今までにない真剣な口調でダイ達に警告を発したキルは、再び空間を開ける。
もしかしたら聞けるのは-途中-ではあるかもしれない。
それでも彼等には宝石以上の価値がある筈だ。
先程と違い、握り拳一つ分の空間から幽やかな-音色-が流れ出た。その音に聞き覚えが物凄く有るダイ達は叫び出しそうになったのを、キルはじろりと見遣り黙らせる。もしも声を漏らせば・・・・ダイ達はすぐさま己の口を塞ぎ、耳と全身でその音を聞き取ろうとする。
その音色は徐々に大きくなり
おやすみね~ 夢を見ましょう またあ~う日まで~
矢張りティファさんの!!
「むぐ!!!」
「しぃ~。」
空間から零れ出た二胡の音色に体を震わせているチウに危うさを感じていたキルは、歌声が聞こえると同時に空間に手を伸ばし叫び出しそうになったチウの後ろに片膝を付いて抱きすくめ、右手でチウの口を塞いで耳元に静かにするようにそっと息を吹き込む。
もしもチウであっても声を上げれば空間を消すつもりだ。
チウはキルにこうも接近されても嫌悪を示さず、其れよりも夢中で歌を全身で聞こうと研ぎ澄ませている。歌だけではない!あの優しい気配も空間からは確かに伝わってくるのを全身で感じたい!!
風が遠く~梢揺らして おやす~みの歌を歌う
星は光~ 月は笑う まるで~見守る様に~
その歌声は甘く、何処までも自分達を包み込んでくれる優しい子守唄
おやす~みね 夢を見ましょう またあ~すの朝に~
またあ~う日まで~
勇者ダイ一行全員が知っている、今は無きダイとティファの母親の生まれし、アルキード国の伝統ある子守唄・・・
チウはいつしか自分の口を押さえているキルの腕にしがみ付いてボロボロと涙を流して聞き入った。
そうでもしなければ、自分の体はティファ恋しさに飛び出してしまいそうで、それをすれば!歌が聞けなくなってしまう!!
歌の終わりと同時に、空間は閉じられチウも解放された。
離されたチウはさまようように今まで空間の開いていた場所までフラフラとした足取りで近づき、何かを掴もうとするかのように両手を伸ばし、掴んだように手を握りしめながら崩れ落ちた。
「ティファさん!!ティファさん!!!!」
どうして僕達の側に居てくれないの!!なんで一人で危険な事を僕達に黙ってしたの!!!
「仲間を頼れって言ったのに!!ティファさんの嘘吐き!!!!」
其れは慟哭であった。嘆きであり、苛立ちであり、そして激しい慕情の叫びが、パプニカ王城の大広間に散らばる。
ティファの事を夢に見たのはダイとマァムだけではない。ティファに救われた者達、ティファを慕っている者達全員が見ていた。
無論チウも。
力が足りない時には力を貸すよ
其れが仲間なんだよ
強くて、それでも優しいティファを一途に慕うチウの叫ぶ姿に、ダイ達も堪え切れなくなり-子供達-は堰を切ったように泣き崩れる。
キルがまだいるのだからと我慢しようとしたダイはバランにしがみ付き、ポップはいつの間にかメルルの側に行き泣き崩れそうな恋人を支えるながら、薄っすらと涙をこぼしながらも気丈に喚かないように唇を強く噛みしめ堪える。
ヒュンケルもエイミを支え、泣いているマァムをラーハルトが胸に抱きしめ思う存分に泣かせている。
キルの見張りを、ハドラーとマトリフ、ロン・ベルク達大人が無言で引き受けるのを目線で確認をして。
ノヴァ等は、様々な感情が高まりすぎて逆に凍えるような瞳でキルを睨みつける。叶う事なれば、今すぐにでもキルを凍らせ粉々に砕いてしまいたい!!
