三船美優が隣にいる日常   作:グリーンやまこう

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嫉妬する三船さん

「ふぅ、今日も疲れたな」

 

 

 今日も今日とて仕事に励んでいた俺は、のんびりと会社からの帰り道を歩いているところだった。普段ならもう少しダラダラと歩いているところなのだが、今日は金曜日ということで少しだけ気分も軽い。

 しかも、大変珍しいことに残業もなく定時に上がることができたのでそれが気分の良さに拍車をかけている。

 

 

(帰りに缶ビールでも買って……いや、待てよ)

 

 

 俺の頭の中に以前、三船さんと行かせてもらった居酒屋『しんでれら』が浮かんできていた。その後は行く機会がなかったのだが、お酒と料理のおいしさが頭から離れずに何度も行きたいなぁ、とは思っていたのである。

 

 

(今日は定時あがり、明日は休み。丁度いい機会だし、久しぶりに行ってみるか)

 

 

 一番心配なのはアイドルと遭遇することだけど、遭遇したら遭遇したで気付かないふりをしていればいい。向こうだって完全にプライベートで来ているわけだからな。

 まぁ、知り合い(川島さんとか高垣さん)がいたら流石に挨拶くらいはさせてもらうけど。

 

 

「よしっ、善は急げというし早速『しんでれら』に向かおう」

 

 

 以前、三船さんの後を付いていった道を思い出しながら居酒屋『しんでれら』に歩いていく。お店について扉を開くと、店主の女性が俺を迎えてくれた。

 

 

「いらっしゃいませ……あっ、笹島さんでしたっけ? 以前、美優さんと一緒にいらした」

「はい。今日はたまたま仕事が早く終わったもので、ちょっと寄ってみようかなと思ったんです。今からでも大丈夫ですかね?」

「はい、大丈夫ですよ。それよりも、今日はアイドルの皆さんはいませんけどよろしいですか?」

「むしろ今日は一人で飲もうと思ってたので大丈夫ですよ。それにアイドルの方がいたらいたで落ち着きませんから」

 

 

 店主の言葉に苦笑いを浮かべつつ、俺はカウンター席へ。取り敢えず生と適当におつまみ的なものを注文し、一息つく。

 

 

(それにしてもやっぱり良い雰囲気だよな、このお店)

 

 

 静かで、落ち着いていて……まさに一人でしっとりと飲みたいときにはうってつけのお店だ。家で一人で飲むのとはまた違う感じもいいのかもしれない。店主の人柄もいいしな。

 

 

「はい、どうぞ。お待たせしました。生ビールです」

「ありがとうございます」

 

 

 グラスを受け取り、ビールを勢いよく喉に流し込んだ。よく冷えたビールが身体に染み渡る。やはりいつ飲んでも仕事終わりの一杯は最高だ。

 ビールを半分ほど飲み干した後、既に運ばれてきていた料理に手を付ける。

 

 

「うん、うまい」

 

 

 今日のおすすめというものを注文したのだが、これまたうまい。これはいくらでも箸が進んでしまう。前も思ったけど、このお店の料理にははずれがない。常連になってしまいそうだ。

 なんて思いながらのんびりビールを飲んでいると、

 

 

ガラガラガラ

 

 

 扉を開ける音が耳に届く。どうやら俺以外のお客さんが来たらしい。そのお客さんも一人だったらしく、俺の隣のカウンター席に腰を下ろす。

 

 

「すいません、取り敢えず生ビール一つ……ってあら?」

「……えっ」

 

 

 どこかで聞いたことのあるような声。俺は何気なく視線を隣に移したその瞬間、俺は思わず声をもらしてしまった。

 

 

「和久井さん……ですよね?」

「……今日は久しぶりにこのお店に来たんだけど、まさか笹島君がいるだなんてね」

 

 

 困ったような笑顔を浮かべたのは和久井留美さん。元キャリアウーマンで、ショートカットと切れ長の目が特徴的。身長も高く、ひとたび衣装に着がえるとモデルと見間違えるほど。

 そんな彼女はもちろん世間一般的に見れば、アイドルというイメージがほとんどだと思う。しかし俺は世間のイメージと少しだけ違う。

 

 

「いや、ほんとお久しぶりです。一年ぶりくらいですかね? 仕事をやめたって話は聞いてたんですけど、まさかアイドルになってたなんて」

「ふふっ、まさか私も仕事をやめてアイドルになってるなんて、あの時は考えもしなかったわ」

 

 

