『今日、笹島君時間ある? もしあるなら、しんでれらで一緒に飲まない?』
プロデューサーさんからこんなラインがあったのは、とある仕事終わりの金曜日の事である。
いつの間にラインをするような仲になったのかと思われそうだが、きっかけはもちろん先日の飲み会である。
飲み会の場でL〇NEも交換していたのだが、ちょくちょく飲みに行くような仲にもなっていた。もちろん、アイドル抜きで。
男同士なので、変に気にせず話せるというのもいいところである。
ちなみにこの日は定時上がりとはいかなかったが、そこそこ早く仕事が片付いていた。どこかで一人、のんびり飲もうかとも考えていたところだったので、まさに渡りに船というお誘いだったというわけである。
『丁度、仕事が終わったところなので今から行きます』
そう返信して、俺は足早に居酒屋しんでれらへと向かう。明日はどうせ休みなのでたくさん飲んでも問題ない。
「いらっしゃいませ~」
いつも通り、店主の声に迎えられ俺は頭を下げる。さて、プロデューサーさんはどこに――。
「おーい、笹島君。こっちこっち」
プロデューサーさんがカウンター席から手招きをしている。俺は頭を下げて、その隣の席へ。
「今日は誘ってもらってありがとうございます」
「いやいや、むしろこっちの方がありがたいくらいだよ。一人で飲んでると少し味気ない感じになっちゃうから。あっ、笹島君にもビールをお願い」
「わざわざすいません」
再び頭を下げる俺。流石、日ごろたくさんのアイドルたちの相手をしているだけあって、非常に気を使える人だ。
ほどなくしてビールが運ばれてきて、
「それじゃあ乾杯」
「乾杯」
グラスを合わせ、俺たちは一気にグラスの半分ほどを飲み干す。今日も、ビールがうまい。
プロデューサーさんとは4つ、年が離れているのだが妙に馬が合う。お互いの仕事の話から趣味の話。そして恋愛についてなど、話題はその時によって様々に変化する。
よく飲みに行くようになってから、話し方も大分砕けた感じになったからな。
しばらくの間は、適当な雑談に花を咲かせる。そして、ビールが二杯目に差し掛かったところで、俺はずっと気になっていたことを聞いてみることにした。
「プロデューサーさんって、アイドルの子たちとよく一緒に居ますけど、何か変な感情が湧きあがったりってしないんですか?」
「どういう意味だい、その質問は?」
「いえ、単純に気になって。俺も346プロのアイドルを全員知ってるわけではないですけど、それでも知っているアイドルの子たちは可愛くてきれいな子ばかりですから」
「まぁ、流石に大学生以下のアイドルには変な感情が湧きあがったことはないけど……」
少し引っかかる部分があったので追及してみる。
「大学生以下のアイドルには?」
「……まぁ、そこは察してくれ」
その横顔だけで、色々と苦労していることを察することができた。いや、男としてはむしろ当然か。
知っているだけでも大学生以上のアイドルには、美人でスタイルのいい人がたくさんいるからな。俺だって我慢できる自信はない。
「そもそも、距離感がおかしいんだよ。ある程度の距離を保ってくれる人もいれば、普通の男なら襲ってもおかしくない距離感の人もいるし……」
「な、なんか色々と大変なんですね、アイドルのプロデューサーは」
「楽しいは楽しんだけど……それは笹島君もプロデュサーになれば分かることだよ」
「俺はサラリーマンで十分です」
サラリーマンも色々と苦労は多いんだけどね。なんてことを思いながらグラスを傾けていると、プロデューサーさんがそういえばと尋ねてくる。
「そういえば俺も今日、笹島君に聞きたいことがあったんだよ」
「何ですか?」
「三船さんのソロ楽曲、どうだった?」
「……最高でした。これ以外に言葉は必要ありません」
そう言ってプロデューサーさんに右手を差し出し、がっちりと握手を交わす。
先日、リリースされたばかりなのだが、俺はもちろん初回限定版で購入させていただいた。
この初回限定盤には三船さんがソロ楽曲を歌う姿がDVDとしておさめられており、ファン感涙ものとなっている。俺の感想にプロデューサーさんも満足げだ。
