帰りたい。けれど帰れない   作:紺南

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第3話

予想以上のスイーツ祭りに内心ビビりにビビった午前中を終え、時間はいつしか午後になり、気がつけば放課後になっていた。

正午を過ぎた辺りからどんよりと曇っていた空は、今や暗天の雨雲となって小雨が降りだしている。

 

「明後日じゃなかったのか……」

 

昇降口に突っ立って思わず呟いていた。

ぽつぽつと滴る雫。ザーザーと地面を打つ雨雫。

周りでは生徒たちがそれぞれ傘を開いて下校していく。

傘を持ってない奴なんて見える範囲にはいない。

 

霧絵が明後日雨だと言っていたから、今日は晴れなのだろうと高をくくっていた。

まさか今日も雨だなんて思いもしなかった。

 

「雨なら雨って言ってくれよ」

 

「……」

 

隣で抗議を飄々受け流す霧絵は、バッグから小さな折り畳み傘を取り出す。

カチカチと玩具を組み立てるようにして開かれるそれ。

羨ましいからじっと見る。

小さい。あまりに小さい。霧絵一人ならともかく、俺が入るスペースなんてどこにもない。

 

走るか……。

体力ないから走っても走らなくてもかかる時間は一緒な気もするが。

雨に濡れながら歩くのと、雨に濡れながら時おり走るのとでどっちがダメージ少ないんだろう。

 

「あれ、アスカ。傘忘れたの?」

 

いつの間にかやってきた和人が、小さな折り畳み傘を持って聞いてくる。

「そうなんだよ……」とへこたれながらじっとその傘を見つめた。

 

「その傘……」

 

「僕の傘小さいからなあ」

 

何を言う前に先を越された。

朝のこともあるし、その傘よこせと言うつもりだったのに。

一応気にかけていてくれるようで、言い辛くなった。

 

「リュウは持ってないのかな?」

 

「あいつはたしか……」

 

思い出す。

朝、校門で会ったリュウは何も持っていなかった。

持っていたのはバッグだけだ。

 

「たぶんあいつも折り畳み派だな」

 

「そっかー……」

 

万事休す。

こうして待っていても雨は止んでくれそうにない。

もう諦めて濡れるか。

 

「お、行く気だね」

 

「こうなったら腹くくるしかないだろ」

 

準備運動を始めた俺に妙に嬉しそうに和人が言って、その隣で無表情に霧絵が見ている。

肩にかけるように斜めに差している傘がくるっと回転した。

 

「合図は任せてよ……ほらポーズとって」

 

「ポーズってなに?」

 

あーだこーだと監督されて、クラウティングスタートの体勢を要求される。

 

「さ、いくよ。位置に着いて……」

 

「ちょっと待て。先に靴ひもを」

 

そうしていよいよスタート秒読みとなった所で、背後から声が掛けられる。

 

「こんなところで雁首そろえてなにしてんの?」

 

声の方を見ると七夏とリュウがそれぞれ傘を手に立っている。

リュウは苦笑して、七夏は馬鹿を見る目で俺を見ていた。

近くの人混みを指さして、

 

「めっちゃ目立ってるけど」

 

往来の激しい昇降口で俺はクラウティングスタートしている。

言う通り注目の的になっていた。

視線を意識した途端気恥ずかしくなる。

 

「今からアスカが雨の中を駆け出すんだ」

 

「はあ?」

 

余計に馬鹿を見る目は深まる。

しかしすぐに腑に落ちたらしい。

 

「あんた傘忘れたの」

 

「ああ」

 

クラウティングしたままだから多少声が出しにくい。

体重を支える腕がプルプル震えてきた。このままだと走り出す前に力尽きてしまう。

 

「和人はやく。しぬ」

 

「あ、ごめ……え、死ぬの?」

 

余計なことは良いから早くしろと体勢を維持したまま足を振るう。

慌てて後ずさった和人は、ごほんと咳払いをした後に天高くスマートフォンを掲げた。

 

「じゃあ位置に着いて――――」

 

「ちょっと待ちなさい」

 

結局こうやって邪魔される。

ストップに気が緩み、限界に達していたこともあって俺は崩れ落ちた。

 

「なんで邪魔を……」

 

「だってあんた家までどれくらいあると思ってるのよ。あんたが長距離走っても高が知れてるじゃない。絶対途中で追いついちゃうわよ私たち」

 

それってつまり走ったらむしろ歩くより遅いっていう……。まあその通りだなあと自分でも思う。

でも他に手段もない。

 

「じゃあ傘貸してくれよ」

 

「リュウ」

 

リュウが自分の黒い折り畳み傘を手渡してくる。

手ぶらになったリュウに、七夏が自分の傘を手渡した。

ぴったりとくっつくように二人は一つの傘に収まる。

相合い傘だ。

 

「これで万事解決でしょ」

 

「サンキューリュウ」

 

「いや……むしろ俺が礼を言いたいぐらいだ」

 

いつも引き締まってる顔が、不自然に引き締まりまくっている。

眉間にしわが寄って口元が一の字になっている。

にやけ顔を我慢してる時こんな顔になりそう。

 

