三船美優が隣にいる日常   作:グリーンやまこう

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とある夏の休日

 季節は8月。外からはセミの大合唱が聞こえ、一歩外に出ればじりじりと焼けつくような太陽光線によって、頭がクラクラしてくる。そんな季節。

 会社に行く道を歩いているだけでも、汗が噴き出してくるから嫌になる。昔はこんな殺人的に熱くはなかったな、と思う今日この頃。

 

 

「本当に一般人の俺が来てもよかったんですか?」

 

 

 何故か俺は、プロデュサーさんが運転する車の助手席に座っていた。しかも後ろの席には、三船さんや川島さんの姿も。ちなみに片桐さんもいます。

 冷静に考えなくても俺の場違い感が半端じゃない。

 

 

「大丈夫ですよ。確かに笹島さんは一般人ですけど、三船さんや他のアイドルの方と面識があるので」

 

 

 俺の不安に、車を運転していたプロデューサーさんはあっさりと答える。この人、俺の事を無条件に信用し過ぎな気がする。

 三船さんを看病したときの事も、罪を償うどころか無罪放免されてしまったし。

 

 

「それに、男が俺一人だけだと何となく寂しかったからなぁ」

「まぁ、その事に関しては否定できませんけど……」

 

 

 確かに今日は、仕事ではなく完全プライベートだからな。流石のプロデュサーさんも、荷が重かったのかもしれない。

 なんてことを話していると、後ろに座る三船さんから申し訳なさそうな声が。

 

 

「笹島さんは今日誘った事、ご迷惑でしたか?」

「そんな事ありません。めちゃくちゃ楽しみにしてました!」

「変わり身の早さよ……ほんと、三船さんが絡むと単純だなぁ」

 

 

 三船さんに悲しい思いをさせてはいけない(使命感)。プロデュサーさんのツッコミは無視の方向で。

 川島さんと片桐さんからも生温かい視線を感じるけど、それも無視で。彼女が笑顔ならそれでいいのです。

 

 

 さて、そろそろどこに向かっているのかを話しておこう。

 俺たちがどこに向かっているのかというと、346プロが所有しているという保養所である。事務所からは少しだけ離れた場所にあるのだが、大自然に囲まれているので、保養をするにはもってこいの場所という噂。

 また、346プロに所属していれば、基本的に利用は自由だとのこと。

 

 会社で保養所といえばあってないようなものなのだが、346プロでは結構利用する人も多いらしい。やっぱり、都会の喧騒から離れてゆっくりしたいものなのかな?

 

 

「ちなみに、本来笹島君は入れないんだけど、今回は理由を説明したらオッケーになりました!」

「やっぱりそうですよね。知り合いとはいえ、一般人を入れると何が起きるか分かりませんしリスクを考えたら当然ですよ」

「流石、笹島君はよく分かってるわね~」

「でも、説明したらオッケーにしてくれたんですよね? 俺の事はなんて説明を?」

「説明? プロデュサー君が信頼をおいてるってことと、後は美優ちゃんが――」

「だ、駄目です早苗さん!」

 

 

 開きかけた片桐さんの口を、三船さんが慌てて抑える。随分慌てて止めたけど、どうかしたのだろうか? 

 美優ちゃんが、ってところで止まったので、尚更気になってしまう。

 

 

「何よ美優ちゃん? 別に理由を説明しようとしただけじゃない」

「それが問題なんです!」

「『美優ちゃんが好きで好きでたまらない人です』って説明に何か問題でも――」

「わ、わーわー!!」

「どうかしたんですか、三船さん?」

「笹島さんは気にしないで下さい」

「ア、ハイ」

 

 

 妙にすごみのある笑みを浮かべられ、俺は思わず口を噤んでしまう。あれはなかなかの迫力だった。おかげで先ほどのセリフは迷宮入りだ。

 

 その後は雑談をかわしつつ、出発から三時間後にようやく保養所へ到着した。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