「そう言ってもらえて嬉しい限りだよ。今回は衣装や楽曲はもちろん、ダンスにも力を入れたからな~。各方面からの評判もバッチリだったし」
「やっぱりそうですよね! 楽曲はもちろん神ってましたけど、自分が一番惹かれたのはダンスだったんですよ」
俺は興奮気味に感想を述べる。客観的に見れば気持ち悪いことこの上ないのだが、今回ばかりは許してほしい。それくらいに、三船さんのソロ楽曲は素晴らしいものだったのだ。
言葉で言い表すのが難しいくらい。……いや、三船さんのソロ楽曲を表現できる素晴らしい言葉なんてこの世に存在しないな。
「具体的にはどこらへんが良かったとかってある? 一応参考までに」
「あり過ぎて絞り切れませんけど、あえて言うのならやっぱり背中でハートを作るところですかね。あんなのずるいですよ。あんなことをされて、ハートを打ちぬかれないファンは一人もいないはずです。というか、打ちぬかれていなかったらその人はもう、ファンじゃないです!」
「俺たちの意図したとおりの魅力が伝わっているようで何よりだよ。あそこはプロデューサーの自分が見ても、『あぁ……』ってため息が漏れちゃったから」
「こっちはため息どころか、魂まで漏れそうでしたよ。ほんと、とんでもないMVを作ってくれましたね」
「最大級の褒め言葉、ありがとう」
改めてカチンとグラスを合わせる俺達。多分、今までで一番プロデュサーさんと分かり合えた気がする。
しかし、グラスのビール飲んだプロデューサーさんの顔が僅かに曇る。そして、
「……で、その感想を三船さんにはいってあげたのか?」
「……言ってません」
視線を逸らす俺に、プロデューサーさんは少し呆れたような表情になった。
「何してるんだよ? むしろ、一番初めに伝えるべき相手じゃんか」
「伝えるのならちゃんとした感想を……って考えていたら何も言えなくなりました」
「いやいや、一言「今回のソロ楽曲、とても良かったですよ」っていえばいいとおもうんだけど? というか、三船さんから感想を聞かれたりしてるんじゃ?」
「恐らく、三船さんは遠回しに感想を聞いてきてくれていると思うんですけど、何といっていいのやら……」
発売日に、『そ、そういえば最近新しい曲を出した人がいるみたいですね、アイドルで』とか、『その人はなかなかいい出来だと言っていた気がします』とか、俺をちらちら見ながら言ってたからな。
気付いていないふりをしてたけど、あれは感想を欲しているというアピール以外の何物でもないだろう。
「なんだか最近、三船さんがそわそわしてると思ったらやっぱり……。何度か俺に『今回のMV、良くなかったでしょうか?』って聞いてきたくらいだったし。というか、少し落ち込んでいるくらいだったからな?」
「……なんかすいません」
情けなく首を垂れる俺。
「俺から言うことでもないかもだけど、やっぱり感想は言ってあげたほうがいいって。監督さんとか俺なんかからよりも、ファンから直接言ってもらったほうが何倍も嬉しいもんですから。特に笹島さんからなら余計に」
プロデューサーさんからの言葉に、俺はがっくりと肩を落とす。俺だって、なにも感想を伝えたくないわけではないのだ。
「会うたびに言おうとするんですけど、色々考えちゃって……結局、何も言えずに終わっちゃうんですよね」
「思春期の中学生じゃないんですから」
本当にその通りだと思う。いや、もしかすると思春期の男子中学生よりも酷いかもしれない
「その様子だと、三船さんとの関係もまだまだ見たいですかね?」
「……おっしゃる通りで。いや、アイドルと一般人なんで距離を取るのは当然なんですけど」
俺の返答に、プロデューサーさんの目がスッと細くなる。それはどこか呆れたような表情で――
「いやいや、あんた三船さんの事好きじゃないですか」
「ぶほっ!?」
飲んでいたハイボールを噴き出した。店主が差し出してくれた布きんで口を拭いつつ、必死に弁明を試みる。
「というか、好きなのはこの前の居酒屋の件で分かってた事だけどね。まさかとはおもうけど、この期に及んで否定するわけないよね?」
「…………」
弁明をする暇もなかった。ベテラン刑事並みの眼光の鋭さ。この人はどこでこんな技を?
