バカな後輩が俺に催眠アプリなんてものを使い始めたが、やはりバカはバカらしい   作:歌うたい

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閃いた月曜日

夕暮れ時、ちまちまと星が見えてきた頃。

 

後ろの方から、アスファルトをバタバタと駆け寄ってくるやかましい足音が聞こえてくる。

なんだろうかと振り向けば、おバカな後輩が俺に向かって手を振っていた。

 

 

「せんぱーい、まってくださーい」

 

 

「なんだよ後輩」

 

 

 

片側だけ三つ編みにした栗色のロングヘアーが、犬の尻尾みたいだ。

 

夕陽をバックに浮かぶシルエットのちっこさからして、豆柴っぽい。

 

 

「もーまたですか。そこは早苗って名前で呼んで……ん? いやいや、そういえば…………ハッ!!」

 

 

「え、なに? というかなに閃いたって顔してんの」

 

 

息切れもしてないスタミナ量。

大したもんだと言いたいけども、高い運動神経や背は小さいながらもグラマーな分、頭に行く養分が全然足りない。

 

巨乳はバカって聞くけど、多分その信憑性に一枚噛んでる。

それくらいおバカな後輩の思いつきは、ろくでもないに決まってる。

 

 

 

「……そう、そうよ早苗。これはチャンス。いっそこの際、名前で呼んでーってことも『催眠』しちゃえば……うん、そうだよね、ホントに効果あるかも試せるし……むふふ」

 

 

「……いきなり何言ってんだコイツ……というか、催眠って……」

 

 

「フッフッフ……先輩。早苗は今までに先輩に何度もバカだのアホだの、さらには頭のネジをママのお腹の中に忘れてきたとさえ言われて来ましたが……ついに汚名挽回です! この天才的頭脳が、悪魔的……もとい、小悪魔的なアイデアを閃きましたよ!」

 

 

「……」

 

 

「……あれ? ここは『それをいうなら汚名返上だろ!』ってツッコむところですけど……」

 

 

「それ実は間違いじゃないって今日の現国でやったばっかなんだろ」

 

 

「……え、そうでしたっけ?」

 

 

「お前がラインで授業の内容送ってきたんじゃんか……時間で言えばまだ二時間も経ってないし」

 

 

「……あるぇー? おかしい、記憶にない」

 

 

このほんの少しのやり取りで、この後輩がいかに天才的頭脳(笑)をお持ちなのかが良く分かる。

 

あの時は丁度黒板に解答を書き込むタイミングだったので、ポケットの中が震えてこっちは嫌な汗かいたってのに。

 

 

「まっ、いいか! そんな事より、そんな事よりもですよ先輩っ! 覚悟はいいですかっ!」

 

 

「……なんの?」

 

 

「決まってます! この早苗の……えーと、何っていうのかなこの場合……なんかあんまりいかがわしいのは嫌だし……ペット? うーんそれじゃ可愛がる相手だし、むしろ可愛がられたい方だし…………むむむ」

 

 

「早くしてくんない。さっさと帰って夕飯食いたんだけど」

 

 

「……よし、これで行こう。ちょっといかがわしいけど、まだ性奴隷とか操り人形とかよりいいよね、うん」

 

 

「お前何口走ってんの、ねぇ」

 

 

「整いました!!」

 

 

「その心は?」

 

 

「先輩は! 今日から早苗の! 愛の奴隷となります!!」

 

 

「…………愛を前に置けばいかがわしさがなくなるとでも思ってんのかギネス級単細胞」

 

 

ちなみに此処は閑静な住宅街であり、我が家の近所でもある。

いやホントね、明日からどうすんだよこれ。

 

 

「という訳で先輩、これ見て下さいこれ」

 

 

「……んー?」

 

 

「フッフッフ……何て書いてあります?」

 

 

「えー……『催眠アプリ─改』 これで相手のハートを我が物に……」

 

 

「……お分かりいただけたでしょうか」

 

 

「……おかわりいただきたいほど腹減ってるんで帰っていいですか」

 

 

「つーまーりィですねぇ……」

 

 

「巻き舌やめーや」

 

 

「このアプリを使えば、先輩にあーんなことやこーんなことが出来ちゃうっとゆーワケなんです!!」

 

 

「……あ、そう」

 

 

なんかもう、目に痛いくらいのピンク色のアプリ起動画面とかなんかもう、思わずうわぁと目を逸らしたくなるセンスである。

 

というより、つまりあーんなことやこーんなことを先輩にしてみたいですと発表している事にコイツは気付いてるんだろうか。

 

 

……いや気付いてないな、間違いない。

 

多分使った間の記憶は自動的になくなるとかそんなプラス思考が働いてるんだろうねこれ。

 

説明書とか全然読まないタイプだし。はぁ。

 

 

「なぁ、ひとつ聞いてもいいか?」

 

 

「はい、なんです?」

 

