優雅に挨拶をこなすノヴァは、爵位こそないが代々リンガイアの将軍職を拝命している家に生まれつき、宮廷の出入りの為に教育が始まってから当然の如く宮廷作法も教え込まれ、今では息をするのと同じくらいの自然さで人と接せられる。
当然デルムリン島育ちのダイにはそんな教育は受けてこず、それどころか王族とは言え少々おてんばなレオナ以外は本物の貴族に会ったのはこれが初めてで、ポップ達も右に同じくでノヴァの優雅さに圧倒される。
なにか・・・・根本的に自分達とは違う生き物に見えてしまうのは失礼だろか?
だがそこは普段から礼儀を守っているダイ達であり、優雅さこそないがしっかりと名乗り上げればノヴァはふんわりと笑って頷く。
「そうですか、貴方達が今世界を救ってくれている勇者ダイとそのお仲間なのですね。お会いできて光栄です。」
ダイ達に敬意を表しまたもや一礼し、特にダイに右手を差し出し握手を求めてきた。
「いつか同じ戦場に立つことになると思います。そのときはよしなに。」
「え!・・・あ・・はい・・」
こんな挨拶をされた事がないダイは、熟れたグミの様に赤くなりながらもノヴァの右手をしっかりと握り、よろしくと笑って応える。
いつかともに戦う仲間を歓迎して。
「そういえば坊や、よくここが分かったな。」
和やかに挨拶を交わすノヴァにマトリフが尋ねる。この場所はノヴァにも教えていないはずだが。
「実は、この子に案内してもらいました。」
ノヴァは懐から真っ白い鳩を取り出す。
「昨日ティファから手紙が届いたので返さずに案内してもらいました。」
鳩の帰巣本能を利用してティファの元に戻ろうとした鳩の速度に合わせてトベルーラをし、島と洞穴が見えた時点で懐に入れ速度を落としてダイ達の前に降り立った。
「嬢ちゃんが・・・いつの間に。」
「ティファは結構僕に手紙をくれていました。大戦が始まってしまった翌日から僕達の心配と自分の無事と・・・デルムリン島を出た後も二・三日おきには。」
「お前さん嬢ちゃんの事・・」
「はい、実は五年前から僕だけ全部知っていたんです。ティファの名前も住んでいるところも・・・・怒ってますか?」
「・・・・・・今更だよ、それで嬢ちゃんからなんて手紙が昨日届いてここに来たんだ?」
実はティファの事情全部知ってましたのノヴァの告白に、マトリフは一人仲間外れにされた気がして少しむっとしたが、今は自分も知っているので許すかとここに来るほどの内容が書かれていたのかとノヴァに尋ねる。
「昨日のでは、今おじさんの所にいて元気貰っています、の一言文でした。」
「・・・・・・・・・・なんだそりゃ?」
「ティファは僕の手紙の時は調子がいい時ほど短文になるんです。元気ですか、薬作り順調だよの内容を貰うと本当に安心します。」
薬の内容や実験結果以外の近況報告が短ければ短いほど調子がいい。
何か思い悩み長文になると心配になる。
「ふ~ん、なら調子のいい嬢ちゃんの手紙を読んでなんで坊やは鳩の速度に合わせてトベルーラで来るような面倒な真似をしてまで来たんだ?」
ノヴァがダイ達に明かしていなくとも、マトリフは知っている。ノヴァはリンガイア始まって以来の最年少の騎士団長で、氷の勇者と呼ばれ国の防衛の要である事を。この大戦の最中、そんな重要な任に就いている者が、まして責任感が人一倍強いノヴァが、大切な友人であるとはいえティファ一人の為に国を離れた理由が分からない。
「実はここに来たのは仕事の一環もありまして、時間を前倒しして国を出てこさせてもらったんです。」
