ティファの客達を見ててバランは一つの決心をした。
ティファの心が治るまでは石にかじりついてでもティファのそばを離れない。
「そんな母さんが・・」
「そうだ、ソアラは素晴らしい女性であったが・・その・・料理が苦手だったのだ。」
「父さん何食べてたんですか?」
「大半は私が作って時折ソアラが作ってくれたものだ。」おもに焦げた肉や味が濃すぎるか薄すぎるスープなど。
最愛の妻との思い出話や
「そう、ラーハルトさんが父さんたちの日常見てくれてたんだ。」
「うむ、何せ男所帯で日常を回せたのはラーハルトしかいなかったからな。」
ガルダンディとボラホーンは着の身着のままで注意しなければ風呂にも入らず、辛うじて川で水浴びをする程度で、身の回りの用意の全てはラーハルト頼み。
ラーハルトは小さき頃に拾ったが、育ち盛りの服は自前で賄っていた。
「・・・・神秘的でかっこいい服着てるな~って思ったのって・・」
「あの服が一番作り易かったからだと言っていたな。」
ギリシャの服を思わせる軽装の上に、最低限の防具だけをつけた姿はかっこいいではなく、単に作りやすさから生まれたものだったなんて・・テランの子供たちにはそんな裏事情は内緒だ内緒。
配下の竜騎衆との日常をできうる限りティファに話して聞かせることを徹底して心がけた。
ティファは洞窟にて休んでいたのはたったの半日で、一行の昼食づくりを終えて鳩に託して送った後は万能薬作りに勤しんでいた。
後何日かすれば鬼岩城がパプニカに来てしまう。その前に大量の万能薬をストックしておくことが、今の自分に与えられた仕事だと休む暇を惜しんで。
何かに駆り立てられるようにして真剣な表情で薬作りをしている娘の邪魔をするつもりはないが、時には休憩は必要だと自分でお湯を沸かして二人分のお茶を出した時にはとても驚かれ、其の隙を突くように根を詰めては体に毒だと言えばさらに驚かれ、頷いてお茶を飲んだティファの顔は呆けていた。
普通に美味しい
「こいつめ。」
なんとも褒め言葉になっていない率直な感想に苦笑いがこみ上げ、気が付いた時には自然とティファの頭を撫でていた。
撫でられたティファと撫でた自分、果たして驚いたのがどちらだったのか。
それでもティファは嫌がらずに黙って撫でられ
「お茶なら、クッキーの余りある・・」
ポツンともののついでに言ったような話し方で茶菓子を出し、次の日からはお茶を出すのが休憩の合図となり、少しずつティファの知らないソアラと三人の話を聞かせて過ごすのが日課になった。
自分の中にあるのは決して憎しみだけではない、幸福な思い出が、何気ない日常の幸せがあったのだと話しているうちに甦る。
そのことを忘れはて、世界を憎んでいた事すらが不思議なほど自分は幸せ者だったのだとうちのめされた。
だがそれでもいい、自分の罪に押しつぶされようとも。
「ふへへ・・かぁしゃん・・・」
話をしてから四日目の夜からティファに変化が起きたから。
その前の日からうなされても軽いものであり泣き叫ぶことはなかったが、夢を見ながらティファが笑ってくれた。
昼日中でも自分の思い出話にほっこりと笑い、ソアラと三人の失敗談に吹き出して笑い、友人たちと笑いさざめくティファに安堵し、夢を見ながら笑う娘をそっと包み込んで声なく泣いた。
娘の心の傷全てを癒せたなぞとは思ってもいない。
それでも三人の死を夢に見ることなく楽しい思い出話で笑っているのを見て、本当に嬉しくて涙が止められない。
こんなに涙を流したのはソアラを失った時以来。
あの時は世の全てを失った思いがしたが今は違う。
ソアラよ、私は今度こそ大切な者達を守り抜く
ティファだけではなくここにいないディーノも、全身全霊を使ってでも守り抜く。
父の温もりの中、ティファは少しずつ前に歩き始める。
この後の事を知っているからという義務からではなく、仲間を・家族を守りたい
ただ純粋な思いで薬を作る。
時には休憩をはさみ、時には鼻歌を歌いながら兄達を思い、お世話になっている-おじさん-に思いを馳せて、穏やかな時を思いがけずに過ごす。
しかしそれだけで済まないのがティファに日常であり、ティファの心をかき乱す出来事が休日三日目に起こった。
-カシャン-
「そんな・・・おじさんが・・」
血を吐いたっていう事は内臓系だ!ポップ兄の手紙に仔細書いてあったけど、なんて理由でハドラーとベギラゴン打ち合っちゃったの!
