夜明け前は、星明りさえない時間は、夜目の利くものを持ってしても、明かりがなければ数十メートル先さえ見通せない。
だがラーハルト、その耳に捕らえた。
昔二度聞き、最近は聞こえるのが当たり前の・・・あれは!あの音は!!
バランの傍らで蹲っていたラーハルトは、音がした外へと直走った。
あの音は・・・
バン!!
外へと飛び出し、目にしたのは神獣ガルーダであった。
だが・・・・・その背にいたのは・・・
「何故貴方が・・・・・」
自分も主達もこの男をよく知っている。だが、なぜ今この時に神獣ガルーダの背に乗ってこの砦に・・・・
相手の風貌を確認した門番達は、一斉に抜剣し警戒を露にしたが男は気にもせずラーハルトの側近くに寄る。
ガルーダの背から降り立った男は深い溜め息を吐く。門番達の対応はどうでもいい。このご時世なれば、自分ほど怪しい者はいないからだと自覚はしている。自分の種族もだが、魔王軍の目をかいくぐる為とはいえこんな深夜も過ぎた頃に来たのだから警戒されてなんなら斬りつけられてもも文句は言えまい。
溜め息を吐いたのは、これから自分がやる事はこれまでの人生の中で最も厄介で面倒で、昔の自分ならば絶対にやらない事だが、仕方がない。
一度引き受けた事をやめる方がずっと自分らしくない。
あの時頼み事を引き受けた、ならばやり通す方がましだ。
「
その言葉を聞いたラーハルトの目は光、急ぎまだ起きているフローラ女王の下に向かい、いましがた来たものを砦に入れて欲しいと嘆願し、主以外に下げた事の無い頭を深々と下げた。
あの人が頼まれた事はバラン様とディーノ様、ひいては今沈んでしまっている仲間全員の心を救ってくれると信じて。
「分かりました。許可をしましょう。」
女王の鶴の一声で、来たものは直ぐに砦のダイ達の下へと向かった。
希望の光の欠片を届けに。
何もする気が起きない
最後に食べたのは朝食、それも食べる気はなかったがせめてパンとスープをとナタリーに渡されて・・・・・かなり時間が経つが空腹を感じない。
深夜帯も過ぎているのに眠気も来ない・・・・・涙も乾いて、悲しみも出し尽くして・・・・・心までもが空っぽになって・・・・・このまま沈んで・・・ティファの所に・・・・
バタン!!!
「・・・・・なんだこの有様は・・・」
ノックもされず、乱雑に開けられた扉をノヴァは億劫そうに見遣った。ティファがいないこの世界がもうどうでもよくて、膝を抱えたまま沈んでしまいたいと、瞳一つを動かすのも面倒だと思っていたのだが、入ってきた者の気配に覚えがあり、空になったはずの心が僅かばかりに動かされて見た先に居たのは、ラーハルトを従えた・・・
「・・・何しに来たんだよロン・ベルク・・・」
自分のすぐ横で同じように壁に寄りかかって座り込み、俯いていたポップがノロノロと顔を上げ、投げやりな声で入ってきた者に声を掛ける。
その目に覇気は無論の事、生気すらなく生きたまま死んでいる者の目をしている。
自分と同じように。
その瞳を見たロン・ベルクは堪らなくなる。
死んだ瞳であっても、ノヴァとポップは顔を上げて自分を見ているだけまだマシだ!
周りを見れば全員・・・・それこそマトリフとても俯いたまま動きもしないではないか!!
ほんの数日前まで賑やかに、明るく気持ちの良い一行が壊れ果ててしまった・・
お嬢さん!!あんたが考えていたよりもこの結末は悲惨すぎるぞ!!!
今と同じ時刻に自分を訪ねて来たティファの、とんでもなく、ダイ達にとっては非道な内容の頼み事を自分も引き受け、ダイ達の心がボロボロになっているのも予想してきたのだが、これ程までにダイ達はティファを愛していたのだ・・・・一行の心を殺してしまう程に!!
自分があの時、是が非でも、手足切り捨ててでも止めればよかったのだと後悔してももう遅い
それに!自分も知りたいことがある!!
