三船美優が隣にいる日常   作:グリーンやまこう

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お料理タッパー作戦実行

「はぁ……やっぱりもったいないことしたかな~?」

 

 

 美優たちがアイドルとしての活動に勤しむ中、この男は早苗さんと瑞樹さんの言う通り、今朝の事を今更になって後悔し始めていた。窓の外は既にうっすらと暗くなり始めている。

 

 

「リセットボタンが欲しい……」

 

 

 後悔している内容とはもちろん、美優との関係を断つと言った一連の行動にある。カッコいいことを言ったとはいえ、この男もやはりただのファンだったということであり、一人の男だったというわけだ。

 

 

「連絡先はともかく、サインくらいは貰っても……いやいや、三船さんはみんなのアイドル。俺だけが抜け駆けをするわけには……でも欲しかったなぁ」

 

 

 ソファの上で頭を抱える俺。別に手を出さなければよかっただけの話で、お隣同士の関係を築くくらいは良かった気がする。

 お隣から三船さんが「あの、これ少し作り過ぎちゃったので」とか言って、肉じゃがを差し出して来たら最高だ。

 それに三船さんが帰宅して改めて考え直したんだけど、俺はとんでもない経験をしてたんだよな。憧れだった人と話して、朝ご飯を食べてもらって……戻れるものなら今朝に戻ってもう一度三船さんとお話がしたい。

 もう少し、アイドルと会話することの貴重性を理解したうえで話をしたかった。というか、サインが欲しい。

 

 

「それにしても、やっぱり美人だったよな~。テレビで見るとの何にも変わらなかったもん」

 

 

 顔の良さはもちろん、スタイルもいいし、何より雰囲気が全く変わらなかったのには驚きだ。

 芸能人、特にアイドルなんかは自分の個性を出すためにキャラづくりを熱心にしている人も多い。ほらっ、三船さんの事務所にもウサミン星とかいってるアイドルがいたと思うんだけど、彼女がその一例だろう。

 しかし、三船さんはテレビでの雰囲気そのままに俺と話してくれたので、夢でも見ているのかと勘違いしそうになったくらいである。

 

 

「……いや、もう諦めよ。あんなことを言った以上、今後は会うこともないだろうし、会っても他人のフリをするだろうし。お腹もすいたから適当になんか作るか」

 

 

 くよくよと悩んでいたところで過去の自分の発言が無くなることはないので、未練を残しつつも今日あったことは忘れることにした。それにお腹もすいたので夕食を作ることに。

 

 

「冷蔵庫に何か余ってるかな……って、何も余ってない」

 

 

 そういえば、三船さんの朝ご飯で冷蔵庫にある残ってた食材がほとんどなくなったんだっけ。味噌汁とご飯くらいならあるけど、夕食がそれでは少し味気ない。

 

 

「仕方ない、近くのスーパーまで行くか」

 

 

 ラフな格好のまま俺はスーパーまで歩いていく。スーパーにつくと適当に食材を物色し始める。

 

 

「うーん、今日は魚が安いから魚を焼いて後は適当にサラダとかを作るか。煮物は朝ご飯に出したものが余ってるし」

 

 

 今朝の料理になかなか手間をかけてしまったので、今日の夜は少しくらい手を抜いても大丈夫だろう。それに野菜はあるわけだし。

 そんなわけで夕食の食材と、アサヒスーパード〇イを二本買ってスーパーを出る。部屋についた俺は手を洗い、エプロンをつけ、手早く夕食の準備を整える。

 まぁ、することと言っても買ってきた魚をグリルの中にツッコみ、サラダ用の野菜を洗って盛り付け、煮物と味噌汁を温めるだけなんだけどね。そんなわけでサラダをボウルに盛り付けた後は、魚が焼きあがるまでボーっとテレビを眺める。

 

 

(あっ、三船さんだ)

 

 

 エンタメ系のニュースの中で、三船さんが出演していたイベントの映像が流れている。一緒に出ているのは高垣楓さんだ。

 三船さん以外のアイドルに疎い俺でも、流石に高垣さんくらいは知っている。元モデルということで、女性だったら誰もが憧れるであろうスラッとしたスタイルに、アイドルとは思えない歌唱力の高さ。

 そんなトップアイドルにふさわしい高垣さんなのだが、お酒が好きでダジャレ好きというお茶目な一面も持つ。何というか、取り敢えずすごい人なのだ(語彙力不足)。

 

 

「……やっぱり三船さんは可愛いなぁ」

 

 

 しかし、そんなトップアイドルである高垣さんの存在が薄れてしまうほど三船さんの魅力は素晴らしい。今もテレビ画面の中では司会者の質問にわたわたしている姿が映っている。もう可愛すぎてしんどい。

