それから、俺と三船さんの少しだけ奇妙な関係は継続していた。
俺が三船さんから受け取ったタッパーを返しに行くと、「実はまた作り過ぎてしまって……」と言われ、新たなおかずを受け取る。そして、それを返しに行くとまた別のおかずを受け取る。
俺も俺でいつも貰ってばかりでは悪いと、おかずをタッパーに入れて持っていき……とまあ、終わるに終われないラインのような感じに俺と三船さんの関係は続いていた。
「今日貰った筑前煮も美味しいけど……このままはまずいよなぁ」
今日も三船さんから頂いたおかずを口にしつつ、俺は今後の事を考えてため息をついていた。
三船さんと関係が続いているのは嬉しいし、おかずが美味しいのも嬉しい。今日の筑前煮だって絶品というほかない。
ただ、一ファンとしてこの関係を続けるのは色々とまずいと思う。というか、最初の宣言全然守れてなくてもはやため息すら出なくなってきた。
「だって、ファンとアイドルだよ? ファンとアイドルの部屋同士が隣で、おかずを送り合ってるんだよ? イケナイ雰囲気しかないでしょ」
関係を続けてきて言うのもなんだが、バレたら俺以外の熱狂的ファンに刺される気がする。更に、アイドルが恋愛は未だにタブー的なこともあるので余計に危ない。
「でも、今の関係を終わらせたくない自分もいるんだよな……」
そんなの当たり前である。あんな可愛くて美人な人と隣同士の部屋というだけでなく、おかずを貰えたりするというオプション付き。
よっぽどの人じゃなければこんな好条件、自ら引き離すということはしないだろう。しかも俺にいたっては三船さんの大ファンなわけだし。
「うーん、うーん……」
ソファの上で頭を抱える俺。事実、三船さんと出会ってから仕事の調子がいいし、三船さんからおかずを貰った時は一日中仕事と言われても最後までやり通す自信がある。それくらい、三船さんとの出会いは俺に好影響を与えていた。
「これで連絡先貰ってたらやばいだろうな」
実は三船さんから「連絡先がないと色々不便ですから」と連絡先を教えるように言われているのだが、それだけは何とかして阻止している。
理由はもちろん、連絡先なんて貰ったら勘違いして、三船さんに迷惑をかける自信があるからだ。確かにタッパーを返しに行ったとき、三船さんがいない時もあるし、逆の場合もある。
そういう時の場合を考えて、連絡先を交換するのは別に間違ってはいないだろう。しかし、そんな事をしてしまえばタガが外れてしまう可能性もある。もちろん俺の……。
憧れのアイドルと話せているだけで奇跡なのに、連絡先まで貰ってしまえば色々と舞い上がってしまうものである。
「勘違いしないように気を付けないと」
悶々とする俺が三船さんから飲みに行きたいと誘われたのは、これから一週間後の事である。
☆ ★ ☆
「えっ、飲みにですか?」
「はい。どうかなと思いまして」
三船さんがタッパーを返しにきたということで扉を開けたのだが、まさかの提案に俺は戸惑っていた。いや、もちろん飲みに行きたいけど、現役アイドルである三船美優さんと滅茶苦茶飲みに行きたいけど!!
いくらなんでも、二人きりで飲みに行くわけにはいかない。そんな事をした瞬間、次の日のネットニュースか、週刊誌に掲載されること間違いなしだ。
「さ、流石に現役アイドルと二人きりで飲みに行くというわけには」
「……いえ、今日は私たちの他にも人がいますけど?」
「…………で、ですよね~」
とんだ赤っ恥である。二人きりだと思ったら、ちゃんと人がいて……穴があったら入りたい。まぁ、三船さんが誰を連れてくるのかは分からないけど、二人きりでないのなら行っても大丈夫かな。
「えっとそういうことでしたら大丈夫です。今日は特に予定もありませんから」
「そうですか! それなら良かったです。えっと、早速お店に向かいたいんですけど、大丈夫ですか?」
「あっ、はい。すぐに準備してくるのでちょっと待っててもらえますか?」
俺は素早く余所行き用の服に着替え、財布を持って戻ってくる。
「すいません、お待たせしました」
「いえ、こちらが急にお誘いしたわけですから気にしないで下さい。それでは行きましょうか」
三船さんに連れられるまま歩き始める。ちなみに三船さんは変装などは特にしていない。何でも、下手に変装するよりも普段通りの格好をしていたほうがバレにくいのだと。ほんとかよ? と最初は半信半疑だったのだが、
「……確かに全然バレませんね」