「随分と情けねぇ面を晒しているなポップ。」
ポップの前に立ったロン・ベルクは、辛辣な言葉をポップに掛けるが、ポップはどうでもよさそうにその問いかけに応える。
普段のポップならば、自分に対する雑言を許す事はしないが今は其れすらもどうでもいい。
実際に自分達は、ロン・ベルクに言われている通りの者なのだから。
「へ・・・・そうだよ・・・情けねぇのは面だけじゃねぇさ・・・」
「どういう意味だ・・・」
「そっか・・・・あんたは知らないか・・・・知らねぇ方が!!いっそ幸せだよ!!」
泣き叫び、心も気力も空になったと思っていたポップは、
知らないのはロン・ベルクの責でも何でもない!!これは自分の逆恨みだと頭の冷えた部分で分かっている!それでも、ティファを喪った事が、常の冷静な自分を壊していく。
ティファが・・・・この世界の何処にもいないのだと思うだけで胸を搔きむしりたくなるこの気持ちを!こいつは知らない・・・
ダン!!!
「知っている・・・」
蹲り叫ぶだけで拗ねているポップを、ロン・ベルクは容赦なく襟首を掴み壁に叩きつけ顔を上げさせ強制的に自分を見させる。
「し・・・・知っているって・・・あんたが何を!!」
「大魔王に敗れて、お嬢さんがお前達を移動させて逃がし!!そのお嬢さんが陣から出ていない事を俺も知っていると言ったんだポップ。」
「・・・・なんでお前さんが知っているんだよ。」
知っていると言ったロン・ベルクに、マトリフも顔を上げ話しかける。
ロン・ベルクが、ダイ達が敗れたのを知ったのには納得がいく。廊下の扉に一番近くに座り込んでいた為に、外の慌ただしい声で、大魔王の攻撃が始まったのを知り、ロン・ベルクもそこから察したのだと。
それでも、何かする気も起きずに蹲っていた訳だが。
敗れてから時間が経ち、ダイ達の事もティファの事も詳しい情報がフローラ経由で各国に行っているのも容易に想像がつくが、ロン・ベルクが知らされるわけがない。
なのに正確に知っている事がおかしいのだ。
マトリフの言葉に、ロン・ベルクは激した言葉や声とは違い、労わる様にそっとポップを寝台の上に戻し横にさせる。
治療され体に傷がなくとも、こいつらはいまだ瀕死の状態だ。原因は唯一つ!あのお嬢さんのせいだ!!!
「俺がここに来た理由を話す前に、ポップ、お前は自分を飛ばした陣の色を覚えているか?」
先程自分を乱雑に扱ったとは思えない程の優しい声と、同じくらいの優しさで駆けてくれている毛布の温かさにポップは戸惑う。
乱雑に扱われた事に反発しようと思っていた心が、スゥと軽くなりロン・ベルクの質問に素直に答える。
「緑だ・・・・・なんかの呪文みたいなのをあいつが唱えて・・・深緑に周りが。」
「そうか、おいマトリフ。こいつらが出てきた陣の色は何色だった?」
「・・・・ポップが言った通り深緑色だったよ・・・それがどうか・・・・お前・・・泣いてんのか・・」
「え!!」
師の言葉にポップが弾かれたように上を見上げれば、ロン・ベルクの瞳から涙が流れていた。
おおよそ泣く事と最も縁遠そうなこの男が・・・
震えてそして・・・
「クック・・・・ハッハッ・・・・」
「あんた・・・・・笑ってんのかよ・・・」
「あぁポップ、そうだ・・・・」
泣きながら笑うロン・ベルクは、黙ってポップの枕元に座り頭を撫で始める。気を落ち着かせる為か、傷ついたポップ達を労わる為か分からない。
だがティファがいなくなったのに笑うロン・ベルクを怒る気すら出てこずに、それどころかごつごつとした大きい掌の感触が、空っぽになりかけていたポップの冷え切り死んでしまいそうな心ををわずかに温めてくれた時、その言葉が降ってきた。
掌の感触と同じくらい温かく、今までで聞いた中で一番、途轍もなく優しい声で、そして穏やかに瞳で自分の目を見ながら告げられたのは・・・・
お嬢さんは生きている
今宵ここまで