とある仕事終わりの日。
「お疲れ様です」
「あっ、三船さん。お疲れ様です」
「ちひろさんも、お疲れ様です」
私はちひろさんに頭を下げてから事務所のソファに腰掛ける。先ほどまでCMの撮影だったので、少し疲れてしまった。無事に撮影を終えたとはいえ、まだまだ撮影のお仕事は慣れないので大変だ。
そんな私は鞄の中からスマホを取り出し、とある写真を眺める。
「……ふふっ♪」
その写真というのが先日、笹島さんと紫陽花を見に出かけた時に撮った写真だった。よく撮れているので待ち受けにしてある。
頬笑みを浮かべる私と、少しだけぎこちない笑顔を浮かべる笹島さん。一緒に写真を撮ったのは初めてだったので、たまに眺めてはニマニマとしている。
この写真を眺めていると、次のお仕事も頑張ろうという気になるのだ。あとはよく疲れをいやしてもらっている。
「お疲れ様です……って、美優ちゃん。スマホ見ながらニヤニヤしてるけど、どうかしたの?」
「はわわっ!?」
後ろから声をかけられびっくりした私は、思わずスマホを落としそうになった。そんな私を怪訝な様子で見つめるのは声をかけてきた瑞樹さん。
な、何とかバレない様に誤魔化さないと。ツーショットの写真は流石の私でも恥ずかしいし……。
「な、なな、何でもないですから!」
「……ははーん。もしかして笹島さん関連の事なんでしょ? スマホを見ていたということは写真とかかしら?」
すぐにバレた。私の顔が赤く染まる。しかし、まだ完全にバレたわけではない。今から必死に抵抗すれば……。
「にゃ!? ち、ちが、ちがいましゅ!!」
噛んだ。痛い……。そんな私を、少し呆れた様子で瑞樹さんが見つめる。
「それだけ噛まれたらほぼ答えを言ってるようなものよ。ほんと、可愛いわね……それで、どんな写真を見てたのかしら?」
結局、瑞樹さんを誤魔化しきれなかったので写真を見せることになった。必然的にデートの説明もする羽目に。
「え、えっと、この前、笹島さんと二人で紫陽花を見に行ったんですけど――」
「ちょっと待って。いつの間に二人でデートに行ったのよ?」
「その、私からお誘いして……」
「美優ちゃんって、見かけによらず積極的なのね。前も、一緒に買い物に行ったとか言ってなかったかしら?」
「……だって、私から誘わないと笹島さんからは絶対にお誘いしてくれませんし」
もうそろそろ笹島さんの方から誘ってきてくれてもいいのに……。話しながら思わずむくれてしまう。
「まぁ確かにそうだけど、よく美優ちゃんの方から誘ったわね。いつもの美優ちゃんだったら考えられないんだけど」
「そ、それは……どうしても行きたかったので」
「ほっんとに、可愛いわね美優ちゃんは!!」
「川島さんは何を騒いでいるんですか?」
「あっ、プロデューサーさん。お疲れ様です」
興奮気味の川島さんの後ろから顔を出したのはプロデューサーさん。私だけじゃなく、どちらかというと年齢層が高めのアイドルと担当している。具体的に言えば早苗さんとか心さんとか。
奈々さんも担当してるはずだけど、彼女は17歳なのでどうして彼が担当しているのかはよく分からない。
「三船さんもお疲れ様です。で、どうかしたんですか?」
「い、いえ、別に大したことはないですよ!?」
「……大したことがなければ、そんなに目は泳がないと思うんですけど? もしかして、何かトラブルに巻き込まれたとか!?」
「はわわっ!?」
「まぁ、プロデューサー君になら話しといてもいいんじゃないかしら? 後になって、どうのこうの言われても困るしね」
川島さんの言うことも一理あったので、私は笹島さんのことを話すことに。しかし、
「三船さんに男!? 許せん、純情な三船さんをたぶらかして……どこのどいつだ、そのスカポンタンは!?」
人柄の良さは伝わらなかったみたいだ。今度はプロデューサーさんが興奮気味に声を上げる。恐らく、男という単語に過剰反応しているのだろう。
「落ち着いてプロデューサー君。笹島君は間違いなくいい人よ。それは私とか、楓ちゃんとかが立証済みだから。あとスカポンタンなんて、通じる人の方が少ないと思うわよ」
