勇者一行の料理人   作:ドゥナシオン

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最後の授業③

デルムリン島で洞窟修行を始めて少ししてから私はずっと怖いものがあった

 

-それ-を浴びると心も体も冷たくなって竦んで動けなくなって・・・・何度死掛けたのか分からない

 

みんなはきっとこれ程冷たいものは浴びてこなかっただろう

ヒュンケルもクロコダインとても

 

ヒュンケルは地上での軍団長が初の本格的な戦闘だって言ってた

魔界では、明けても暮れてもミストとの修行か、実地を兼ねた反乱討伐をこなしていたくらいで強者はほぼミストが倒してたと言っていた

 

クロコダインも、温かい地上で死ぬような思いをしたのはダイ兄達が初めてだと

 

これはとても困る

 

怖いものに遭った事のない者達が、怖いものに遭ってしまったら・・・・きっと動けなくなる

 

動けるようにしないといけない

 

みんなは無理でも、たった一人でもいいから・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パン!!

 

乾いた音が洞穴に響き、その後を追うように怒声が響く。相手の言い分を一切言わせない怒涛の勢いで。

 

その音と声に、ダイ達を洞穴の遠くに連れてきたロン・ベルクは満足する。

 

それでいいマトリフ、今度は絶対に怒れよ!!

 

ヒュンケルは殺気を浴びながらも直ぐに意識を覚醒させ、ティファを叱ろうとした自分達を押し止められてしまった。

 

 

「ロン・ベルク、マトリフ師もあまりティファを叱らないでやってほしい。」

 

殺気を叩き込まれた本人が庇ってはその場で叱るのは難しい。

 

「ティファ、今の事すべて体に刻んでおく。お前の思い、決して無駄にはしない。」

 

ヒュンケルが頭を下げてマトリフ達にとりなすのを、歪んだ瞳でティファは意を受け取ったと頷いた後、黙ってマトリフと洞穴に入っていった。

 

ロン・ベルクは先程の場所よりも離れて開けた海岸にダイ達を引き連れ、先程の仕合は何が足りなかったのかダイに反省をさせアドバイスをしながら洞穴の様子にも聞き耳を立てている。

 

如何にこいつらが預かり者で何か深い考えがあっての事だとしても、仲間に本気の殺気をぶつけるなぞ許されていいはずが無い!!!馬鹿げた夢の茶会や変態との賭け事なんて見逃してやる!その代わりティファを叱りつけろ!!

 

 

 

ロン・ベルクが怒りを覚えているようにマトリフも今回の事を見逃すつもりは毛頭無かった。

ダイ達を遠くの海岸に行かせ、二人きりになり気配も感じなくなった瞬間ティファの頬を思いっきり打ち据え言い分を聞かずに怒りの言葉をティファに叩き付ける。

言い分を聞いてしまっては、おそらくティファの考えの正しさに流され叱りつけることが出来なくなってしまうからだ。

深い考えで先程の事をしたのは分かっている。ティファが何の考えもなくあのような酷き事をする子供ではないのはマトリフ自身がよく知っているからだ。

 

だが正しい考えを持って成したことが、すべて正しいとは限らず今回はまさにそれだ!!

 

「仲間に殺気など浴びせていいはずがねえ!!ヒュンケルの心に傷がついて!下手したら心壊して廃人になってたかもしれねえんだぞ!!!」

 

今回はヒュンケルが無事だったからよかったようなもので、一歩間違えれば本当にそうなっていたのだ!!

決戦前だからどうこうではない!マトリフ自身も仲間と認めた者は死ぬ気で守る気がある。仲間とは信頼しあい手を携えていくものであって、間違っても殺気をぶつけた事はただの一度もない!

 

そしてもう一つ、ヒュンケルの心を案じている事と

 

「もっと自分を大事にしねぇか!!!」

 

これが一番言いたかった。

 

ヒュンケルが心に傷を負い、廃人になろうものなら一番傷つくのはティファ自身ではないか!!

