場に緊張が走った。

七夏とリュウ、和人が食事の手を止めパエラに注目する。パエラは涼しい顔で答えた。

 

「何も聞かされておりません」

 

「どこにいるの?」

 

「私にはわかりません」

 

舌打ちしそうになるのを視線を落としてこらえる。

そんな霧絵を三人が不安そうに見ていた。

 

 

 

 

 

食事が終わり、魔法の練習を行うため中庭に連れて行かれる。

パエラは常に側にいる。まるで監視されているようだ。実際、監視の役目も担っているはずと四人は推測している。

 

「では皆さま。怪我に気を付けて魔法をお使い下さい」

 

パエラの一言で魔法の使用が許可された。

城内では魔法の使用は禁止されている。許可なく使えば罰せられると言う。唯一の例外はリインのみ。

 

四人はそれぞれ拳に収まる程度の石を持ち、それに魔法をかけていく。

魔法とは言うが詠唱はない。魔力を操り形を成すのがこの世界においての魔法である。

 

「どちらかと言うと超能力ね」と七夏は言っていた。霧絵には魔法と超能力の違いは分からない。ただ特別な力と言うのはどちらにも共通している。

 

「今日こそは浮かせてやるわ……」

 

七夏の魔法は風である。それで石を浮かそうとしている。誰に教えられたものでもなく、七夏個人が思いついた練習方法だ。

一人一種類の属性を扱い、十人いれば十通りある魔法だが、どの程度扱えるかは個人の才能に依存している。

二日で魔力の操作を覚え、すでにある程度魔法を扱えている四人は才能があると言っていい。

パエラはそう考え、リインも同意した。

 

『才能はあるみたいなので頑張ってください』

 

毎日一度は顔を見せるリインは魔法に対するアドバイスなどをして去っていく。

「暇つぶしにはもってこいでしょう」と身も蓋もないことを言いもする。

 

正直に言えば、魔法と言うのは非常に興味深いものだ。七夏はもちろん、リュウも和人も、霧絵ですらそう思っている。

今一身が入らない状況のせい。いるべき人間がいない。不安は日に日に大きくなっていく。

 

「霧絵様は集中力が続きませんね」

 

三人が魔法の練習を続ける傍で、何をするでもなく手の中で石を転がしていた霧絵の元にパエラがやって来る。

その声音に責める調子はなく、淡々と事実を指摘しているだけだった。

 

「……」

 

「アスカ様のことが気になるのですか?」

 

「……」

 

「そうですか」

 

無言を貫いた霧絵だったが、その内心は見透かされていた。

パエラは言葉少なめに霧絵の横を通り過ぎ、他の三人に細かなアドバイスを行っていた。

パエラ自身も魔法が使えると聞いている。だから四人の側に侍っていた。どんな魔法を扱うかは聞かせられていない。その気になればこの四人程度は制圧できるのだろう。そう思わずにはいられない。

 

 

 

 

 

夜になった。

身を清めて夕食を食べればすることもない。

ネットもゲームもないのだから暗くなれば寝る以外ないが、四人にとっては人目を気にせず話し合える唯一の時間である。

 

いつもの時間帯に和人とリュウは七夏と霧絵の部屋へ向かう。

部屋の外に見張りはおらず、勝手に部屋の外に出ても咎められることはない。

稀に巡回中の兵士に見つかることはあっても、「もう遅いのでお部屋にお戻りください」と注意されるだけだ。

部屋から出るなとはリインもパエラも一言も言っていなかった。

 

「さて。これは今どんな状況なのかな」

 

部屋に着いて早々に口火を切った和人を七夏が睨む。

ここ数日、七夏の機嫌は悪い。場を取り仕切ろうとする和人に理由もなく突っかかるぐらいには。

 

「一々言わないと分からないわけ?」

 

「わかり切ったことでも、言葉にして伝え合うのが大切じゃないのかな」

 

それはいつか七夏自身が言った言葉だ。

思い入れのある言葉で受け売りでもある。顔を歪め、「ふんっ」とそっぽを向く七夏に異論はないらしい。

恋人の非礼を目で詫びるリュウに和人は苦笑を浮かべる。

 

「リュウはどう思う?」

 

「何も変わらないと思うが……」

 

「そうね。アスカと引き離されたままね。それ以上でも以下でもないわ」

 

「そうだね」

 

四人にはある程度の自由が与えられている。

魔法を教えてもらっているし、衣食住も保証された。

外に出るのだけは未だに許されていないが、「まあ、その内ご案内しますよ」とリインはどうでもよさそうに言っていた。

 

異世界の人間である四人は、この世界にとってかなり重要な人物であるはずだが、その割には監視は緩く夜ごとにこうして密会が出来ている。この密会について、リインたちが気付いていないはずがない。

 

「本当にわからないな。何がしたいんだろう。何をさせたいんだろう」

 

