「三船さん、なんか調子悪いみたいだけど大丈夫?」
「えっ? そう見えますかね?」
「うん。動きにキレがないし、それになんだか顔色も悪く見えるし」
「そうでしょうか……」
とある日のダンスレッスン中。トレーナーの方に声をかけられた私は、一度動きを止める。
確かに、家を出る時少し身体がだるいなとは感じていたけど……休むほどではないと思ったので、事務所に来たというわけである。しかし、鏡で自分の顔を確認すると言われた通り顔色があまりよくない。
「疲れてるだけかなと思ったんですけど」
「うーん、ちょっと疲れているだけには見えないんだよね。悪化する前に、今日は休んだほうがいいんじゃない? 確か、今日はレッスンだけでしょ?」
「はい。今日は撮影とかもありません」
「プロデュサーには私の方から伝えておくからさ。多分、レッスンとか収録とかの疲れが出ちゃったんじゃないかな? 最近は結構忙しそうにしていたからね」
言われてみれば最近は特に忙しくて、睡眠時間もあまりとれていなかった気がする。それに、ここで無理をしてせっかくの仕事に穴をあけるわけにもいかない。
「あ、ありがとうございます」
というわけで、私は家に戻ることになった。
☆ ★ ☆
「ふぅ。今週もやっと仕事が終わった」
軽く息を吐きながら俺はマンションまでの帰り道を歩く。金曜日の仕事終わりというのは、非常に気分がいい。俺の会社は土日祝日がしっかりと休みなのはありがたいところだ。
それに、最近は働き方改革とかで残業をするなするなと五月蠅いのも、時代が変わったなと実感できる。入社して一年目とかは残業は当たり前、そしてたまに休日出勤もあったりしたので大変だった。
まぁ、ちゃんと残業代が出るだけましだったけど。
(あれ? プロデュサーさんからL〇NEが入ってる)
何気なくスマホを見て彼からの連絡に気付く。また飲みに行こうとか、そんな連絡かな? メッセージを確認すると、
『三船さんが風邪を引いたみたいなんだ。帰り際でいいんで、少し彼女の様子を確認してもらえないかな?』
こんなメッセージが届いていた。三船さんが体調不良……とても心配だ。最近はお仕事も忙しかったと聞いていたし、疲れが溜まっていたのだろう。
『了解しました』
取り敢えず返信をし、俺はその足で近くのドラックストアへ。理由はもちろん、お見舞いの品を買うためだ。
しっかり者の三船さんなんで、薬とかは買ってあるかもしれないけど、一応色々と買っていこう。目についたものを買い物かごに放り込んでいき、お会計を済ませる。
「ちょっと買いすぎたけど、まぁいいや」
三船さんを看病するかもしれないという事実に、張り切り過ぎてしまった。でも、余ったら自分用で持ち帰ればいいだけだし。
そのまま急ぎ足で自分のマンションへ向かい、着替えなどを済ませてから三船さんの部屋の前へ。
(そもそも、出てくれるのかな?)
