勇者一行の料理人   作:ドゥナシオン

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秘密部屋の日常


秘密部屋の秘密③

パンの焼ける良い匂いで目が覚めた。

喉が渇いたと思って周りを見回せば、マグをもって自分のベッドの横に立っているティファの瞳とぶつかった。

 

「水分多めでお願いします。」

 

どこか戸惑っているようなぎこちない声で話しかけられ、バランも落ち着かない気分で素直にマグを受け取り一気に中身を飲み干す。

その水は冷たいが硬さがなく、ほんのりとした塩と柑橘の爽やかさがあり体中に染みわたる美味しさだった。

回復の泉と違い肉体的な回復効果は見られなかったが、それは確かに自分の渇きをいやしてくれる水だった。

 

「・・・一度煮て湯冷ましして塩とレモン入れた水です。」

 

その美味しさに空になったマグをしげしげと見ていたバランにティファが作り方を教える。

何をどう話していいのか分からないのはバランだけではなくティファとて同様で、なんとか会話の糸口を探し探しで話しかける。

 

あの三人とは普通に話せたのに。

 

自分のぎこちなさが嫌になりついガルダンディ・ボラホーン・ラーハルトを思い出す。

鳥のお兄さんは話すというよりは怒鳴りあったのが大半で、ラーハルトには怒られどおしで、まともに会話したのがボラホーン一人であっても少なくともぎこちなさはなかった気がする。

 

そうはいっても父さん助けるって決めたの自分だ。

 

「夕飯食べられそうですか?」

とりあえず日常会話から言ってみよう。

 

明日ダイ兄たちに送るサンドイッチのパンと具材の仕込みは終わった。

 

「んと~、ダイ兄は肉多めのサンドイッチ、お酒は・・クロコダインとおじさんか。

アメって・・・・ヒュンケル~。」

「ティファ・・その食べながら手紙を読むのは行儀が・・」

「あ!・・・ごめんなさい。ダイ兄達からの返信早く読みたくてつい。」

 

小さなテーブルを出しまたもやベッドで並んで食事をしていたが、ティファが手紙を読み始めたのでバランとしてもつい行儀が悪いと注意する。

だが果たして自分が行儀云々など人にとやかく言える資格があるのだろうか?

自身の身勝手な思い一つで人間はすべて悪で全滅させるべきなどと神を気取った愚かな自分が。

幸いティファは悪いと思ってすぐに手紙をベッドの枕元に置き中身を教えてくれた。

どうやら自分が眠っている間にティファはディーノ達に大量の昼食と手紙を書き、お礼とリクエストの返信が来たようだ。

 

「明日は朝から買い物に行ってきます。」

リクエストの食材をベンガーナの朝市で買うために。

「その・・・良ければ一緒に行きますか?」

マグをもって空の底を見つめたままティファは小さな声でバランを誘った。

 

恐らく父は今まで-日常-というものは無縁だった気がする。それこそ母ソアラとの一年足らずの時とても逃亡生活であり不用意な外出は避け、最低限の衣・住を整えた後はモンスターの肉や自然の木の実で賄っていたとかそんな感じだろう。

足りない野菜はテランの人達と物々交換とか。

本当の人間の営みを見てほしい。

人間とは決して綺麗なだけの生き物じゃない。他人を騙し・貶め・憎み・盗み・貪欲に欲する困った者たちが沢山いる。

それでも負けずに綺麗だったり平凡だったり悪い奴らがひしめき合って生きているのが人間だ。

ベンガーナの朝市はその縮図と言えなくもない。

 

ティファの申し出を受け、夕食を食べ終わったバランは再びティファと同じベッドで眠る。

行くと答えた自分に驚いた顔をして、次第にほおを緩めた娘はいそいそと空になった互いのマグを片づけすぐに戻ってきて自分の横でスヤスヤと眠りについたからだ。

人間を憎んでいた自分がいきなり憎んでいた相手の日常を見に行くと言えば、誘った方も驚くか。

 

義理か会話の糸口かで聞いてきたことが、本当に受け入れられるとはティファとても思わなかっただろうとバランは微笑みながらティファの頭をしばらく撫で、壁に灯されている蝋燭を全て吹き消しバランもティファの横で眠りにつく。

 

朝は日の出とともに起き、ティファはいつもとは違ってフランネルの長シャツにひざ下までのスカートに水色のベスト。

肩口にかかるポシェットの中に五十ゴールドの入りの財布と鋼の剣の入ったリングを入れて、用心のために空飛ぶ靴を着用している。

 

たいしてバランは普段つけている鎧とモノクルと剣を置いていき、代わりにティファの用意した洋服にそでを通す。

丸首で長袖のボタンなしの綿のシャツに灰色の膝丈まである胴衣を赤い布で絞め、下もシャツの同じ黒のズボン。

ブーツは戦いでも無事だったのでそのままだが、こんな格好をしたことはなく果たして似合うのか等と常の自分では決して考えつかないと断言できることを思い浮かんでしまい消えたくなった。

・・・そもそもこの服は一体いつティファは買ったのだろう?昨日自分が眠っている間に見繕ってきてくれたのだろうか?