「仕事・・・パプニカにか?」
「はい、内容は機密事項なのでマトリフ様やダイ君達にも今はまだ。」
「分かった、そしたら仕事前に嬢ちゃんと近況報告の仕合か?本当にお前さん達は子犬みたいに引っ付きあいたがるな~。」
それで坊やと嬢ちゃんと俺の三人で寝たことあんだよな~
昔を思い出し、マトリフが懐かしそうに笑ったがノヴァの顔つきが変わった。
「近況報告・・・とは少し違いますがマトリフ様、ティファは本当に元気になっているのですか?」
柔らかい雰囲気が少し硬くなったノヴァをマトリフが訝しげに見る。
「嬢ちゃんが嘘書いて寄越したって言いたいのか?」
「そうは言いません、ティファは嘘を書く位なら本当の事も何も書かず手紙自体をくれないでしょう。手紙を書いたのはおそらく昨日のお昼頃でしょうがマトリフ様、昨夜ティファの心を搔き乱す何かがあったはずです。今ティファは大丈夫なのですか?」
「坊や・・・どうしてそれを。」
「鳩は本当は僕が付いてくる為ではなく、リンガイアが大雨だったので返すのが忍びなく一晩預かったのですが気になって。ここ半月の・・・・いえ、大戦が始まって三日目の夜に一度、その後はここ半月の間ティファの心が悲鳴を上げていたはずです。マトリフ様、本当にティファは今大丈夫なのですか?」
大戦の三日目にはアバンの死が、ここ半月はテラン戦の戦いと、追い打つように次々にティファの心が傷だらけになっていた時期と一致している。
「ノヴァ・・・あんた何で・・・手紙に書いてあったのか?」
遠く離れたリンガイアに居ながらにして何故ティファの、それも怪我などではなく心の状態を知っているのかとポップが青褪めながら聞く。自分達とてティファの疲れた状態を見て漸く知れたというのに。
自分達では頼りにならないと、幼馴染のノヴァに助けを求めたのかと。
「いいえ、いいえ違います。ポップさんと言いましたね、ティファがダイ君の他に頼りになる優しい兄が出来たと貴方の事を嬉しそうに書いていました。
貴方が考えている事ではないので大丈夫です。」
ダイ達が頼りにならないから相談されたのではないと、ノヴァは優しく笑い安心させるように訂正をする。本当に手紙ではないからだ。
「信じられないかもしれませんが、僕とティファは遠くにいてもお互いの事が分かる時があるのです。嬉しい事や悲しい事で心が強く揺れた時に・・・例えば、マトリフ様から話されているかもしれませんが僕も今世に出た新薬の研究に携わらせていただいて、新しい効能が見つかって物凄く嬉しくなって、次の日にティファに手紙を出そうとしたら先にティファから手紙が届くことがしばしばありました。」
-何か物凄く良い事あったでしょ!薬の事?他の事?嬉しい事独り占めしないで教えてね!-
それだけではない、訓練の厳しさに自分の不甲斐無さに泣いた時、親しい人が亡くなって泣いた時、他にも辛く悲しい時にすぐにティファから大丈夫と心配の手紙と甘いお菓子の入ったマジックリングが届けられる。
その反対に自分もティファの喜びや悲しみを感じ取り、直ぐにペンを取りティファにお祝いや慰めの手紙を書いてもう五年になり、今まで勘違いや気のせいであった事はただの一度もない。
「坊や・・・・いつからそんな事が・・・」
ティファとノヴァにそのような奇跡的な繋がりがあるのを知らなかったマトリフは驚愕の面持ちで聞いた。
今の今までそんな素振りをノヴァは見せた事がないので無理はない。
「始まりは、ティファの血が僕の体内に入ってから程なくしてからです。」
