世界の大罪人を今この場で許すかどうかの騒ぎに、ダイ達は敵と戦うよりもはるかに恐ろしい思いをして固唾をのんで待つ。
まさかティファの欲しいものがこれだったとは。
-どうしても欲しいものがある-
あの欲とはトンと縁がないティファの珍しい発言は、少し考えればわかりそうなもんだった。
いついかなる時でも自分達を守ろうとしてくれる優しいティファ、薬で・料理で・優しい子守唄で、そして体を張ってこの一行を守ってくれている。
叶ってほしい、ヒュンケル達の為にも、優しい心で願ったティファの為にも。
メルルも手を組み合わせて祈りをささげる。
バラン戦の時のようにこの一行の、ティファの願いを守ってほしいと。
「ティファちゃんよ。」
重い空気の喧騒を、打ち破ったのは凛とした声ではなかった。
威厳のある声でも、まして身の程を弁えないものを叱責する声でもなく慈愛に満ちたのんびりとした声がその場ににつかわしくなく、反対に喧騒の声を飲み込んだ。
「ティファちゃんよ。」
喧騒が潮が引くように徐々に静まり、発言者を見ることによって完全な沈黙が降りた後もう一度同じ言葉をティファに掛けた。
「・・・ロモス王・・」
ティファは戸惑いに満ちた顔で発言の主、ロモスのシナナ王に返事を返す。
大それたことを言って叱責をされる、あるいは自国を攻めてきたものを許すことは容易には出来ないなどの厳しき返答を覚悟していただけに、シナナ王ののんびりとした、まさかのちゃん呼びかけに呆気にとられた。
シナナ王の顔を見れば優しく、そして何かを決意した強い瞳がそこにあった。
「儂はロモス王として、ティファちゃん・・いや、勇者達の望む褒賞を取らせようと思う。いかがかなパプニカのレオナ王女。」
優しくも、先程の呼びかけとは違った凛とした声が静寂の会議室に響き渡る。
そこにいるのはただ人情で流されているだけの好々爺ではなく、全ての事情を呑み込み決断をした一国の王がおり、同じ褒賞を望まれたパプニカ国現代表の王女レオナに返答を促している。
喧騒の中、勇者たちの褒賞の望みを反対をしないと言ったクルテマッカは確かに約定をたがえなかった。
しかし助言という形でレオナに思いとどまるかあるいは性急にこの場での返答はいかがなものかと止めていた。
シナナとしては、これまでのダイ達の活躍をその場で見聞きしておりまたロモス王城でのクロコダインとの事も全て知っている。
自分もクロコダインの武人として為人を知ってしまっている一人として、ただの罪人として裁くことを心苦しく思っていた。
昨日の魔法使いポップの話を聞けばなおさらだ。
今のクロコダインは一行にとって居なくてはならず、また世界を守ろうと命を懸けている。
殺されかけた当人が、熱い思いでクロコダインの許しを嘆願してきた。
その思いは確かに自分の心を打ち揺り動かした。
そしてこの褒賞の望み、叶えてやりたい。
凡庸であり、ただ人がいいだけの国王と言われ続けていたシナナ王の真剣なまなざしの問いに、レオナは笑みを持って応える。
「我が国も同意します。先にヒュンケル・クロコダインの両名を許す裁可を下したのは我が国です。
此度の褒賞の望みに否やはありません。各国の王達もそれでよろしいでしょうか?」
今この世界に勇者ダイ達は必要不可欠、彼らが望むものは財貨でなく、大戦後の栄達でもなく、許しが欲しいという清らかなもの。
命を懸けて戦う彼らに、一筋の光を与えることを許してほしい。
シナナ王の呼び掛けに応え、両名を許すことの大切さをレオナも信念をもって切々と語る。
たかが十五の小娘の言葉かもしれない、それでも一国の王女として、この戦乱の世の指導者の一人としてこの望みをかなえることの大切さを語るレオナに、クルテマッカもアーデルハイドも気圧される。
彼女もまた、勇者ダイ達と共に最前線で戦っている者なのだと知らしめられた。
「その同意を、我がテラン国もまた賛同させていただこう。」
穏やかなフォルケン王の声に押され、リンガイアのアーデルハイド王も賛同をした。
「我がリンガイア国も賛同しよう。両名を信じ共に戦う勇者達と一行を見てきたロモス・パプニカを信頼して。」
「・・我がベンガーナも同意しよう。料理人ティファよ、其方の願い確かに聞き届けた。」
