《01/となりの席の》
東風谷早苗。
彼女のことを一つ言うのであれば、それはもう『変な人』以外あり得ないだろう。
体育の時間は誰よりも元気いっぱいにはしゃいて騒ぎ、いろんな人にさまざまな視線を向けられている。主に男子に。あれほど豊満なプロポーションであんな激しい動きをして大丈夫なのかと心配する紳士たちが今日も今日とて後を絶たないそうで。
教室ではそこまでうるさくはないけれど、口を開くと天然発言のオンパレード。先日歴史の授業で聖徳太子を女性だと言ったのは記憶に新しい。
しかしまあ、天然と馬鹿は全くの別物ということで、東風谷早苗はその典型的一例だった。文系科目はほとんど壊滅的な彼女だったが、理系科目において彼女に敵うものはごく僅か。二年次の文理選択の時も彼女は迷わずに理系志望をしていた。それを聞いて理系に進むことにした男子も少なからずいたとかいないとか。おいおい、いいのかそれで。
とまあ、高校生活において大事な選択を彼女一人の存在で容易く舵取りできてしまうほど、東風谷早苗は大変な人気者なわけで。
――ところで、
……それはとにかく、彼女は変な人だそうだ。自分はそこまで噂に耳聡くないからよくは知らないけれど、時折耳に入ってくる情報だけでも東風谷早苗がどんなタイプの人間かは容易に察することが出来る。
アレは自分とは真っ向異なる『陽の者』だ。
クラスに必ず一人はいるクラスのヒーローもしくはヒロイン、そのポジションに間違いなく東風谷早苗は当てはまる。
対し自分はどうだろう。高校二年になるというのに友人は片手の指で足りる程度。もしかしたら自分の名前を言っても『そんな奴いたっけ?』と返されるかも。きっとそうだ。自分だってクラス全員の名前を覚えてないのだし。悲しいかな、ここに来て疑問は確信に変わった。
自分はそう、言うならば『陰の者』だ。はしゃぎ笑い高校生活を薔薇色に謳歌する奴らを引き立てる和え物だ。
たくあん。梅干し。お弁当の端の野菜。おいしいよね。
ところで、なんで東風谷早苗についての話をしているんだったか。
ああそう、こうやって東風谷早苗についてのことを
踏み入ったのは廃墟同然の遊園地。どこかでカラスが鳴いている、哀愁のカケラもないほどに錆びだらけで銅色のメリーゴーランド。そよ風で軋む今にも落ちそうな観覧車。
そこで自分は見た。見てしまったのだ。
空に浮かぶ東風谷と、こちらを睨み付ける東風谷の姿を。
◇
《02/ふしぎな出会い》
――ああ間違いない、これは関わると面倒くさい感じの人だ。
きっかけ、というより始まりは思い返すとほんの一ヶ月前だった。
その日は短いようで意外と長く、でも思い返すとやっぱりやりたかったことばかりで後悔づくしな春休みが終わる日、すなわち始業式だったわけだが、そこで事件が起こった。
クラス分けだ。
憂鬱な春休み後の始業式、そこには避けては通れない試練が待っていた。
ウチの高校は文理選択を一年の時にして、二年進級時のクラス分けで文系クラス、理系クラスと完全に分断される。自分はどちらの科目も得意苦手がそこまでなく、どちらにするか最後まで迷っていたのだけれど、なんとなく理系にした。というか、してしまった。
蓋を開ければ自分の数少ない友人は皆文系行き。
『お前は一人だけど頑張れよw』とわざわざメールで送りつけてきやがったヤツの顔は殴るとして、問題はここからだった。
文系クラスは五クラス、理系クラスは三クラスで理系は六、七、八組が該当する。
理系というのは昔から女子比率が極端に低いのが特徴で――一時期リケジョという言葉が流行ったのは、理系の女性割合が低い中で女性研究者が大きな話題になったから――それはウチの学校も例外ではなかった。
自分が割り振られたクラスは八組。教室に一歩入った瞬間にわかる男臭さ。八組総勢三十六名、うち女子七名。昇降口で見たクラス分け一覧表なるものを思い返してゾッとする。別に女子と騒ぎたい願望はない――いや多少はあるよ男の子だもの――けれど、それでもこの圧倒的男子率に少し不安を覚えてしまう。
いやしかし、ここで真に憂鬱になるのは女子の方じゃないのか? 周りを見渡せば男、男、男……同性は数える程しかいない。圧倒的アウェイ感。自分だったら早くも折れてる自信がある。
不意にとなりの席が気になった。
そういえば、自分の苗字は林道であるから、出席番号は自ずと後ろの方となる。それでもって、女子は男子の後ろから番号が割り当てられる。席順は番号順。……つまり、自分の隣の席は女子。
隣を見る。
そこには、噂通りの快活ぶりを振りまいて女子達と談笑する少女が座っていた。
