その世界では全てが無だった。
清廉であり、潔白であった。
辛い黒もない。痛い赤もない。ただの何もないがあるだけの世界。
ようこそ、カルデアの諸君。
ここは忘れ去られた異聞の地。
いずれは消え去る異端の欠片。
だから、私は貴方達を呼んだのだ。
私の世界を、私の理想を、私の悲願を。
全てが正しかったのだと。
全てに不正解が無いと。
例え、この世界が一瞬にして還るとしてもその一瞬にこそ価値があったのだと。
貴方達によって証明するのだ。
※
「これは…」
シャドーボーダーから降りて目に入ったのは色の無い街並みだった。
漂白された白とは違う。そもそもの色がない。まるで抜き取られたかのように全てが無へと差し変わってるようだった。
「先輩、これは一体…」
一瞬、魔術的な結界とかそんな物かと思ったがマシュが知らないとなるとその可能性まで薄い。
ならば、これはこの世界のルールなのだろう。
『虚数潜航中の我々が突如として実数域に戻されたのは何も無いがある世界でしたか……なかなかの不思議体験だぜ、これは』
ボーダー内からの通信。いつもの明るく軽い口調のダヴィンチちゃんもその声色の裏からは驚愕と感心の二つの言葉が見え隠れしていた。
「こちら、藤丸。大気濃度は良好。敵性反応なし、とう言うより生命体の反応がないよ、これ」
『そうだなー、ボーダーから飛ばしたドローンからも多くの民家は確認できるんだが、外に人が居ない。皆、家に閉じこもってるのか? 藤丸、できるなら民家に侵入して見てくれないか? 内部情報が欲しい」
「無茶言わないでよ、ムニエル。不法侵入だよ、それ』
『ならば、軽くノックして見りゃいいだろ。人がいるなら出てくるさ』
「出てきたらなんて言うのさ」
『そこら辺は臨機応変に頼む』
「えーー…まぁ、いいよ。わかった。マシュ、話聞こえてた?」
「はい、しっかりと」
オルテナウスを起動させ、一応周囲の警戒をしてもらっていたマシュを呼び戻し、今後の行動の方針を共有する。
「それじゃあ、しばらくは探索。できるなら召喚サークルの設置とサーヴァント召喚、あとは食料の確保ってことでいい?」
『ああ、バッチリだ。今は熟睡中のオッさんの料理の腕ってのがやっと拝めるのを祈ってるよ。ホームズもそろそろまともな飯が食いたいだとさ。英霊は食事を必要としないのにね、全く……んじゃ、ボーダーの電力も節約したいし、ここで切るな。いつでもチャンネルは開いてるから何かあったらかけてこいよ! それじゃ、交信終了! 健闘を祈るぜ!』
ボーダーからの通信終了。
当面の目的、その中でも一番楽そうなものから片付けていこう。
「じゃあ、マシュ。いくよ」
「はい、先輩。」
お互いに生唾を飲み込む。
少し触れたら崩れ落ちそうなドアを数回ノックした。
何もない世界に音が生まれて響いて消える。
そんな事を二、三回繰り返した所でも世界は変わらない。
「留守、でしょうか」
「留守というよりそもそも居ないとかの方がしっくりくる気もする」
ドアの横、窓から微かに見える家の中は生活感はあった。
だが、ハリボテだ。
生活感というテクスチャのみがあって、その上を闊歩する何者が居ない。
「どうします、先輩」
「どうするも何も…うーん、人をまず探したいけどね…」
まずは民家の中には人が居ないという情報は手に入れられたが、だからといって、ならどこに人がいるのかはわからないまま。
サイコロなどまだ触れてさえも居ないのだ。
そんな中、突如とマシュと俺から警報音が鳴り響く。
空虚な街はそれで満たされ、いつもより変に耳障りに聞こえた。
「先輩…! これ!」
「接近してくる反応…しかも、この反応は…サーヴァント!? マシュ!」
「はい! オルテナウス起動! 対象接近、接触まで5、4、3、2、1」
俺らの死角。
民家の裏から屋根へと飛び乗り、見下ろしてくる形でアレは現れた。
モノクロの街。
空虚に住まう獣。
影の形をした災害。
サーヴァント。しかも、アレはーーーー
「カルナ!?」
「の、シャドウサーヴァントです!」
ランサークラスのサーヴァント、カルナ。
その寸分違わない姿形をした抜け殻がそこには居た。
[ーーー]
「!! きます!」
影法師の影法師となっても施しの英雄であった。
機械のような槍の一戦はマシュの盾に防がれた。しかし、マシュは半歩後退し、膝をつく。
ダメージゼロとはいかない。
軽く息をあげ、肩で呼吸をしている。
咄嗟に魔術礼装で回復を促すが、それより一歩前に影は動く。
音もなくーーー否、音さえも置いて。
英雄の影は槍を突き出す。
「マシュ!!!」
声がマシュに届くのが早いか、槍がマシュを貫くのが早いか。それとも、駆け出した俺がマシュの前に出るのが先か。
長い長い刹那だった。
苦しい苦しい一瞬だった。
届かなぬ現実に手を伸ばし、せめてもと必死に願う。
世界が焼かれて、世界を救って、世界が塗りつぶされて、世界を救うおうとしてるんだ。
一つくらい、一つくらい叶えてみたらどうなんだ。なぁ、神さまお願いだ。どうか、どうかーーーー
「マシュを助けてくれ!!!!」
「心得た」
刹那、終了。
瞬間は終わり、突き刺さり流血を滴る槍という現実は消失し、目の前には影を一刀両断した大剣の男が立ち尽くす。
ただの一撃だ。
ただのワンアクションだ。
ただのそれだけで、あの英雄の影を切り裂いてみせた男は淡々と振り向いた。
「無事か、二人共」
その顔にはどこか見覚えがあった。
その剣には確かな見覚えがあった。
凛としながらも野生的で、しかしながら腰は低く、実力は申し分のないのに自己評価が低くて、此処一番という所でいつも俺たちを救ってくれたかの大英雄に、男は重なった。だから、見覚えがあった。
「無事そうだな、よかった」
男は大剣を手の中から消し、安堵していた。
無感情に見えて感情がちゃんとあるのも似ている。
「あなたは…」
そうだ。彼を俺は確かに知っている。
竜を砕き、無敵と称され、最後の最後まで人々の願望機としての正義を成して散ったかの英雄の名を、俺は
「ああ、すまない。自己紹介が遅れたな。俺はジークだ。よろしく」
大英雄、ジークフリート。
目の前の男はまさに彼と瓜二つの雰囲気を纏い、俺たちの前に立っていたのだ