バシリスクの群れから精霊の友達を助けて逃げたがすぐに追いつかれ、牙でお腹を裂かれ内臓にもダメージが入ったのに死なずに済んだのは、ティファとマトリフのおかげである。
ティファが万能薬の試薬で、唯一大ダメージを治すことに成功したのと同じ製法で作った薬を自分に見せるために持っており、それが濃度が濃すぎて子供の自分には薄めないと毒になるとマトリフが看破し、酒でも何でも液体で薄めないといけないとマトリフが逡巡すると、ティファは躊躇いもなく自分の右腕を剣で斬り血を流し薬の濃度を薄めてくれたおかげで自分は今この世に生きている。
「それからです、僕とティファの心が繋がったのが。」
ダイ達はその話を聞き、特にポップは直ぐに腑に落ちた。-竜の血-がなせる奇跡の御業だと。
自分もダイ・ティファ、バランの竜の血によりメガンテで瀕死となり生死の世界を彷徨いながらもこの世に呼び戻して貰えた。
それ以来、ノヴァの言ったような事は起きずとも、以前に比べると倍以上も自身の魔力値が上がり、魔法の精度も段違いになっている。古来より竜の血を浴びた者は不死になるという伝承がある程、奇跡を起こす力があったとしたら、ノヴァとティファのつながりもあり得る事だと。
そしてその繋がりの為にノヴァがティファの苦しみを共有し、直接自分の目で確かめに来たのだと。
「坊や、お前さんパプニカでの騒動は?」
「・・・大魔王の篩とやらと、その後の騒動は全て昨日帰国した父から全て聞きました。それも含めて大丈夫だとティファは手紙を出してきたのだと安心したのですが・・・」
夜の見回り当番を交代し、寝台に入り程なくして突如胸を掻きむしるような悲しみと焦りが自分を襲った。
それは父が教えてくれたティファがテラン戦であったあの嘆きと絶望感と同じで、何故マトリフの下にいるティファがそんな悲しみの状況に陥ったのか訳が分からず、父の名代でパプニカに来れるのを幸いにマトリフの下に来たのだ。
「-塔での騒ぎ-はどうでもいいのです。昨日の夜に何があったのかも時間が惜しいのでそちらも大丈夫です。マトリフ様、ティファは今どのような状態に?」
「・・・元気だとは言えねぇ。けどな、解決できる範囲内だ。」
ノヴァが心配しているのはおそらくテラン戦でティファが味わったあの絶望的な状況と同じことが昨夜起きたのではないかと案じたのだろう。
「そうですか・・・・良かった、本当に良かった・・・」
マトリフの言葉を聞き、張り詰めていたノヴァの心は緩み心底安堵し息を長く吐く。昨日はそれ以降眠れずに一晩起きていた程心が痛かった。
自分がこの位なら、ティファ本人はいかばかりか・・・
「坊や・・じき嬢ちゃんが戻ってくんだろ。それまで・・・」
「ストップそこまで!」
ティファ本人と会っていかないかとノヴァに勧めようとしたマトリフを、ノヴァの懐から飛び出してきた精霊に止められた。
「エンフェリス、久しぶりだが・・」
「御免なさいマトリフジィジ、ノヴァもうそろそろ行かないと・・」
「え!もうそんな時間なの⁉」
「あん!うっかり屋さん!!早く行かなとお父様にも怒られるわよ、ノヴァの仕事に遅れちゃうの。分かってマトリフジィジ。」
ノヴァの精霊友達で一番しっかりとしているのが紫の髪を肩口まで伸ばしているエンフェリスであり、人間の常識にも通じているので、時折うっかりをする愛息子を案じるバウンスがお目付け役をしてほしいとエンフェリスに頼み込んでノヴァに付けたのだ。
付いて来てよかった、この後ノヴァには重要な役目があるのだから遅刻は厳禁だ!