「保養所っていうわりには、結構大きいですね」

「ほんとですね……」

 

 

 荷物をおろしつつ、俺と三船さんは眼前に広がる保養所を見て感想を漏らす。保養所というよりは、本格的なホテルのように見える。

 改めて、346プロの規模の大きさを知ることになった。

 

 

「三船さんは、この保養所に来たことがあるんですか?」

「いえ、実は私も初めてです。でも、結構楽しみにしていたんですよね。私の実家が田舎なものですから。勝手に既視感を抱いていて」

「そういえば、岩手のご出身でしたっけ?」

「はい、その通りですけど……よくご存じですね」

「そりゃ、大ファンである三船さんの事ですからね。誰よりも三船さんの事を知っている自信がありますよ」

「へ、へぇ~。そうですか……」

 

 

 顔を逸らしながら、髪をくるくるといじる三船さん。

 

 ……やばい、今のセリフは冷静に考えてよくなかった気がする。まず、単純に気持ち悪い。

 俺が焦っていると、三船さんが少し赤くなった顔をこちらに向け、

 

 

「ありがとうございます、私の事をたくさん知っていてくれて、嬉しいです」

 

 

 頬を少しだけ染め、やわらかい笑みを浮かべる三船さん。心臓が止まるかと思った。

 

 

「瑞樹ちゃん、私たちは何を見せられてるのかしら?」

「二人とも、ナチュラルにイチャつくから困るのよね」

「笹島君がナチュラルに口説いて、美優ちゃんがナチュラルに照れて、ナチュラルにクリティカルを出して」

「これで二人とも、自覚がないのがタチが悪いわよね」

「早くくっつかないかしら?」

 

 

 川島さんと片桐さんに何か言われた気がするけど、気にしないことにしよう。

 

 荷物をおろした後は、フロントのようなところで受付を済ませる。いくら保養所が大きいとはいえ、流石に予約なしじゃ来れないからね。

 その後は各自、荷物を自分の部屋に運んでからロビーに再び集合する。

 

 

「それで、この後はどうしま――」

「私たち三人は、やりたいことがあるのよ。申し訳ないけど、お二人さんで夕食の時間までぶらぶらしててくれないかしら?」

「そうそう。せっかく来たんだから、二人でのんびりして頂戴!」

「は、はぁ?」

「それじゃあ、笹島君。三船さんの事頼んだよ。」

 

 

 統率の取れた動きで、あっという間に去っていく三人。残された俺と三船さんは、しばらく三人が去っていた方向をボーっと見つめる。

 

 

「……というわけで、二人きりになってしまいましたけど?」

「そうですね。……でもせっかくですし、早苗さんの言う通り、夕食まで二人きりでのんびり過ごしましょうか」

 

 

 にっこりと微笑む三船さん。天使はここにいたのか。……なんだか前も、似たようなことを思っていた気がする。

 

 

「この先に川があると聞いたので、取り敢えずそこまでいきませんか?」

「分かりました」

 

 

 そして、二人並んで森の中を歩いていく。

 

 

「ん~。これだけの自然の中を歩くと、やっぱり気持ちいいです」

 

 

 三船さんが気持ちよさそうに大きく伸びをする。美人が伸びをする姿って、なんかいいよね。理由は特にないんだけど。

 

 

「都会にいるとまず、体験できませんしね。たまにはこうして、羽を伸ばしてみるのもいいかなって思います」

「ふふっ。たまに羽を伸ばす時は、私もちゃんと誘ってくださいね?」

 

 

 俺の事を見上げるようにして、瞳を覗き込んでくる三船さん。言い方がもう……可愛すぎてしんどい。

 

 

「そ、その時はもちろん……」

「言質、取りましたからね?」

 

 

 だから可愛いって!! 

