となりの席の東風谷さん   作:平丙凡

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伝説が実話だったらいいなっていうロマン



03:かぜはふり東風谷さん

《05/伝説の所在》

 

 古来から伝わる伝承やお伽話には、元となる事実が存在している。

 それは例えば大きな戦争であったり、地面を割るような大災害。これらを人間以外によるものとして置き換えたのが前述のようないわゆる物語。

 だけどその中に、()()が混じっていて、そしてそれが()()()()()()とすれば。

 

「――私、神様なんです」

 

 東風谷のその言葉は、伝説に隠された真実を曝け出す。

 

 

 ●◯

 

『諏訪伝説』の最後の辺り。

 戦争に負け神の座を下ろされることとなった諏訪神が対峙したのは勝者、建御名方神だった。

 

 諏訪神は言う。

「戦には負けた。しかし勝負には勝った」

 

 建御名方神は問う。

「それはどういうことだ」と。

 

 諏訪神は答えない。やがてそのまま地の底へ潜っていき、誰もいなくなった。最後に建御名方神が見たのは、意地の悪い笑を浮かべて去っていく諏訪神のしたり顔であった。

 

 そしてその言葉通り、建御名方はすぐにそれを思い知ることとなる。建御名方は戦争に勝つことで領土、人民を得ることは出来たが、肝心の信仰が得られなかったのだった。

 民は皆、古来からの土地神である諏訪神からの祟りが恐ろしく、おいそれと信仰を鞍替えすることはできなかったのである。

 

 困った建御名方は、ある案を思いついた。

 新たに一柱、神を立てることにしたのだ。

 

 元よりこの地の神であり、信仰を得ていた諏訪神と、この地を征服したものの信仰が得られなかった建御名方神。この両者の性質を併せ持った新しい神を人々に祀らせることにした。

 その結果、人々からの信仰は得られるようになった。しかし建御名方神は打ち負かしたはずの諏訪神の力を借りなければこうはならなかったという事実に鬱積を覚えたのだった。

 

 ――こういった過程で生まれたのが今この町で祀られた神様だということは、諏訪町出身の人々なら誰もが知っていることだ。

 

 問題はここからである。

 あろうことか東風谷は、その時立てられた神こそが自分だと言う。

 話によると立てられた神――風祝というらしいが――は世襲制で、先代が死ぬもしくは引き継ぎを言い渡したらなるものらしい。

 これは世間には秘密裏になっているらしく、また公開する気もないらしい。しかし、この役職も長い年月が経つほどにどんどん形骸化していき、こういったことに関する儀式や執り行いも、もはや形式上のものでしかなく、意味なんかとっくに消え失せていたそうだ。

 ……少なくとも、東風谷が生まれるまでは。

 

 どうやら彼女は突然、現代にはそぐわない強大な異能の力を宿して産まれたそうだ。

 まさに『風祝になるために産まれてきた』。

 そう言われるほどに彼女は凄まじい才をもっていたそうだ。

 

 だが時代は科学世紀まっしぐら。信仰や宗教などのオカルト的要素はすべからく異端とみなされる現代において東風谷が持った力は文字通り眉唾物であり、隠されて然るべき力だった。

 

「小さい時から遠くのものを引き寄せたり、そよ風を集めて小さな木枯らしを作ったりするのは出来ました。『学校では絶対にやっちゃダメ』と親にしつこく言われましたけどね」

 

 そんな風に東風谷は言った。

 こんな力を言いふらしたところで信じる人はいないだろうし、また見ても信じない(もしくはもっと面倒なことになるかも)と言って東風谷自身も力は隠すつもりだったそうだ。

 事実、自分も今日の今日まで彼女がこんな力を持っていることなんか知らなかったし。

 

 ここで気になることがある。そうやって隠していたならば、なぜ東風谷はあの廃遊園地で力を使っていたのか。そこでもう一度風祝の話になる。

 風祝とは信仰を受ける神のような(そのものと言ってもいいかも)存在であると同時に、神社を管理する巫女のような役職も担っている。

 無論こう言った役も同じく形骸化していたらしいのだが、いまはそうも言ってられないというのだ。

 

「父母が亡くなってもう三年ほど経ちました。……風祝の任を受け継いだあの日から、何かが変わったまま――それを具体的に言うと、町の空気のことです」

 

 東風谷は“よくないもの”の気配を探ることに長けているらしい。そのよくないものというのはその通り妖怪や化物、人間の悪意もろもろ。

 そんな悪い気で諏訪が満たされたという。

 

「私はたまらず町に駆け出しました。……そして見てしまったんですよ。よくないものので溢れかえる空を」

 

 そしてそれはそのまま四散していった、と。

 東風谷は生まれ持って霊的なものに働きかける力を持っていた。

 それはつまりよくないもの――妖怪の類を退治するのに最適な邪気払いの力。

 

「これは私がやらなくちゃいけない。このために私はこの力を持っていたんだ……。そう思って、私はあの遊園地にいました」

 

 力を振るい、怪物の形相した怪物と戦っていたあの少女。それが、いま目の前にいるクラスでのお隣さんである。

 

「……もう話すべきであろうことは大方話しました。外も暗いし、帰ったらどうです?」

「…………ああ、うん」

 

 言葉に詰まった自分は、ぶっきらぼうな返事を返す。そのまま玄関に出ると、東風谷もすたすた付いてきた。どうやら見送ってくれるらしい。

 

「じゃあ、その、ココア。ごちそうさまでした」

「ええ、また明日。気をつけて帰ってください」

 