「じゃあね。また明日」

 

「……またな」

 

二人はそうやって下校していった。

「傘は明日返すからー」とその背中に叫んでおく。

 

「いやーよかったよかった。これで濡れずに帰れる」

 

傘を開いて雨天に繰り出す。

すぐに霧絵が追いついてきて、最後に和人が追いかけてくる。

 

「残念だなあ……」

 

ぼそっと聞えた呟き。

そんなに雨の中走る俺が見たかったのだろうか。

その姿はさぞ滑稽だろうから正直気持ちはわかる。傘のあるなしで優越感とか感じちゃうから。

 

「そう言えばお前サッカーは?」

 

「今日はなしだよ。前々から天気悪いって分かってたしね」

 

それは初耳と言うか、じゃあやっぱり今日は雨だって霧絵知ってたんじゃないのか。

どういうことだと霧絵を見る。黙して語らなかった。

 

「……お前は部活行かないの?」

 

「さぼり」

 

何を躊躇するでもなくそれを口に出せるのはある意味美点の気もする。

斯く言う俺も人のことは余り言えないのだが。

 

「俺はバイト」

 

「しってる」

 

アルバイトの出勤表はしっかり霧絵の部屋にも貼ってある。

家事の当番を決めるのに必要なのだ。なので熟知しているだろうが、しかし一応念のため。

 

「僕アスカのバイト先興味あるんだよね。まだ行ったこと無いし……今日暇だから行ってみてもいい?」

 

「売り上げに貢献してくれるならいつでも歓迎」

 

俺のバイト先は近所のパン屋。

個人で経営してる店で、近所のおばさんたちが常連さんだ。

美味いらしいのでそこそこ繁盛している。

 

「パンかー……」と悩む和人を置いておいて、話題は自然と修学旅行になっていた。

七夏の暴走について、俺は結構好意的に考えてる。

 

「あんまり和菓子食べないから正直少し楽しみだったりする」

 

「そう」

 

霧絵はあまり修学旅行を楽しみとは思っていないらしく、俺とは温度差があった。

なんか楽しみにしてること無いのか聞いても、少しの沈黙の後「べつに」と素っ気ない返事が返ってきた。

寺や神社はともかく、ご当地グルメとかとか良さそうなもんだけどなあ。

 

「でも確かに七夏のいうことにも一理あるよね。神社よりも食べ物。甘いものばっかりなのはどうかと思うけど、僕もそっちの方が楽しみだよ」

 

色気より食い気というのは少し違うが、やはり歴史ある建物よりも腹に溜まる食べ物の方がこの年代には魅力的なようだ。

 

「京都で有名な料理って何があるんだ?」

 

「うーん……懐石料理とか?」

 

それは学生が食べる物じゃない。

二人でうんうん唸って考える。中々それっぽいものは出てこない。

もしかして何もないんじゃないかと思い始めた頃、霧絵が言った。

 

「そばとか?」

 

言われて初めてそれだと思った。

そば。つまり京都そば。結構有名……だと思う。

 

「そばか……そうだね。そばがあった」

 

「でも京都そばって言うと高いイメージあるんだけど」

 

修学旅行の学生がおいそれと出せる値段で提供してるだろうか。

 

「それは心配ないと思うけどなあ。観光地だし探せばいくらでもありそうだよ」

 

言われてみればその通りである。

学生をターゲットにしてる店も普通にあるだろう。

 

「じゃあ昼飯は俺と霧絵と和人でそばを推そう」

 

「七夏が納得するかが問題だね」

 

昼は全員で決めると言っていたから大丈夫だとは思うが。

あいつはその上でパンケーキなんて言い出しかねない怖さがある。

 

「リュウも巻き込んで4人でごり推ししようか」

 

煮詰まる作戦。

この場に居ない奴の名前まで出して、そばを目指していく。

アイスや和菓子を食いつつのパンケーキよりはましなはず。

 

こんな会話をしていたら、いつの間にか十字路に着いていた。

 

「リュウには僕から連絡しておくよ」

 

言いながら十字路を折れた和人に手を振る。

小雨の降りしきる中、その背中はあっという間に見えなくなった。

 

「……」

 

「……」

 

ザーザーと絶え間なくアスファルトを打つ音が耳一杯に聞こえる。

俺たちは無言で家へと向かって歩みを進める。

 

この分では今日一日。下手をすれば明日、明後日まで雨かなあと何となく陰鬱な気分に取りつかれた。

雨よりは晴れがいい。この季節には贅沢な悩みだろうか。

 

「今日の夕飯は……」

 

何の前触れもなく、突然独り言のように霧絵が呟いた。

献立の意見でも聞いてくれるのかと一瞬頭の中が色めいた。

しかし違った。霧絵は俺の眼を見るとはっきり言った。

 

「今日はそば」

 

「は?」

 

束の間頭が空っぽになる。

修学旅行の話じゃなくて? 夕飯の話?