 実を言うと、俺と和久井さんは同じ会社で同僚だったのだ。年齢も同じで最初に配属された部署が同じだったので顔見知りになり、自然と話すようになったのである。

 仕事をやめた経緯は知らないけど、こうしてまた会えたのには驚きだ。連絡先も知っていたのだが、やめた人に連絡するのも気まずかったので特に連絡も挨拶もしていなかったのである。和久井さんが会社を辞めるときにはもう部署も違っていたしな。

 アイドルに転身した事はもちろん知っていた。しかし、一般人がアイドルに連絡するのはまずいかなと感じて何もしていなかったのである。

 それが、まさかこのような形で再会するだなんて……。人生、何が起きるか分からないものである。

 

 

「あら? 和久井さんは笹島さんとお知り合いだったんですか?」

 

 

 ビールを運んできた店主が不思議そうに尋ねてくる。

 

 

「そうなの。実は私が以前勤めてた会社の元同僚でね」

「はい。和久井さんが退社されてからは全く連絡なんかも取ってなかったんですけど、今日偶然一緒になったんです」

「そうだったんですか! 久しぶりにあったことで色々話すこともあるでしょうから是非、ゆっくりしていってくださいね」

 

 

 店主のありがたい言葉にうなずきつつ、俺と和久井さんはグラスを掲げる。

 

 

「それじゃあ、久しぶりに会えたということで乾杯」

「乾杯」

 

 

 グラスを合わせる俺達。和久井さんとは同僚時代に飲みに行くことはなかったので、グラスを合わせるのは初めてである。なんか新鮮。

 ビールを喉に流し込んだ俺は改めて口を開く。

 

 

「それにしても、本当に驚きましたよ。和久井さんがアイドルとしてテレビに映ったのを見た時、思わず飲み物を噴き出しましたから」

 

 

 あの時はお茶を噴き出し、テレビを3度見くらいした。いや、だって顔見知りが歌って踊ってたんだもん。そりゃ、驚きもするって。

 

 

「あら、恥ずかしいところを見られちゃったかもね」

「いや、全然そんなことなかったですよ。むしろ、仕事をしていた時よりもいい表情だったので安心しました」

「ふふっ、そう見えたのなら良かったわ。多分、それはプロデューサーのお蔭ね。あの人が私を拾ってくれなかったら今の私はいなかったから」

「プロデューサーが?」

「そう、プロデューサーが。荒んだ気持ちでいた私を拾ってくれた日の事はよく覚えてるわ。まぁ、最初は半分ヤケだったんだけどね」

 

 

 その後、和久井さんはアイドルになった日からこれまでを説明してくれた。取り敢えず分かったのは、彼女が今のアイドル活動を心から楽しんでいるということ。後、プロデューサーの事が大好きだということ。

 多分、無自覚なんだろうけど今の話の中で『プロデューサー』という言葉を一生分聞いた気がする。

 かつてはバリバリのキャリアウーマンで趣味もほとんどなかった人だったのでこうして色々な体験を、アイドルを通して経験しているということはいいことだ。

 ただ、プロデューサーへ対する愛が重すぎる気がしないでもない。恩人だから仕方ないかもしれないけどさ。

 

 

「それでね、プロデューサーが――」

 

 

 だけど、こんなに楽しそうな和久井さんを見るのも初めてだったので、これはこれでいいものだ。お酒が入ってより饒舌になっているから余計にそう思うかもしれないが、元気そうにやっていてくれて俺も嬉しくなる。

 

 

「……ふぅ。ごめんなさいね、私ばっかり話しちゃって」

「いえ、気にしないで下さい。アイドルになってからの話は新鮮なことばかりだったので面白かったですよ」

「それなら良かったわ。それにしても、笹島君はどうしてこのお店を知っているの? お世辞にもあまり目立つようなお店じゃないと思うんだけど?」

「あっ、実はですね――」

 

 

 俺は和久井さんにこのお店に来ることになった経緯を説明する。

 

 

「なるほど、だからこのお店を知ってたのね」

「はい。まぁ、知ることになった経緯はアレですけど」

「いいんじゃないかしら、それに関しては。結果的に美優ちゃんたちと知り合いになれたわけだし」

 

 

 否定できないから困る。俺は二杯目のビールを喉に流しつつ、複雑な表情を浮かべた。

 

 

「確かにそうですけど……うーん」

「何も悩むことなんてないわよ。アイドルと知り合える機会なんて滅多にあることじゃないんだから。それに、笹島君は美優ちゃんを助けてくれたわけでもあるんだし、気に病む必要なんて全くないのよ。むしろ、この際だからその立場を存分に利用しちゃえばいいんじゃない?」