この辺りでは非常に珍しい、綺麗な翠色の髪。センスはよくわからないけれど、なぜか妙に似合っている蛙の髪飾りと蛇のヘアバンド。
東風谷早苗だ。あの、東風谷早苗だった。
そのことにはっと自分が驚いていると、それに気づいたんだか気づいてないんだか、ちょうど会話をやめて自分の方を向く。それでもって、にっこり笑って。
「これからよろしくね。えと、林道くんだっけ?」
「あ、うん。こちらこそ……東風谷さん」
そんなぎこちない会話をした。
淡い一瞬、きっとすぐに忘れるようなたわいのない会話。その証拠に東風谷はそれだけ言うと、また女子たちとの談笑を再開した。
でも、なぜだか。その時自分はなぜだか、言いようのない高揚感を感じてた。
それからは流れるように進んでいった。体育館に集められて無駄に長い始業式を終えて、教室に戻ってこれから勉強が生活がどうこうと言った担任の話を、隣の様子を伺いながらぼうっとしながら聞いていた。
「おい、林道。聞いてるのか」
「えっ。はは、当たり前じゃないですか……」
嘘である。周りもそれをわかっていたようで、注意した担任と一緒に笑ってる。隣の東風谷も。おい待てよ知ってるぞ東風谷。お前も話なんか半分に外の景色を見ていただろ。見てたからわかるぞ。
――それってなんだか非常に気色が悪いことをしている気がする。
時間は流れて放課後。
一人寂しく電柱の灯りが点滅を繰り返す道を歩く自分。
空は暗く、雲は僅かな夕焼けに染まって茜色だけれど、それでも夜を色濃く映している。日が延びたと言ってもまだまだだ。
どこかでカラスが鳴いてる。カァーカァーとただ人影のない路地に響いてる。
コツンコツンと足音を響かせる。一人。
試しにそこらの小石を蹴飛ばして見る、また一人。
ガッと道脇にあったゴミ置場に突っ込まれた小石はゴミの海へとボスッと静かに沈んでいった。
音、音、音。全て自分とカラスだけが発す音。
なのに、どうして――。
「足音が、
立ち止まり、そっと振り返って一人呟く。誰にも返答は期待しない単なる独り言。
「……気づかれちゃった? あらら残念。私の負けだねこりゃ」
なのに、丁寧に返答を返す謎の足音。カラカラと人をからかう厭らしい声音。
「……誰だ?」
「私だよ」
「うわぁ!?」
まさかの前。ぎょっとして咄嗟に後ろに飛び去る。
「あはは。ちょっと大袈裟じゃない? でもまあ、驚かせすぎたかもだけど」
そこにいたのは、自分の肩あたりまでの背丈しかないような、幼女だった。頭一つ覆い隠すほどの大きな帽子に紫色のワンピースを着た、幼い少女。
けれど間違いなく、自分を驚かせた張本人。
「……今日はいい日だ。冬みたいに寒くもないし妙に暑くもない。気持ちのいい風が吹いてる。お前さんもそう思うでしょ?」
「………あの、その、君は……」
おかしすぎるだろ。突然現れたと思ったらその正体は幼女で、幼女は幼女らしからぬ喋りをしてきて、今度は自分に何か問いかけようとしている。意味不明。
「何が起こってるんだかわからない顔してるね。でもこれは
「…………」
「私はお前さんにとって突然現れた誰彼なんだろうけど、私にとっちゃ予定調和さ。狙ってこうした。帰り際に寂しく一人なお前さんを静かに追いかけてちょっとからかっただけ。私がやったことといえばそれくらい。可愛いもんでしょ」
「寂しく一人は余計だって……。いやそうじゃない。そんなことよりお前、なんなんだよ」
気まぐれで人をからかい、神出鬼没。得体の知れぬ正体。まるで――。
「――妖怪みたいだ、とか。言ってみたり?」
「……まさか、本当に、」
「さあどうだか。まぁ私のことはさておいてさー、私はお前さんに質問をしに来たのさ。なぁに身構えなくていい。ほんの一つさ」
喋り方や見た目に一つとしての一致を見せない得体の知れない幼女に質問されてるというのに身構えないのは、それはそれでどうかとは思うんだけれど。怪しすぎる。
とにかく、幼女はこの茜色の空の下、自分に質問を投げかけた。
――それは今同じ質問をされても、答えようのないずるい質問。ずるい
「お前さんは今、幸せかい?」
たったそれだけ。それだけ言うと、幼女は自分に背を向けて視界の奥へと走り去っていく。
「はぁ……? おい、待ってくれよ!」
そんな意味のわからない質問を投げっぱなしにされたままじっと出来るような人間ではない自分は、先程あれほど得体が知れないと気味悪がった幼女を、こんどは必死に追いかけることになるのであった。
そして幼女を追い、気づけばあの廃遊園地に迷い込み、そこで――。
「なんであなたがいるの? 林道くん」
自分は隣の席の少女と、あまり好ましくない再会をしたのである。