となりの席の東風谷さん   作:平丙凡

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04:たたりがみ東風谷さん

 《07/本と少女と心情と》

 

 ――引っかかったままの違和感がどうも消えない。

 放課後、自分一人の誰もいない図書館。すでにカラスの鳴き声がする夕暮れ時に、一人で机に本を広げて読み漁っていた。

 

 今日はなんだか落ち着かない。シャーペンは細い先の方をノックしてしまうし、計算ミスは多いし、自動販売機のお釣りを取り忘れるし。

 ……それもこれも、全て朝に東風谷とした話に起因する。

 東風谷は自分に昨日のことは申し訳なかった、気にしているのだったらごめんなさいと言った。

 だけど、自分は気にしてない、大丈夫だからなんだといろいろ取り繕ってしまった。

 つまり自分は、嘘をついたわけだ。

 おそらくそれは東風谷も気づいていた。そんでもってあの表情――悲しそうな顔から、不意にいつものように笑顔になった東風谷。

 それがどうにも、心に引っかかって離れない。

 東風谷のあの表情に強烈なもどかしさを覚えたままで、自分は今日一日を上の空で過ごしてしまった。

 

 そのままなぁなぁで終わるわけにはいかない。普段はさっさと家に帰ってベットで寝そべるだけの帰宅部だ。一日くらい学校に最終下校時刻まで残ってみるのもいいだろう。そう思って自分はいつも以上に利用者の少ない埃をかぶった図書室へ一人篭り、彼女が言っていた『諏訪伝説』について調べてみようと奮い立ったのだった。

 ――しかし、地元で有名な物語だったこともあって、元々ストーリーの大筋もわかっていることもあって目新しいことなんて特になし。収穫などまるで無かった。

 

 そんなこんなで、空は夕暮れ黄昏時。

 何も見つからないだの今更こんなこと知ってるっとかなんだとボヤいていたら時間はあっという間に夜。気づけば時間はあとわずか。

 それでも、まだ調べられるものはあるはずだ。そう思い先程まで読んでいた本をまとめ、本棚に戻そうと抱えて立つと――。

 

「あっ、やべっ」

 

 ――ガタガタガタガタン。思った以上に本の重みが凄まじく、自分の重心はおかしな方向へとかかりそのままの勢いで転倒してしまった。

 

「っ、痛てぇ……」

 

 バラバラになった本。地面に散らばるのは自分でも驚くほどの多さの本の数々。そういえば、あれもこれもと選り好みせずに本棚から適当に取っていたんだった。

 はて、自分はこんなに読書好きな人間だっただろうか。どちらかと言えば本なんて読まなくていいなら読みたくもない焚書主義だったはずなんだけれど。

 だったらなんでこんなにたくさんの本を読んでいるのだろう、さてなんでだっけか――。

 

 長く座り込んでいたせいで頭がポワポワしてきているのかもしれない。とりあえずこの散らばった本たちをまとめようと思い膝で立つ。

 

 目にかかった一冊の本。拾おうと思って手を伸ばす。

 

「あらあら、こんなに散らかして。案外ドジなんだね」

「えっ、えっ!?」

 

 いつのまにか現れて、スッと本を拾い上げる少女が一人。その子は、昨日見かけたあの金髪の女の子だった。

 

 

 ◇◇

 

 

「私は諏訪子っていうんだ。今後ともよろしく」

 

 突然現れては変なことを言い残してフッと消えてみたり、そうかと思えばなぜか本の片付けを手伝ってくれたこの金髪少女は椅子に座った後にそう名乗った。

 消えたり現れたり目の前で繰り返すアンタは一体何者なんだ。そんな風に問うと諏訪子はこう答えた。

 

「そうだねぇ。なんとも答えにくい質問というかね、答えていいかわからないから微妙にニュアンスを変えて教えるよ」

「ニュアンス?」

「そうそう。本当のことを言うと却ってわかりにくいからね、ここは単純に、ね」

 

 と言って、諏訪子は自分に――正確には、自分の左胸、心臓の位置のところ――指を指す。

 

「?」

「私は()()に巣くった厄災そのもの。――つまるところね、林道頼倫くん。私は君を()()()んだよ」

「……祟り神さん?」

「そーいうこと。私は諏訪子。この地の人間とは切っても切れぬ縁持ちの祟り神さ」

 

 目の前の少女は祟り神で、その上自分に取り憑いて祟っているらしい。

 

 ………なんで?