 

「それ、他の誰かに使った事とかあんの? いや、人に限らず犬とか猫とか……」

 

 

「なっ……」

 

 

まぁ普通そんな人権無視も余裕な恐ろしい秘密兵器じみたもんがあれば、大体の人は試しに実験するだろう。

 

その成果次第で、催眠アプリの有用性が実証されるというものだ。

そしてまぁ、あーんなことやこーんなことを……っていう段取りが普通だとは思うけども。

 

 

「は、初めて使う相手は先輩だって決めてるんですからね……ってなに言わせるんですかもーやだなー」

 

 

「ときめくようでときめかない台詞どうもありがとう」

 

 

柔らかそうな頬を林檎みたいに染めて、グラマーな身体をもじもじとさせる仕草は可愛いもんだけど。

 

でもこれ、愛の奴隷とか催眠とか聞かされた後だからなぁ……

 

もし効果なかったらどうするんだろうなぁコイツ。

 

普通に告白するよりも何倍もたっかいハードル飛び越えるような真似してるって気付いてないんだろうなぁ、バカだし。

 

 

「……さぁ、いよいよ運命の時間ですね、先輩。覚悟はいいですか……」

 

 

「催眠される覚悟が固まる人間なんているわけないでしょうよ……」

 

 

「すぅぅぅ……はぁぁぁ……」

 

 

「そのまま掌底食らわせそうな構えとんのやめて」

 

 

もし、そんなの効果がないって分かったら……

 

多分、凹むよなぁコイツ……

 

普段ポジティブな分、落ち込んだら長いし。

 

 

「……えいやっ」

 

 

そしてスマホの画面を俺の目の前まで突き出しながら、ポチッと起動のボタンを押した。

 

その瞬間、ピコーンって音がなって、ファーブルスコファーブルスコ、とか相変わらずよく分かんない呪文がスピーカーから流れ出して……

 

 

……

 

…………

 

 

 

「……ど、どうですか、先輩! さぁ、早苗の愛の奴隷にっ」

 

 

「…………」

 

 

「せ、先輩……?」

 

 

「……腹減った。やっぱ早弁すんじゃなかったな」

 

 

「あ、あれ……先輩?」

 

 

「なに?」

 

 

「な、なんかおかしいとことかないですか?」

 

 

「は? いや別に。むしろ腹減ってるくらいだから健康の証じゃないの」

 

 

「えぇぇ……そんなぁ…………」

 

 

「…………」

 

 

「ぐぬぬぬ…………あれ……そ、そういえば私、先輩になんか……いろいろと、まずいことを言っちゃったような……」

 

 

みるみる内に顔が赤くなったり青くなったり黄色くなったり。

よっぽど焦ってるのか、信号みたいにコロコロ顔色が変わるのは見てて面白いけど。

 

 

「んじゃ帰るか。ま、そろそろ陽が暮れるし、送ってやるよ。早苗ん家って確か商店街のアーケード越えた辺りだっけ」

 

 

「えっあっ、そうです早苗の家は………………って、さなえ……?」

 

 

「商店街でコロッケでも買おっかな……」

 

 

「せ、せせせ先輩先輩!! あの! あのあのあの!! 先輩、私の事もっかい呼んでみてくれませんか!!」

 

 

「は? …………早苗でしょ。なに、改名でもしたの」

 

 

「……~~~~ッッ、やったぁぁぁぁうひゃほぉぉぉぉぉい!!!!」

 

 

「近所迷惑考えろやコラ」

 

 

まぁ、というように。

 

催眠アプリを使い始めたところで、やはりおバカはおバカなので有効活用なんて出来ない。

 

餌をポイッと投げれば尻尾振って我を忘れるタイプなので、きっと『気付かない』んだろうね。

 

 

そういうところが、なんだかんだで可愛いと思えるのは、我ながら情けない話だと思うけど。

 

 

「せんぱーい」

 

 

「なに、早苗」

 

 

「ウェへへへ……先輩素敵です」

 

 

「なんだよ気持ち悪い」

 

 

「コロッケ買ったら一口くださーい!」

 

 

「え、やだよ。お前一口っていいながら半分いくじゃん」

 

 

「大丈夫ですって、大丈夫。いま早苗、ちょっとだけしかお腹すいてませんから!」

 

 

「日頃の行いからして信用出来ないんだけど」

 

 

「信用してくださいよぉ……でっへへへ」

 

 

「そのだらしない顔と笑い方、なんとかならない?」

 

 

ほら、もう催眠アプリのこと頭っから離れてる。

 

名前で呼んだだけで満足して、愛の奴隷とやらの件もすっかりどっかいったみたいだし。

 

やはり、バカはバカらしい。

 

 

 

 

けどまぁ、もう少し様子を見てみようか。

 

 

単純さに思わず頬が緩む、ろくでもない月曜日のコト。

 

 

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