眼光の鋭さそのままに、碇ゲ〇ドウポーズをとるプロデューサーさん。なんでこんなに似合っているのか。
……いやまぁ、確かに否定できないかもしれないけどさ。
「もう、この際、認めたほうが色々と楽になるんじゃない? これが変なファンならまだしも、笹島君だから俺は安心だよ。美優さん次第ですけど、付き合うとなったら俺は全力で応援させてもらいます」
俺に対する無駄な信頼。おかげで、余計に誤魔化しにくくなってしまった。
「……絶対、他言しないと約束できますか?」
「それはもちろん。炎上しかねないからね。で、どうなの?」
アルコールも入ってるだけあって、今日は随分グイグイと来るな。しかし、本音を言う流れになってしまったので仕方ない。
俺は残ったハイボールを一気に煽ると、
「……そりゃ、好きですよ」
ハイボールを一気飲みしたとは思えないほど、小さな声で白状した。こうして、改めて言葉にしてみると、余計に恥ずかしくなってくる。
「以前、飲み会で言った時もそうですけど……あんなの、好きにならないほうがおかしいでしょ。会って話をできるだけでもファンからしてみれば奇跡なのに」
「うんうん、わかります分かります。俺みたいに、芸能界で働いてると分からなくなりがちだけど」
「一般人には刺激が強すぎです」
しかも隣の部屋に住んでるんだもんな。正直、手を出してないのが自分でも驚きである。
その後は三船さんの好きなところや、可愛いと思ったところを根掘り葉掘り聞かれていたのだが、
「だけど、まだMVに感想を言っていないのは問題だよなぁ~」
「それは確かにそうですけど……」
その一言がいけなかったらしい。プロデューサーさんが良いことを思い付いたと言わんばかりの表情を浮かべる。
「それなら、今から直接言ってしまいましょう。俺から電話をかけるので。今日は確か別のお店で川島さんたちと飲んでいるはずですから」
「はい、わかりま……へっ!?」
俺がびっくりしている間にプロデューサーさんはスマホを取り出して、三船さんの番号に電話をかける。
「はい、繋がったら多分三船さんが出ると思うんで」
「ちょっ!? 了承した覚えはないんですけど!?」
「善は急げというじゃないですか。だからいいんですよ」
「それだと意味が違ってくるような……」
文句を言ったものの、電話口の三船さんは待ってくれない。
『はい、三船です。プロデューサーさん、どうかしましたか?』
出てしまった。今日ほど電話に出て欲しかった日はないというのに……。しばらく呆然と固まっていると、
『プロデューサーさん?』
心配するような声色。目の前ではプロデューサーさんが『早く出ろ! 男を見せろ! 気合だ気合!』と言わんばかりのジェスチャーをする。
この人、人ごとだと思って……。しかし、出ないわけにもいかないので俺は仕方なく口を開く。
「笹島です」
『っ!?』
電話越しでも、驚いた様子が伝わってくる。なんか、ガチャンガチャンとした音が聞こえてきたけど大丈夫だろうか?
『あっ、ええっ!? ど、どうして笹島さんがプロデューサーさんの電話を!?』
「実は色々な事情がありまして……そ、そんなことよりも三船さん」
『えっ? は、はいっ!』
ここまできて止まるわけにはいかない。俺は大きく息を吸い込んで、
「この前のMVとても良かったです。とても、その……綺麗でした」
『ふぇっ!?』
「それじゃあ。突然のお電話、失礼いたしました」
『へっ!? あ、あのちょっと――』
三船さんが何かを言う前に通話を切る。そしてスマホをプロデューサーに返し……めっちゃニヤニヤしてた。
「言えたじゃないですか~」
「あんたが無理やり仕向けたんでしょ!!」
思わず年上のプロデュサーさんにあんたと言ってしまったが、許してほしい。それくらいイラッとしたのである。この人、結構酔ってるな?
