何かに反応する様に薄っすらと開いた幼子の目を、左手で覆えば顔全体が覆い隠され退けてみればもう眠りについている。
自分の膝の上で無防備にも喉元を晒し、スゥスゥと寝息を立ている様がなんとも自分の優越を満たし尽くす。
どちらの陣営にも最大の影響を与えている料理人が、自分の腕の中で穏やかに眠っている。数千年間、ここまで穏やかな思いで心を動かさられるのは太陽を手に入れんと欲し、全ての用意が整った時以来かも知れない。
直に、自分と魔界が望んだ事の一切が手に入る。
だが、油断はできない。敵にはティファが遺した厄介な者達が勢揃いで、一斉に自分にかかって来られては流石の自分も危ういのは愚か者でない限り分かり切った話。
どちらも生存権を争っている。互いに死に物狂いで勝利を目指さねばならないのは同じで、ならばこの生きていれば魔界サイドに厄介ごとしか起こさないティファを殺してしまえばいいのだろうが、ティファの命には使いどころがある。
下手に殺してそれが万が一勇者達に伝わりでもすれば、復讐という強さを手にする名目を上乗せするだけであり殺すにも殺せない。
ならば捕虜として牢に閉じ込めておくよりも、
ティファの伸びきった黒髪を弄りながら、バーンはティファが目覚めた一昨日の夜を思い出す。
ズァァァァァー
死の大地を吹き飛ばさせ、バーンパレスを浮上させたその日の夜に、パレスの内部の玉座の間まで異常な気配が覆いつくした。
ミストは何事かと狼狽えていたが、自分には直ぐに分かった。ティファが目を覚ましたのが。
ラック=バイ=ラックで力を使い果たし、自分とドルオーラの暗黒闘気で体内がズタボロになったティファ。
常人であれば倒れ伏したままこと切れても不思議ではなかったが、倒れ伏したままの状態でも顔を上げ、自分の顔を見た時薄っすらと笑っていた。
可笑しな伊達眼鏡はラック=バイ=ラックの衝撃で吹き飛び、素顔のまま薄っすらと笑うティファに、キルがすぐさま駆け寄り抱え起こして状態を確認した。
ヒュウとか細く消えそうな頼りない虫の息であっても、キルを見ず自分から目線を逸らさないのは何故だ?
「そなたはこれから死ぬ。」
事実を其のまま告げても、ティファ自身がよく分かっているだけに自分の告げた言葉は何の意味をなしていない。
ティファの笑みが益々深くなるのが不思議になった。
微笑みではなく、獲物を喰らい殺して満足した獣の笑みを浮かべるティファは・・・
「死ぬだけの其方は何故笑っている。」
どうにも気にかかり再度問うた。
今まで自分の前で死んだ者は、無念の表情か、殺した者を憎みながらも死にたくないと媚びへつらうか、どのみち何の感慨もわかない死に顔であったが。
果たしてティファの答えは、凄絶であった。
「あなた・・・・の・・いまのかおがおかしく・・・て・・」
「何?」
「大切な・・・事がうまくいきかけた直前に・・・・・だい・・なしにされて・・ぶぜんとして・・・クフッ・・・それが・・・おかしい・・」
ティファは嗤っている理由を、血を吐きながらも言い募る。
「冥土の土産が・・・大魔王のぶぜんとしたかおなのもわるくは・・・・ない。」
七千年間、様々な敵対者達がいた。初期の頃には間違いなく国の興亡に関わる戦もし、血みどろの戦に明け暮れ大勢の者達を殺し蹂躙して来たが。
「勇者と魔王達全てに逃げおおせられ・・・・ざまみろと・・もうせましょ・・・・・」
死ぬ間際に、魔界の神とまで呼ばれるに至った自分に対して、ざまみろと言いながら死んで逝った者は誰一人としていなかった。
最後まで言い切るには至れなかったが、何を言いたいのか分かるまで話したティファの手かがするりと落ちる。
放って置けば直に死ぬと分かっているが、小憎らしい事この上ない。
「どうなさいますかバーン様?」
自分の考えをある程度察したのか、キルは答えを知りながらも伺い立ててくる。
これもある意味ティファ同様小憎らしい者に育ってしまった者だと嘆息が自然と出る。
「牢よりザボエラを出し、至急ティファを-蘇生装置-に入れよ。」
「バーン様⁉」
「憎らしい敵を助けるのですか?」
ミストは何故ティファを助けるのだと悲鳴のような声を出す程の可愛げがあるのに対し、本当にキルは自分の何もかもを見透かしたような言動をする。
「助けるのではない。」
自分の憮然とした顔を冥土の土産に等されては業腹な事この上ない。
「生き地獄を味わい嘆きの底に沈みながら黄泉路を辿ってもらおう。」
「成る程、勇者君達は兎も角-人間-がこの子の-正体-知って、受け入れる訳ないですもんね。」
百万が一何かの奇跡でダイ達の下に戻れたとしても、ティファは最早地上特に-人間-の中に居場所などあろうはずがない。
仮に善意ある者達が居場所を作ろうとも、人間がそれをいつまで良しとする筈も無く、聡いティファが己の正体に気が付けば、地上の味方同士が諍いを起こす種にならないようにと自害する可能性すらある。
生きても地獄なら、こちらに素直に来るか死んだ方が確かに楽である。
「その通りだ。」
キルに正確に総てを当てられたバーンは矢張り面白くないと憮然とした顔をしてしまい、今度はキルに笑われる。
叱責しようとしたが、用命を果たしてきますとティファを抱えられたまま逃げられてしまった。
