勇者一行の料理人   作:ドゥナシオン

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大ネズミの正義


真夜中の使者た⑧黄金の黄昏時

「質問を変えるね、どうして正義を目指そうとしたの?」

言っちゃなんだが正義云々なんて野生モンスターにはない考えで、教えられたか何かしらの大本があるはずだ。

チウの言う正しい事の大本を知るべく、ティファは質問の切り口を変えてみた。過去に何があってチウは今の答えに辿りついたのかを思い起こさせるべく。

その正しい事を、チウだけの答えを具体的な物になる手助けとなるように。

誰にも惑わされる事無く、己の信念を曲げる事無く穢させない為にも、核となる明確なものが必要だから。

 

チウはそれなら簡単に答えられた。

自分は生まれた後はずっと一人で、親も誰もいなかった。良いことも悪い事も知らずに、ひたすら食べる事だけをして生きてきた。

森の中で獲物とり争いに負けることが沢山あり、畑から盗むことの方が多く自然人間に嫌われて追われるようになった。

生来の頑丈さがあるとはいえ痛いのは嫌なので反撃をして日々を過ごした。老師が自分を捕まえに来るまでは。

自分を打ちのめして捕まえた老師は自分を退治せずに住んでいる洞穴に連れ帰りなんと傷の手当てをしたときは何事かと思った。

それでも誰かに助けてもらったことがない自分は老師の優しさが分からずに怯えて暴れたが、老師はただニコニコとして優しく大丈夫だと声を掛け続けてきた。

三日目にしてようやく気が付いた。自分は老師が出したものを食べなかったが、老師もまた何も食べていなかったのを。

不思議になってじっと見つめてみれば、言葉をまだ満足に話せなかった自分の気持ちを、それでもちゃんとわかってくれて答えてくれた。

「だって君だって食べていないでしょう?一緒に食べよう。」

そう老師は笑って言って、温かい木のお椀を自分にも持たせてくれて一緒に飲もうと一息に飲み込んでいた。

それに釣られるように飲んだスープの味を、自分は一生忘れないだろう。

体だけじゃなく、心を温かくしてくれたあのスープを、美味しいねと笑いかけてくれたあの老師の笑顔を。

一人の時、時折森の中で人間の子供たちが正義の味方ごっこと言うのをしていた。

あの時は-正義の味方登場-とか騒いでいた子供たちの言葉の意味が分からなかったが、老師と共に暮らすうちに何となく分かってきた。正義とは老師のように強い人の事を言うのだと。

老師と一緒に暮らすようになってから沢山の事を教わった。

-一緒に食べるのは美味しい--嬉しい--楽しい-と、自分の心をぽかぽかと温めてくれる優しい言葉を自分は覚えることが出来た。

森で暮らしていた自分は、-嫌だ--痛い-と、心が寒くなる事しか考えられなかったのが嘘のように。

だから自分は、温かい言葉を沢山教えてくれたあの老師の強さを目指している。

「そうか、尊敬している老師様がいるんなだね。」

「はい!」

「チウ君が目指しているのは、その老師様の-力-の強さだけなのかな?」

「力だけ?」

「うん、力が強ければ、チウ君はその老師様みたいになれるの?」

僕が・・ブロキーナ老師様みたいに?

 

誰かを助けるために付けた力だけで、僕があの老師様みたいになれる?

なんだろう・・違う・・老師様は凄い人だ。いつもにこにこと笑っている、温かい言葉を僕に教えてくれ・・・あ!

そうだ!僕は老師様に会うまで-知らなかった-んだ!!温かい優しい言葉を何一つ、それどころか嬉しい事も笑う事も-幸せ-というものすらも!!全部全部老師様が僕に教えてくれたんだ!

温かい心を知って以来、自分は悪い事は恥ずかしい事なんだと知った。そして二度と、悪い事をしないと誓ったんだ!温かい心のおかげで!