 

 悶えながらしばらく歩いていくと、目的地である川が見えてきた。遠目からでも、水が透き通っていることがよく分かる。

 

 

「わぁ! 綺麗ですね!」

 

 

 三船さんが感動の声を上げ、川辺に向かって歩いていく。俺も彼女の後に続いていくと、彼女は既に靴を脱いでいた。

 そのまま、透き通った水の中へ足を入れる。

 

 

「ひゃっ! 結構冷たいです。だけど、慣れてくれば……」

 

 

 足をパシャパシャと動かす三船さん。なんだか、CMのワンシーンを見ているみたいだ。

 

 

「でも、気持ちよさそうですね。それじゃあ俺も失礼して……」

 

 

 俺も彼女の傍に腰掛け、同じように足を川の水の中へ。確かに三船さんの言う通り、川の水は結構冷たかった。だけど、暑さも相まって非常に気持ちがいい。

 

 

「あ~。冷たいですけど、この冷たさがいいですよね。三船さんもそう思いませんか?」

「…………」

「三船さん?」

「えいっ!」

 

 

 可愛い掛け声とともに、冷たい川の水が顔に飛んできた。

 顔を拭うとそこにはいつもとは違い、少し意地悪な表情を浮かべた三船さんの姿が。

 

 

「油断しましたね?」

 

 

 そんな表情も可愛い……じゃなくて、三船さんでもこんな事するんだ。少し意外。

 もしかすると、普段来ないような場所なのでテンションが上がっているのかも……。それにしても、やられっぱなしというのも面白くない。

 

 

「……」

「きゃっ!」

 

 

 俺は無言で、三船さんに川の水をかけ返す。もちろん、びちょびちょにならないよう、最小限の注意を払うことを忘れてはいない。

 まさかこの年にもなって、水の掛け合いをするとは思わなかった。

 

 

「もう、笹島さんったら……やりましたね?」

「先ほどのお返しです」

 

 

 その後は水をかけたりかけられたりして、お互い満足したところで改めて川辺の岩に腰を下ろす。

 

 

「なんだか子供の頃に戻ったような気分になりました」

「俺もですよ。童心に戻るのも悪くはないなって思いました」

「水の冷たさなんかも、田舎を思い出しますね」

「岩手は東京と違って、自然が多い感じがしますからね。最近は、実家の方に帰ったりしているんですか?」

「いえ、それがほとんど帰れていないくて……でも」

 

 

 そこで、三船さんがジッと俺の事を見つめる。俺の顔に何かついてますか?

 

 

「……次のお休みでは、戻ってもいいかもですね」

 

 

 行動の意味は分からなかったけど、久しぶりに実家に戻れば両親は喜ぶだろう。

 

 

「あれっ? なんだか天気が怪しくなってきましたね」

「ほんとですね。もしかすると、通り雨が降るかも」

 

 

 そろそろ戻ろうという所で、黒い雲が上空を覆い始めていることに気付く。山の天気は変わりやすいというけど、ここも例外ではなかったらしい。

 

 

「……って、降ってきちゃったな」

 

 

 鼻先に雨粒を感じ顔を上げると、ぽつぽつと降ってきた雫が俺の顔を濡らす。今はまだ弱いけど、すぐに強くなるだろう。

 

 

「確か、この道を戻ったところに雨をしのげそうな場所がありましたよね? そこまで走りましょうか」

「は、はい」

 

 

 幸い、そこまで離れていなかったので服が少し濡れたくらいで、何とか辿り着くことができた。

 

 

「多分、すぐに止むと思いますし、止むまではここで待ってましょう」

「そうですね。下手に動いても危ないですから」

 

 

 すぐに止むとはいえ、山の雨って結構激しく降るからな。現に今も雷がピカピカと曇天の中で光ってるし。

 

 

ゴロゴロゴロッ!!

 

 

 稲光を感じ、その後すぐに雷の轟音が辺りに響いた。そこそこ大きい音だったので、割と近くに落ちたかもしれない。

 

 

「結構、大きい音でしたね……って?」

 

 

 右腕に柔らかい感触。視線を向けると、俺の腕に抱き付く三船さんの姿が。

 

 

「す、すいません。かなり大きい音だったのでびっくりして――」

 

 

ゴロゴロゴロッ!!