「これで、少しは関係も進むんじゃない?」
「引かれてないといいですけど」
「それだけは絶対にないから、安心しとけって。プロデューサーとして保証するよ! それにしても……いや~、今日は面白い話が聞けて大満足だよ」
「俺は普段の倍、疲れました……」
ホクホク顔のプロデューサーさんとは対照的に、げっそりとした表情を浮かべる俺だった。
☆ ★ ☆
とある居酒屋にて。
「笹島君が感想をくれない?」
「はい、そうなんです」
美優ちゃんからの言葉に私、川島瑞樹はビールを飲む手を止めて彼女を見つめてしまう。
今日は珍しく、美優ちゃんの方から誘われて居酒屋にやってきていたのだが……どうやら笹島君関連の相談だったみたいである。
「くれないってことは、まだ新曲の事について何も言われてないってこと?」
「はい、そうなんです……」
「まぁ、ソロ曲を出してから一週間くらい経つしね。笹島君が美優ちゃんのソロ曲を買ってないとは思えないし」
「そんなに駄目だったのかな……」
切なげにつぶやく美優ちゃん。恐らく、笹島君の事だから恥ずかしくて感想を言えないとか、そういう理由だと思うんだけど。しかし、あまりにもこの状況が続くと、仕事にまで影響が出てきてしまうかもしれない。
それにしても今の表情、とっても良かったわね。今度プロデューサー君に、こっち方面の仕事を探してきてもらわないと。
(うーん、プロデューサー君にけしかけてもらって、笹島君に電話で感想でも伝えてもらおうかしら)
そう思っていた時だった。
「あら? 美優ちゃん。電話じゃない?」
「あっ、ほんとですね。相手は……プロデューサーさんからです」
私がまさに今、思い描いていた相手からの電話。これはもしかして……いや、私の考えすぎね。そもそも、仕事の電話って可能性の方がはるかに高いわけだし。
「はい、三船です。プロデューサーさん、どうかしましたか?」
電話に出る美優ちゃん。しかし、その様子が少しおかしい。まるで相手が何も反応していないような……。
「プロデューサーさん?」
おかしいと思ったのは美優ちゃんも同じで、もう一度プロデューサー君に声をかける。すると、
「っ!?」
なぜか驚きの表情を浮かべる美優ちゃん。あまりの驚きだったのか、持っていたお箸を落としてしまっていた。。
そのお箸がお皿にあたって、ガチャンガチャンと音を立てる。
「美優ちゃん? ど、どうかし――」
「あっ、ええっ!? ど、どうして笹島さんがプロデューサーさんの電話を!?」
彼女の口から突然飛び出した、笹島さんという言葉。も、もしかして電話の相手は笹島君なのかしら?
だけど、どうしてプロデューサー君からの電話に笹島君が? あまりにタイミングが良すぎる。
動揺する私を他所に、美優ちゃんと笹島さんは電話を続ける。そして、
「ふぇっ!?」
可愛い声で美優ちゃんが驚きの声を上げた。二人は一体何を話しているのだろう……いや、笹島君は美優ちゃんに何を言ったのだろう?
「へっ!? あ、あのちょっと――」
しかし、話していた時間は思ったよりも短かった。最後の美優ちゃんの様子からするに、笹島君が一方的に電話を終わらせたのだろう。すると、
「~~~~っ!!」
声にならない声をあげた美優ちゃんが、机に思いっきり突っ伏した。私はそんな彼女に、恐る恐る声をかける。
「み、美優ちゃん? 机に突っ伏してどうしたの? なんだか笹島君と話してたみたいだけど」
「……ずるいです」
「えっ? 何が?」
「電話越しなら褒めてくれて、綺麗って言ってくれて……今度会ったら直接言うまで帰らせません」
「気付いてないかもしれないけど、美優ちゃん、結構大胆なこと言ってるわよ」
思わず呆れてしまう。この子は、奥手なのか積極的なのかよく分からない。取り敢えず、笹島君が褒めてくれたのは一歩前進だけど。
ただ、その一歩が少し遅すぎる気が――
「でも、綺麗かぁ~。笹島君さんが綺麗って……えへへ♪」
幸せそうに顔をほころばせる美優ちゃんを見ていたらどうでもよくなりました。そして、彼への報告を忘れちゃいけないわね。
私はプロデューサー君の電話番号に電話をかける。
『はい』
「プロデューサー君、お疲れ様。川島です」
『あっ、川島さん。お疲れ様です。それでどうかしたんですか?』
「言いたいことは一つだけよ。……グッジョブ、プロデューサー君」
『……最高の褒め言葉ですよ』
それだけで色々と察したのか、電話越しのプロデュサー君もニヤッと笑みを浮かべた気がした。
ギリギリ三か月以内です。というか、久しぶりなのにあんまり三船さん出せなくてすいません。
多分、次の更新も三か月後とかです(白目)。