 

「僕は!!」

 

チウは辿りついた答えをティファにはっきりと言うべく、ティファの膝から立ち上がった。

子供が母の手を離れようと力強く歩き出そうと一歩を踏みしめるような力強い意志を宿した瞳をティファに向けて。

「僕は、僕のように温かい心も喜びも幸せも知らずに育ってしまった人達に、温かい・優しい心を教えて上げたいです!

僕がブロキーナ老師やマァムさんを始めとした皆さんから教えてもらったように、今度は僕が教えて上げる者になりたいです!」

自分のように悪さをして負けて捕まって、教わってようやく知ることが出来る者達が大勢いるかもしれない。

恐らくはそんな者達は-優しい心-を知る前に-退治-されるのが常で、自分のような者が稀なのだろう。

どれ程の僥倖下で自分がここにいるのかが初めて分かった。

だったら、その幸せに甘える事無く助けられた自分の命にかけても、自分が教わったことを教えてあげたい。

温かい優しい心を。

だからこそ、心身ともに強くなりたい。

誰に無謀な考えだと言われても馬鹿にされても折れない心を、悪さをしているものを止めるための力を付けなければ夢物語で終わってしまう!

 

どれ程の時間が流れたか。答えを言いきったチウを、ティファはとっくりと見つめて微動だにしない。

チウを覗き込んでいるティファの瞳が不意に崩れた。

その崩れと共に、ティファの顔が満面の笑みとなり左手でチウの頭をくしゃくしゃと撫でまわす。

「チウ君の心はもう一人前だよ。力が足りなければ私達が貸せばいい。仲間は助け合う為にいるんだから、チウ君はチウ君の思う温かい心をどんどん広めていこうね。」

 

新しい正義の誕生だ。

温かさを知らない者達に温かさを教え上げた。そうする事で、悪事を減らしたいとは予想していない答えだった。

世間の者達は夢物語・綺麗事だと嘲笑うかもしれない。

それでもチウ君の考えはなんて素晴らしく素敵な考えなんだろう。

世界は本当に豊穣で素晴らしい可能性に満ち溢れている。こんなにも素晴らしい-心-がするりと生まれ出る程に。守りたい、自分の命を賭してでも。

 

「チウ君、そしてメルルさん。」

 

ティファはチウの両手を取りつつ立ち上がり、メルルにも優しい目を向ける。

 

「ようこそ、勇者ダイの一行に。これからもよろしくお願いします。」

ようやく一行全員が揃っての歓迎会が出来た。

 

にこりとティファが二人に正式に挨拶をしたのを皮切りに、ダイ達も次々と声を掛けヒュンケルとクロコダインも近くに寄り二人に優しい眼差しを注いでいる。

力だけではなく心も絆も深めていくダイ達の姿を、ジャンクとスティーヌは寄り添いあい静かに涙を流しながら見守っている。

あの幼かったポップが今や世界を救おうとこんなに素晴らしい仲間と共に敵に立ち向かっている。

この勇気溢れ、強いきずなで結ばれた一行ならばきっと勝って帰ってくると信じて。

 

まったく、大した奴らだこいつらは。

数百年も生きていれば、良き事よりも悪しき事の方が目に映る。チウという大ネズミの言っている事は単に綺麗事だと、昨日までの自分ならば鼻で笑っていた事だ。世の中はそんなに甘くはないと。

だが今はどうだ?ダイ達を知れば知るほどに、チウの言った事を信じてみたくなっているではないか。

温かい心を広めたい。チウの言った正義を貫かせてやりたいと思う程にダイ達に肩入れしている自分に苦笑したくなるが悪くはない。

それは多分、こいつらを見ていると温かくなるからだ。冷え切って止まっていた自分の心が。

だからこそこんな事を言ってしまうのだろう。

「お前達、今日は夜まで飲んで行って泊ってけ。」

「「「「「はい⁉」」」」」」

なんだよ・・そんなに驚く事かよ?