「薬・・・違う!あった!!」
万能薬を途中まで作り上げていたティファが、鳩に付けられた返信を読んですぐに顔が青褪め取り乱しながら薬棚から薬草を数種出し、それまで作っていた物を全て惜しげもなく廃棄して新しい薬を調合し、瓶に詰めて手紙を添えて再び鳩を送り出す。
夕日に背を向けて宵闇に飛び立つ鳩の姿が見えなくなるまでずっと見送って。
まるで自分こそが行きたいというような切なげな顔をして。
「今日はもう休もう・・」
お昼に沢山パンを作ったからそれでスープがあればいい。
その日の夜はティファは確かにうなされることはなかった。
高齢のおじさんに魔法の打ち合いなぞ自殺行為だ。
会いたい・・でも会いたくない・・・会ってしまったら、自分はきっとおじさんに縋りついてしまう。それだけは・・
翌日になっても父は何事があったのかを聞いてこない。
バランの優しさにまた助けられる形となった。
騒動の内の三つの内の一つは慌ただしく始まりこそすれ静かな幕切れで済めた。
日を追うごとにに食欲と血色が良くなるポップの返信手紙が功を奏して。
読むたびにティファの表情も落ち着き穏やかな日常に戻れたが、少しだけ困った事がある。
夕刻よりバランが微熱を出すこと。
薬を飲めば一時間もしないうちに熱は下がり、体に何の影響もなさそうに見えるのだがティファが心配をする。
何もないなら熱が出るはずがない
体の調子が崩れているのは分かるが、どう悪いのか分からずに手探りで薬を飲ませても次の日も改善されずでティファが泣きそうなところに意外な救い主が現れた。
「ポップ兄のぶゎかあああ!!!!!!」
休み九日目の夕方、洞窟に大絶叫が迸った。
返信手紙をいつもの如くルンルン気分で見ていたティファの形相が見る見るうちに変わりはて、周りの来客もバランも何事だとティファに声を掛けようとしたその時に大絶叫。
鬼の形相で叫びあげ、手紙を握りしめて肩で息をしながら仁王立ちをしているティファに、バランも含めた周りは本気でびびった。
屈強な精神を持つバランを本気でビビらせる偉業を達成してしまったティファは憤怒の形相を父に向け
「父さんはザムザという人を知っていますか!」
説明もなくいきなり同僚の息子の名が上がり違う意味でバランはぶっ飛ぶ。
だがザムザを知っている、軍の中で二・三度会った好青年であると告げれば
「今その人がこのモンスター筒に入ってます!」
なんだそれはと心底驚き、先程ティファが読んでいた手紙を自分も見てみれば心底がっくりと来たくなった。
ディーノとあの少年ポップはもう少し賢いイメージがあったのだが。
親子そろって兄達のしでかしたことにがっくりと肩を落とす。
やっている事自体は悪いことではないので文句を言う筋合いはないのだが、こんな大事を手紙一つで頼む兄にも困ったものだと思いつつ、ティファはザムザを筒からベッドに場所を変えて手当てを始める。
内臓系のダメージは自分が兄に渡した生命力特化万能薬であらかた治っているので栄養剤を処方してゆっくりと吸い飲み流し込む、飲んだ後は放っておき、自然に目が覚めるまで待つことにした。
ティファが夕餉の支度をしている間、バランはザムザを見ていた。
それはザムザを見ているというよりも、ザムザを通して息子たちがしようとしたこの行為に戸惑いと僅かな嬉しいという自分の中の思いを見つめている。
少し前の自分ならば敵を助けるなどは甘いことだと切って捨てていただろうに、助けようとしたディーノ達を眩しく思う。
自分も己の邪魔をした魔法使いの少年を助けはしたがあれは贖罪であり、ザムザはディーノ達にとっては助ける謂れの全くない敵であるのに助けようとした。
ティファの優しさが仲間たちに伝わった結果だろうか?