「そ、そうなんですか? だけど、やっぱり心配ですね。その人は三船さんのファンなんですか?」
「まぁ、さっきも話した通り大ファンなんだけど」
「余計に心配になってきましたよ……。ほら、ファンの方の大抵はいい人なんですけど、一部過激な人や思い込みの激しい人もいますし。三船さんに危害が加わるようなことがあれば、どう謝っていいか分かりません」
確かにプロデューサーさんの言う通り、世間では勘違いしてアイドルや芸能人にストーカーまがいの事をする事例が度々発生している。
私たちも注意しているとはいえ、気付かぬうちに巻き込まれてしまっても不思議ではない。
「で、ですが、笹島さんは本当にいい人で――」
「そういう男に限って、裏では何を考えてるか分からないものなんです。もしかしたら、三船さんの優しさに付け込んであらぬことをしようとしてるかもしれませんし」
これはもう何を言っても堂々巡りだ。私は心の中だけでため息をつく。納得させるには、笹島さんと合わせる以外に方法がないと思うんだけど……。
「それなら、プロデューサー君が笹島さんと実際に会ってみたらどうかしら?」
まさに今考えていたことが瑞樹さんの口から飛び出した。私もびっくりしたけど、プロデューサーさんはそれ以上に驚いていた。
「えぇっ!? いや、流石にそれは……」
「私たちがいくらいい人といったところで、実際にあってみなければ信用できないでしょ? 美優ちゃんが説明しても納得しなかったみたいだしね」
「いや、まぁ確かにそうですけど」
「さっきも言ったけど、笹島さんと私は面識があるしきっと大丈夫よ。連絡は美優ちゃんがしてくれると思うから」
「れ、連絡先まで知っているんですか?」
「い、一応……」
「毎日、ラインでやり取りまでしてるくらいだし、今更よプロデューサー君」
「み、瑞樹さん!!」
確かに今更だけど、プロデューサーさんの前では恥ずかしいので内緒にしておいてほしかった。
「ラインで毎日やり取り……仲がいいのはいいことですけど、親密過ぎる気がしないでもないですね。やっぱり心配です」
「それならさっき言った通り、飲み会で笹島君を見定めればいいんじゃないかしら? 美優ちゃんは信頼している笹島君を否定されなくなるし、プロデューサー君は心配事が一つ消える。どっちにとってもメリットがある作戦だと思うけど?」
「うぐぐ……い、一理ありますね」
プロデューサーさんが川島さんに言いくるめられている。一応、彼の方が年上なんだけどなぁ。川島さんの方が年上に見えるから不思議。
「美優ちゃん、何か変なこと考えてない?」
「い、いえっ! 何も考えてないですよ!!」
察しが良すぎるのも困りものだ。一方、プロデューサーさんはしばらく頭を抱えていたのだが、
「……それじゃあ、三船さんと仲良くされている男性の方が良いとおっしゃれば」
「ありがとう! プロデューサー君の許可もとれたところで、美優ちゃん。サクッと笹島君が暇な日を聞いてみて頂戴!」
「は、はい!」
私がラインを送ると、15分ほどで返事が返ってきた。
「えっと、一週間後の夜なら大丈夫みたいです」
「ほ、本当に大丈夫なんだ……」
というわけで、一週間後に笹島さんとプロデューサーさんを含む飲み会が決定した。
☆ ★ ☆
さてとある休日。俺はとある用事で、居酒屋しんでれらに来ているところだった。
理由は、三船さんに誘われたからである。『この日の夜、一緒にお食事でもどうですか?』と。多分、他のアイドルの人もいるんだろうな、とぼんやり考えながら指定された「しんでれら」に足を運んだというわけである。しかし、
「…………」
目の前には、俺に厳しい視線を向けるスーツ姿の男性が。これは想定外過ぎたので流石に面食らってしまった。
その隣には三船さんがいて、俺の隣には川島さんが座っている。まだ自己紹介を済ませていないので誰なのかははっきりしないけど、恐らくどちらか、もしくは両方のプロデューサーなのだろう。
……どうして俺を睨みつけてるのかだけは分からないけど。俺、初対面だけどこの人に恨まれるようなことしたっけ?
