ティファを取り囲んだ金色の触手は荒々しい光の明滅をしながら、十重に二十重にティファを取り込む。
其れはヴァルガブルの怒りの深さを表すが如きであり、ティファがどう抵抗をしようとも全てを晒させる意思の表れの様でもあった。
もううんざりなのだ。-言葉-と中身が一致しない不心得者が、仲良くすると言いながらも裏では相手を滅ぼそうとしていた愚か者達が、泣いていると思えば相手を貶める言葉を言い募る者達のなんと多かったことか。
何時からだ?言葉とは嘘を吐くものだと知ったのは?
初めて命が知性を持ち、我等と同じ様に言葉を発した時は只々嬉しく思い、言葉を与え、それぞれの発声器官の違いにより、出ない発音の為に懸命にその者達にあった言語を共に考え笑っていたのは・・・・もういい、知性が付くという事は偽りを言う事も覚えるという事。
何時までも無垢なるものなどいはしないのだと学んだだけ良しとすべきか。
この者が如何に抵抗しようとも魂分解まですれば何者か、何をしに来たのか分かろうし、偽りを聞かずに済むのだから。
膨大なる時間が、生命の誕生を言祝ぎ見守る主神である事にすっかり嫌気をさしていた。
この星に生命が生まれ、やがて自分と同じく天族に育つ者と魔力を多く有した生き物達と、魔力量が極端に低いか全くない生き物達へと明確に別たれ出したのが昨日の様に思い出される。
そして、たったの数千年で失望させられた事も。
言葉を偽りの道具にされ始めた時の事を。
・・・・・全てが忘れられない・・・あの痛みを、後幾度味わえば・・今も味わうのかと思うだけでうんざりと・・・何だこれは?・・・・何だこれは!!なんだというのだこの子供は!!!
神であるが故に味わった十数万年の痛みにのたうっていたヴァルガブルは、痛みが吹き飛ばされる驚愕を味わい、神として世界に生じて初めての、本当に初めての動揺をきたした。
たった一人の少女の足跡によって。
ティファは、金色の触手に取り囲まれても一切の抵抗をせずただ囲まれるままに、ただ見られるままに、己の全てを最初からヴァルガブルに差し出してた。
顔を少し上向きにした程度で体の力を一切抜き、目を柔らかく閉ざし、己の身をヴァルガブルに委ねたのだ。
知ってほしい、分かってほしいから。ヴァルガブル神の言う通り、言葉は不要。
ティファという存在そのものが何を願い、その為に何をしてきたのか全てを知ってほしくて。
体を覆い尽くし、身にまつわりつき、体を探る触手に嫌悪すら感じず、ひたすらに祈る。例え力加減をされず、己の魂が直接的に傷つけられ無数の針に刺されたような痛みを感じようとも、身動き一つせずに。
自分の願いを知ってほしい
ただその願い故にこの場にいる事を
そしてヴァルガブルは知った。現在の神が四神から三神となりても天界・地上界・魔界を救いたいと願い、-ティファ-が生まれ、それからたった数年の後に、この世界を救う目標が大魔王討伐のみから世界全てを、本当の意味で救いたいと精霊王達までも巻き込んだ壮大なる目標へと変わった事を。
これがティファの口からの説明であればヴァルガブルは信じなかった。壮大な目標を掲げた嘘で、自分を感心させ天界を覆う自身の結界を解きに来た悪しき者として扱い、天罰たる雷でティファ打ち据え塩の柱にして終わっていた。自分の猜疑心でティファの言葉を端から信用せずに。
だがこれは違う、ティファは違う。この触手は、捕らえた者の記憶と精神の深淵迄も覗き込む。
そこから流れ込んできたのは温かく優しい、そして途轍もない願いであった。
三界に住まう生命を救いたいと。誰も傷つかず恨まずに救う方法がないかを考え苦悩する三神達が見えた。その願いを成就させんと直向きに前に進むティファは、其の度の途中で様々に遭い、泣いている時が幾多もあった。
救おうとしている者達は、知らず幼いティファを傷つけ心無い言葉を浴びせ差別し、時にはモンスター達を庇うティファを魔物と言い放ち迫害までしていた。
だが力あるティファは其れ等に一切抵抗するしなかった。ただ後ろに庇う者達が、モンスター達がいれば迫害がやむまでその小さな体で庇い、時には抱えて必死逃げ、力を相手に向ける事を遂にはしていなかった。
なぜ?力があるのに使わなかったティファの心情を探ろうと、ティファの成り立ちの底の底へと潜り、赤子に戻ってもまだ潜れることに訝しみながらも潜った先に見たものは・・・・嘆きと怒りと諦めの心であった
どうして・・・・私は死ぬの?