リンガイアとベンガーナの両王からの許しの言葉はダイ達に届き、はじめは信じられない思いで、そしてそれが事実なのだと実感が沸き起こるとともに気が付けばダイ達は歓声を上げてヒュンケルとクロコダインに飛びついていた。
「ヒュンケル!ヒュンケルとクロコダイン!!許してくれるって!」
「よかったよ・・ほんとに・・ほんとに!!!」
「おめでとう!・・おめ・・で・・とう・・」
「ヒュンケルさん!クロコダインさん!!・・ほん・・と・・に・・」
「ヒュンケルさん!クロコダインさん!!!」
心からの祝福を二人に言おうとしても、途中でつっかえてしまいうまく言えず、それでもヒュンケルとクロコダインには確かに届いた。
ダイ達の大泣きした顔を見て、分からないものはこの場にはいない。
苦難と死闘を共に潜り抜けた仲間の行く末をずっと案じていた。
戦っている今は良い、この力を必要とされているから。
その後大戦に勝てた後は?力が不要となった時、二人はどうなるのかをポップとマァム・メルルはずっと心の奥底で怯え、漠然としていものだが天真爛漫としたダイもその不安が確かにあった。
今その不安をティファが取り去ってくれた。
万能薬で自分たちの傷を治すがごとく。
二人を囲み抱きしめ、ヒュンケルとクロコダインもクロコダインもまたダイ達のように大粒の涙を流している。
自分達を案じていてくれたこの一行の、ティファの優しさが嬉しく、許すと言ってくれた各国の王達に感謝があふれ、とめどなく流れる涙を拭わずにダイ達を抱きしめ返す。
その光景に王達は、自分達の裁可の正しさを知る。
会議室に居合わせるすべてのものが、ダイ達の喜びように驚きながらも少しづつ拍手がなり、次第に沸き立つような万雷の拍手が鳴り響く。
彼等を知る三賢者とバダックも泣きながら拍手と共に心からの祝福の笑みを浮かべる。
辛き道を歩き、まだ先の見えない戦いを続ける彼らに祝福を祈りながら。
・・これもまた良きことか。
まさか魔王軍のものを許すことになろうとは。
先のハドラー大戦でもこんなことはなかった。
あの時も一方的に攻められ、無我夢中で戦い勇者アバンが魔王を討ち果たすまで殺伐とした日々を送り、国力が弱まった自国を強化と共に立て直すために武力国家を掲げて今大戦にも望み、離反したとはいえ魔王軍が味方の中にいると思うと苦々しくも思い厳しく責め立てようとしたがそれは無に帰した。
この様子ではその方が良かったようだ。
罪人二人の恩赦で味方の結束が固まるのならば安いものだと考えればよい。
さて、この望みを言った料理人ティファはこの結果に満足を・・なんと!
褒賞の望みを言い放ち、叶えられたティファの顔を見たクルテマッカは本気で驚き狼狽えた。
ティファが静かに涙を流して笑みを浮かべている。
心から安堵した表情を浮かべて。
先程から大人の官僚とさして変わらない話し方と考え方をしていた少女ならば、この結果は世界の結束の為には不可欠であり通るのが当然だと考えているのだとばかり思っていた。
それ故に涙を流すことなく、結果に満足をした笑みを浮かべているのだと考えていたのが、安堵した顔からはこの少女もまた一人の子供なのだと思い知る。
良かった、本当に良かった。
財貨なんていらない、手柄なんて欲しい人が声高に言えばいい。
あの二人の幸せへの道筋が、どれ程欲しかったことか。
知識は確かにある。
前の人生と今の人生を合わせればダイ達よりも大人かもしれない。
それでも経験はなく、考えに考えて今度の事をやってみたがうまくいく保証はどこにもなく、大それたことだと王達の不興を被り一行を認定してくれたロモスと援助をしてくれているパプニカにも何かしらの迷惑をかけるリスクの方が高く、それでも、どうしても欲しかった望みが叶い安堵する。
この望みが叶ったのは自分達の力だけでは決してない
優しきシナナ王が、レオナ姫が後押ししてくれた。
そしてこの場にはいないアバンもまた然り。
先の大戦を終結させた偉大なるアバン、彼の弟子という効力がヒュンケルを守ったのだ。
人々の善意が、望みをかなえてくれました。
明けましておめでとうございます。
新作アニメが始まる前には最終章にはこぎつけたいと思います。