インターホンを押して三船さんが出てくれるのを待つ。寝込んでいて、インターホンが聞こえないことも十分に考えられるけど……。
しばらく待っていると、ガチャッと扉が開き、顔を赤くした三船さんが顔を出した。いつもの私服ではなく、パジャマ姿(胸元ははだけていません)。
しかし、息が荒く顔も真っ赤で、見るからに体調が悪そうだ。
「あっ、笹島さん……どうか、したんですか?」
「すいません、説明は部屋に戻ってからでもいいですか? かなり体調が悪そうに見えるので」
立ったままだと三船さんが辛そうなので、俺はひとまず部屋の中へ入る。三船さんをベッドに戻し、改めて今日来た理由を話す。
「実はプロデュサーさんに、三船さんが体調を崩されたと聞いたもので。そのお見舞いにと」
「そうだったんですか。……すみません、ご心配をおかけして。笹島さんもお仕事後なのに……」
「いえいえ、気にしないで下さい。どうせ明日は金曜日ですから」
まぁ、三船さんが体調不良と聞いたら明日が何曜日でも駆けつける自信があるけど。飲み会の後でも走って向かっただろう。
「むしろ、体調が悪いのにいきなり押しかけてすいません」
「そ、そんなことないです。……笹島さんが来てくれて、少しほっとしちゃったくらいですから」
弱々しく微笑む三船さん。……不謹慎にも色っぽいと思ってしまった私を許してほしい。色っぽいと思わないほうが無理だって。
むくむくと湧き上がる煩悩を無理やり振り払い、俺は立ち上がる。
「三船さん、帰って来てから何か食べましたか?」
「いえ。実は家に帰っている最中から、どんどん体調が悪くなってきてしまって……家に帰って来てからほとんど食べてないんです。一応、薬を飲むためにヨーグルトは食べたんですけど」
「うーん、少しでもお腹に入れておいた方が治りも早いですし……お粥くらいなら食べられそうですか?」
「お粥くらいなら……」
「分かりました。それじゃあ、片付けはするんでキッチン借りますね」
「はい。……ありがとうございます」
普段の三船さんなら気を使って断るところだろうけど、今日はよっぽど体調が悪いみたいだ。
そんな彼女をしり目に、俺はキッチンへ向かう。食器の場所も、部屋の構造が一緒なので大体分かる。
「さて、サクサクッと作りますか」
作るのは玉子粥。風邪をひいた時母親が良く作ってくれて、どれだけ食欲がなくてもそれだけは食べられたんだよね。
インスタントでもよかったけど、手作りの方がやっぱりおいしいからな。作り方は完璧に覚えているので大丈夫だろう。そもそも、そんなに難しい料理でもないわけだし。
手早く食材の準備をし、鍋に冷ご飯を入れる。昨日のご飯の残りが冷蔵庫の中に入っていてよかった。20分弱で作り終わり、三船さんが寝ている寝室へお盆を持って戻る。
「お待たせしました三船さん」
「……何から何まですみません」
「いえ、体調が悪かったら仕方ないですよ」
だるそうに起き上がる三船さんの傍に、お粥を載せたお盆を持っていく。お粥は消化もいいし、このくらいの量なら食べられるだろう。
「熱いので気を付けてくださいね」
「…………」
「三船さん?」
「その、体調が悪いせいか、あまり握力がなくて……スプーンを落としてしまうかもしれなくて、できれば、その~」
モゴモゴと言いよどむ三船さん。うん、次の言葉がなんとなく分かる気が――
「た、食べさせていただけないでしょうか?」
こんな展開、漫画とかアニメだけだと思ってました(小並感)。……いやいや、冷静になっている場合ではない。
「いえ、それは……そもそも三船さんはいいんですか? 体調が悪いとはいえ、男に食べさせてもらうのなんて」
「……笹島さんなので平気です」
視線を逸らし、ボソッと一言。この人はほんと……そろそろ勘違いしてもいいんじゃないかと思う。
三船さんが風邪じゃなかったら、間違いなく自分を抑えられない自信がある。しかし、風邪を引いている相手を襲うわけにはいかないので、
「……分かりました」
俺は頷き、スプーンで適量のお粥をすくう。食べられる温度まで十分に冷ます。
「それじゃあ、口を開けてください」
「……はい」
言われた通りに口を開く三船さん。俺はその口の中にお粥の入ったスプーンを持っていく。
……目を瞑る必要はないと思うんですけどね。変なことをしている気分になってきたが、別にやましいことはしていないはず。……していないはず。
「あーん」
彼女の咥内へ流し込むようにしてお粥を食べさせる。
「熱くないですか」
「大丈夫です。……んっ」
飲み込む姿も色っぽいなこの人。まぁ、三船さんは色っぽくないことでも全て、色っぽく見えると言われてる人だからな。風邪をひいて顔が火照っているのも、色っぽさに拍車をかけている。
「久しぶりに作ったんですけど、味は大丈夫そうですかね?」
「とっても美味しいので、安心してください」
微笑む三船さんを見て俺はホッと胸をなでおろす。味に保障はあったけど、人に作るのは初めてだったからね。
「それじゃあ……もっと下さい」
「………………はい」
謎の間についてはツッコまないで下さい。その後はお粥が無くなるまであーんを続け、
「ふぅ……ごちそうさまでした」
ある意味、地獄のような時間がやっと終わった。めちゃくちゃ疲れたな……。言い過ぎかもしれないけど、会社終わりより疲れているかもしれない。
「お粗末様でした。今、水と薬を持ってきますので。ついでに洗い物も済ませてきちゃいますから」
「あっ、ありがとうございます」
台所に戻り洗い物を済ませ、水と薬を持って帰ってくる。薬を飲み、改めて三船さんは布団にもぐる。
さて、あまりにも長居をしても三船さんに気を使わせてしまうだけなので、俺はそろそろお暇しましょうか。
「じゃあ三船さん、俺はそろそろ……っ?」
違和感を感じて振り返る。するとそこには、俺の服の袖をキュッと掴む三船さんの姿が。
「えっと……、もう少し、いてくれませんか?」
身体に電撃が走ったかのような感覚。固まる俺に三船さんは更に畳みかける。
「26にもなって言うことじゃないかもしれませんけど、一人だと少し心細くて……」
そういって不安げな顔をのぞかせる。何度でもいうけど、これを無意識でやっているからすごい。こんな26歳がいていいのか?