「ミスト、そちには苦労を掛ける。」
自分の若い肉体を消され本性を晒さなければならなかった事、その元凶となったティファを助ける事、そしてそれにより奇行が更に出るであろうキルのしでかす事を先に謝すれば、ミストは姿勢を低くし一言の身を言ってきた。
「全ては大魔王様の思し召しのままに。」
如何なる命であろうと自分の言った事を最優先にするミストが、無事であった事が幸いであった。
「すまぬな。」
今生、誰にも如何なる事態にも屈せず乗り越え、頭を下げた事が無い主が、矮小なこの身の自分に対し・・・・
「忠誠をあらためて、この身消え果るその時まで貴方様のお側に。」
「うむ、付いてくるがいいミスト。」
忠義を更に深めた主従は、直ぐにパレスを浮上させる手はずを整えロモス王国の北西に黒の核晶を搭載したピラァオブバーンを落とした。
そこを皮切りに、早くとも次の日か間隔をあけて二日後に一つずつ、-六芒星-を作るべくピラァを計六つ落としていく。
早くとも十日を掛ける事になるが、性急に勧めようにも黒の核晶から放たれる暗黒正気を大地に根付かせ、それぞれの柱に到達して地下で六芒星の陣が結びつかなければ地上の表面を吹き飛ばすだけで終わり、大地そのものを消滅させられない。
其れもあるが、落とす場所は六芒星と気付かれないようにバラバラの場所に落とす。
ロモスの次は、二日後にパプニカ西のベルナの森。
調べではあそこは人が居らず、何故攻撃されたのか分からない筈だ。無差別攻撃だと謝った考えに至り、柱そのものに仕掛けが施されている事を分からなくするのが目的。
万が一柱に近づくものがあれば、策を施している。
確か・・・キルが暇潰しに、地上の強敵とやらを倒して手に入れた【はんにゃのめん】を参考にしたのであったな。
柱に触れれば触れた者は混乱し、追加効果で周りを敵だと認識させて斬りかかる仕様にしてある。
呪われたものに近づくものはおらず、それでも調べようとした者がいても、ピラァの頭頂部は発動寸前まで閉じており、破壊しようとすればその倍の威力を相手に返すカウンターの結界を張っている。
つまり強者であればあるほどカウンターのダメージは強まり、自分の技で死ぬ事にもなる。
まさに死角のない時限爆弾であった。
地上を消滅させる準備を着々と半日で整えている最中の真夜中に異常事態は起き、引き起こした物をラド=エイワーズで出現させれば、一糸纏わず、焦点が合わずに床にただ座り込んでいるティファと、その傍らには切り飛ばされたのか、肘より下の無い右腕を抑えながら呻き声を上げ蹲るザボエラの姿があった。
牢の中で表の騒ぎに戦々恐々としていたザボエラは、突如静かになった後急に現れた死神に魂消て悲鳴を上げ、更に無茶ぶりの命令に魂を飛ばし掛けながら唯々諾々と命を果たし、ティファを蘇生装置の中に放り込んだ。
自分を殺し掛け、牢に入れる原因を作った忌々しいバケモノを助ける手伝いなど御免であったが、保身一択で表面上を繕い笑う自分を無視した死神にも頑張って愛想笑いをしてみせるのは我が事ながら偉いと思う。
どうしても外せない用事があると死神が立ち去った後、忌々しい小娘を事故死に装って殺そうとした。死神は立ち去る前に、バーン様の命令に逆らうなと釘を刺してきたが、事故死ならば仕方あるまい!
行動に移そうとした矢先、娘の目が薄っすらと開き、凄まじい気配と-黒い闘気-が自分を襲い、気が付けば大魔王の御前に蹲っていた。
ティファの方は完全な覚醒に至っておらず、両手とも床につけ、足を曲げてぺたりと座り込んだまま何もしないでいる。
常のティファであれば状況確認をすぐさま始めるのだが、口も半開きに開けぼうっとしている。
濡れた髪が全身に纏わりついているのも気にもせず。
ティファの髪は、ダイ達に見せつける様に短く切ったはずだが、体のダメージを直すとともに伸びたか。
黒き髪を身に纏わせ、ザボエラの青い血が飛び散りその身が汚れているのも気が付いてもいないティファに、バーンは玉座より立ち上がり近づく。
「バーン様!!」
その行く手をミストがその身で阻もうとしたが、退くように命じられ道をあけざるおえなかった。
「ミストの懸念も分かるが、今のティファは抵抗しまい。」
先の戦い時には手を出した自分の小指に噛みついてきたが、果たして今は
ティファの目の前で片膝を付き視線を合わせる為にティファの小さな頤に指を添え上を向かせれば、うっとりとした色を乗せた瞳で自分をぼんやりと見始める。
やはりそうか・・・
抵抗は無いと確信したバーンは、服が濡れるのも関わらずティファを抱き上げ玉座に向かい、其のままティファを膝に乗せたまま腰を下ろす。
膝の上にいるティファは、甘える様にそのまま自分の胸に顔を擦りつける。まるで仔猫が親に甘えるような仕草に、バーンは自然と笑みが浮かぶ。
可愛い者でないか
「一体・・・・何故・・・」
常のティファを知るミストからすれば、目の前のティファの行動が信じられな面持ちであった。
謀略をした自分達を幾度も許さないと抵抗していたあのティファが、最大の敵に甘えている!!
其れが朦朧とした意識の中にて無意識でしている事であってもだ!
今宵ここまで
ピラァオブバーンの設定は独自のものです。