「さて、全員揃ったし早速始めましょうか! あっ、プロデューサー君と笹島さんは初対面だから名刺交換だけしちゃいましょう」
乾杯前に川島さんの一言で、取り敢えず名刺交換だけは済ませることに。彼の名刺を確認すると、やはり346プロに勤めるプロデューサーさんだった。
「へぇ、確かこの会社は楓さんがCMを務める……な、なかなか良い会社にお勤めで」
「は、はぁ。ありがとうございます」
ぐぬぬ、となぜか悔しそうなプロデューサーに間抜けな返事を返す俺。会話がかみ合っていない気がしてならない。たまらなくなった俺は、隣に座る川島さんに小声で話しかける。
(か、川島さん。さっきからプロデューサーさんと全然噛み合ってないんですけど、俺何か気に障るようなことしました?)
(今のところは別に分からなくても大丈夫よ。笹島君はいつも通り、自然体でいて頂戴!)
大丈夫じゃないはずなんだけど、俺は川島さんに言われた通り自然体でいることにする。……三船さん、俺と川島さんは別に変な話をしていたわけではないので、冷たい目で睨まないで下さい。
名刺交換をしている間にお酒と料理が運ばれてきていたので、俺たちはジョッキを掲げる。乾杯の音頭はもちろん川島さんだ。
「それじゃあ改めてかんぱーい!」
カチンッ、とグラスを合わせてビールを半分ほど飲み干す。そして料理を摘みつつ、10分ほど歓談したところで、
「さて、まずは笹島さんにいくつかお聞きしたいことがあるのですが……三船さんとはどのような経緯で出会ったのですか?」
そう言ってプロデューサーさんが目を光らせる。まるで尋問をされているような気分だ。しかし、プロデューサーさんからの質問で、何となくここに呼ばれた意味を理解する。
恐らく、何らかの要因でプロデューサーさんに俺と三船さんが仲良くしていることがバレた。そして、仲良くしている俺の素質を見抜くために今日の会が開かれた。こんなところだろう。
「えっとですね、まず俺と三船さんは部屋が隣同士だったんですけど……」
「隣同士!? やっぱりストーカーじゃ!?」
「落ち着いてプロデューサー君。まだこんなの序の口よ」
「序の口!?」
びっくりするプロデューサーさんに、頬を赤らめて下を向く三船さん。これは説明するのに相当労力を使いそうだな。出会った経緯とかとんでもないわけだし。
「……すいません。興奮してしまった。取り敢えず話を進めてください」
「は、はい。それで三船さんと初めて会ったのは、俺の部屋の廊下なわけですけど」
「ふぁっ!? 部屋の廊下!?」
うん、プロデューサーさんの反応が普通だよね。説明を間違えたら、俺が三船さんを部屋に連れ込んだ変態だと思われかねない。その辺は川島さんがうまくフォローしてくれるから大丈夫だろうけど。
「へ、部屋の廊下とういうのは一体どういうことでしょうか?」
「俺の口からじゃ信じてもらえないかもですけど、実は三船さんが俺の部屋に間違えて入って来てしまったんですよ。それも、かなり酔っていたみたいで」
「あっはっは。笹島さんは冗談がお上手ですね。いくらなんでも、三船さんがそんな醜態を晒すわけがないじゃないですか。早苗さんとか佐藤さんとかじゃあるまいし。ねぇ、三船さん?」
「…………」
「三船さん?」
「す、すいません。全て本当のことなんです……」
真っ赤になった顔を両手で覆う三船さんを見て、プロデューサーさんは愕然とした表情を浮かべる。あとさっきのセリフ、早苗さんとか佐藤さんに怒られるぞ。
「私が酔っぱらったばっかりに笹島さんにご迷惑を……」
「……うそだ。嘘だと言って下さいよ三船さん!!」
「うぅ……本当にすみません」
「嫌だ、俺はそんな話信じないぞ!!」
「残念ながら本当の話よ。というか、プロデューサー君が信じてくれないと先に進まないから、早いところ現実を受け入れて頂戴」
淡々とした口調の川島さんに、プロデューサーさんは遂にがっくりを肩を落とした。まぁ、なかなか信じられる話じゃないよね。
「……それで、三船さんが部屋に入ってきた後はどうしたんですか?」
「話すと長くなるんですけど――」
俺が三船さんが部屋に入ってきた時の状況から、次の朝のことまで説明する。そして全てを説明し終えると、
