真夜中の使者たち①プロローグ
夜中の森は昼とは違う顔を見せるもの。
昼のような陽の活気はなく、真夏でもしんとした冷たさを森全体に覆いつくしてどこか生者を拒んでいるが如く静寂が広がっている。
時折聞こえるモンスターの移動の音を除いては、真夜中のランカークスの迷いの森に入ろうという馬鹿者はいない。
ただでさえ昼の日当たりのいい時でも迷う森に夜中に入るのは間違いなく自殺行為であり、足を踏み入れたが最後、迷って崖から転落をするか遭難して野垂れ死にをするか、さもなくばモンスター達の餌食になるか、どれをとっても碌な死に方は出来ない。
だが今日は森の様子がいつもと全く違う。
森の静寂を破る駆け足が響き、藪をかき分け小枝を踏みつけて折る音がしている。
黒髪の少女がひたすらに走っている。呼ばれているから。
-こっちだよ-
-早く来て、君に会いたいんだよ-
-待っているから早くおいで-
-会えなくて寂しいんだよ-
行かないと
ただそれしか考えられなくて-声-がする方に走り続けている。
白い綿の寝具を着ただけで、裸足の足は笹藪や小枝を踏みつけて皮が破け薄っすらと血が滲んでいるのにも関わらず、時折周りを旋回して心配そうに声を掛けている精霊達の存在さえ気が付かない今の少女の状態は異常である。
常の少女ならばそもそもこんな時間帯に出歩くことはしない。
夜だとて活動しているモンスターに遭遇する危険性があり、夜の森にはモンスター以外の危険が潜んでいる事を経験から知っている。
一人での野営時もなるたけ森の中は使わずに、どうしてもの時でも開けた場所を選ぶようにしており、こんな無謀なことはしない。
それでも走って声の主に会いに行くことに対しての疑念は何も浮かばず、それどころか早く行かなければならないという焦燥感が増していき、もっと早くと己を駆り立ててさえいる。
近づいているのか段々と-声-が大きくなっている。
-ようやく来てくれたね-
-早く早く、早く君に会いたいんだよ-
-声-の雰囲気が明るくなっている。自分が近づいているのが余程嬉しいらしい。
待たせてしまって悪いことしてしまった。早く行って上げないといけない。
頼りになる唯一の月明かりが木々や葉に遮られる場所になっても少女は躊躇いもなく突き進んでいく。
夜目が効くとはいえど、明るい場所を走るよりも肉体的にも精神的にもきつくなるというのにだ。
古来より人は暗闇を恐れる。それは迷信深いものがする事だと笑う者もいるが、実際はその闇の中に潜んでいる脅威を恐れている。
見えないという事は己をも守り辛くなるというに事に他ならず、暗闇なぞと嘯くものこそが愚か者だと、走っている少女は日頃より考えている。
だがその日常の戒めさえ破り、何かに憑かれたように走り続ける少女もとうとう-声-の下へと到着をした。
月明かりのない森が突如開け、泉と岩清水が出ている小高い岩がある円形状の場所に出た。
何で-この人達-が今ここにいるんだろう?
目的地に辿りついた少女は先程まで自分に取り憑いていた思いは霧散をし、-待っていた者達-を一目見て驚きを隠せなかった。
それは向こうも同様のようで、待っていた片割れも少女の出現に十分驚いていた。
まさか小娘が本当に一人でこの場に来るとは思わなかった。
「小娘何故来た。」
確かに主の命を果たすべく
私だって聞きたい
少女は待ち人の片割れの質問に答える術がない。
なぜ自分はこの場に来てしまったのか、それこそ自分こそが聞きたい。
この二人が自分に何の用があるというのだ。どうやって自分をここに来させたのか、何故-笛の音-が遠くにいた自分に届きあまつ声のように聞こえたのかを。
小高い岩の上で足を組んで座って-笛の音-をまだ奏でているもう一人の待ち人は、うっそりと瞳を微笑ませながらひたすらに自分の事を見ている。
蜘蛛の巣に掛った獲物を見る蜘蛛の瞳はこんな感じなのだろうか?
昼間自分はあれ程幸せな時間を過ごしていたというのに、何故危険な蜘蛛の巣になぞ来てしまったのだ。
今宵はここまで