リインはアスカを含めた五人がこの世界にやって来たのは事故だと言っていた。

呼ぶつもりはなかったのに来てしまったと。それが本当なら五人を厄介ごとだと認識して元の世界に帰そうとしているのかもしれない。

もしそうならありがたい話だ。しかしそれならなぜアスカだけ引き離されているのか。五人纏めておいた方が面倒も少ないはずなのに。

 

「アスカを人質にして言うことを聞かせるつもりなのかと思ったけど、そういう風でもないんだよねえ」

 

それは洋画などでよく見かける展開だ。

人質を取って従わせる方法。四人は当初それを警戒した。警戒したところでどうしようもないが、とりあえずそれを疑ったのである。ところが。

 

「あのリインとかいうお子様、私たちにこれっぽっちも興味ないわよ」

 

「そうだよね。あの態度はなあ……」

 

リインは一日に一度、四人が魔法の練習をしている最中に姿を見せる。

「元気ですかー」「励んでますかー」と気だるそうにやって来て、一言二言話して去っていく。

五人がこの世界にやってきた当初、アスカが寝込んでいた時からその態度は変わっていない。

一つの部屋に四人が籠城した時でさえ、「ご飯ぐらい食べてくださいよー。もったいないので。あとお風呂も入るんですよー。ばっちいので」とその行動を気にも留めていなかった。

 

四人に対しては何をしようがお好きにどうぞと言う態度のリインだったが、アスカに限っては全く違った対応をしていた。

アスカが昏睡から目覚め、この世界について改めて説明を受けた時、出会って数十分程度しか経っていないはずの二人は以前からの知り合いのようなやり取りをしていた。

 

自分たちには何日経とうが無関心の態度を崩さないくせに、アスカには冗談を言い、からかって、ボディタッチまでしていた。

 

その調子で魔力検査を受けてアスカは隔離された。アスカだけ魔力がないと言う話だが、それが本当かは疑わしい。あの方法ではあえて魔力を流さなければアスカは自覚できないだろう。

 

「僕たちに対してアスカを人質に取ったと思ってたけど、もしかして逆なのかなあ……」

 

もしそうだとしても何が目的なのか。

同じ異世界人であるはずのアスカと他四人。何かが違うのか。

 

「今あのバカのこと考えても仕方ないでしょ。今はとにかく力をつけないといけないわ」

 

「まあ、そうだね」

 

「あのお子様は信用できないから、いつでも逃げれるようにしないと」

 

この世界のことを何も知らない現状で、ここを逃げ出しても路頭に迷うだけだ。

必要なのは力と知識。この世界で生きていけるだけの能力だった。

 

「だから霧絵ももう少し真剣にやりなさい」

 

「……」

 

「あのバカを助けたいなら猶更よ」

 

視線を落とし答えない霧絵に七夏が言い聞かせる。

今自分たちに出来ることは何か。それは霧絵も分かっている。

ただ不安と心配で目の前のことに手が付かない。それだけだった。

 

 

 

 

 

次の日、七夏が初めて小石を宙に浮かすことが出来た。そのまま和人にアドバイスをし始める。

丁度その時、アスカがやって来た。

 

「アスカ」

 

霧絵が駆け寄る。その肩に手を置いた。

間近で見て気づく。様子がおかしいことに。

 

七夏は気付かなかった。

和人とリュウも気づかなかった。

霧絵だけ気付いた。何かがあった。それを隠している。何を隠しているのか。問い詰めても嘘を吐く。嘘は駄目と教えたのに。

 

これ以上アスカを一人にしておけば手遅れになる。取り戻そうと言葉を尽くしたが、なぜか七夏と和人が敵に回った。なぜ? どうして?

追随するように、アスカ自身も一人で大丈夫だと言ってしまう。そんなはずはないのに。どうして……。

 

リインに連れられて去っていくアスカ。

制止しようと伸ばした手が空を切る。アスカは振り向きもしなかった。

遠ざかる背中を見送る最中、リインとアスカの手が繋がった。指が絡まって二人の距離が縮まる。

 

「……あいつ、本当に良い思いしてるんじゃないでしょうね……」

 

七夏の呟きが耳朶を震わせる。

足元に視線を落とした。胸の奥がざわつく。無性に癇癪を起したくなった。当たるものを探して拳を握り、握り締めていた石のことを思い出す。

 

魔力を操作して魔法を成す。

手の中からパキパキと音がした。細かく砕かれ砂になった石が指の隙間から零れていく。

 

――――力が必要だ。

 

手に残った砂粒を見ながら霧絵は思った。

この世界は毒だ。帰らないといけない。他の誰でもない、アスカのために。

 

手を振って残っていた砂を払う。

その目が睨んだ先、アスカの背中を捉え、決して目を離さなかった。

 

――――アスカのために。

 

それを心に誓いながら。

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