「……分かりました」
そして、当然断れるわけもなく頷く俺。立ち上がるのをやめ、その場に腰を下ろす。
『…………』
しばらく無言の時間が続いた後、三船さんがぽそっと口を開いた。
「ごめんなさい、我が儘を言って」
「い、いえ……風邪をひいた時って妙に心細くなるものですから」
「ありがとうございます」
一人暮らしをしてるから何となくわかる。風邪をひいた時に一人だと、言いようのない不安感に襲われる時ってあるからね。インフルエンザとかの時は特に。
「……少しお話を聞いてくれませんか?」
普段とは違う雰囲気を感じ、俺は居住まいを正す。
「私はアイドル活動をしたそこそこ経ちますけど、ふと思ってしまったんです。こんな日々がいつまで続くんだろうって」
風邪で弱っているからこそ、色々と考えてしまったのだろう。不安は心にため込んでおくとどんどんと膨らんでいくので、ここで吐き出せるだけ吐き出してしまったほうがいい。俺は黙って話の続きを促す。
「今は毎日がとても充実していて、とても楽しいです。でも、こんな日々もどこかで終わりが来るのかなって。そもそも、実はこれまでの日々が幻だったんじゃないかって思っちゃったんです。そんな事あるわけないのに……」
ぽつりぽつりと不安の言葉を口にする三船さん。心なしか、瞳も潤んでいる気がする。
「やめようやめようと思っても、悪い想像が止まらなくなってしまったんです。そして、すごく怖くなりました。ファンの人だって、いつまでも私のファンでいてくれるとは限りませんし……。そう考えると、どんどん不安になってきて。どうしようもなく不安になって……それに、芸能界には私より魅力的な人なんて何人も――」
「三船さん!!」
気付くと俺は、三船さんの右手をしっかりと握り締めていた。驚く三船さんを他所に俺は口を開く。
「そんなことないです。三船さんは凄く頑張ってます。慣れない撮影やバラエティの番組なんかもそうです。OLからの転身で大変なはずなのに……俺は素直に尊敬できると思います。そもそも、ちゃんと努力しているのを分かっているからこそ、ファンもたくさんいるんですよ!」
普通の人なら絶対にできないことだ。恐らく、一般社会と芸能界は180度違う世界なのだろう。
転職しようと思っても、芸能界に飛び込む勇気なんて俺にはない。だからこそ、俺は我慢できず彼女の話を遮ってしまったのだ。
「それに、ちょっと休んだくらいでファンは絶対に、三船さんから離れていったりしないです。三船さんの代わりなんて誰もいません。そんなので離れてくのは、ファンじゃないので安心してください! 仮に離れていくことがあっても、俺はずっとあなたのファンで居続けます。例え最後の一人になってもです!」
そこまで言い切った俺はようやく一息つく。あれだけの言葉を一息で言うのは大変だったな――。
(……ん?)
そこで俺は事態に気付く。目の前にはポカンとした表情を浮かべる三船さん。可愛らしく目をぱちくりとさせている。
これまでの言動を振り返り、色々と冷静になったところで、
(ああああああああああああ!! 俺は一体何を熱く語ってるんだよ!?)