 

 

「きゃぁっ!!」「ほわっ!?」

 

 

 間髪を入れずに二発目の雷音が。三船さんが悲鳴を上げ、俺の腕に抱き付く力を強くする。やわらかい感触が強くなったおかげで、変な声が出た。

 

 

「ご、ごめんなさい。私、突然の大きい音が苦手で……」

 

 

 申し訳なさそうに三船さんが眉をひそめる。

 

 

「いや、別に気に病む必要はないですよ。俺でも少しびっくりしたくらいですから」

「そう言ってくれてありがたいです。……それでですね、しばらくの間でいいので貸してくれませんか?」

「貸すって、右腕をですか?」

「右腕をです。……ダメですか?」

 

 

 こんなことになるのなら、少し鍛えておけばよかった。後悔先に立たずとはこの事だろう。

 

 

「……こんな頼りない腕でよかったらいくらでもお貸ししますよ」

「……ふふっ。それじゃあお言葉に甘えて」

 

 

 雨が止むまでの間、右腕の柔らかい感触が消えることはなかった。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

 時刻は夜の10時。夕食や入浴を済ませた俺は、三船さんの部屋の前に立っていた。

 

 

(大丈夫。三船さんとは今からお話をするだけ。別にやましいことをするわけじゃない。断じて、二人きりで話したいと言われたからって、期待しているわけじゃない。……ちょっとくらい期待してもいいのかな)

 

 

 心の声で分かる通り、俺は三船さんからお話がしたいとお誘いを受けていたのだ。別に、何もなしに部屋の前にいるわけではない。

 ……何もなしに部屋の前にいたら、完全にストーカーだな。

 

 ちなみに、お誘いを受けたのは雨が止んだ後、保養所まで戻る帰り道。

 

 

『今日の夜、私の部屋に来ませんか?』

 

 

 この言葉を受けて内心、滅茶苦茶動揺してたのは内緒。

 

 

(落ち着け俺。バタバタしても始まらない。まずは深呼吸を……)

 

 

 しかし、神様は俺に落ち着く暇すら与えてくれない。

 

 

「あっ、笹島さん。来てたのなら遠慮なく入ってくれればよかったのに」

 

 

 扉を開け、浴衣姿の三船さんが顔を出した。いつもとは違い髪をおろしている姿は、彼女の色っぽさを何倍にも引き立てるスパイスとなっている。

 表情が少し不満げなのは、俺がいつまでも入ってこなかったのが影響しているだろう。

 

 

「まぁいいです。それじゃあ、どうぞ入ってください」

「お、お邪魔します」

 

 

 頭を下げつつ、俺は部屋の中へ。当然と言えば当然なのだが、部屋の内装は俺の部屋と何ら変わりはない。既に布団が敷かれており、その近くに座布団と机のセットが置かれていた。この辺りも、俺の部屋と同じである。

 

 ……布団が敷かれてた事は想定外だったけど。ひとまず立っていても仕方がないので、俺は座布団の上に腰を下ろす。

 

 

「笹島さん、お茶でも飲みますか?」

「あっ、はい。お願いします」

 

 

 正直、お茶でも飲んで落ち着きたいと思っていたところだったので助かった。慣れた手つきでお茶を入れる三船さん。

 そのまま、二人分の湯飲みをお盆に入れて持ってくる。

 

 

「どうぞ。うまく入れられたかどうかは分かりませんけど」

「いやいや、そんなことないですよ」

「そう言ってくれると助かります」

 

 

 微笑みながら三船さんは、反対側に置いてある座布団を手に取る。そして、

 

 

「……どうして隣なんですか?」

「……こ、こっちの方が色々と話しやすいと思ったので」

 

 