「流石にそんな事をしたら怒られちゃいますから……」

「ふふっ、それもそうね」

 

 

 四杯目に頼んだワインを口にしつつ、楽しそうに笑う和久井さん。俺は困ったように頭をかきながらも、笑顔を浮かべていた。

 笑顔が増えたなと思っていたけど、性格もかなり丸くなった気がする。ストイックな姿しか見ていなかったからこそ余計に。あとは少しお酒が回り始めたのか饒舌になっている気が……。

 

 

ガラガラガラ 「いらっしゃいませー」

 

 

 すると、またお客さんが入ってきたようだ。俺たちが振り返ると見知った顔が二つ。

 

 

「あらっ、留美ちゃんと笹島君じゃない。……えっ、どんな組み合わせ?」

「…………」

 

 

 俺たちを見た川島さんが困惑の表情を浮かべている。三船さんは三船さんで笑顔を浮かべたまま固まってるし。どうしたというんだろう?

 

 

「瑞樹さんに美優ちゃん。今日はお仕事が一緒だったの?」

「ま、まぁ、そうなんだけど、ちょっといいかしら。質問に答えてほしんだけど、どうして二人が一緒に?」

 

 

 川島さんの問いかけに和久井さんは少し考えた後、妙案を思い付いたとばかりの表情を浮かべる。

 

 

「大したことではないのだけど、して言うなら……秘密の会談とでもいうべきかしら?」

 

 

 ピシッ、と音がしたのは俺の聞き間違いではないと思う。空気が一気に重たくなった。三船さんの笑顔が引きつり、口元がひくひくと動いている。

 ちなみに川島さんは目を伏せ、俺はあまりの空気の変貌に顔を青ざめさせている。この空間で楽しそうなのは和久井さんだけだ。この人、絶対酔ってる。

 

 

「ち、違うんですよ。俺と和久井さんは元々同じ会社で働いていた同僚なんです。今日会ったのもたまたまで――」

 

 

 ひとまずこれ以上空気がまずくなる前に、今日和久井さんと出会った経緯を二人に説明する。

 

 

「……なるほど、そういうわけだったのね」

 

 

 頼んだ日本酒を口にしつつ、川島さんが頷く。俺たちはカウンター席から座敷の席へと移動して来ていた。四人だとカウンター席で話しにくいからである。

 

 

「はい。だから別に秘密の会談をしていたわけではないので」

「まぁ、笹島君の事だからそれはないと思ってたけど、流石に元同僚だったって言うのには驚きね。美優ちゃん的にはホッとしたって感じかしら?」

「ちょ、ちょっと瑞樹さん! 笹島さんも、何でもないですからね!?」

「は、はぁ……」

 

 

 川島さんの言葉に三船さんが顔を赤くして声を上げる。そして意味の分からない俺は気の抜けた返事を返す。

 ちなみに、必死の説明によって三船さんへの誤解は無事に解けていた。ほんと三船さんの引きつった笑顔は怖かったです(小並感)。

 

 

「あらあら、美優ちゃんってば私に笹島君をとられちゃったと思って嫉妬しちゃったの?」

「嫉妬?」

「ち、違いますよ!! 留美さんってばやっぱり結構酔ってるみたいですね!! だから笹島さんは何も気にしなくて大丈夫ですから!」

「あ、はい」

 

 

 あまりの迫力に俺は頷くしかない。普段が大人しい人なので結構な迫力がある。

 

 

「だけど、笹島君は結構な優良物件よね。誠実だし顔も悪くないし有名な企業で働いてるし……私もあの人がいなかったら狙ってたかも」

「ちょっと和久井さん、近いですって」

 

 

 酔ったせいで距離の近くなった和久井さんから何とかして距離をとる。同僚だった時はクールな印象しかなかったけど、酔うと中々にめんどくさい。

 もしかして、案外こっちの方が本来の和久井さんだったりして。

 

 

「…………」

 

 

 三船さんがめっちゃ睨んできている。確かにアイドルと距離が近いのは色々まずいですよね。

 なので川島さんに助けてもらおうとしたら、自分は関わらんとばかりに日本酒を飲んでいた。助けてくださいよ。

 

 

「あらっ? グラスが空よ笹島君。私が注いであげるからどんどん飲んで頂戴。アイドルにお酒を注いでもらうなんて笹島君も幸せ者ね」

「す、すいません」

 

 

 空になったグラスにビールを注ぐ和久井さん。幸せ者と自分で言ってしまうあたり、結構酔いが回っているのだろう。

 