 昨日の今日で自分はどうしてこんなにも変な事態に巻き込まれるんだ。

 自分は事態のあまりの意味不明具合に対して思わず、めちゃくちゃこの上なく間抜けなポカン顔を晒した。

 

 曰く、祟り神は祟りを引き起こすことで畏れを人々に抱かせ、それを信仰とするらしい。

 曰く、祟り神は修正的なもので誰かを祟っていなくてはいけない――訳でもないけれど、祟っていけない訳でもないので祟っているらしい。

 曰く、祟られたところで大して変なことは(見えちゃいけないものが見えたりするが)あまり起こらないらしい。

 曰く、自分を祟りの対象に選んだのは、

 

「うーん、面白そうだったから?」

 

 ……なるほど、神様とはあまりにも気まぐれなようだ。

 どこぞの東風谷にでも言ってやりたいな。『お前の言う神さまって、めちゃくちゃ基準がガバガバだぞ』って……。

 

「――あぁそうだ、東風谷だ!」

「わわっ、急に大声出すなよ」

「それどころじゃないんだって。東風谷って言う子についてだよ祟り神さま! 自分を祟ってたなら知ってるんだろ?」

「あー……うん、それがどうかしたの?」

「あんたのせいで彼女が妖怪退治をしてる場面に遭遇した! そんでもって色々あって、それで……今朝彼女を……あれ?」

 

 東風谷のあの表情は、怒りだっただろうか。悲しみだった気もする。それとも、別の何か?

 

 自分が彼女にしてしまったこと。なんだっけか。

 嘘をついたこと。虚勢を張ったこと。少しでも良いように見せようと取り繕ったこと。

 それらを彼女はよく思わなかった。だから物憂げな表情をした。そのはずだ。

 

「でも、祟り神さま。自分にはよくわからないんだよ。嘘をついたことか? 平気だって見栄を張ったことなのか? よくわからないんだ」

 

 そもそもなんでこんな実態もわからない少女に自分は色々と話しているんだろう。

 もしかして、自分は妖怪だとかそういう類のものを昨日の今日で受け入れられるようになってしまっているのだろうか。

 だとしたら、今朝東風谷に張った虚勢は虚勢で無くなる。だがそんなの今は関係ない。

 

「一つ答えるとさ」

 

 諏訪子は思いの外自分の話を真剣に聞いてくれていたらしく、自分と目を合わせて、諭すように語る。

 

「きっとさな――その、東風谷は知ってほしかったんじゃないのかな?」

「知る? それって……」

「例えば、自分のやってることが誰にも知られない、知ってはいられなかったとしたら……それはどんな気分なんだろうね。私にはあんまりわからないけど、それはきっと、寂しいだろうね」

「寂しい……知る……」

 

 東風谷の発言。

『本当は自分の正体を話す必要も無かった』

 確かに彼女はそう言っていた。なのに彼女は話した。だとしたら、自分はあの時、東風谷早苗という少女のことを世界で唯一本当の意味で知っている人間だったんじゃないのか。

 誰にも知られてはいけない、秘密の力で怪異を払う少女。たまたまその現場を目撃した一般市民。たったそれだけの関係が、東風谷にとっては初めて出来た『知っている人』なんじゃないのか。

 

 町を守る秘密のヒーローが、一人でいるアニメなんか見たことない。必ず一人や二人、その正体を知る支援者がいるもんだろう。

 つまり自分は、そういうポジションだった。

 ――でも、逃げた。曖昧な反応で濁して誤魔化し、彼女のことを拒絶したもの同然だった。

 自分は知らないフリを決め込んで逃げた臆病者だ。見えてるものを恐れたばかりに、目の前の孤独を見逃した鳥目。

 

 彼女をまた独りにした。

 それが、傷つけたってことなんだろうか。

 

「だったら、行かないと」

「またあの子のところに?」

「ヒーローには、応援する奴が必要だ。――それが例え、ただのクラスメイトでも」

「へぇ」

 

 そう言うと、諏訪子がスッと消え、図書館の中はまた静寂に包まれる。

 

『だったら案内するよ、このままキミが燻ってるのを見てもつまらないからね』

 

 頭の中に声が響く。流石神さま、なんでもアリかよ。

 陽は落ちて、外は宵のとばりを下ろしている。月が霞みがかったように雲に隠れて、光はか細い。

 

 行こう、東風谷の戦いを見るために。彼女をしっかり知るために。

 

 

 ◇◆

 

 《08/I am》

 

 言うまでも無く、東風谷早苗は孤独であった。

 学校では天真爛漫にして自由快活な女子生徒として生徒らや教師陣からも好印象を持たれている優良児。しかしその実は、本質を誰にもさらけ出すことのできない閉塞感を抱える寂しがり屋だった。

