君が書きなさい
その通り・・
魔界の名工と呼ばれて幾久しく、知る者にとっては魔界の剣客五指にも入るロン・ベルクは、人生初に説教をくらっている。
今まで自分の行いに恥じ入ることなく、誰が何か言ってきても我が道を行く超俺様が服着た者がだ。
周りからの視線も突き刺さるような、ごみを見るような目が痛い!
「聞いているんですかロン・ベルクさん!」
しかも説教の相手が魔族の成人男性からすれば幼女どころか赤子にも近いたったの十二の少女だ!
「まったく、貴方は凄いお方のようですか良識・常識なさすぎです!反省して下さい!!」
無言で他人様の胸元に手を突っ込んだ奴は何されても文句ないよね!
あんまり酷い出来事に、大概の事は笑って許すティファも思わずロン・ベルクの腕をつかんで開いている扉の外に放り捨て、突然の背負い投げに対処し損ねたロン・ベルクは家の外にあった木の幹にもろに背中をぶつける羽目になった。
「いってって・・俺がなにしたってんだ!!」
何を悪いことをしたと反省零な態度のロン・ベルクに、ティファが久々にぶちぎった。
「それはこちらのセリフです!いかに私が子供だからと言って、無言で胸元に手を入れられれば怒るのは当たり前でしょう!!」
「・・・あ・・」
「一体どういうつもりですか!!」
しまった!ダイに教えてもらったヒヒイロカネの武器に夢中になって、断りを入れるのをすっかりと忘れた・・
「すまん・・」
悪いと思ったロン・ベルクの謝罪は、つまるところティファが言ったことをティファにしたことに他ならない!
「ねぇ~ヒュンケル。今からさ、さっきの稽古の続きをロン・ベルクさんにやってもらわない?」
ロン・ベルクが認めたことにより、周りの温度は一気に氷点下を記録した。
特にダイはマジ物の殺気をロンベルクに叩き付ける!この人自分で作った最高傑作の剣で刺されて死ねたら鍛冶屋として本望だよね!
「ダイ・・腕は勘弁して足腰を・・」
アバンの長兄ヒュンケルも、弟弟子の暴挙を止めるどころかもっと具体的に恐ろしいことを提案する。
鍛冶屋としては尊敬している、同じ剣士仲間としてもまぁいいだろうが、ティファに手を出したのならばそれ相応の報いは受けてもらおう!
「それで、一体ロン・ベルクは何がしたかったのですか?」
大人としての常識をスティーヌにまで叩き込まれて大人しくなってしまって青菜に塩と化したロン・ベルクにティファは理由を聞いてみることにした。
スティーヌさんのニコニコ顔のお説教は、傍で見ていて一番怖かったと大声で言えないが、ダイ達も震えあの海千山千のジャンクも震えあがり、反省と言う言葉を知っているかと聞きたくなるロン・ベルクにもう二度としないと誓わせた女傑殿に誓ったのだから今回は許そう。
「雪白見るためでしたか・・」
その位は口で言えばきちんと見せたのに。
ティファはしょげているロン・ベルクの目の前に寄る。
ダイがまだ言い足りなさそうだが、今回の騒ぎの発端を作ったのは自分なのだからと我慢する。武器好きそうなので話のタネに教えただけなのに。
「アクセス・雪白」
魔族のロン・ベルクも聞いたこともないような文言を唱えたティファの左手には、これまた見た事もない剣の様な武器が握られていた。
柄から刀身の先まで長く下手をしたらティファの背の半分かそれ以上ありそうだが、本人は気にした様子もなく左手の親指で鯉口をきり、すらりと造作もなく刀身を抜いてみせた。
柄も鍔も鞘の拵えも全てが真っ白だった刀は、その刀身は赤く燃え盛る炎の様であり、何つけられた雪を溶かさんとするが如く、煌煌と輝いている。
「こいつは・・」
「とあるお宝洞窟で見つけた-刀-という武器です。」
驚きの目で愛刀の雪白を見つめるロン・ベルクに、いつかバランにしたような雪白の説明を聞かせる。
この雪白が何故真魔護竜剣と互角に打ち合えたのか直ぐに分かるように。
「凄い・・」
鍛冶屋として、オリハルコン以上の材質があるなどと今まで聞いたこともなく、それを間近で見られるなどなんと幸運な事かと満たされる思いがする。
手に持ちたい、実際にふるってみたい!こいつならば、俺の必殺技に耐えられる!!