「ふふっ、目立ちさえしなければ意外と気付かれないものですよ」
ここまで歩いてくる間に結構な数の人とすれ違ったのだが、三船さんの言う通り誰にもバレていなかった。三船さんの美しさに見惚れてた人はいたけど、別に本人とは気付いていないようだったし。
「それに、私の事務所の子は基本的に変装なんてしていませんから」
「えぇっ!? そうなんですか? それじゃあ、もしかすると気付かないうちに俺もアイドルの子とすれ違っていたのかも」
「ちなみに、今日一緒に飲む人もアイドルのお友達ですから」
「へっ?」
間抜けな返事をしつつ三船さんの方に視線を向けると、彼女は少しだけ悪戯っぽい表情を浮かべていた。
「えぇーっと、それは本当なんですか?」
「本当ですよ。最初にアイドル友達がいると言ったら笹島さん、断固として拒否していたと思うので、このタイミングで言ったんです」
彼女の言う通り、他のアイドルの人がいると言われたら俺は適当な理由をつけて断っていただろう。
三船さんと一緒に居るだけでも刺されそうなのに、他のアイドルとも一緒に居るとなると、俺はファンの方々から滅多刺しだ。そうでなくとも、ネットの掲示板に描かれて社会的な死が待っている。どちらにせよ、死ぬことには変わりない。
「すいません、騙すようなことをしてしまって。だけど、笹島さんと飲みたいって言うのは本当ですから」
ふんわりとした笑顔を浮かべる三船さん。この人はまた男を勘違いさせるようなことを……。
俺は頭の中に広がった煩悩を振り払うと、苦笑いを浮かべつつ答えた。
「まぁ、今回の事は俺が原因みたいなもんなんで大丈夫ですよ。それよりも他のアイドルの人がいるのに居酒屋で飲んで平気なんですか? バレそうな気もしますけど」
「それなら気にしないで下さい。今日行くお店は最近、教えてもらったんですけどお酒も料理も美味しいのに、人がほとんどいないところなんです。いわゆる穴場のお店ってやつですね」
「人がほとんどいないって、経営的には大丈夫なんですか?」
「細々とやっているみたいですから、何とか大丈夫みたいですよ。それに私以外のアイドルの方もよく飲みにいっているみたいなので」
益々、一般人である俺が行っていいのかと思ってしまうのだが、三船さんが良いって言うのならきっと問題ないだろう。それにお酒も料理も美味しいというのは非常に気になるところだ。
「ところで他のアイドルの方もいるって言ってたんですけど、今日は誰がいるんですか?」
「それは着いてからのお楽しみということで……あっ、もう直ぐつきますよ!」
三船さんの言葉に顔を上げると、特徴的な赤提灯と落ち着いた佇まいのお店が目に入る。
「えーっと、しんでれら?」
「はい、ここが今日のお店です」
それほど大きくはなく、見るからに穴場スポットというお店だ。赤提灯といい、暖簾といい、初見ではなかなか入りにくいだろう。一人だったら確実にスルーしていた。
「取り敢えず入りましょうか。もう楓さんたちも待っていると言っていたので」
「はい、わかりました……って、楓さんたち!?」
言葉の真偽を問うている暇もないまま、三船さんがお店の中に入って行ったので慌てて俺も後に続く。
「いらっしゃいませ……あっ、三船さん! いつもありがとうございます。高垣さんと川島さんは奥にいらっしゃいますので」
「分かりました。ありがとうございます。それじゃあ笹島さん、行きましょうか」
「…………はい」
もうわけが分からないよ。さっき楓さんとか言っていたのは聞き間違いだと思ってたけど、何も間違いではありませんでした。
高垣さんはもちろん、川島さんもよくテレビで見かける機会が多い。そんな有名人とこれから一緒に飲むなんて……死ぬほど緊張してきた。
「笹島さん? どうかしましたか?」
「いや、まさか高垣さんと川島さんがいるとは思っていなかったので……」
「ふふっ♪ 緊張しなくても大丈夫ですよ。楓さんも瑞樹さんも意外と普通の方たちですから。本当は早苗さんも誘いたかったんですけど、今日はお仕事が入ってしまったらしくて」
「早苗さんって、片桐さんですよね? 逆にいなくてよかったですよ。ただでさえ高垣さんと川島さんでどうにかなりそうなのに……。片桐さんまでいたら、俺は緊張で何も話せません」
「片桐さんがいればむしろ、笹島さんは饒舌になりそうですけどね」
なんて話しながら奥の座敷のある席に歩いていく。すると、