「そうか・・・嬢ちゃんには俺から伝えておく。気を付けてな。」
「はい、ダイ君達と一緒に直ぐに後日会えると思いますがよろしくお願いします。それとこちらを。」
仕事に行く前でも慌てずにダイ達にも別れの挨拶をし、マトリフにティファの鳩と手紙を渡し言付けを置いて行く。
「分かった、必ず伝える。」
「はい、では皆さん失礼します。」
一礼し、少し離れてからノヴァはトベルーラで飛び去った。
「・・・良い奴だな師匠。」
「ああ、俺の大切な子だ。」
「そうかよ・・・・それにしてもダイ、どうしたんだよ。」
ノヴァの爽やかさに終始圧倒されていたポップは、自分以上に大人しく顔を俯けたままのダイの頭を撫でて尋ねる。
大切な妹が自分の知らない男の幼馴染がいたと聞いたら暴発するかと警戒していたのに。
「あのノヴァって人リンガイアの人なんでしょ?」
「そうだな。」
「リンガイアって・・・あの人が攻めたんでしょ!!」
「あ!!・・・ダイ・・・お前・・・」
普段の自分なら、ティファが教えてくれなかった事全てに腹を立てどうお仕置きしようかと考えているが、相手は超竜軍団が襲いに行ったところだと、レオナが大戦が始まってからの魔王軍の動きを全て教えてくれた。ロモス・パプニカは自分達が知っていたので、オーザムが殲滅された事、話辛そうに超竜軍団が攻めきれずに甚大な被害こそ出なかったがリンガイアに攻め上り、カールの方は首都制圧をした事を。どちらも奇跡的な出来事で難を逃れたとはいえ、父が攻めた相手に自分が何を言えようと、両手を握りしめポロポロと涙を流してしゃくりあげながら話す。
父がした事で辛い目に遭った人が、それも全ての事情を知っているであろう人がその事を一言も責めずに優しく笑いかけてくれたのが却ってダイには堪えた。責められれば、その方が謝れてそれでも償っていくと言えるのに!
「ダイ・・・・ティファもだがお前のせいじゃねえ。バランだって、償うと言ってるんだ。一緒に歩いて行こう、その道を・・」
「ポップ・・」
「ダイ、俺達も一緒だ。マァムも一緒だ。」
「ダイさん、私も一緒に歩きます。最後まで。」
「ヒュンケル・・メルル・・」
「そうだダイよ、お前達には俺達がいつでも一緒だ。」
「そうです!どこまでも、何があっても絶対に一緒ですよ!!」
「クロコダイン、チウ・・・うん、うん!俺・・・俺頑張る・・歩こう!最後まで!!」
ポップに抱きしめられ、ヒュンケル達から熱いエールを送られたダイは、ティファと同じ太陽のような明るい笑顔で仲間の思いに応える。最後まで一緒に行くのだと。
本当にこいつらは何と良い奴らなのだとマトリフとロン・ベルクが温かいまなざしを向け、そろそろ朝食にとマトリフが言いかけると森から絶叫しながら飛び出した者がいた。
紙は葉っぱだらけで頬には擦り傷もあるティファだった。
「ノヴァー!!せめて後五分待ちなさいよ薄情者!!!!!!」
なんとノヴァが飛んで行った方向を誰にも聞かずに的確に向いて叫び上げた。
ノヴァが言った通り、ティファにもノヴァの心が分かる時が更にその上を行っていた。
半径一キロ以内なら気配を消していてもノヴァの居所が分かる。
トベルーラで砂浜に降り立った時から分かっていたが、生憎空飛ぶ靴は履いておらず、ガルーダも疲れて眠っているので洞穴の横に置いていき、今の今まで眠っていてティファの叫びで起きてきた。
そうなると直に走るしかなく、森の木々を傷つけずモンスターや精霊達も避けてきたロスで会えなかった!
叫び上げて肩で息をするという珍しいティファを見たポップ達は唖然茫然だが、マトリフが宥めすかし、来た理由と行かなければならなかった理由を説明して手紙を渡せば、申し訳なそうにしたり喜んだりと忙しそうにしながらも一応落ち着いてくれた。
「フェックション!・・・・・ティファかな?」
「ノヴァ・・・・時間余ったからティファに会いに行く?」
「やぁ~、あれだけ言ってのこのこ戻るのも・・」
「貴方のうっかりってお父様譲りなのね・・」
「そういわないでよ~。」
パプニカ王城の一室で、早く着いてしまったノヴァはレオナと大臣達からの呼び出しを紅茶を頂きながら待っている。
昨日纏まった人間側からの大攻勢でリンガイアからの支援兵が予定よりも送り出せる事とそれに伴い支援物資の数等諸々増える事を伝えに来て、レオナから緊急時の謁見可能な時間を教わっていたアーデルハイド王に父経由で教えて貰い来たのだが・・・父が伝えた時間よりも一時間も後だったという落ちがついて赤面ものだった。
レオナ達にも予定が詰まっているので定時の謁見時間までお待ちくださいで待っている。
そのお陰で、幼馴染二人が会える事をまだ知らない