 

「…………」

 

 

 そして、俺たちの光景を見てさらに機嫌を悪くする三船さん。さっきからこのやり取りを繰り返しているだけのような気がする。

 頬を膨らませているだけなら微笑ましいのだが、手に握ったコップをぎりぎりと力いっぱい握り締めているから笑えない。

 

 

「さて、次は何を頼もうかしら?」

 

 

 川島さんは完全に無視を決め込んだみたいだ。メニュー表を見て次に注文する料理を考えている。いや、ほんとマジで助けてくださいよ。

 

 

「……笹島さん」

「は、はい」

 

 

 注がれたビールを飲み干したところで三船さんが口を開く。片手には先ほど和久井さんが注いでくれた瓶ビール。

 

 

「グラスが空みたいですから注ぎますよ」

「えっ、でも今さっき飲み干したばかり――」

「注ぎますね」

 

 

 有無を言わさない口調でグラスに注がれるビール。さっきから結構飲んでてお腹タプタプだけど……これで飲まなかったら三船さんがもっと機嫌悪くなりそう。

 仕方なく、俺は注がれたビールを飲み干す。お酒が弱くなくてよかった。

 

 

「いい飲みっぷりね。ほら、料理もあるから」

 

 

 そう言って和久井さんが料理の入った小鉢を差し出してくる。どうやら注文したものを小分けにしてくれていたらしい。酔っていても気遣いができるのは流石の一言だ。

 

 

「ありがとうございます。……あっ、美味しいですね」

「ふふっ、そうでしょ?」

 

 

 普段のクールな表情ではなく、やわらかい笑み。目つきがきついと悩んでいるみたいだけど、今は全くそのコンプレックスを感じない。

 これ、和久井さんのファンが見たらあまりのギャップに卒倒する気がする。

 

 

「…………」

 

 

 こっちもギャップ萌えといったらそうなんだけど……。三船さん、そんな怖い表情で睨みつけないで下さい。

 

 

「……笹島さん、こっちの料理も美味しいですよ?」

 

 

 そして、和久井さんと同じく料理を取り分けて俺に差し出してくる三船さん。これも断れるわけがないのでありがたく頂戴する。

 美味しいは美味しかったんだけど、お腹がタプタプだったので少し苦しかった。

 

 

「すいません、注文お願いしまーす」

「はーい。ところで、川島さんは三船さんたちの会話に混ざらなくていいんですか?」

「今混ざってもいいことなんて一つもないもの。むしろ、悪いことしかないわ。それにきっと笹島君が何とかしてくれると思うから大丈夫よ。それより注文を……」

 

 

 何とならないから困ってるんですけど……。しかし、川島さんは注文を終えてから再び日本酒を飲み始めてしまったため、助けは期待できそうにない。

 

 

(今日は厄日だったのかも……)

 

 

 傍から見ればアイドル三人と飲んでいる、羨ましい光景なんだけどなぁ。どうしてだろう。胃が痛い。

 そんなわけで、微妙な雰囲気のまま飲み会は進んでいくのだった。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

 色々と波乱の多かった居酒屋『しんでれら』からの帰り道。

 

 

「笹島さん」

「はい、なんですか?」

「留美さんとお知り合いだったんですね」

 

 

 マンションへ向かって歩いていたのだが、なんか三船さんの声色がとげとげしている気がする。表情も心なしか怒っているように見えるし。というか、絶対に怒ってる。

 一応、和久井さんに出会った経緯から何から居酒屋で説明したんだけどな……。寄った和久井さんとのやり取り以降、彼女はどうにも機嫌が悪い。

 三船さんがこんな風に感情を前面に出すのは比較的珍しいことである。

 

 

「いや、まぁ、しんでれらでも言いましたけど元同僚だったものですから」

「随分、和久井さんと仲がいいみたいですね」

 

 

 仲がいい、をやたら強調された気がする。

 

 

「そんなに仲がよさそうに見えましたか?」

「はい、見えました。とっても、見えました」

 

 

 冷めた視線を向けてくる三船さん。俺からしてみれば久しぶりに会ったので話が弾んだ程度だったんだけど……。

 同僚時代は仕事の話や世間話こそすれど、プライベートの話なんてほとんどしなかった記憶がある。あの時はお互い、仕事に一生懸命な時期だったからな。

 

 

「連絡先もお互いに知ってるみたいですし!」

「い、いや、それも同僚の時に交換したんで。でも連絡は全く取ってなかったですし、そもそも合うこと自体一年以上ぶりくらいでしたから」

「いいですね、和久井さんのような美人な方の連絡先を知っていて!」

 