「あっ、美優ちゃんやっと来た!」
「美優さん、お疲れ様です」
既に座ってお酒の入ったコップを傾けていたのは、三船さんの言った通り、高垣楓さんと川島瑞樹さんだった。
いや、別に疑ってたわけじゃないんだけどこうして本当に座っている姿を見ると嫌でも動揺してしまう。というか、二人とも滅茶苦茶綺麗だ。下手するとテレビで見るより綺麗かも……。
「えっと、そちらが美優ちゃんのお隣さんの笹島さんで合ってるかしら? こんにちは、美優ちゃんと同じ事務所でアイドルをやってる川島瑞樹です」
「同じく、高垣楓です」
川島さんと高垣さんに声をかけられ、俺は慌てて居住まいを正す。
「それではお先に紹介しちゃいますね。こちらが私の部屋のお隣さんでもあり、酔っぱらった私を介抱してくれた笹島さんです」
「只今ご紹介にあずかりました、笹島健一26歳です。まことに勝手ながら三船さんの隣の部屋に住まわせていただいております。三船さんを介抱した事は確かですが、普段はおかずを頂いたりと、むしろこちらがお世話になっている次第です」
緊張しすぎたおかげで、おかしな言葉遣いに、おかしな挨拶になってしまった。そんな俺を見た川島さんが苦笑いを浮かべる。
「えっと、私の方が年上だから笹島君でいいかしら?」
「あっ、はい! 大丈夫です」
「それじゃあ遠慮なく……緊張しすぎよ笹島君。私たちはアイドルだけど、オフの時は一般人と変わりないんだから」
「い、いえ、三船さんのご友人である皆さんの前で無礼を働くわけには……」
ぺこぺこと頭を下げる俺を見て高垣さんが頬笑みを浮かべる。
「なんだか可愛らしい方ですね美優さん。それに美優さんの言った通り誠実そうな人で安心しました」
「せ、誠実だなんて……私にはもったいないお言葉です」
「ふふっ♪ やっぱり面白い方ですね」
「ほらほらっ、いつまでも緊張してないで早速飲みましょうよ! 美優ちゃんも座って座って」
促されるまま三船さんと一緒に座布団の上に座る。机の下は掘りごたつのようになっており、スペースが空いている分とても座りやすい。
「美優ちゃんはスパークリングワイン、笹島君はビールでいいかしら?」
「あっ、はい。大丈夫です!」
「すいません、瑞樹さん。お願いします」
「料理はこっちで適当に注文してあるから心配しないで」
そのまま注文を川島さんに任せると、すぐにワインとビールのグラスが運ばれてきた。
「それじゃあ全員揃ったし、改めて乾杯しましょうか」
川島さんがグラスを掲げたので、他三人もそれに合わせる。
『乾杯!』
グラス同士がぶつかり合い、カチンッという小気味いい音を立てる。普段なら一息で半分ほど飲み干しているところだったが、今日は大分控えめにしておいた。
気心が知れる相手ならまだしも、流石に初対面の人がいる中で醜態を見せるわけにはいかない。今日はほどほどにしておこう。
「そういえば、笹島さんはどのくらい飲めるんですか?」
目の前に座る高垣さんが日本酒の入ったグラスを片手に尋ねてきた。
「そ、そうですね……人並ってところです」
「人並ですか。それならそこそこ飲めるってことですね♪」
飲めると分かって高垣さんが嬉しそうである。テレビで見ててわかってたけど、本当にお酒好きなんだな。
しかし、人並というのは大嘘である。両親はともに大の酒好きであり酒豪だった。今でも帰省するたびに晩酌に付き合わされたりする。その影響か、俺もお酒に関しては無類の強さを誇り、ちょっとやそっとじゃ酔わないのだ。
おかげで、取引先との飲み会なんかはかなり飲まされることもしばしば。まぁ、俺だから平気だったけど、同僚はべろべろになって後処理が大変だった記憶がある。
なので、今日はほどほどとか言っていたのだが、よっぽど飲まされない限り酔わないのだ。
「そうなんですか。私は逆にすぐ酔ってしまうので少しだけ羨ましいです」
「三船さんは弱いんですね」
「はい。だから度数の弱いお酒にしておかないとすぐに酔いが回ってしまって……」
三船さんが弱いのは何となく雰囲気で分かるんだけどね。これで彼女が逆に強かったらギャップもいいところである。
「まぁ今日は笹島君とほぼ初対面でもあるわけだし、のんびり飲みましょう。私たちも明日は仕事があるわけだしね」
「そうしていただけると助かります」
「ところで、笹島さんはどこの会社に勤めているんですか?」
「あっ、すいません。名刺も渡さず長々と話してしまって」
