鬼岩城襲撃の次の日の朝にはもうパプニカの朝市は滞りなく開かれた。
被害は精霊達と一行の料理人の策略により沿岸部分のそれも一部だけであり、内陸部の人間たちは商魂たくましく商売に勤しむ。
何があろうとも日々の糧を切らせないように
魔王軍が来ようとそうでなかろうと世界が続く限りは生活があるのだから。
朝市は生活必需品の他にもアクセサリーや花屋もたまにある。
その花屋にパプニカの三賢者の一人エイミの姿があった。
今パプニカ城内には勇者ダイの一行が滞在をしている。
昨日から一行の料理人を待つべく、とてもピリピリとして鬼岩城が攻めてきた以上のプレッシャーを城内に感じさせてしまっている。
そんな一行とヒュンケルの見舞いもかねてエイミは疲れた体をおして花を求めに朝の市場に訪れたのだ。
一行の全員とは面識が出来、苦楽を共にした家族同然の人達に少しでも和んでほしくて。
そしてできればヒュンケルに喜んでほしい。
自分はあの人が好きなのだ、元魔王軍でこのパプニカに攻め入り主家を脅かした相手であったとしても好ましく思いは消えてはくれない。
彼は今償いの道を歩いている。茨の道を自身が傷つくのも構わずにもう一人の償い人である獣王と呼ばれるクロコダインと共に。
二人の迷いなき光の道を歩く姿にエイミの心から憎しみは消え去り、クロコダインには尊敬の念を、ヒュンケルには好ましさを覚えた時は戸惑いもした、困惑というほどに。
元であっても敵は敵だと言い切れない信念を二人から感じ、あの正義感の塊のアポロが率先をして二人を心から尊敬している程の潔さを憎めるはずもなく、エイミは花束を抱えて王城に急ぐのであった。
衛士二人に軽く頭を下げ少々行儀が悪いと知りつつ小走りで城の廊下を走って目的の部屋に急いでいる途中で先程門にいた衛士が大声で自分を呼びながら走って追いついてきた。
「何事です、少し落ち着きなさい。」
自分の事を棚上げているのは分かっているが、今の城内では普段以上の行動をしないといけない。
何故ならば世界サミットの為に各国の王族たちが集まりまだ城内に滞在をし、もしかしたら朝からであっても昨日の襲撃と見せつけられた魔王軍の脅威について会議をしているかもしれないからだ。
「申し訳ありません!」
まだ年若い衛士はぴしりと直立不動で不手際を詫びたが、なぜ取り乱したかの説明をされてエイミは納得をした。
エイミが城内に入ってしばらくして、勇者ダイの一行の者だという名乗った者がいた。
「その・・・料理人と名乗ったのですが、そのような職業は自分は聞いたこともなく同僚も同様でして・・」
そのような胡散臭いものの対応に苦慮して少し前に通った三賢者様にすぐに追いつくべく猛ダッシュをしたという。
「その方は名乗られましたか?」
「はい、勇者ダイの一行で料理人をしているティファだと。」
「・・・分かりました、私が対応をします。」
とうとうティファさんが来た。
年若い衛士は自分の言葉にホッとして、何かを話しかけてきたが全く耳に入らなかった。
昨日から一行の者達を待たせている料理人、それもヒュンケルに優しい微笑みを手紙一つで浮かべさせられるティファさんとは一体どのような-大人の女性-か。
エイミの思い違いはティファの情報が一切入ってこず、これまでの行動や手紙の内容のみでしか判断出来ないのが原因であった。
ダイ達はわざわざいないティファの年齢容姿などを話す理由がなく、レオナも何かと忙しいので右に同じであり、従ってエイミの想像と実際は違うわけである。
その実際との違いをばっちりと知らしめられたエイミは料理人を見てフリーズを起こしてしまった。
「初めまして、私は今ここの逗留している勇者ダイの一行で料理人をしているティファと申します。ご不信がおありのようでしたら一行の誰かにティファが来たとお伝えいただければと思いますがよろしいでしょうか?」
礼儀正しく、口上も言っている内容もきちんとしている少女が勇者ダイの一行の料理人のティファさん!⁉
黒くてふんわりとした髪を左右に一房づつ垂らし残りはポニーテールで結い上げ、長袖の詰襟の水色のスカートに下にシルクの長ズボンを履いており、水色の大きいなリュックを背負い、顔のサイズと全くあっていない大きな黒縁眼鏡をかけて穏やかに笑っているこの女の子が?
身長はどうやらダイ君と変わらないけれど・・
「ティファ!!」
エイミの戸惑いを断ち切るかのような鋭い声がエイミの横を通り抜けた。
緑の法服に黒髪に留まっているオレンジのバンダナ姿の彼は
「ポップ兄!」
一行の魔法使いポップだ。
うわ~いポップ兄が出迎えてくれたよキャッホー♡
「遅えぞ馬鹿!みんな心配したんだぞ!!」
「はりゃぁ~、でも無事だってダイ・・」
「そんでも心配したんだよ!ちっとは大人しくしろ!!」
「・・は~い・・」
「ったく分かってんのかよ本当に。おっと、おはようございますエイミさん。
いや~朝っぱらからお騒がせしちまって申し訳ねぇ。」
「・・・主に騒いでたのってポップ兄だけだと思うよ。」
「やかましい。」
エイミはポップの対応の仕方で確かにこの少女が一行が待ちわびていた料理人であると確信をしたが、ポップの遣り取りで別の戸惑いも生じた。
今までエイミの見てきたポップは努力家でありあのマトリフからの扱きに耐えるどころか自ら望んで力を蓄え一行の頼れる魔法使いの部分が圧倒的であった。
それがティファの前では年相応の子供にしか見えない。
兄妹なのだろうかこの二人は?