 

 無論少々天然の気が混じったいつもの性格は演技などではなく素なのだが、彼女は秘密を抱えるのが元来苦手なまっすぐな性質を持っていた。

 だから彼女にとって『言えないこと』というのはそれだけで多大なストレスになるし、そのことを誰かに言ったところで誰も理解はしてくれないだろうということは早苗本人が一番知っていたことだった。

 

 しかしやるしか無かった。あの日空に空いた裂け目から飛び込んできた黒い影たちを全員この街から追い払うまで、早苗は折れることはできない。

 例え誰にも理解されぬとも。孤独だとしても。

 

 ――そんな時、あのひとは現れた。

 

 

 ◯●

 

 

「ハァッ!」

 

 切れ味を伴う風の刃が襲ってくる。それを指先で描く霊力のサインの星型――即席の結界を盾のように扱って身を守りながら、早苗はそれと距離を置く。

 

 今日の相手は昨日戦った妖怪、鎌鼬だ。

『かまいたち』と呼ばれる自然現象の成り立ちの元となった原初の妖怪。攻撃方法は風で出来た刃を飛ばすというシンプルなものながらも、その刃は鉄をも切り裂く斬れ味を誇る強力な凶器だ。

 一度喰らえばそれだけで致命傷だ。

 ――本当に昨日、紙一重で回避できた林道くんは幸運だ。

 しかしもし避けれていなければどうなっていたか、などというもしもを今の早苗に考える余裕はない。あるのは一つ。絶え間なく無尽蔵に飛ばしてくる風の刃の応酬をどうくぐり抜け本体へ攻撃するかだ。

 

(結界を増やして無理矢理行く? でもそれだと強度が心許ないし……あの技を使うにもこうも攻撃が続くと準備も出来ない……どうする?)

 

 つまるところ、彼女はジリ貧に陥っていた。

 鎌鼬の方からすれば、これは戦略。自身は風を刃の形に加工する力だけ使い、相手にはそれを防ぐための力を消費させる。どっちの方が消耗するなど比べるまでもなく後者。鎌鼬は、手数で押し切り相手の弱ったところを尾の先の一番切れ味の高い刃で首元を切り裂く残虐な妖怪なのだ。

 

「……そんなに簡単にはいかないですよ、っと!」

 

 早苗の手元で大きく広がる星型の結界。それは鎌鼬の刃たちを次々と防いで行く。しかし、いずれは崩壊するのは道理だ。結界のあちこちのヒビがそれを予言する。

 だが、早苗は次の手を用意していた。

 

「――風よ、我が言の葉に依りて吹け」

 

 風向きが変わる。早苗の霊力を目に見える形で風に乗り一つの塊を形成していく。

 それは一つの乱気流。

 

「風神『塊風衝』――!!」

 

 轟音を立てて風が刃を振り払いながら、鎌鼬へ迫る。

 しかし鎌鼬も阿呆ではない。咄嗟に身を翻し、木へ木へと転々とする。風は木々を揺らすばかり、それを捉えることはついぞ出来ないまま、鎌鼬は森の中はひそんだ。

 

「ま、まずい!」

 

 どこにいるのかわからなければ、どこからあの刃が飛んでくるかもわからないのに! そしてその予期通りだった。

 森の木々の間に隠れた鎌鼬の風の刃が、早苗の右肩を掠った。

 

「痛っ!!」

 

 バランスを崩し、早苗は飛行状態を維持できなくなり、森の中へと落ちていく。木の枝に絡まり葉に遮られ地面に落ちる。

 ボロボロだった。霊力は結界の連続使用で尽きかけて、体力もまた同様だった。

 

「はぁ、はぁ、くっ……」

 

 今は立つことで精一杯。そんな具合の早苗を見て、頃合いとでも思ったのだろうか。鎌鼬が姿を見せる。

 

「なるほど。近くで見ると、案外大きいんですね……」

 

 スラリとした鼬の体躯に、大きな刃のついた尻尾。特出すべきはそのサイズ感。立ち上がった早苗と同じほどの高さは全長にすれば二メートル強はあるだろう。

 まさに妖怪、化け鎌鼬。

 

 それは静かに這い寄るように早苗に近づくと、尾の刃を首元に近づけ、ニヤリと笑った。

 

(ダメだ……こうなったら、今はなんとか力ずくでも離脱して状況を……)

 

 早苗が悲観的に退却を考え始めた、その時だった。

 

「待て!!」

 

 ―――また、あの男が現れた。




東風谷さんの技は既存スペルだったり独自の思いつきだったりと様々です。

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