「な、なるほど、そんな経緯が……」
プロデューサーさんはしばし呆然としていたのだが、現実を受け入れるように短く息を吐いた。ようやく踏ん切りがついたのだろう。
そして、俺に向かって頭を下げてきた。
「すいません。先ほどまでの数々の無礼、どうかお許しください」
「い、いやいや! 頭を上げてください。俺は全然気にしてませんから!!」
彼がいうほど無礼を働かれた覚えもない。いうなら、最初に睨まれたことくらいだ。むしろ、物わかりが良すぎる人だと思う。それに、担当アイドルが見ず知らずの男と仲良くしていたら心配するのは当然のことである。
「だけど、なかなかいませんよ。女の人が、しかもアイドルの三船さんが部屋に入ってきて手を出さないような男性は」
「いやもう、あの時はひたすら気が動転していたので。それにどちらかというと、恐怖の方が勝っていましたから」
「その節は本当にご迷惑を……」
「い、いえっ! その事はもう全然気にしていませんから。むしろ三船さんと知り合えてラッキーくらいに思っていますし!」
三船さんが泥酔して俺の部屋に入ってこなければ、今のような飲み会だって実現してなかったわけだしな。本当に人生とは分からないものである。
「も、もうっ! ……ラッキーなら私の方がよっぽど――」
「よっぽど?」
「な、なんでもありません!!」
「……あの二人、本当に付き合ってないんですか? というか三船さん、分かりやすすぎじゃ?」
「残念ながらね。傍から見れば早くくっつけって状況なんだけど」
ということで無事に雰囲気も和らぎ、飲み会は進んでいくのだった。
☆ ★ ☆
さて、飲み会も一時間以上が経過し、各自お酒が回ってきた頃。
「すいません、少し席を外しますね」
美優ちゃんがそう言って席を立つ。ポーチを手に持っていたので、トイレだけでなく化粧直しも兼ねているのだろう。
普段なら気にする程でもないのだけど、笹島君がいるときは別みたい。しかし私にとっては都合のいい状況になった。普段通りの口調を装いつつ、笹島君に声をかける。
「ねぇ笹島君。前にも質問したんだけど、改めて聞きたいことがあるのよね」
「な、なんでしょうか?」
「美優ちゃんをどう思っているかについて」
前回の飲み会では必死に否定してたけど、今回ばかりは彼の答えに期待してしまう。
ラインでのやり取りくらいならまだ微妙だったかもしれないけど、デートに行ってるわけだし。これでもまだ前回と同じようならよっぽどのモノである。まぁ、ただ単に鈍感なだけかもしれないけど。
「確かに俺も気になりますね。別にうちの事務所は恋愛を禁止しているわけではないですから。それにここで本音を言ったところで、誰にも漏らしたりはしませんし」
いい感じにプロデューサー君も援護射撃を入れてくれた。これなら彼も本音を話しやすくなるだろう。私たちの言葉に笹島君は迷った様な表情を浮かべていたのだが、
「……正直に言いますね」
「うん」
「正直ですね……もう色々と我慢の限界なんです」
予想していた以上の答えが返ってきた。思わずにやけそうになるのを押さえて、私は視線で次の言葉を促す。
「だって美優さん、滅茶苦茶可愛いじゃないですか。本人は意識してか、天然なのかは分からないですけど、そのおかげでこっちはもう理性がゴリゴリ削れて大変ですよ……」
確かに美優ちゃんは天然気味だから、理性を保つのはある意味大変かもしれないわね。相手を惑わす台詞が多いから余計に。
「性格だってあんなの反則ですよ。あんなに裏表のない人がいるんですかってくらいに!!」
「うーん、笹島さんの言う通りですね。芸能界でも表と裏の性格が違う人なんてごまんといますから」
「プロデューサーさんがそう言うのなら、芸能界はそういう人が多いんだと思います。だけど三船さんは私生活でも、テレビで見かける様な性格のままじゃないですか?」
「うん、私も彼女ほど裏表のない人はあまり見たことはないわね」
26歳にして、雰囲気と言動だけで周りを癒せるのは彼女くらいかも。
「やっぱりそう思いますよね」
「ある意味、奇跡の26歳だと思うわ」
「それに、あんな笑顔を見せられたら……俺だって勘違いしたくなりますよ」