 普段はどちらかというと落ち着いているお姉さんタイプなので、わたわたしているとギャップがあってより魅力的だ。

 

 

「あっ、魚が焼けた」

 

 

 三船さんの姿に癒されていると結構時間がたっていたみたいで、俺は急いで魚をグリルの中から取り出して煮物を小皿に入れて電子レンジで温める。

 その煮物が温まるころには味噌汁も温まったので俺は夕食をテーブルの上に並べ、一人手を合わせて夕食を食べ始めた。

 

 

「…………」

 

 

 うん、美味しい。美味しいんだけど……三船さんと一緒に食べたほうが百倍美味しかった。あの時は他愛のない話しかしていないのだが、とにかく大ファンだった三船さんと話すことができてとても楽しかったのである。

 味も大事だけど雰囲気とか、誰と一緒に食べてるのかも食事には大切なんだな。

 

 

「……って、俺はまた三船さんの事を考えてる。とにかく忘れないと」

 

 

 俺は未練を断ち切ると言った意味でビールを一気に飲み干す。なんだか情けない気がしないでもないけど、俺と三船さんはもう関係ないんだ。

 そのまま勢いで夕食も食べ終えると、二本目のビールと柿の種を持ってリビングへと戻る。さて、録画していたバラエティー番組でも見ようかな。

 そう思いつつ、アサヒスーパード〇イの二本目をあけようとしたところで、

 

 

ぴんぽーん

 

 

「ん? 誰だろう?」

 

 

 来客を告げるチャイムが部屋に響く。こんな時間に人が来ること自体珍しいので、もしかすると宗教とか新聞の勧誘かもしれない。

 ひとまず開けかけたビールを机の上に置き、インターホンの画面で押した相手を確認する。

 

 

「…………」

 

 

 確認した瞬間、俺は思わず黙ってしまった。なぜなら、画面の中に写っていたのは間違えようがない三船さんだったからだ。

 

 

「えっ、何で?」

 

 

 大混乱に陥る俺。朝も思ったけど、夜見てもやっぱり美人だ……って、違う違う! 俺は頭の中にある邪念を必死に追い出す。

 あの時、俺は三船さんにもう関係は断つってはっきり言ったはずだし、三船さんも渋々納得してくれたと思うんだけど……?

 

 

「……最悪、このままでないって手も……あっ、三船さん、何か持ってる」

 

 

 居留守を使うことも考えたけど、三船さんは手にタッパーらしきものを持っている。もしかすると俺の為に作ってくれてたのかもしれない。何より訊ねてきてくれた以上、出ないというのも失礼だろう。

 

 

「でるか……」

 

 

 宗教とか変な勧誘じゃないわけだしな。だからここで出ることは仕方ない。

 正直、気が重いことこの上ないのだが俺は扉を開けるために玄関へ。

 

 

「はい」

「あっ、こんばんは」

 

 

 扉を開けると、当たり前なのだが三船さんが頬笑みを浮かべながら立っていた。

 あぁ、本当にお美しい……。じゃなくて、一度断った身なのだから毅然とした対応をしなければ。

 

 

「こ、こちらこそこんばんは」

 

 

 毅然な対応どこいった。最悪である。なんだよ、こちらこそこんばんはって。

 しかも、三船さんの美しさにビビッてどもってるし……。これが芸能人オーラというやつか。

 

 

「えっと、すいません。もう会わないと笹島さんはおっしゃって言ってたんですけど、やはりお礼をしないわけにはいかないと思って」

「い、いえ、本当に気にしなくて大丈夫ですから」

「それでもです! というわけで、こちらを作ってきたのでよかったら」

 

 

 そう言って三船さんがタッパーの中に入れて差し出してきたのは肉じゃがと思しきものだった。

 まだ作り立てなのか、タッパーがそこそこ温かい。それに食欲をそそるいい匂いもする。

 

 

(すげー美味しそう……)

 

 

 夕食を食べたのにも関わらず思わずごくッと生唾を飲み込む。白いご飯とも会いそうだが、今飲んでいるアサヒスーパードライとも合いそうだ。

 

 

「作り過ぎっちゃったので遠慮なく食べてください。お口に合うか分かりませんけど」

 

 

 妄想通りの姿に、俺は思わず仕組まれたのではとあらぬ疑念も生まれたのだが、それは流石にないと思考の外に放り出す。

 

 

 まぁ、仕組まれたというのはほぼ間違っていなかったのだが……。

 

 

「……分かりました」

 

 

 散々頭の中で葛藤を繰り返したのち、三船さんからの肉じゃがを頂くことにした。

 いや、だってね? せっかく作ってきてくれたんだし、それを受け取らずに押し返すのはやっぱり人間として間違ってる。……というように言い訳がましく捲し立ててきたけど、要するに断れませんでした。