 そう言って、玄関の戸を閉じられる。開けたらやけに軽くて拍子抜けしたドアは、閉めた時はバタンと重い音を立てていた。

 

 今日はいろんなことがあった。幼女を追って、怪物を見かけて、空を飛んで、隣の席の女の子のカミングアウトを聞いて……。

 なんだよ、どういうことだよ神様って。

 今までクラスの人気者程度に思っていただけの彼女は実は神様で、そしてそれ以外は何も変わらず明日も隣の席にいて、当の本人に至っては「また明日」だってさ。

 

「どんな顔で会えってんだよ……」

 

 きっと苦笑いと苦しみを絶妙なバランスで混ぜた、偏屈極まりない表情でだ。

 それが帰り道とベットの中で今日のことを必死に考えた結果に導き出した、毒にも薬にもならない予感だった。

 

 

 ◇◇

 

《06/美辞麗句》

 

 翌日、口から漏れ出るあくびに歯止めが効かない朝八時の教室。

 昨日と変わらない、騒がしい隣をチラリと見る。

 いつも通りの東風谷。いつも通りの周り。

 それを自分は極力知らない風にしていようと思っていたが、どうにも難しい。

 昨日の今日だと、どうしても東風谷のことが気になってしまう。

 チラリチラリと様子を伺う。それで何もなかった風に前を向いてまたしばらくしてチラリチラリ。……そんなことを繰り返していたら、すでに五分ほどが経過していた。

 

 なんだかしょうもない。

 そう思って自分は、ここにいることの息苦しさを感じて廊下へ出る。まだ一日は始まったばかりで、少なくともこれがあと半日は続くということに不安しかないのだけど、本当に自分はこのまま平常心でいられるだろうか。

 

 朝のHRが始まるまでにはあと五分ほど。まだまだ廊下には生徒が多くいて、教室の中とあまり大差ない騒ぎ声で溢れかえっていた。

 けれど今はそっちの方が落ち着く気がする。なんというか、東風谷の気にあてられすぎているようだった。

 

「――林道くん?」

「はい……? はいっ!?」

 

 素っ頓狂な返事。無理もないだろう。先程逃げてきたはずの彼女――東風谷が後ろから自分に声をかけてきたのだから。

 

「急にどっか行っちゃうから心配になって。やっぱり、あのこと?」

「……関係ないって」

 

 嘘。関係大アリだ。昨日の今日で東風谷をまともに見れそうになくて、たまらず逃げただけだ。

 

「どこに行くつもり? もうすぐHRなのに」

「ちょっとトイレだって」

「嘘だ。何も出そうにない顔してる」

「……どんな顔だよ」

 

 確かにトイレは嘘だけど、強いて言うなら緊張で吐きそうではある。

 

「あぁその、なんて言うか……」

 

 東風谷は急に不安そうな――昨日あの告白のときにしたような表情になる。

 

「昨日のことを気にしてるなら謝ります。ごめんなさい。変に巻き込んでしまったりして……」

「えっ。いやそう言うわけじゃ……」

「じゃあ、なんでそんな表情してるの?」

 

 何も出そうにない顔じゃないのか。

 

「すごく苦しそうな顔です。我慢してる顔」

「……トイレに行きたくなったんだって、さっき言ったでしょ。それにそんなこと言ったら、そっちこそ」

 

 自分がそうだと言うなら、相手の方はもっとである。東風谷の表情は、なんだか辛そうに見えた。

 東風谷はそのまま弱々しい声音で言った。

 

「……林道くんが昨日の話を引きずっていたら、申し訳ないと思ったんです。あの時私、焦ってたんです。あの後になって考えてみたんですよ。林道くんからしたら昨日のあれは衝撃的だったと思うし、私の話だって意味不明だったと思うし……」

 

 少し息をついて数秒、間をとって東風谷が言う。

 

「だいたい、林道くんに自分の正体を話す必要はなかったんです。なのに話してしまった。そのせいで林道くんが落ち着かないなら、私のせいだから……」

 

 そこで東風谷は言葉を切る。

 自分は言葉を返せない。まさか“謝罪”されるなんて。

 

「いや、アレはどちらかというと自分が迷い込んだせいというか、自分に非があるというか……なんにせよ、東風谷が悪いとは思ってないから」

「じゃあ、平気ですか?」

「そりゃあびっくりもしたけどさ。でも自分が見たのは本物だったわけだし、信じないわけにはいかないし。自分は平気だからさ」

 

 全部本当で、一部は誇張。

 本当は平気じゃないし、受け入れることもあまり出来てない。ただ東風谷の表情、言葉の全てがあまりに悲しげで、どうにかしてやりたいと思ったからか。

 とにかく自分は着飾った。何も取り繕わずに言うなら、嘘をついたのだ。

 

「――そう、ですか」

 

 その自分の言葉に、東風谷は短く返事を返す。そして少し表情を緩めて、さっき教室で見たみたいようににこやかに笑う。

 

「なら、安心しました。……もうHRですから。戻りましょう?」

「あ、もうそんな時間なのか」

 

 どうやら気付かないうちに結構話し込んでいたようで、朝のHRの開始直前まで時間は進んでいた。

 すたすたと東風谷が自分の前を早歩きで歩いていく。自分はそれを追いかけるように歩く。

 

 だけど自分はまだ納得できていなかった。先程の東風谷の返事。

 あの返事がどうも歯切れ悪く、納得の行っていないように感じたのだ。

 東風谷からそれを聞くことなんてできないから、答えはわからないけれど。

 ――結局自分の中で、どうにももどかしい気持ちが引っかかったままになっていた。

 

 

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