 

・・・やばい、我が父親ながら本気でかっこいい。ソアラ母さんが城を出てまで父さんに付いて行った理由が分かってしまうほどかっこいい。

五年前テランであった父さんの体形と変わっていないでよかった。

 

まさか我が子が五年前から今日という日が来ると信じて買っていたとは思いもよらないだろう。

そしてタンスの引き出しの奥には三人組の服も入ったマジックリングがひっそりと置いてあることも。

 

 

「安いよ!!それでいて新鮮!なのにこのお値段!」

「朝採れたてのトマトだよ~!」

「ステーキに最適な肉が今ならお安く売るよ~~!」

 

そこは見た事がないほどの活気があった。

見た事もないような品物の数々、それを声を張りあげて売り上げる店主達、路地に面した棚が空にならないように売れた商品を次々に補充する店員たち。

売り手は大人から子供の姿まである。

だが買い手たちは相手が子供であっても容赦ない。

 

「このカボチャは虫くってます!五個で一ゴールドなら買いますよ。」

「ちょっと姉ちゃん!こっちも商売なんだ!!」

「でしたらそこの青臭そうなトマトもいただきましょう。十個とカボチャ合わせて三ゴールド。それ以上ごねるなら買いません。」

「足元見やがって!分かったよ畜生!持ってけ泥棒!!」

「いただきま~す♪」

 

自分よりも年下そうな少年から安く買いたたいた愛娘はご満悦な顔で買い物をすすめる。

 

「あ!このお肉少し端っこが・・・とればいいか。」

「ちぇ!気が付いたんなら仕方ねえ。おまけするから持ってってくれ、端っこのやばいとこは切っとくよ。」

「その鶏肉もギリギリでしょう。今売って調理してもらえなければここでお腹を壊したお肉売ってると悪評立ちますよ?」

「可愛い笑顔でえげつないこと言ってくれんな~。半値でいいぞ。」

「その代わりこっちのもも肉はもう一ゴールド多めに出します。どう見ても値段よりいい肉ですよね?」

「おっ!分かってんじゃねえか。この肉はな、そんじょそこらの・・・」

 

安く買うだけだと思えば相手の付けた値よりも高く買うと申し出る。

自分にとってはティファのしている事は訳が分からない。

 

「市場の人達は皆さん今日の売り上げで次の日に繋げるんです。

良くないと知っていても通常の値段で売ろうとしたり、反対に物がいいけどこの市では高いと思われる値段では売れないから泣く泣く安い値段をつけたりといろいろあるのです。」

生きていくというのは大変で、悪いと知っていても腐りかけの物を売ってでもという人がいるのは仕方がない。

買い手側がきちんと気が付いて値引き合戦をして、それでも代金を払うように持って行って売り買いするのが市の特徴なのです。

みんな生きるのに精一杯で、買い手側だとてそのことを承知していて余程の物でない限りただで寄越せという愚か者はいない。いたとしてもすぐに周りから締め出されるのです。

 

値引き合戦をした理由、反対に高く買おうとした理由等、自分の疑問を呆れることなくティファは丁寧に教えてくれる。

 

「これ食べながらもう少し買い物をします。」

朝採れたてのリンゴを皮つきのままむしゃむしゃと食べ歩きながらティファはふらふらとすべての店を覗き込みながら買い物をすすめていく。

自分もリンゴを食べてみれば、昨日のスープや水のように体に染みわたる美味しさであり驚く。

自分は今まであらゆることを無視して目を向けず、憎しみに凝り固まり一つのリンゴの美味しさにさえ気が付かなかった愚か者なのだと。

そして、日常を営むという事の難しさを。

自分が知っている生活といえば一人で生きていたかせいぜいアルキード国の王宮内。

自分一人の時には小さな村で狩ったモンスター達の肉と自分に必要の物を交換をし、王宮では食事も服もふんだんに与えられただけでソアラとの生活も一人暮らしの時と変わらずで、常人の日常とは程遠かったのだと思い知る。

 

それに思い至らなければ、粗悪品を高値で売ろうとした少年を汚いものとしか見なかっただろう。

その少年の生きていく糧を思いもせずに。

自分は本当に愚かで物知らずなものだと嫌悪感が増していく。

数千年の竜の騎士たちの記憶をこの身に宿していても、人間たちの生きるという難しさを全く知らず、知ろうともしなかった自分が人間殲滅を考えていたとは消え入りたくなるほどの恥。

その事を、荷物を山ほど持って前を歩く娘が優しく思い至らせてくれる。

強き言葉や激しい叱責ではなく、自分が気づくようにと願ってくれたのだろうか。

 

「ティファ・・・その・・買ったものは私に渡しなさい。」

ソアラのように重いものが持てないという娘では無い事は承知している。

だからといって、それが自分がなにも手伝わないでいいことの理由にはならないと、自分の顔が赤くなるのを感じながら申し出てみた。

 

申し出を聞いたティファは、この市に自分も付いて行くと答えた昨夜の時のように驚きながらも、昨夜よりも早く綻んだ笑顔を浮かべてくれた。




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