 

げんにヒュンケルに殺気と闘気を練り込んだ柏手を打ちこみ崩れていくヒュンケルをティファは泣きそうな目で見ていた。

崩れ行くヒュンケルを支えようとする両手を血が滴る程に握りしめていたではないか・・

 

「・・・・・ごめんなさいおじさん・・」

 

それは様々な意味を込めた謝罪の言葉であった。

 

仲間に殺気を向けた事、ヒュンケルの心を自分の考え一つで壊しかねなかった事、ロン・ベルクとマトリフに対しての。

 

「嬢ちゃん、なんであんな事をした?」

 

自分が叱る前から嬢ちゃん自身が本当に反省しているのは分かっている。それでも、きちんと言葉に出して叱るのが大人の役目だ。

叱るのは反省を促すだけではない。何故そうしたかを聞き出し、間違っている事ならば教え諭すことが重要だ。

 

だが口を開いたティファから出た言葉は、正しい事だった。

 

これから先、一行はハドラーだけではなく大魔王バーンと直接対決する事になる。

兄達も戦い慣れはしてきても、-明確な殺意-に遭ったことがない。

 

強敵たちは皆どこか若輩者の一行と侮り、初手から殺す気できたヒュンケルとてもさほど恐ろしさを感じなかった。

それは何処かで矢張り侮りがあり、重い殺気になりえていなかった。

 

テラン戦も同じで、真の強者を目の当たりにし憎しみに慄いても、子を取り戻そうとした父に殺意は薄かった。

 

大魔王バーンは古い文献に魔界の神とまで記されてる。そんな者の殺気が、殺意がダイ兄達を襲ったらきっと動けなくなるのが目に見えている。

 

普段ならば場を壊すために挨拶と名乗りをして自分が場を壊し兄達を動けるようにしているが、いつでも自分が万全な状態でいるとは限らない。

 

今の内に一行の誰かに耐性を持ってもらい、自分が動けなくても何かしらの方法で場を壊してくれれば・・

 

兄達ならばきっとその後はいつも通り動けて戦える。

 

今一行の中で殺気を浴びせても心壊れず、一度で耐性が出来る可能性があるのが戦闘センスが圧倒的に高く、実践慣れしているヒュンケルだと見込んだのだが

 

「もうしない・・・ヒュンケルに怖い思いさせて・・・ごめんなさい・・・」

 

この場にいないヒュンケルに、心配を掛けてしまった大人二人にティファは泣きじゃくる。

 

「もういい・・もう分かった・・」

「おじさん・・・私ね・・死んでほしくない・・・みんなにね・・・生きて・・ほしいの・・・」

「分かってる分かってるんだよ嬢ちゃん・・・」

 

一昨日の夜と同じ

 

泣き崩れる疲れた嬢ちゃんを抱きしめて、自分も泣いていたあの時と同じく涙が止まらねぇ・・・・アバン!!本当になんでお前は嬢ちゃんに全部押し付けて逝っちまったんだよ!!

お前さんに託された事を果たすために、この子は優しい心を削ってまであいつらを守っているんだぞ!!

 

数奇な運命に翻弄される嬢ちゃんが憐れで堪らない・・・嬢ちゃんにこんな運命を押し付ける神様って奴がいたら、メドローアで消滅させてやるのに!!!

 

逝ってしまった先代勇者と、運命の神を呪いマトリフも呻くように泣く。

愛しいティファが、どうかこれ以自分を削る事が無い事を祈りながら

 

 

あのお嬢さんは・・・

 

アドバイスを終え、それぞれに思うように修練しろと言ったロン・ベルクは一人森の入り口の木に寄りかかり、全てを聞いて奥歯をギリッと噛みしめる。

そうでもしなければ泣きそうだからだ。

 

たった十二の子が、仲間を死なせないために敢えて憎まれるかもしれない事を承知の上で殺気を浴びせた。それもこれも仲間を勝たせる為に、生かすために、心を鬼にして・・・

 

マトリフが何度アバンを心の中で責め立てたか分からない程怒りを燃やし、今回の件でロン・ベルクも同じ怒りを覚えた。

 

十二のお嬢さんに縋って何勝手に死んでやがるんだよ!!幽霊でも何でも出て来い!俺がぶちのめしてやる!!

 

先代勇者との約束を守り、自分の何もかもを使い切ろうとするティファを思い、一滴の涙を流しながら心を決める。

 

自分が大魔王に作ったのは魔剣と魔槍だけではないと、ダイ達に忠告しようと。




主人公がいつも挨拶や声を出しているのは礼儀だけではありませんでした。
重い場を打ち破り、一行がいつも通りに動けるようにするためです。

主人公の遮二無二に仲間の為に動く姿が、偏屈鍛冶屋を動かした瞬間でもあります。
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