一人の少女の短い歌は、勇者達の心の奥底まで響き渡り様々な感情を湧き起こさせる。
無事でいてくれた事に喜びが
声しか聴けない苛立ちを
其れでも生きていてくれたのだから助けられるのだと希望が
そして最後に、必ず助け出すだと闘志の炎が胸を焦がす
「キルバーン、貴様何故ティファの歌をこ奴らに聞かせた。」
ダイ達の気配が徐々に落ち着くのを見計らったハドラーが、キルに何故と問う。
悲しみから一転、ダイ達の気配は戦う者へと昇華している。
先程のティファの近況を知った時の比ではない、高い戦意を引き起こさせるのキルバーンであれば容易に想像できた事。
こいつはティファに関してのみ馬鹿になるが、普段は魔王軍の始末人・死神キルバーンの名に相応しいものだとハドラーは評価している。
それだけに、敵に対してここまでやってやる理由が分からない。お気に入りの者に絆され任務をふいにするような甘いものでは無い筈だ。
だからこそ尚更意図が読めずに何を考えているのか。
ハドラーの疑問に帰ってきた答えは、ある意味不意打ちの様な答えであった。
「君に対するお詫びだよ、ハドラー君。」
「・・・・なに?」
「死の大地の星空の下で決戦前に僕が言った事を覚えているかいハドラー君。」
先程空間を開ける前に、確かにこやつは俺を見ていた。仮面のせいで表情が窺い知れなかったが、瞳からは確かに悲しみと後悔の念が見て取れたが・・・・
「分からん、お前が俺に何を謝すというのだ。」
自分を殺し掛けようとしたのはミストバーンであり大本は大魔王バーンであり、キルバーンには殺されかけてもいないのだが。
「僕はね、お嬢ちゃんにも言ったんだよ。君とハドラー君の決闘の邪魔をする事はしないって。
・・・・・・あの子と君に二重で交わした約束を・・僕は破ってしまったんだ・・」
「お前・・・・」
その言葉はまさしくキルがこの世界に生じて初めての後悔の言葉であった。
ただ主に操られ使命を果たす為だけに生じた筈の、それが本物の命を吹き込まれたオートドール・キルの後悔に生じた心の痛みの声。
主と親友の為ならば、どんな事でも厭わずに手を染めて来た。
役に立たなくなった軍の者を手にかけ、敵対勢力となれば一族郎党を、其れこそ赤子であろうとも見逃さずに全てを闇に葬ってきた死神がの初めての後悔の念。
詫びを言うわけにはいかない。それを口にしてしまえば主と親友への裏切り行為に他ならない。
滅びゆく魔界を見捨てる事をせずに救おうとしている主を、其れを己の全てを賭けて支えている親友を裏切ることなぞ一欠けらも浮かばず、それでも交わした約束を-操られた-とは言え二人の決闘の横槍を見ているしか出来なかった事が苦しく・・・どうしても自分が許せなくて・・
なぜオートドールの自分がこんな思考をして、胸の痛みを抱えなければならないのかは分からない。それでも、何かの事で言葉に出さずともハドラーとティファに謝する方法は無いかとずっと考えていた。
其れが、ダイ達とハドラーに歌を聞かせる事。
ハドラーはきっと自分では気が付いていない。ティファを一人の-女-として愛してしまった事を。
それでも無自覚であっても、愛しい者の声を直接聞けることは望外の喜びになろうし、ティファに知られずとも、兄や仲間全員に歌を聞かせて上げることが出来たのは詫びになろう。
これは自分の自己満足の為に行為。
主と親友に知られれば、親友は敵を強化するとは何事と激怒しようが、懐深く度量の器は底知れぬ大きさを持つ主なれば自分の思いを汲んで分かってくれようと、主の恩情に甘えているのは百も承知で。
「今度こそ僕は帰るよ。おやすみね。」
キルも心の奥に仕舞っていた言葉と痛みを吐き尽くし、ハドラーからの返答を聞く気は最初からなく、言いたい事を言った後、再び自分が通る空間を開く。
これ以上、己の醜態を晒さない内に急いでその場を離れようとした自分の背後から声が響き渡った。
「ティファさん!!必ず!必ず皆で迎えに行きます!!!絶対に!何があっても行きます!!!」
「助けに行く!!絶対に!!!」
「おとなしく待ってろよティファ!!」
「ちゃんと食べて寝て待ってるのよ!!!」
「大人しく待っててくださいね!!!」
「ティファ!」
「ティファよ!!」
「ティファ様!待っていてください!!」
・・・・あの子から離れた場所に空間開けて正解だ。
去り行く自分を罵倒する事無くチウの言葉を皮切りに、慕いし少女に向けて喉も裂けよと声を張りあげる。
あの子は太陽・・・・・再び落日させなければならない勇者達の・・・・・
今宵ここまで