この者は本当に勇者一行の者であっているのだろうか?
七千年の年月を経て、地上の動向を探るために有史以来初の勇者一行が誕生してから様々な者達を見てきたが、こんな者はいなかった。
自分はどう見ても放っておいていい類のものではなく、そもそも魔族の自分と戦をしている最中に無防備に背を向けモンスター達の手当てに勤しんでいていいのだろうか。
それも警戒している気配が全くない。
ティファに面白味を感じながらも、こんなに警戒心の無い者が最前線で戦う勇者一行の者でいいのだろうか奇妙にも老婆心がうっかり働きそうになってしまう。
怪我をしたモンスター達の手当てを終えたティファは再度振り返る。
その顔にはやはり警戒心の色は全く見て取れない。
まじまじと自分を見上げ、緊張感の欠片もないのはどうした事か?
バーンがティファの行動に驚いているように、ティファ自身も今の己の心情に戸惑いを覚えていた。
なんでだろう、この人怖いとちっとも思えない。
自分はこの人を知っている。勇者一行とこの世界の最大の敵大魔王バーンだ。
原作では自分が魔界の神に君臨し続ける野望の為に地上を消滅させて、太陽を魔界の物にしようとした者。野望に満ちたそれこそ自分本位の邪悪な者のはずなのに・・・何でだろう、この人の気配はとても落ち着く。
本当なら勇者の仲間として、妹として敵として戦わないといけない人なのに、戦う心が全く湧かないのは何故?
ああこれでは、戦いも満足に出来ない自分はみんなのお荷物になるばかりの役立たずではないだろうか?
悩みに苦しみ心を縛られ動けないティファに焦れたのか、バーンが動いた。
待てど暮らせど自分に何者かと尋ねる気配もなく、埒があきそうにないので自身であける事にした。
ティファの両脇に手を差し入れ持ち上げ、手頃な岩に腰を下ろし小柄で華奢な体を膝の上に横座りにさせて。
だがこれでもティファは悲鳴を上げるどころか戸惑いもせず、じっと自分を見ている。その瞳に、恐怖はおろか警戒心の色すらも浮かんでいない事にバーンは戸惑いながらもティファに言葉をかける。
「そなた名は?」
その声にティファは今生で、まして前世でも味わったことのない多幸感に包み込まれた様にうっとりとしてしまい、常の平常心の全てを取り払われてしまった。
それはー魂の奥底ーにあるナニカが反応したのだと、この時のティファは知る由もなく・・
ああ、なんて深くて魂に響くような声を発する人なんだろう。
おじさんの声が魔法の様な声なら、この人は夜の深みを音にしたようだ・・
「ティファ・・・」
バーンの声と気配に魅了されたティファは、敵のそれも大魔王と知っても名を教えてしまい、気をよくしたバーンはそのまま知りたい事を聞きだす。
「ティファ・・・そなたは一体何に疲れ果てているのだ?」
「・・・」
「そなたは何か途轍もない重荷を背負っているように見えるが、何を抱え込み苦しんでいる。」
「私は・・・」
それは、誰にも言えず、それでもー誰かーに聞いて欲しい心を掻き乱す懊悩・・聞かないで欲しい、それでも誰かと共に共有してほしい相反する思いを崩されかける事にティファは恐怖する。
これはー自分の仲間・味方ーには絶対に知られたくないから・・
「話してみよ、話すだけであれば誰にも害はなかろう。」
「わ・・わたしは・・・」
「ここには人間は誰もおらん。言ってもよいではないか。」
深く囁くようにそそのかす様にするりと心の内側まで入り込む声に、そして的確に己の痛みを知ってなお聞き届けてくれるという誘惑にティファは自制心を崩され、知られる恐怖よりも打ち明けて楽になりたい想いが勝り呻くように言葉を発した。
私は・・・・・
全てを話しきり、ふらりと自分の膝から落ちかけたティファを咄嗟に腕に抱き留め包み込みながらバーンは驚愕の念をティファに抱いた。