鞄の中から名刺入れを取り出して、二人に名刺を差し出す。
「あらっ? この企業って確か楓ちゃん、CMやってなかったっけ?」
「はい、ありがたいことに。笹島さん、私を起用していただきありがとうございます♪」
「いや、俺は全く関与してないので。むしろわが社のイメージを上げて頂いてこちらこそありがとうございます」
冷静に考えると自分の勤めてる会社のCMに出てくれる人が目の前にいて、一緒に飲んでるってすごいことだよな。
しかも高垣さんの隣には川島さんがいて、俺の隣には三船さんがいる。……取り敢えずファンの人たちにぼこぼこにされそうだ。
名刺を渡した後は世間話に花を咲かせ、飲み会は楽しく進んでいったのだが、
「すいません、少しお手洗いに」
三船さんがトイレに行ったタイミングで、川島さんと高垣さんの目が猫のように光った気がした。な、なんだか嫌な予感がする。
「ねぇ、笹島君」
「は、はい!」
「ぶっちゃけ、美優ちゃんの事どう思ってるの?」
「それ、私も聞きたいです♪」
いつかは聞かれると思ったが、ここで来たか……。しかし、俺は答えを用意してなかったわけではないので努めて冷静に答える。
「べ、別にぶっちゃけるも何もないですよ。俺は三船さんのファンであるというだけでそれ以上でもそれ以下でもありません」
「そんな事は分かってるのよ。私たちがききたいのは一人の男性としての美優ちゃんの評価」
「そうですよ笹島さん。丁度今、美優さんはいないわけですから言っても大丈夫ですよ」
一応それっぽい事を行ってみるも、興味津々といった様子の二人は振り切れない。というか、俺は何も大丈夫じゃない。
「そ、それはもちろん魅力的な女性だと思っていますけど、それはあくまで憧れのようなものですから」
「憧れ以上に何かないんですか?」
色々な含みを持った楓さんの言葉に、俺は首をぶんぶんと振って否定する。
「な、ないですって! 三船さんと俺はアイドルと一般人。憧れという感情は抱いてもそれ以上の感情なんて抱きませんから! 恐れ多いです」
必死に否定する俺を見て、何やら川島さんと高垣さんが小声で話し出す。
「うーん、これはなかなか口を割りそうにないわね。どうするべきかしら?」
「ここはいったん引くべきかと。強引に聞いて、二人の仲に影響があっても困りますから」
「それもそうね」
二人きりの会議を終え、再び俺に視線を向ける。
「それじゃあ質問を変えて、どうして美優ちゃんのファンになったの?」
「どうして……ですか?」
これくらいなら答えてもいいかな。ファンになった理由を答えるだけだし。
「理由といっても単純なものですよ。きっかけは、たまたま雑誌に映っていた写真を見つけたことです。最初はその、申し訳ないんですけど顔とかスタイルが気になったので色々調べてみました」
「まぁアイドルを好きになるなんて正直、顔とかスタイルからって人も多いから気にしないくていいわよ」
「でも名前を調べて動画を見始めた頃からですかね。本格的なファンになったのは」
もちろん、顔やスタイルだって素晴らしい。でも、それ以上の魅力をアイドルの三船美優さんから感じたのだ。
「ライブや出演していたテレビ番組の動画を見て、上から目線なんですけど、健気に頑張っている姿に心惹かれたんです。確か三船さんって元OLなんですよね?」
「はい、そう聞いてるわね」
「実を言うと、俺が三船さんのファンになった時期はちょうど仕事がうまくいってない時期で、精神的に辛かったんです。そんな時に三船さんがOLからアイドルに転身していたことを雑誌で知って……何というか、勝手に勇気づけられたんですよね。この人が困難に立ち向かっているのに、俺は少し仕事がうまくいかなかったくらいでへこんでる場合じゃないなと」
我ながら単純な理由なのだが、本当なのだから仕方がない。俺と同じ年で別の企業に転身するならまだしも、一般人からアイドルに転身は普通とんでもなく勇気がいることだ。
全く知らない世界に飛び込むことがどれだけ大変か、俺にはとても想像もつかない。
そんな環境で頑張る三船さんに俺は惹かれてしまったのだ。
「なるほどそうだったのね」
「……すいません。川島さんと高垣さんも別の世界からアイドルの世界に入ってきたというのに、三船さんばかり持ち上げて」
「いいのよ笹島君。気にしないで。それに言ってみれば私も楓ちゃんもまだアイドルに近い世界にいたわけだけど、美優ちゃんは全く別ものの世界から飛び込んできたんだもの」