 

えっと・・あの人って、ヒュンケル以上の孤高なお人じゃなかったのだろうか?それにだ。

「あの~・・泊まっていいと言われても寝る場所は・・」

今はそろそろ秋になりかけで流石にお外は寒い。だからと言ってこの小屋じゃどう考えても雑魚寝も無理でしょう。

申し出は有難いけれどお断りするしかないか。

 

「安心しろティファ。」

 

お断り方向の流れを切るように、ポップがニカニカの顔をしながらティファの頭をポンポンと叩く。

「ほれ、これがあればいいだろう。」

ポンポンとしている反対の左手をティファの顔に近づけて開いてみれば、ポップ達の寝具一式が入ったマジックリングがあった。

「ポップ兄、これって・・」

「おう、俺の魔法の師匠の所に預けておいたやつでよ。お前とロン・ベルクさんが意気投合してこうなるんじゃねえかと思って持ってきたんだよ。」

案の定だったとポップは人差し指で鼻の下を擦り付けながらどうだとばかりにティファを見る。

自分の予想的中だろう。

「ありがとうポップ兄。」

「へへ、良いって事よ。可愛い妹の為なら火の中水の中ってな。」

「もう、直ぐに調子に乗るんだから。でもありがとう。」

 

ティファにぎうぎうと抱き着かれながらお礼を言われているポップの相貌はデレデレと化している。

こんなに自分に甘えてくれるティファなんて島以来だと嬉しくなる。

だからこそ忘れてしまった。リングを取りに行った時、マトリフから一行の料理人・ティファへの伝言を。

 

日が暮れる前に昼の宴会の残りをアレンジして、ベーコンステーキは角切りにされてトマトと酢漬けの野菜で煮込まれ、塩と胡椒で味を調えたのを水分がなくなるまで煮詰めたところを器に盛りつけ、火に溶けるタイプのチーズを乗せて竈の上で焼けば、香ばしい匂いのグラタン・トマト味の出来上がり。

星空の下で新しい味に全員が舌鼓をうち、場の雰囲気が盛り上がったところでなんとポップがティファに、アルキードの子守唄をいきなりのリクエスト。

ティファは真っ赤になって全力でお断りしたが、ポップのお願い攻撃に負けて一曲だけを約束させて歌うことになった。

 

その際何故か眼鏡を取られて髪留めも解かれてびっくりした。

「ポップ兄!」

「いいんだよ、そのまんまのお前で歌ってくれ。」

眼鏡がなく、髪もはらりと落ちているティファの姿は年相応か少し幼く見える。

自分の妹分は、矢張りかわいい女の子なのだとマァム達にも知ってほしい。例えどれほど強く、知識があってもティファは十二の少女なのだと。

 

そんな兄の心知らずなティファは少し膨れるが、シターンを出して全員が見える位置に座り込み、ゆっくりと呼吸を整えながら旋律の調整をする。

その楽の音だけでも素晴らしく、お相伴に預かっていたモンスター達どころか森に住まう精霊達も何事かとすっ飛んできて、着いてみれば優しく柔らかい雰囲気を纏った少女がまさに歌い始めた時だった。

 

-お休みね~、夢を見ましょう。またあ~う日~まで~-

 

優しい旋律に乗って響く甘やかな声音は、朗々と歌い上げられ辺りを包み込みその場にいるすべての者たちを魅了する。

それこそロン・ベルクとてもうっとりとした心持になった。まるで極上の酒を飲んだが如く、ティファの甘やかな声が体の奥底にまで入り込み、心の中にまで沁みていくようだ。

少女の子守唄は月をも魅了したように、満月が煌煌と青白い光を発して辺りを照らす。

 

夜が更けたのだ。

 




今宵はここまで。

チウの正義、いかがでしたでしょうか。
ロン・ベルクの言う通りかもしれませんが、筆者はこの正義を貫いてほしいと思います。

そしてようやく夜になり、いよいよ-使者達-が主人公の下に訪れます。

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