改めて見るティファは、頼りなくか細く見た目はそこらの子供の何ら変わりない。
では中身は?これまでの発言や行動から、英知を称えた賢者と遜色のない者と評価してきた。それこそ先代勇者アバンと同じくらいに警戒をしていたが、ー今ー聞いた内容から真の中身はこれ程までの優しさを内に秘めた者であるのを知らしめられた。
知恵有りこの世の酷さ醜さを見て実際に惨い目に遭ってきて、それでもなお優しさが損なわれていないのは評価に値する。
どうりでキルが目を付けミストが持て余すはずだ。
二人も自分同様無知なる者か敵意・悪意・憎悪に満ちた者達を相手ばかりをしてきた。
キルはこの優しさと慈愛に魅かれ、ミストは今までの敵対者と違いすぎるのに戸惑いから恐怖を覚えたと言ったところか。
この場に集うモンスター達も、ティファが涙を流すのに胸を痛め案じている様だ。
今までの自分達と敵対した者とは違い、敵意ではなくまして悪意など欠片がなくとも敵の大軍団を大混乱に陥れた厄介な者は、かほどに優しい魂をその身に収めた者であったとは。
このまま連れ帰り、飼い殺して愛でるかそれとも・・・
「・・・ファ・・ティファ・・・・ティファ。」
「ん・・・起きろよティファ。」
「んあ、ポップ兄・・・あれ?」
「お前此処で寝たら・・・・まぁいいか、ガルーダが見ててくれたんだから。」
「あれ?ガルーダ・・」
「-我が帰ってきた時は眠っていたぞ。ブラスからの伝言だ、一人で無茶をせず周りにきちんと頼るようにと-」
「はりゃ・・・あのね、ポップ兄、モンスター達いなかった?」
「ん?俺がお前の所に来た時はガルーダしかいなかったぞ。」
「-・・・我は追い立てていないぞ・・・-」
「あ~ガルーダ強いのに遠慮したんだよ。あのね、怪我してる仔達手当てした後
「そうか、あんま疲れることすんなよ、でも朝より顔色良くなってんな。寝るのが一番か?」
「ううん、そろそろ寝坊助返上したい・・・それよりに兄・・」
「どうした?」
「あのね、洞穴迄でいいの・・・・負ぶってくれるかな・・」
ティファは顔を真っ赤にさせて俯きながら小さなお願い事をポップにする。
願われたポップは聞いた瞬間に瞳を歪ませ涙が堕ちそうになるのを我慢し、無言で背をティファに向けかがんで両手後ろに広げてくるように促す。
こんな小さな・・なんでもない事かもしれない。それでも、ティファが自分に何かを願ってくれたのが嬉しくて、いじらしくて堪らなくなる。
その背にティファはゆっくりと体を預ける。
何と軽くて子供特有の温かさを感じる。初めてデルムリン島でティファを負ぶったことが思い出される。
アバン先生がいて、単純に弟弟子と可愛い妹が出来たと喜んでいた自分。
あの時の自分は先生がいるから怖い事など何もなかった。それからたったの数か月で世界を守るために戦っている。
自分達はなんと遠くまで来たのだろう。
「ティファ・・・」
「ん?なあにポップ兄。」
「-みんな-で勝とうな。」
「・・・うん。」
「お前は一人じゃねえ、俺達がいる師匠がいるロン・ベルクさんや王様達も皆お前が好きなんだよ。」
「・・・・嬉しい。」
「嬉しいか?」
「うん・・・・嬉しい・・・・嬉しいよ兄。」
二人が笑いながらボロボロ泣く様を、ガルーダは嬉しそうに瞳を細めて見守りながらゆっくりと歩く。
何故かは分からないが、ティファに纏わりついていた悲しみの気配が大半消え失せている。眠るのが一番の薬なのだろうか?
ああ、心が軽い。たくさんの人達に話したくない事無理やり聞かれたりやらされたり、色んな事起きすぎて頭パンクしかけたけど、今はそれを重く感じない。・・・・けれど何だろう?なんで私
・・・・・色々やりすぎて疲れ溜まったのかな?