 どういうわけか、俺の隣に腰を下ろした。しかも、やたら距離が近い。肩がガッツリ触れ合っている。

 これじゃあ、お茶を飲んでも全く落ち着けないよ(白目)。

 

 

「と、ところで、今日はどんな話を?」

「そ、その、特に話題があるわけではないんですけど……ただ、笹島さんとお話ししたいなぁって。笹島さんの事って意外と知っていそうで、知っていないことがたくさんありますから」

 

 

 もじもじと恥ずかしそうに髪をいじる三船さん。何度だっていうけど、この人これで26歳って言うのが信じられない。

 美人でもあり、可愛さも兼ね備えている三船さんは最強。

 

 

「ま、まぁ、そういうことなら全然大丈夫ですよ。何を質問してくれてもいいですから」

「そ、そうですか! それなら――」

 

 

 その後は取り留めもない話に花を咲かせる。

 三船さんがアイドルになった頃の話とか、俺の職場での話とか、本当に色々。結構色々なことを聞かれた気がする。

 改めて話をしてみると、三船さんの知らなかった一面を沢山知ることができてとても面白かった。

 

 二杯目のお茶を飲み干したところで、三船さんが感慨げに呟く。

 

 

「私、あの時プロデュサーさんのスカウトを受け入れて良かったと思っています」

「それは、アイドルとして活躍しているからですか?」

「もちろんそれもありますけど……この世界に入ってから、沢山の大切なものが増えたことです」

 

 

 思い出に浸るように彼女は目を瞑る。

 

 

「お仕事での思い出もそうですし、アイドルのご友人の方もそう。それにファンの方との交流も、私にとって大切な思い出です」

 

 

 そこで三船さんは俺と視線を合わせ、

 

 

 

「もちろん、笹島さんとの思い出もですよ?」

 

 

 

 ……ここでそんな事を言うのは本当にずるい。嫌でも彼女に対する気持ちが高まってしまう。

 ファンとアイドルという関係では満足できなくなってしまう。

 

 

 

「……あんまり勘違いさせるようなことを言わないで下さい」

 

 

「…………勘違い、してもいいんですよ?」

 

 

 

 囁くようにして三船さんが呟く。それはさながら、悪魔の囁きといっても差し支えないかもしれない。

 残り少ない理性が、じわじわと削られていく。

 

 

 

「それじゃあ俺はそろそろ……」

 

 

 

 理性の限界を感じ始めた俺は、無理やり話を断ち切り自分の部屋へ――。

 

 

 

「だめです」

 

 

 

 そう言って三船さんが俺の右腕に絡みつき、しなだれかかってきた。彼女の髪からふわりと甘い香りが漂う。

 

 

 

(まずい……)

 

 

 

 ただでさえ二人きりという状況で色々と我慢の限界だったのに、これ以上は……。

 

 俺はどこぞのラノベ主人公のように、理性が強いわけでもない。どちらかといえば流されやすい方だ。それこそ、この前看病したときのように……。

 

 

 

「もう少し、いてください……私はもっと、あなたと一緒にいたいです」

 

 

 

 切なげな声色。蜘蛛の糸のようにねっとりと絡みつく彼女の言葉。俺の身体は金縛りにあった時のように固まった。

 そんな俺に、彼女は更に畳みかける。

 

 

「……すこしだけ」

 

 

 彼女を振り払おうという考えが吹き飛び、そして、引き寄せられる。

 

 彼女との距離が縮まる。ゆっくり、ゆっくりと……。

 

 

(大丈夫、俺は知ってるぞ。ここでプロデュサーさんたちが部屋に入ってきて、からかわれて終わりなんだ……)

 

 

 愁いを帯びた彼女の表情。瑞々しい唇。それがだんだんと迫ってくるたびに、心臓が狂ったように早鐘をうつ。

 

 

(大丈夫だよな。あと少しで部屋に入ってきてくれるよな?)