そう言って日本酒を煽る笹島君。これはいい反応ね。美優ちゃんに対して何も感じてないと思っていたけど、案外そんなことはなかったらしい。美優ちゃんのアタックは、まるで効果がないわけじゃなかったようなので安心した。
……さて、良い感じに本音を引き出せたところで核心をつく質問を。
「じゃあ美優ちゃんと付き合おうとは思わないの?」
「……三船さんの足を引っ張るような真似はしたくありませんから」
「足を引っ張る?」
「いえ……仮に、あり得ないですけど、俺と三船さんが付き合ったとします。そうしたときに、三船さんのアイドル活動に何らかの影響が出たら困ると思って」
追加で注文した焼酎を飲みながら笹島君がため息をつく。なるほど、笹島君の言うとこも分からなくはない。
アイドルが交際というのは、なかなかにタブーな話題でもあるからだ。しかし、そういう時こそ我がプロデューサー君の腕の見せ所である。
「大丈夫です。安心してください」
「へっ?」
「仮に笹島さんが美優さんと付き合ったとしても、彼女のアイドル活動に影響が出ないよう、最大限に尽力させていただきますから」
「で、でもどうやって?」
「下手に隠そうとするから炎上するんです。逆に、堂々と交際を宣言してしまえばいいんですよ。週刊誌なんかに取られる前に! それこそ、デキ婚なんかの類ではないわけですから」
「まぁ、色々と隠さなきゃいけないことは沢山あるけどね。大ファンだって事とか、部屋が隣同士って事とか」
交際の発表さえしてしまえば、後はどうとでも説明がつくものね。一緒のマンションに入って行っても、同棲してるということで押し通せるだろうし。
そして彼は気付いているのだろうか? 外堀がどんどんと埋められているということに。まぁ知らぬが仏ってやつよね。
「そもそも、笹島君が心配するほど大きな影響は出ないと思うわよ。もちろん、一部のファンは何か言ってくるかもだけど、ほとんどは美優ちゃんを祝福してくれるじゃないかしら?」
「だけど、やっぱりアイドルが誰かと付き合うのはまずい気が……」
「一般論はね。でもファンは誰だって、好きなアイドルの幸せを願ってるものなのよ。それに、私は何より笹島君の気持ちを大切にした方がいいと思うのよね」
「自分の気持ち、ですか……」
「そう。美優ちゃんはアイドルだけど、それ以前に一人の女性なわけでしょ? 一度、アイドルって壁を取っ払って美優ちゃんを見てみたらどうかしら?」
「…………」
私の言葉に笹島君が考える素振りを見せる。ここまで言えば多少、二人の関係も進行するだろう。手助けをできるのはここまでかしらね?
「川島さんって、本当にいいこと言いますよね。流石だと思いますよ」
「あら? 褒めても何もでないわよ」
「いやいや、本当に。だけど、どうして彼氏の一人もできないんですかね?」
「……プロデューサー君は、まだまだお酒が足りないみたいね。すいませーん、日本酒の追加をお願いしまーす」
「ちょっ!? 俺はもう結構ギリギリで――」
「飲めるわよね?」
「……はい。ありがたく頂戴します」
地雷を踏みぬいたプロデューサー君にお灸をすえたところで、美優ちゃんがトイレから戻ってきた。そして何やら話していた私たちを見て、キョトンと首を傾げる。
「何の話をしていたんですか?」
「ううん、そんなに重要な話じゃないわ。笹島君が美優ちゃんの魅力をたっぷり語っていたことくらい」
「川島さん!?」
悲鳴に近い声を上げる笹島君だけど、私は気にすることもなくグラスに残っていた日本酒を煽る。これくらいでびっくりしているようじゃ、二人の関係は進展しないから、仕方なくよ仕方なく。
すると、私の言葉を聞いて美優ちゃんがむすっとした表情を浮かべる。
「……私には直接言って下さらないんですね」
「そ、そんなこと! 三船さんは常日頃から魅力的だと思っていて――」
慌ててフォローする笹島君。やっぱり二人はお似合いね。
……美優ちゃん、嬉しいのは分かるけど、もう少しうまくニヤニヤを隠さないと笹島君にバレるわよ?
(でも、この二人がくっつくのは時間の問題かしらね?)
二人の未来を想像して目を細めつつ、私は追加した日本酒を口にするのだった。