 

 プンプンと怒る三船さんにタジタジの俺。正直、何に対して怒っているのかよく分からない……。怒っている理由さえわかれば対処法もあると思うんだけど。

 

 

「み、三船さん――」

「つーん」

 

 

 俺の言葉を遮るようにそっぽを向く三船さん。……ヤバい、無視されてるのに滅茶苦茶可愛いと思ってしまった。「つーん」って、本当に可愛い人で困る。普段とのギャップもあり、魅力が二倍増しだ。

 しかし、いつまでも可愛い三船さんに萌えている場合ではない。相変わらず理由は分からないけど、男女で揉めた時は男から謝ると相場は決まっている。その為、俺は改めて三船さんに向かって頭を下げた。

 

 

「すいません、三船さん」

「……じゃあ一つだけお願いを聞いてくれませんか?」

 

 

 三船さんの言葉に俺は頷く。一つだけ言うことを聞くだけで機嫌を直してくれるならそれに越したことはない。

 

 

「分かりました。それでお願いとは?」

「連絡先を交換しませんか?」

 

 

 ……お願いって連絡先の事だったのか。

 連絡先については俺が頑なに拒否している。一緒に帰り路を歩いている時点で十分アウトかもしれないが、連絡先まで貰ってしまえばファンとアイドルという関係が崩れかねない。

 だからこそ俺は連絡先の交換を渋っていたのだが……。

 

 

「で、でも、流石に一般人で昔からの友達とかでもない俺と連絡先を交換なんて……」

「……さっきお願いを聞いてくれるといった時に、分かりましたと言ってくれましたよね?」

 

 

 うぐっ……その上目遣いと声色は反則だ。あまりの可愛さに心臓発作を起こしそうになる。更に言質を取られていたためどうすることもできない。

 ささやかな抵抗空しく、動揺を隠せない俺に三船さんは更に畳みかける。

 

 

「うそ、ついたんですか?」

「……交換しましょう」

 

 

 その言い方、ほんとずるいですって……。俺はがっくりと肩を落としながらスマホを取り出す。

 一方、先ほどまで涙目だった三船さんはすっかりご機嫌の様子だ。これだから女って怖い。

 

 

「それじゃあQRコードを出してもらって、友達追加してもらったら完了ですね」

「はい、わかりました。それじゃあ友達追加をして……できました!」

 

 

 スマホの画面を見せてきて嬉しそうな三船さんとは対照的に、俺は乾いた笑いを浮かべる。

 もちろん、大ファンである三船さんの連絡先を貰えたことは冗談抜きで嬉しい。ただ、それ以上にやってしまった感が強いのである。これ、文〇砲とかの餌食になったら社会的に死ぬんじゃ?

 

 

「ふふっ♪ これでいつでも笹島さんに連絡ができますね?」

「ま、まぁ、確かにそうですね……」

 

 

 だけど、三船さんが嬉しそうだからいいや。あと、その言い方は間違いなく色々と勘違いするから言葉を選んでほしい。思春期の男子が聞いたら全員が全員勘違いしそうだ。

 

 

「それじゃあ、改めて帰りましょうか」

 

 

 ニッコリと微笑んだ三船さんと、心配事の増えた俺は再び帰り道を歩き始める。

 そんなわけで俺と三船さんは連絡先を交換しました。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

「それにしても、笹島君と留美ちゃんがまさか会社の元同僚だなんて思いもしなかったわ」

「私も予想外の再会だったからね。それにしても……美優さんは笹島君の事を?」

「ご名答よ。ただ、留美ちゃんと仲良くしてるのを見て嫉妬しちゃったかもしれないけど」

「ふふっ、それは美優ちゃんに悪いことをしちゃったかしら?」

「ううん、むしろ仲が進展しそうだから助かったわ。……あと、お酒はそれくらいにね留美ちゃん」

「大丈夫よ、私はまだ全然酔ってないもの。それよりも私のプロデューサー君との関係について――」

「……どう考えても酔ってるじゃない」

 

 

 美優と健一が帰った後、残った瑞樹と留美がカウンター席で一緒にしっとりとお酒を飲み交わしていたとか。

 ちなみに和久井さんのプロデューサー話はそれから一時間以上続いたらしい。




 毎日、無料1連で三船さんの限定を待つ日々(なお、引けてない模様)。
 三船さんからプレゼントをもらってクリスマスを一緒に過ごしたい人生だった(白目)。

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