「ほれティファ、エイミさんにきちんと挨拶したのかよ?」
「あ!ポップ君、私は先程ティファさんに挨拶を受けたの・・」
「あ~そんでこいつ見て驚いたでしょ。こいつ見た目こんなんでも俺達の料理人なんだよ。」
「こんなのってポップ兄~。」
「しょうがねえだろ?お前のしてくれてることと歳ってさ・・分かんだろ?」
「それ分かるけど・・」
「だったら実際のお前見てもらった方が早いの。」
「む~、ふんだです。」
心配したのだと叱りながら抱きしめた後は、兄が妹を紹介するように頭をポンポンと優しくたたき、むくれている妹のほっぺを楽しそうに突いている姿からはそのようにしか見えない。
「挨拶が遅くなってしまってごめんなさい。私はパプニカ三賢者の一人エイミといいます。」
「貴女がエイミさんですか。いつも兄達からの手紙でエイミさんとバダックさんという方に良くしていただいていると。
兄たちがとてもお世話になっているお礼にお茶でもいかがですか?
綺麗な方に飲んでもらえればお茶も喜びますよ。」
まるで女性を口説くかのようなセリフを少女が発したことに可笑しみを感じ、エイミは戸惑いを吹き飛ばされてくすくすと笑ってしまった。
三賢者に選ばれてからはそのような失態を人前で一度としてしたことがないのに、それほどティファは自然と口説き文句を言って心にしみてしまったのだ。
お茶のお招きにあずかる旨を話し、城内に入れば今度は音もたてずに走ってくるマァムの姿が目に飛び込んできたと思いきやすぐに横のティファに膝をついて抱きしめていた。
「ティファ・・・心配したのよ・・」
「申し訳ありませんマァムさん、私は大丈夫ですよ。ですから泣き止んでください。」
「ティファ。」
「ほら、貴女には笑った顔の方がよく似合うのですよ。スマイル・スマイル。」
「ふふ、変な顔。」
ティファを案じ一晩待ちわびていたマァムは気を落ち着かせようとお茶を貰いに部屋を出たところティファとポップの話し声が偶然耳に入りすっ飛んできたのだ。
心配したのだと涙を流して抱きしめれば、あやされるように背中を優しく叩かれ顔を合わせればニカっとした笑みを浮かべるティファについつい笑ってしまった。
「心配させたお詫びにはちみつレモンティー淹れますね。」
「ほんと!。」
「ふっふっふ、私料理人ですよマァムさん。他にもお土産沢山ありますよ。」
「お!クッキーあるかティファ!!」
「もう、ポップ兄は食いしんぼさん。」
「お前のクッキー美味しいからだよ。それであんのかないのかどっちだよ。」
「ちょっとポップ、食べ物以外ないの?」
「お前だってはちみつレモンティー楽しみにしてんだろマァム。」
「・・それはそうだけど・・・」
「大丈夫ですよ二人とも、はちみつレモンティーもクッキーもきちんとありますよ。」
「おっしゃ!」
「もうポップたら、でも嬉しいわティファ。」
「はい、行きましょう二人とも。」
「そうね、みんな待ってるわよ。昨日会ったチウもね・・」
「お前の薬のおかげで師匠さ・・・」
不思議だわ
ティファが来ただけ、ただそれだけなのにポップもマァムも年頃の少年少女に戻ったようにはしゃいでいる。
そんな二人をティファは優しい瞳で見守っている。
そう、見守っているのだ。まるで大人のように。
先程門前でポップと二人だけの時は兄妹のようにみえたのが幻であるかのように二人に行くように促し、二人も当たり前のように従って歩き始めて話をし、ティファはひとみと同じくらいの優しさを感じさせる声で応えている。大人の女性のように。
一行が逗留している部屋に辿りつき、ポップが扉を開ければすぐさまティファの体が宙に浮いた。
「ティファ!」
鋭い声と共にティファを抱きしめたのはヒュンケルだった。
その声音は切なさと頼りなげな色が多分に含まれており、普段を知っているだけに尚更信じられない光景に映る。
勇敢で百戦錬磨の戦士が、自分の半分しかない少女に縋りつくように抱きしめ、少女の肩口に顔を埋めて震えている姿に。
「ヒュンケル・・・心配をかけてしまって申し訳ありません。ですが大丈夫ですよ。」
先程マァムにかけた以上の優しさと慈しみを込め、ティファはヒュンケルの銀髪に手のひらを埋めて優しく撫でていく。
ヒュンケルの気配を感じて咄嗟にリュックを下に置いたのは正解だったようだ。
おそらくヒュンケルは自分が城内に入った時から自分の気配を感じて取っていたようだが、長兄として弟・妹弟子に順番を譲って部屋で待っていたのだろう。
「ティファよ。」
「・・クロコダインも本当に申し訳ありませんでした。」
そしてクロコダインも。
勇猛果敢な獣王の目にも安堵と慈しみがこもっている。
ヒュンケルが震えながらティファを抱きしめても部屋で待っていたクロコダインとメルルとチウは大きな大人がと笑わなかった。
ポップとマァムに至ってはうっすらと涙が滲んでいる。
ヒュンケルの気持ちがよく分かるから。
自分達も尊敬している亡き師と同じくらいティファを慕っている。
そのティファが敵の手によって姿をかき消した時には心臓が凍る思いがした。
今だとてティファを捕まえていないと消えそうで恐ろしい。
ヒュンケルは自分達以上に親しき者を目の前で亡くしているのだから尚の事。
ヒュンケルはティファを慕っている。幼子が母を慕うように無心で一途な慕情は、好意を持つエイミにとっては胸が潰れそうな思いがした。
恋情と思慕は似ている