頑是ない少年のようになったロン・ベルクにティファは苦笑しながら雪白の特性を話す。
これは自分にしか使えないのだと。
試しに渡されたロン・ベルクは受け取ろうとしたが、その瞬間に手からすり抜けティファの胸元に再びリングへと戻ってしまってがっかりとした。
その素直にがっかりとした姿がダイ達の怒りも柔らかくし、ジャンクも噴き出し始めて次第に大笑いになってロン・ベルクを大いに腐らせた。
「お前ら笑うな!」
「だって・・ああもう駄目だ!!」
先程までの怒りが嘘のように、空の上まで響きそうな笑い声の中でチウだけが笑っていなかった。
笑うのが失礼だとかそういったことを思っているのではなく、なんでだろうと不思議に思う事で頭が一杯になったからだ。
どうして誰も、ティファさんがそんなすごい武器を持っている事に対して疑問を持っていないんだろう
ダイが持っている伝説級の武器は、昨日自分も作るところを立ち会っているから知っているし納得も良く。
魔界の名工と呼ばれる凄い人が、伝説の防具・覇者の冠を溶かして出来たオリハルコンの剣だと。
しかしだ、ティファはとあるお宝洞窟で見つけたと言ったきりで後はどうやって手に等を何の説明もしていない。
そんなに凄い代物が、子供にホイホイと見つけられるところに等あるのだろうか?それも罠も何もなく手に入ることなど更に不可能な気がする。
だが自分が本当に気になるのはそこではない。
ティファの強さの方にこそ疑問が湧く。鬼岩城が来た時マァムを始めみんなが言っていた、-ティファを戦うことなどさせない、料理人は戦わせない-のだと。
最初自分は思った。この一行の中で、自分の次位に力の弱い人なんだと。
しかし会ってみればダイと同じくらいで、自分と同い年の女の子だったが強かった。全員を捕まえてしまうほどの恐ろしい敵を、瓦礫の中に埋もれさせるほどに。
其の力はどこから来るのだろう?クロコダインや人間の王が言ったように、戦いに向いていなさそうな女の子なのに。
「あの~・・・ティファさん。」
分からないことはきちんと聞いておきたい。だって僕はティファさんとお友達になりたいから、ティファさんの事をもっと知りたい。
「どうしてティファさんは強いんですか?」
「ん?どうして強いって?」
「いやあの!料理人は戦いに出さないって皆さんが言っていたから!!その・・・」
「はりゃ~みんなそんなことを。」
チウは思っただけを聞いたのだが、つまるところティファ本人にその考えは筒抜けになってしまい、ダイ達は内心冷や汗ものになった。自分の事を勝手に決めるなと説教をくらうのではないかと。
だがティファの顔は穏やかだった。
ティファだとて薄々は察していたのだ、優しい一行の仲間が自分を気遣ってくれている事を。
その上で応える。チウの疑問に。
ティファはチウの目の前に腰を下ろし、少々行儀が悪いが胡坐をかいてチウの目線に合わせて説明を始めた。己が考える勇者一行の料理人定義の全てを。
勇者一行の心身を保ち、たとえ敵の本拠地のど真ん中であっても必要とあらば料理を出し、傷があれば薬を出すか作って仲間の回復呪文と連携を図る。
体は料理の栄養と薬で癒し、心は料理の美味しさと音楽で癒せるようにしたい。
「だからね、勇者一行の料理人は一に強さ・二に愛情・三四五は同順で薬学・味付け・も一つ愛情がたっくさん必要なんだよ。」
力がなければどんなに美味しい物が作れても、優れた大量の知識を持っていても最終決戦までともに行くことなんてできない。
「私はね、最後まで皆といたいんだよ。」
置いて行かれないように、力は必要だとティファはにこりと笑って答える。
なんと途轍もない事を考えているのだと、ロン・ベルクとジャンクは絶句する。
たった十二の少女が、世界の命運をかけるであろう最終決戦まで行くのだと何事もないように話しているのだから無理はない。
最前線で戦うのが当たり前なのだと言わんばかりに笑っていられるのが不思議な程、その顔には恐怖は微塵もなかった。
しかし目の前で応えてもらっているチウは驚かなかった。昨日ティファの強さを見ており、今も強くなりたいという思いがきちんとあるのだから有言実行したのだと納得をしたが、違う疑問が出てきた。
「強さに愛情が必要ですか?」
力・料理の腕前・薬学知識は分かるが、愛情が必要だなんてどうしてだろう?戦いは相手を倒すのであって力は必要だが何故愛情がいるのだろう?それも二回も言っていたのは?
