古来より魔王と勇者一行の者は不俱戴天の仇。
それは勇者であっても、一行の誰かであっても、魔王と会うとは激突・死闘しかありえない。
魔王軍にとってもそれは当てはまる、はずなんだけどな?
「いいからっさっさとこやつを返すぞ!」
「何言ってるのさ!せっかく僕がご招待したんだよ?返すわけないじゃないか。」
さっきから魔軍司令官ハドラーと死神キルが同じようなことを言って騒いでる。
ハドラーなんて私の事普通に抱っこしたまま返しに行くの行かないのの押し問答してて、正直今の状況に困ってます。
ミストなんてもう突っ立って動かないでやんの。
馬鹿馬鹿しくて不介入貫き通したいんだろう~気持ちとってもわかります。
「お嬢ちゃんだってさっき戦い嫌って言ってでしょう?
だったらさ、僕たちのお城で大戦終わるまで優雅に過ごそうよ。
食事も寝る場所も不自由はさせないよ?
こっちだったら君に戦えなんて言う人いないからね。」
だから私に構わないで返してください、死神さん。
「何を馬鹿を言っている!こ奴は俺を倒します宣言していたとんでもない娘だぞ!!」
あ、そればらしますかハドラー。
まぁ私も戦う者のはしくれとしては、こんなにすごい人と戦って勝ってみたいのですね。
・・理由がアバン先生の仇とか、まして世界の為ってところじゃないところが心苦しいんだけどね。
「ハドラー君戦いたいんだったらさ、お嬢ちゃんがこっちに来れば四六時中戦えるよ?」
絡めてできやがりましたよこのお人。
はぁ~
「そんなに私とお茶したかったら貴方がこちらに来ませんか?」
逆に勧誘したれ。
「おや魅力的なお申しでありがとうお嬢ちゃん。」
それを聞いたハドラーはぎょっとして抱きかかえているティファを正面に持ってきてまじまじと顔を見てしまった。
お前まで一体何を馬鹿なことを言い出すのだ!
しかし言われた当のキルは飄々とした態度は崩れなかった。
「僕はね、そこにいるミストが大好きなんだよ。」
突っ立って彫像の如くになって自分達を無視していてもだ。
「それにバーン様も好きだしね。」
ヴェルザーの命令なんてもう無視だむし。
バーン様とミストとそして「今の君もとっても僕好みなんだよハドラー君。」
ただの三流道化師魔王が、遂には高みを目指す戦士に成長を果たしたのがとっても好ましい。
その三人と、お嬢ちゃんが加わってくれれば自分はなんだってしてあげる。
自分の大好きな人たちを守るためなら世界なんて正直どうだっていい、魔界もまた然りだ。
「・・・・それ貴方が言っちゃっていいんですか?」
今この瞬間だってバーンは何らかの方法で状況を見てるはずなんだけど、主の理想がどうでもいいって。
「いやだって、僕にとっては今言った人たち以外はその辺の石ころと変わらないもん。」
誰が死のうが生き残ろうがどうだっていい。
それを示すようにキルは石ころを一つ蹴り飛ばして見せる。
世界なぞ自分にとってはこの程度だと。
「この大地も僕たちが使うまではそこそこ緑があったんだよ。」
しかしバーンが本拠地にするために魔界とつなげて資材を送らせているうちに、魔界の瘴気がこの大地を死の大地へと変貌をさせた。
自分にとっては興味のない事ではあったが。
「太陽だろうが緑だろうが、僕の好ましいと思う人達以外は大差ないね。」
だから世界よりも何よりも大事に大切にしてあげるからこっちにおいで?
その言葉を聞いたハドラーはティファを益々抱きしめて数歩後ろに下がった。
こいつは・・変わり者だと思っていたが!とんでもない変態だ!!
どこの世界にこんな年端もいかない少女にそこまで入れあげる成人魔族がいる者か!
いたとしたらとんだ幼女趣味の変態だ!!
しかも自分もその好意の中に入れられているなんて願い下げだ!熨斗つけて叩き返してくれるわ!!
ハドラーが内心でうめき声をあげた時、ティファは別の事が胸に突き刺さる。
「ハドラー・・」
弱々しい声で魔王に呼びかける。
「・・なんだ、今すぐに帰してやるからな。」
「いえそちらではなくて、その・・」
聞いてみよう、魔界育ちのこの人から。
「魔界とは全部がこの死の大地のようなのですか?」
三神様達から話は聞いたけれども、自分の目では見ていない。
実際はどうなってるか聞いてみたら、ハドラーが苦い顔している。
きっと今聞いた通りで、魔界はそこまで深刻なんだ・・だったら・・この戦いは・・・あれ?
「ティファ⁉」
ハドラーが焦った声がする、私も驚いてる。
だってなんで私泣いてるの?
それは静かな嘆きだった。
ティファは魔界の現状を思っただけではらはらと涙を流してそれに自身が戸惑っている。
行った事もなく、縁もゆかりなく、まして今戦っている相手の故郷だというのに。
それでもティファは悲しみが止められない。
この大戦で人死にが出たのが分かっていても、自分だとて散々魔界の者たちを手にかけたとしても、無残な大地に生きねばならなくなった者たちの辛さが、この大地に充満した瘴気が証のようで。
恨み・嘆き・魔界にはない豊かさへの嫉妬が、この大地に埋め尽くされているように感じられて。
「君はとても優しい子なんだね。」
驚き対処し損ねているハドラーに代わってキルがティファに話しかける。
「魔界の住人が可哀そうかい?」
「・・・・・」
「そんな人たちと戦うのは嫌?」
「・・・・・・」
きっと泣いている理由はその辺りだろう。
自分にとっては路傍の石ころのような存在であっても、ティファにとっては愛おしいものたちなのだろう。
なんて底なしに優しい愚かな子なんだろう。
今自分が戦っている相手の事情なんて、知らない方がいいに決まっているだろうに。
察しが良くてこの子苦労しそうだ。
この優しさに寄って来て甘えて頼みにしてしまいそうな馬鹿たちが出る前に-保護-してあげないといけないな~♪
この子は優しいだけの子では決してない、世界のトップクラスに入る腕の持ち主で、会話の端々からも知識の高さが伺われる。
そんな子の末路はただ一つ、慕われ利用されて便利な道具とされてしまう。
それは地上だろうが魔界だろうが一緒だ。
あまり人を疑わない素直な子なぞ使い勝手のいい便利な道具だ。
自分はそんなことは決してしない、愛して愛でるだけでそれ以外は。
「こっちにおいでお嬢ちゃん。」優しい世界だけを見せるようにしてあげるから。
いつの間にかキルはハドラーの正面に迫り、左手で優雅にティファの伊達眼鏡をはずして人差し指ではらはらと流れる涙を拭っている。
ガラス越しでなくなったティファの瞳はやはり美しい。
満天の夜の星空を閉じ込めたような黒い瞳は、涙によっていっそう煌めいていてうっとりとする。
これに触るなとハドラーが叫ぶその前に、死の大地の轟音が響き渡った。
音は空気をも揺らし、その正体は自分達の立っている数メートルさきにクレーターを作っていた。
「ああ、やっと見つけたよティファ。
駄目じゃないか、俺に無断で一人でこんなに遠くに来たら。」
死の大地に穴をあけた当人は、ティファのガルーダの背から降りてにっこりと笑ってようやく見つけたと話しかける。
「・・ダイ兄・・」
空からライデインを降らせた勇者ダイが、ガルーダに乗って自分を迎えにやってきた・・殺気放ちながら!
お迎えが来ました。