「美優さんは最初慣れない環境で色々と大変そうでしたね。私たちも楽だったかと言われればそうではないんですけど」
「確かに、そうだったかもね」
三船さんが入ってきた当時の事を思い出しているのか、それとも二人がアイドルに転身した当時の事を思い出しているのか。二人は懐かしそうな表情を浮かべている。
テレビの向こう側の華やかな世界にも、色々と苦労することがあるのだろう。
「あれっ? 皆さん、何を話しているんですか?」
そこで三船さんがお手洗いから戻ってきた。
しかし、本当の事を言うわけにはいかないので俺が逡巡していると、川島さんが助け舟を出す。
「ううん、特に変なことは話してないわよ。ただ、美優ちゃんは可愛いなって。ねっ、笹島君?」
「えぇっ!?」
「ちょ!? 川島さん!」
助け舟じゃなくてとんでもない流れ弾が飛んできた。一瞬で顔を赤くする俺と三船さん。
「ふふっ、笹島さんは三船さんの事を綺麗だ、本当に綺麗だと言っていましたもんね♪」
さらに、高垣さんからも追加の弾が飛んでくる。
「た、高垣さんもやめて下さいって!!」
「…………」
川島さんと高垣さんにいじられ大慌ての俺と顔を真っ赤にして俯く三船さんだった。
☆ ★ ☆
飲み会を終え、俺と三船さんは一緒のマンションまで歩いて帰っているところだった。
その道のりも残りわずかと言う所で三船さんが口を開く。
「……ごめんなさい、笹島さん」
「えっ? 急にどうしたんですか?」
「実は先ほどの会話、少しだけ聞いていました」
「ほ、本当ですか!?」
も、もしかして、あの恥ずかしいセリフを聞かれたりしたのか? 聞かれた場所からにもよるけど、恥ずかしいことには変わりない。
「……具体的にはどこから?」
「雑誌を見て、というあたりからです」
「な、なるほど……」
「すいません、私も聞くつもりはなかったんですけど」
あまり聞かれたくなかったところからばっちり聞かれていた。しかも、三船さんの気分を害した可能性もある。
「あの時は本当の事を話したら気まずくなると思って嘘をついたんです」
「も、申し訳ないです。三船さんがいないからといって勝手なことを……」
「……まぁ、確かに少しだけ恥ずかしかったです」
や、やっぱり……俺は三船さんになんてことをしてしまったんだ。俺が青ざめた表情を浮かべていると、美優さんが慌てた様子で手を振る。
「あっ、気にしないで下さい。別に私は笹島さんを責めているわけではないので」
責められているわけではないと知ってホッと胸をなでおろす俺。美優さんは美優さんで、恥ずかし気に髪をいじっていたのだが、決心がついたらしくゆっくりと口を開いた。
「……逆なんです。笹島さんから素直な言葉がきけて、とても嬉しかったです。ファンレターなどではありがたいことに、応援のメッセージなんかを頂くことができます。でも、ファンの方から直接意見を聞くことってなかなかないことなんです。握手会なんかでも、お話しする時間は限られていますから」
そこで三船さんは俺に向かって頬笑みを浮かべる。
「だから、ありがとうございます笹島さん」
天使のような……いや、天使である三船さんが頬を少しだけ赤くして微笑む姿に、俺の心拍数は柄にもなく跳ね上がった。おい、26歳にもなってときめくんじゃないよ俺の心臓。
バクバクとうるさい心臓を押さえている間に俺の部屋の前に到着していた。
「あっ、もう着いてしまいましたね……」
名残惜しそうな言葉。その言葉は男を盛大に勘違いさせるのでやめていただきたい。
勘違いしないよう、頭の中で素数を数えていると、三船さんがくいくいと服の袖を引っ張る。
「笹島さん」
「は、はいっ」
「また一緒に飲みに行ってくれますか?」
少しだけ首を傾げ、上目遣いに俺の瞳を覗き込む三船さん。その表情と声色は反則だ。こんなことを言われて断れるわけがない。
「……もちろんです」
「ふふっ、ありがとうございます。それではおやすみなさい」
三船さんは俺の言葉を聞くと、嬉しそうな笑みを浮かべて部屋に帰っていった。一方俺はしばらく部屋の前で呆然とした後、
「だめだ……」
もう最初の決意を守れる自信がない。俺の中での決意が少しずつ、ガラガラと音と立てて崩れ始めている。
それ程までに三船さんは魅力的で……思わずその場に顔を覆って俯く俺だった。
三船さんって、無意識(天然)に男を虜にする人だと思うんですよ。