「う~ん・・・」
これ答えても良いけど・・・自分で気づいてほしいな。
よいしょっと
ティファは答える代わりにチウに考えてもらう事にした。自分の膝の上に座らせて。
「え!ちょっとティファさん?」
いきなりのことに驚くチウの頭の上に、ティファは顎を乗せてチウを固定させる。きちんと考えてほしいから逃がさない。
「チウ君、今からたとえ話するね。」
「例えばなしですか?」
「そう、あるところに-薬草-作りの名人がいました。その人は薬草作りだけは凄かったですが、その薬草で誰かを助けてあげようという優しさは全くありませんでした。
ある日その薬草作りの名人の下に病人の娘を持つ人が訪ねてきました。その薬草作りの名人だけが作れる薬草でないと治せないと泣きながら訴えました。
薬草作りの名人はその人達を思うよりも、お金をきちんと払えるかだけを気にして尋ね、余りの法外な値に娘さんのお父さんはお金がないと正直に言いました。
それでもどうにかしてお金を稼ぎ、少しづつでも一生をかけて払うと訴えました。
それでも薬草作りの名人は病人の娘さん共々追い出しました。
それから何日かして薬草作りの名人の家に泥棒が入りました。それは追い出されたお父さんであり、直ぐに捕まってしまいましたが誰もその泥棒を責めず、反対に薬草作りの方が非難を浴びました。
心ある人たちは泥棒をした人が本当はそんなことをしたくはない、其れでも病気の娘さんの為にと仕方なくしたのを知っているからです。
泥棒をしようとした人も無料でほしいと言ったわけではなく、対価を払うと言ったのを信じず、薬草が沢山あって余っていても分け与えることなく冷たくした結果の泥棒なのだと。
もしも薬草作りの名人に病気の娘さんを心配して、その人の苦しみを分かってあげる優しい心があれば、その人は悪い事をせずに済んだのです。」
薬草は力・薬草作りの名人は力のある者・病気の娘さんとそのお父さんは助けを求める弱い人だ。
弱い人は対価を払わないとは言っていない。自分に出来ることで返したいと言ったのを心なく追い返し悪事を働かせた。
-心無き力-は暴力と同じ。誰も救わず周り不幸をもたらすことが多い。
力があるだけでは駄目なのだ。
ダイ達は直ぐにティファの言わんとしている事が分かった。
それはティファが常々言っていた。敵を倒す力だけがあればいいのではない、人々を救う力こそが必要なのだと。その言葉を実践するように、ティファは敵であったクロコダインとヒュンケルの幸せを願い、父バランに必死に呼び掛け、叶わなかったが竜騎衆の三人にも、光の道を行こうと手を差し伸べたのだから。
そして自分達も目指している。ただ強いだけではない、誰かの心も救えるティファの強さを。
「ダイ兄。」
ティファはすっと目線だけを兄に向けて質問をする。ダイ兄ならば、助けを求めてきた人にどう対応するのかと。
「助ける。俺は俺の力で助けられる人たちを全部助けたい。命だけじゃなくて全てを。」
「俺も見捨てねぇ!困っている人たちを、助けを求める人達を絶対に見捨てるもんか!」
「私も助ける!病気の娘さんの心も全部助ける、もう何も怖くないって言ってあげられるように。」
「俺達も、」
「無論助ける。」
「そうです、皆の力を合わせれば-病気-も吹き飛ばせると、私もお手伝いさせていただきます。」
ティファの問いに、ダイだけではなくポップ達も答える。助けて誰もが幸せになるために全力を尽くすのだと。
「チウ君ならどうする?」
「え!・・・とお・・薬草とは力の事ですか?」
「どう思う?」
チウは本気で頭を悩ませる。ダイ達の答えを聞く限り、自分の考えている事は間違ってはいないようだし、思っている事を言ってみよう。
「助ける力があれば-正義-の為に使います。」
「ん~、正義か・・」
チウの一生懸命考えた答えに、ティファは少し難しい顔をする。
何故ならば正義という言葉ほど曖昧で恐ろしい物はないとティファは考えているからだ。
正義の名の下に起こった戦は無数にあり、偽正義を掲げての事も同じくらいある。
また本当に自分達は正しいと思っていても、相手側からすれば悪と断じられるのもまた正義だ。故にティファは正義と言う言葉をあまり信用していない。その言葉を免罪符に思考を停止して何かをするのは良くないのだと。
「チウ君にとっての正義って何?」
だからこそ深く聞く。チウにとっての正義の根源は何処にあるのだと。
「へ?正義って、正しいことですよね・・」
ふむ、十歳の時のダイ兄もおんなじこと言ってったっけ。その時もチウ君にしたような質問をしてとことん悩んでもらって半月後にダイ兄にとっての正しい事に辿りついたんだよね。
困っている人を助けて、皆で笑っていくんだと
果たしてチウ君の考える正しい事は何だろう?
正義はそれぞれ違い難しい