 

 

 三船さんが俺の右手に左手を重ねてきた。

 

 そして俺は無意識に彼女と指を絡ませる。

 

 もう彼女との距離は1センチもない。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

 私と彼との距離が縮まる。ゆっくり、ゆっくりと……。

 

 

(……知ってますよ。ここで瑞樹さんたちが部屋に入ってきて、私をからかってくるんですよね)

 

 

 端正な彼の顔が近づいてくるたびに、年甲斐もなく胸が高鳴る。風邪をひいてしまった時はキスまでいってしまったけど、流石に今回は無理だろう。勢いにも限界はある。

 

 

(漫画やアニメならそろそろ……)

 

 

 気付くと私は無意識のうちに、彼の右手に左手を重ねていた。そして、答えるように指を絡ませてくる笹島さん。

 

 真っ赤になっている顔を見せるのは恥ずかしいのに、彼から目を逸らすことができない。……今逸らしたら、最後まで出来なくなってしまいそうだから。

 

 そして、彼との距離はもう1センチもないところまで――

 

 

 

 

「……んっ」

 

 

 

 

 私たちの唇が重なった。触れるだけのようなキスをした後、私たちは顔を離す。

 

 

 

『…………』

 

 

 

 私は多分、ポーっとした顔をしているだろう。初めてキスをした時とは何もかもが違う。心臓の高鳴りから、彼の表情から、何もかも。

 

 

 これまでとは違い、彼から初めて明確に男を感じた。燃えるような瞳が私を射抜く様に見つめている。

 看病をしてくれた時とは違う。性に対して従順な瞳。

 

 そして、笹島さんの右手が私の頬に伸び――

 

 

 

「んんっ……」

 

 

 

 再び重なる唇。違うのは触れるだけのキスじゃないところ。

 

 強めに重なった彼の唇から、ゆっくりと舌が伸びる。咥内で舌が濃密に絡まり合う。

 

 私の口から私のとは思えない甘い声が漏れた。

 

 しばらく舌を絡めてから唇を離すと、唾液の糸が私たちの間にかかる。

 

 

「……三船さん」

 

 

 彼の言いたいことは分かる。それは視線を少し下に移せば誰だって……。

 

 浴衣を持ち上げるようにして彼のアレが反応していた。

 

 

(笹島さんも興奮して……)

 

 

 身体の芯がじんわりと熱くなってくる。アレが反応する理由は、そういうことに疎い私でも流石に分かっている。

 

 それに……私だって彼に負けず劣らず興奮していた。彼のモノを本能的に求めている私がいる。だけどその前に――

 

 

「……呼んでください」

「えっ?」

「美優、と呼んでください。呼んでくれたら……好きにしてくれていいですから」

「っ! ……美優」

 

 

 彼が私の名前を呼び、そのまま優しく押し倒された。

 

 

 

「恥ずかしいので……電気は消してください」

 

 

 

 私のお願いに彼は頷き、照明を落とす。これで彼に裸を見られる恥ずかしさも少しマシになった。

 

 再び私の上に馬乗りになった彼の手が、私の着ていた浴衣を優しく剥ぎとっていく。

 

 

 

「…………優しくしてくださいね?」

 

 

「……我慢できなくなったらすいません」

 

 

 

 この日の夜は激しく、時に優しく、そしてとても甘かった。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

 一方その頃、別の部屋にて。

 

 

「美優ちゃんたち、大丈夫かしら?」

「風邪をひいた時にキスまでしてるから、今頃あっさり盛り合ってるかもよ?」

「早苗さん、一応女性なんですから下ネタは……」

「一応。一応、ってどういうことかしらプロデュサー君?」

「いや、えっと、その…………」

「フォローを入れようとして失敗してるじゃないの……」

 

 

 ちなみに今回の状況はもちろん、この三人が意図的に作り出したものでした。




 勢いだけで走ってきたこの作品も次回が最終話です(多分、更新は3か月後くらい)。
 

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