 

ようやく真面に頭が働き始めて霧絵の考えが理解できた。

 

「食いたくなったのか」

 

「うん」

 

食いたくなったのなら仕方がない。

文句はないからお好きにどうぞ。

そう言ったのに、霧絵はまだぼそぼそ呟き続けている。

 

「そば」

 

「うん」

 

「麺」

 

「うん」

 

「汁」

 

「おう」

 

「ない」

 

「うん?」

 

話の流れが突拍子ない。

でも何が言いたいのかはわかった。

 

「買い物?」

 

「うん」

 

「ふーん」

 

手に持った傘を見る。

借り物の傘だ。明日返すつもりだが、玄関に置いておけば明日までに渇くだろうか。

まさか濡れたまま返すわけにもいかない。

 

「一回帰ってからでいい?」

 

「いいよ」

 

と言うわけで、一回帰宅した後制服を着替えて借り物の傘を玄関で乾かしておく。

開いた傘は折り畳みだと言うのに結構な大きさで、雫が滴って玄関の床を濡らしていた。

家を出る時、霧絵は邪魔だなあって顔で横目に傘を睨んでいた。帰ってきたら拭けと言われるかもしれない。

粛々と拭くことになるだろう。

 

「バイトあるからあんまり長くは付き合えないぞ」

 

「わかってる」

 

近場のスーパーのタイムセールとか狙われると遅刻する。

遅刻は迷惑がかかるので避けたいと思いつつ、学校には度々遅刻しているのは、給料を貰ってるかどうかの差だろうか。

単純に店主が良い人というのが理由の大半な気もする。言動に難はあるが迷惑かけたくないなと思わせる人なのだ。こっちは迷惑かけられてばっかりなのに。

 

「そばとネギとつゆ?」

 

「折角だから他に色々」

 

出かける前に冷蔵庫の中を確認していたから、足りない物を買うつもりのようだ。

俺は荷物持ち要員。貧弱だからあんまり持てないけど。

 

目的地は家から10分ほど歩いたところのスーパー。

霧絵は流れるようにカートを持ってきて、上下に籠を二つセットする。

二つである。

 

「念を押しとくけど……」

 

「わかってるわかってる」

 

そこから先の霧絵の行動は迅速で且つ機械的だった。

どこに何があるのかすべて把握しているらしく、一度も迷うことなくあっという間に籠二つを満杯にして、夕暮れ時で込み始めたレジに並ぶ。

 

俺はエコバッグを三つ持って精算が終わるのを待っていた。

 

「手伝って」

 

「もちろん」

 

バッグに商品を入れていく。

俺なりに大きさとか重さとか考えて入たつもりだったが、残念ながら霧絵の評価は厳しかった。

 

「下手くそ」

 

「……」

 

何度かやり直してなお評価に変わりはなく。

下手くそな俺には荷が重いということで、早々に霧絵の指示を仰ぐことにした。

 

「それとそれとそれ」

 

「はい」

 

詰めこむ詰めこむ。

 

「つぎはそれを……違うそっち」

 

「はいすいません」

 

丁寧に詰め込む。

結果的に、霧絵は二つバッグを詰め込んで俺は一つ詰め込んだ。

 

さすがに霧絵にエコバッグを二つ持たせるのは男としてどうなのかと思うところがあったので、若干無理をして二つ持つ。

肩にずしっと重みを感じ、自分の限界を近場に感じた。

 

のろのろと歩いて外に出る。天気は相変わらず雨だった。

両肩に荷物を抱えたままだと傘が差しづらい。

あれやこれやと四苦八苦していると、見かねた霧絵が傘を差して「入れ」と指で示してきた。

迷惑ばかりの若輩者はありがたく厚意に甘えることにする。

 

「……」

 

「……」

 

肩がぶつかるかぶつからないかの距離を保って帰り道を歩く。

会話は特にない。重いものを持って段々疲れてきた俺は亀のように鈍足で、霧絵もそれに合わせてくれた。

 

家に荷物置いてすぐにバイトに行って……。

疲れた頭でそんなことを考える。時間は結構ギリギリだ。

 

時間に焦っていたのと思考に浸っているのとで周りが見えていなかった。

いつの間にか傘から体半分はみ出していて、エコバッグが濡れている。

それを見咎めた霧絵が俺の腕を取って自分の方に引っ張った。

 

荷物運びのせいで弱っていたのもあって、なすがまま圧し掛かるように身体が引っ付いてしまった。

 

「あ、わるい」

 

体温を感じて我に返る。

すぐに身体を離そうとしたが、腕を掴む力は緩む気配がない。

 

「あぶない」

 

鋭い目が主にエコバッグに向けられている。

放っておくと買ったものをダメにすると思われている。

信用が無さすぎるあまり、手の届く範囲に居ろということだ。なんと情けない。

 

霧絵の足を引っ張りながら家へと帰る。

俺が情けないのはいつものことなのだが、今日はいつにも増して情けない一日だった。

何から何までおんぶに抱っこだった。

 

身体を鍛えれば少しはましになるだろうか。

今まで何度となくチャレンジして三日坊主で終わった運動だが、今回ばかりはまじめに検討する必要がありそうだ。

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