 

 

「はい、遠慮なく食べちゃってください。それじゃあ私は自分の部屋に戻りますね」

 

 

 手を胸の前で控えめに振って三船さんが帰っていく。俺はそんな彼女を見送った後、肉じゃがを食べる分だけ小皿に移し、一口つまんで食べると、

 

 

「あっ、めちゃくちゃ美味しいわ」

 

 

 自分で作るよりはるかに美味しかった。多分、美優さんが作ってくれた補正も多少なり入ってると思うんだけど、それを差し引いても美味しい。

 あっという間に小皿に入った分を食べ終え、ビールを喉に流し込む。

 

 

「あぁ~~~~、うまい」

 

 

 至福の時間だ。美味しいもの、それも大ファンである三船さんの手料理を食べてビールを飲む。今、人生で一番の幸せをかみしめている気がする。

 しかしと……肉じゃがを食べ終えた俺は「はぁ」とため息をついた。

 

 

「あれだけ言ったのに俺はまた三船さんと……」

 

 

 自分の意志の弱さが嫌になる。自分からもう会わないと言ったのにもかかわらず肉じゃがを貰ってしまうという体たらく。これでは三船美優ファン失格だ。

 しかし、また三船さんと話せたことに喜びを感じているのも事実なので複雑である。だって三船さんは本当に美人だからね。仕方ないね。

 それにこの肉じゃがの入ったタッパーを返さなければいけないので、後一回会うことは確実だろう。

 

 

「ま、まぁ、今度このタッパーを返したらもう会うこともないだろうし、深く考えない様にしよう」

 

 

 そう言って俺は残りのビールを飲みつつ、録画していたバラエティー番組を改めて見ることにした。

 

 

 ……三船さんとの関係はこれからが本番だということを知らずに。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

「ふぅ、取り敢えず受け取ってくれましたね」

 

 

 笹島健一(主人公)が部屋で悶々としながら肉じゃがを食べている頃、美優は自分の部屋に戻ってお茶を飲みつつ一息ついているところだった。

 

 

「やっぱり反則すれすれな気がしないでもないですけど、お礼を受け取ってくれない笹島さんが悪いんですから」

 

 

 作り過ぎたというのはもちろん嘘で、肉じゃがは笹島さんと自分の分を考えて作っていた。

 肉じゃがはたまに作るし、まずいということはないだろうけど、それでも人に食べてもらうのだから少しだけ心配である。

 美味しいと言って食べてるといいんだけど……。

 

 

(だけど、部屋から出てこないかもって思っていた分、出てきてくれてよかったです)

 

 

 あれだけ毅然な対応をしていたので、居留守を使われるかもと不安だったけど、取り敢えず出てきてくれてよかった。肝心の肉じゃがも受け取ってくれたし……まぁ、本人は渋々といった様子でしたけどね。

 やっぱり本人の中では色々な葛藤の末に受け取ってくれたのだろう。

 

 

(あとはタッパーを返してくれるのかどうかですけど……それに関してはきっと大丈夫ですよね)

 

 

 私との関係を断ちたいと言ったとはいえ、流石に人から受け取ったタッパーを返さないということはないだろう。

 そもそも笹島さんの中でファンだからこそ私とあってはいけないという気持ちと、ファンだからやっぱり会いたいという気持ちが入り混じっている気がしてならない。

 女心は複雑とよく言われるけど、男心も同じくらいに複雑なのだろう。私のファンだからこそ余計に……。

 

 

(別に私はお隣同士なんですし、節度を守れば会って話してもいい気がするんですけど)

 

 

 同じアイドルの子たちやプロデューサーさんには怒られるかもしれませんけど、それくらいならいい気がします。

 

 

(……そもそも、笹島さんとの関係をこれで終わらせるのはちょっとだけ残念というか何というか)

 

 

 誠実な人だということは一連の出来事から分かっていることだし、料理も上手で雰囲気もバッチリ。大ファンだと言ってくれたのも嬉しかった。

 だからこそ、アイドルとファンという垣根を越えて仲良くなれそうな気がする。

 

 

(まぁ、それはあくまで笹島さんも仲良くなりたいと思ってくれていればですけど……今日の雰囲気だとまだちょっと時間がかかりそうですね)

 

 

 ただ、それについては時間をかけて解決していくしかないだろう。きっと彼も彼で考えることがあると思うし、無理に押しかけてより警戒感を抱かせてしまったら意味がない。

 

 

「取り敢えず、次は何をおすそ分けしようかしら?」

 

 

 だからといって、お料理タッパー作戦は引き続き継続するんですけどね。今日、帰り道で買ってきた料理本を見ながら、次おすそ分けする料理を考える私だった。




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