敵で現在の大魔王と同じくらいの脅威である自分に、戦いのさなかであっても手を差し伸べてくれた太陽のような娘の優しさが。
「バラン様⁉」
つらつらと考え事をしていればザムザの絶叫で現実に引き戻された。
この洞窟はよく絶叫が響くところなのだろうか?
説明するのももどかしいので、ザムザが何かを言う前にポップの手紙を押し付けた。
案の定ザムザは無駄な事を言わずに食い入るように手紙を読み全てを察したようでがっくりと肩を落とす。
「・・・まさか私を助けるだなんて・・」
この場合ザムザの言っている事の方が正しい。自分もその気持ちがよく分かるが、折角子供たちが必死で助けた命を無駄にされては大変困る。
「これからどうする?」
短いながらも様々な意を込めて尋ねてみれば、軍を抜けるとあっさりとした答えが返ってきた。
「元々父の手伝いで入っただけですので。」
自分とやりたい方向性は全く違い、軍の技術班はとにかく手柄狙いで鵜の目鷹の目でギスギスしていて嫌気がさしていましたとあっけらかんと言われたバランはそうかの一言しか返せなかった。
ここが武人と科学者とやらの違いだろうか?
サバサバとしたザムザを見てバランはしみじみと思ってしまった。
「それでこの手紙に書いてあるティファさんとはどなたの事でしょうか?」
どうやら自分が助かったのはダイ達の恩情のおかげのようだが、実際に助かったのはティファさんという方の薬のおかげらしいので是非礼を言いたい。
「ああ起きましたか、ただいまです父さん。」
ザムザが礼をしたい相手が、ちょうど木の実とりから帰ってきた。
たまにはデザート欲しいと早生のリンゴを取ってきたところに父と他の人の話し声が聞こえたのでダッシュしたらザムザが起きていた。
お互いに名乗りあい、ザムザはお礼をティファもあっさりと受けてお互いにくどくどとはしなかった。
双方武人肌よりも理系であるのが理由かもしれない。
ダイ達がどんな薬を使って自分を助けてくれたのかがザムザとしては気になっており、ティファは快く薬の成分表を見せればザムザの目が点になった。
こんなにいくつもの種類の薬が、互いを打ち消しあうことなく調合をされているとは!
「何かをするのならば悪い事よりも良い事を研究した方が楽しいですよ。」
それは地上でだけではなく魔界でも当てはまる考えだとティファに結ばれた。
薬の凄さだけではなく、自分を諭すのに自然と魔界の事にまで言及する娘にザムザは穴が開くほどティファを見続け、何かに納得したように頷く。
ザムザが目覚めたことで夕餉となり、ザムザはバランに初日に出した流動食もどきを出したところいたく褒められてティファを赤くさせた。
「ティファさんが目指しておられるのは医食同源ですね。」
ザムザの的確な褒め言葉にティファは赤くなりながらも興奮し、自身の目指している事を理解してくれたザムザの手を千切れんばかりに振って大喜びし、その夜は遅くまでザムザと共に万能薬作りに励んだ。
ザムザも新薬作りを楽しむ傍ら、微熱を出したバランを軽く診察するとおもむろにティファの許可の下薬の棚から数種の薬草を出して調合を始める。
「おそらくバラン様の内臓のどこかに傷があるのでしょう。バラン様は竜の騎士であるゆえ人用の薬では治りづらいかと。」
僭越ではあるが作りましたとあっさりとティファのお悩みを解決してくれた。
「そっか・・・人用じゃダメだったか・・」
的外れだと落ち込むティファをバランとザムザが慰めつつ、次の日に鳩を出したティファは出掛ける旨と、二人には自由にしてほしいと言い残して鬼岩城戦へとガルーダと共に飛び立った。
ここに残るも旅立つのも自由であり、いつでもこの洞窟を使ってもいいと言い残して。
それが今朝の話だったけど、またこうしてザムザさんと薬作ってるのが不思議だ。
「明日またすぐ出かけます、朝食は置いて行きますね。」
「申し訳ありません。私もしばらくここを拠点にさせていただいても?日常品はモシャスで人になって買いに行きますので。」
「分かりました、自由にお使いください。」
その様子をガルーダは寝そべりながら見るともなしに見ている。
魔族と共に人を助ける薬を作る不思議な子だと思いながら。
ようやく秘密部屋が終わりです。