心の中で叫び声をあげていた。多分、自分の部屋だったらあまりの恥ずかしさに転げまわっているところだろう。
(上から目線で、しかも何の根拠もない励ましで……更にはファンが仮に離れていくとか、最後の一人とか、不謹慎すぎるだろ!! そもそも、ただの一般人がアイドルの方相手に、いっちょ前に熱く語るとか何様だよ!? 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。お、おうちに帰りたい……あっ、隣だったわ)
人生最大の黒歴史を作ったということに動揺して顔を伏せていると、「くすっ」という笑い声。
「顔を上げてください、笹島さん」
やわらかい声色に、俺は恐る恐る顔を上げる。
「そんなに恥ずかしがらなくても大丈夫ですよ。笹島さんが私を励ましてくださってるということは、ちゃんと伝わってきましたから。……まぁ、ちょっと聞いてて恥ずかしくなっちゃいましたけど」
「ぐふっ」
やっぱり恥ずかしかったですよね! だ、誰かタイムマシンを俺に下さい。一分前に戻れるだけでいいので。
「でも、とっても嬉しかったです。私、笹島さんと出会えて本当によかったと思います。だから……ありがとう」
「っ!?」
女神かと思った。いや、女神だったか。
「それと、手……」
「手? ……あっ、すいません! な、長々と握り締めてしまって。今すぐ離しますから!」
慌てて手を離そうとする。しかし、三船さんはそれを阻止するかのように僅かな力で握り返してきた。
「…………もっと、こうしていたいです」
甘くとろけるような声。
三船さんの細い指が俺の指に絡みついてくる。それに合わせて、二人の視線もねっとりと絡み合った。
彼女の瞳に吸い寄せられるかのように距離が縮まっていく。
(あ、これは駄目だ……)
そう思った時には既に俺と彼女の唇が重なっていた。
「んっ……」
三船さんの口から色っぽい声が漏れた。一度、唇を離し彼女の瞳を見つめる。こんなに近くで、彼女を見つめるのは初めてかもしれない。
「……すいません。いきなり……しかも、三船さんの体調が悪い中で」
「いえ……どちらかといえば私が誘ったようなものですから。それに……」
彼女は俺の耳元に顔を寄せ、
「風邪がうつってもいいなら……もっと、していいですよ?」
今日ばかりは彼女の風邪がうつってもいいと思った。
☆ ★ ☆
「あら、美優ちゃん。風邪はもういいの?」
「はい。一晩寝たらすっかり治っちゃいました。ご心配おかけしてすみません」
「いいのよ気にしなくて」
看病をしてもらった次の日。事務所に顔を出した美優を見て、同じく事務所にいた川島瑞樹はホッとした表情を浮かべる。
しかし、彼女の頭にはとある疑問も浮かんできた。
(病み上がりにしては、やけに顔が艶々してるように見えるけど……)
いつもと違う彼女の様子に首を傾げていると、
「あっ、川島さん。ちょっといいですか?」
「どうかしたのプロデュサー君」
「まぁ、ちょっと」
プロデュサーに手招きされるままに部屋の隅へ向かう。
「で、どうかしたの?」
「ちょっとこれを見てください」
見せられたのはL〇NEの画面。そして名前の欄には『笹島健一』という文字が。
「ちょっと! これ、勝手に見せちゃっていいの?」
「本人からちゃんと許可は貰ってます。それより内容なんですけど……」
スマホの画面を覗き込んで内容を確認する。そこには健一からの懺悔の言葉が書かれていた。
『看病をするため三船さんの部屋に行ったのに我慢できず、三船さんとキスしてしまいました。もちろん、最後まではしていませんが、煮るなり焼くなり警察に突き出すなりしてください。私はどんなバツでも受ける所存です』
二人は文章を読んだ後、黙って顔を見合わせ、
『キスくらいならいいよね(いいわよね)』
同じ言葉を口に出したのだった。むしろよくキスだけで我慢したと思う。またしても健一の評価が上がった瞬間だった。
そして、美優が妙に艶々していた理由も分かった気がした。
ちなみに健一は風邪をひきませんでした。
三船さんのモザイクカケラが良すぎて、勢いで書いてしまいました。勢いだけで書いたので、内容についてはツッコまないで下さい。
残り2話で完結予定です。