これからは話したくない事や、したくない事はなるたけ嫌だと言える様にすればいいか。
うん、そうしよっと。
「バーン様、こちらにおいででしたか。」
「何事だミスト。」
「はっ、ハドラーが重要な話があり謁見したいと。」
一人死の大地に戻ったバーンはハドラーと初めて顔合わせをした太陽の間でワインを飲みながら先程の事を思い返していた。
連れ行くのもいいが、今連れ帰ってもティファは頑強に抵抗し自分の物になる事はなく面白みに欠ける事この上なく無粋であろうし、
それならば待ってみよう。
ワインの如く、機を熟してから収穫するべきか。
「悪夢の蔦を切り裂き、眠りて忘れよリャナンシー。」
右手をティファの額に当て短い言葉を詠う。
これでティファは忘れる、記憶を取り出しまた自在に戻すことが出来る
自分に会った事、そして心の奥底に秘めていたあの悲しみの一切合切を一時忘れさせ、その後に返そう。
次に会う時はおそらくはハドラーが仕掛けると言っていた篩の後、つまり決戦時に敵として会う時。
万が一門番たるハドラーが敗れて自分の元に来た時、会ってすぐにこの記憶を返そう。その時にあの者は耐えきれるだろうか?
ー仲間ーには決して言えない苦悩を思い出し、その上で尚も魔界の神たる自分を屠ることになる戦いをすることが出来そうにもない。
しかしその時になってみないと分からぬものだが、戦う道を選んだとてもあの者の心は保つ可能性は低く、簡単に捉えられるやもしれぬ。
そうすれば、労せずして勇者達を殺せよう。
あの一行の力の柱がダイであるなら、精神的な柱はティファの方。
今攫ってみるよりも、堕ちた料理人を見せつけた方が効果が高かろう。
便利な仔猫を見つけられたものだ。
久方振りに自然と笑みが零れる。先の事を楽しみにするなど、あの太陽を手に入れんと願った日以来ではなかろうか。
バーンは視線をグラスから太陽に向ける。
そう、あの太陽がなくば我らに未来はなく、それどころか時間もない。我等だけが暗い地に押し込められかほどに理不尽な目に遭わせられるのを何故許せると思うのだ神々よ。
様々な複雑な思い怒り憎しみや怨嗟はあれど、先程触れた温かいティファの温もりを思うと笑みが崩れる事はない。
記憶を返した時、悲しみの底に沈み自分の腕の中にまた堕ち、そして勇者達を崩壊させよ。
バーン様が笑っておられる。
ミストが長年主として仰ぎ仕えてきたが、真の笑顔を見るのはこれで三度目だ。何か良き事でもあったのだろうかと、ミストは不思議そうに主を見ていると不意にバーンから声をかけられる。
「してミスト、ハドラーの用向きは分かっているのか?」
「はっ、塔の篩にて恩赦を与えられたモンスター達が、魔界にて迫害されぬように各行政に置いて悪魔の目玉から直々にバーン様のご命令を発してほしいとか。」
「ふむ、分かった。その話を詰めるために会うと直ぐに伝えよ。」
「かしこまりましたバーン様。」
バーンは広大な領地を持ってるが故に、いちいち書類で重要案件を伝えるには時間がかかりすぎる為に重要拠点には目玉を設置しているが滅多な事では使用されない。
それこそあの五年前の大混乱以来の使用になるだろう。
皮肉な事に、仕出かした本人が二度もそれを使用させるとは考えつかない、それこそあり得ない話だと、バーンはまた可笑しみを感じ、心の底からの笑みが浮かぶ。
ふっふっふ、勇者一行の者の発案を魔王が受け入れ大魔王たる余が実行するとは誠におかしな話だ。
だが、あの娘の願いならば嫌ではない。この事を知ればあの娘はきっと喜び微笑むのだろう。
しかし、数百年振りに
大魔王バーンの年齢では作中では七千歳とさせていただけ、また原作にはない独自の技の使い手とさせてもらいました。
他の原作設定は弄らずに行きますので、何卒よろしくお願いします。
主人公と会い一旦別れましたが、キルやミスト同様でこれからバーン様にもちょくちょく顔を出していただきます。