病気だからだ、治らない、治療する術がない、いつ死ぬか分からない、見舞いにすら来なくなって私の入院費だけ払っている両親、祖父母たち・・・・野垂れ死にするよりいいのだろう、治療は無くとも対処療法で延命出来て、薬の治験者にもうってつけだと医者も看護師も喜んでいるのだからいいだろう。生きているだけで役に立っているようで、嬉しい・・・・嬉しい筈だ・・・この者は知っているのか・・
命を無常なる運命(さだめ)とやらに奪われる事への、己ではどうしようもできない理不尽に対する怒りを、嘆きを、そして諦めを、そして・・・己の心の痛みを誤魔化す方法でさへ身に付けてしまった哀れな子。
世界中にそんな不幸なものがいると言ってしまえばそこまでだ。この子供はまだいい。飢えず・雨風に晒されず、最後には医者とは言え看取る者もあったのだから恵まれているというものとてもいよう。
そして、今は幸せなのだから前世の不幸がなんだというのだと言う者も。
しかし、ティファ自身がそれを悟っていた。自分は特別に不幸なのではないと。
そして、今この世界で優る肉体に生まれたのであれば、自分と同じく理不尽なる運命に泣いている人達を助けたいのだという願いの下に生きている事を。
ヴァルガブルは、何時しか泣いていた。非道なる仕打ちにあっても世界を呪わず、のみならず助けたいのだと何時でも微笑みを浮かべて祈る、この子供の心根がいじらしさに、猜疑心に満ちた己こそが薄汚い者になり下がったのだと知らしめられて。
シュルリと、触手の拘束力が弱まるのを感じたティファは、目を開いて辺りを見回す。
まだ囲まれており幾筋かの触手が体に張り付いているが、よく見れば触手の明滅はなくなっており、体に張り付いているのを更にじっと見てみれば、触手の先端が光を放っている。
其れは先程の背筋を寒からしめる光の明滅とは違い、心の底まで温まるような柔らかい光が、魂に付けられた傷をゆっくりとだが塞いでいる。
「・・・・ヴァルガブル様・・」
ティファは戸惑いの声で、ヴァルガブルに再び声を掛ける。自分の気持ちを、ひいては三神達と精霊王達の願いを本当の意味で知ってくれたのかと。
その戸惑いの声に、先程の狂気を孕んだヴァルガブルの声とは思えない程の、重みと温かみを感じる声が応えた。
「其方を信じよう異世界から来た子よ。」
「・・・・見たのですね・・・・私の-全て-を。」
「・・・其方は、今も昔も傷ついてばかりいる。其れでも懸命に前を向いて生きようとしている。だが、それに対してどちらの世界も其方に十分に報いていないように思えるが?」
見たことを、感じた事を全て正直に話すヴァルガブルの言葉に、ティファはくしょうする。
もう少し相手を思いやってオブラートに包めないものだろうか?これが現実にいる男性であれば、一生結婚できない頑固で不器用な男だろうと。
その思いも当然ヴァルガブルには伝わり、気配がむっとするのを感じてティファは我慢できずにコロコロと笑いながら、ヴァルガブルの問いに対して心に思い浮かべるのではなく言葉に出して答えた。
「世界に何かをして欲しんじゃない。私が、この世界に生きている人達が大好きなんです。」
「好き?・・・・・其れだけでここまでのことをしたというのかお前は?」
「?・・・そうですよ?」
「そうですよとは・・・・」
ただ本当に兄達が、家族が、幼馴染が、仲間が、味方が、周りにいる皆が大好きだから。
「三神様達も大好きです。大好きな三神様達の願いを一緒に叶えたいんです。」
手が届かない星に手を伸ばすのと同じくらい、壮大な願いを十万年もの間願い続けた三神達の願いを共に。
ヴァルガブルはその言葉に今度こそ悟った。最早自分が守らなくとも、三神達も天界も、地上界の者達も生きて行けるのだと。
魔界を沈めた時とは違い、彼等も力と知恵を付け、狡猾で醜い者も増えてしまいながらも、それでも心優しい者達もまた同じように大勢いるのだという事を。
あの時は本当に、瘴気を浄化できずに自分達に守られてばかりいた弱き、今は人間と地上界のモンスター達の存在をいらぬ者だと敵視し、滅ぼそうと画策した者達を地の底に封ずるしか手立てがなかった。
争えば、争ってしまえば、その時は自分の手で弱い命を守る為に強かった魔族と竜族たちを傷つけても止めなければならなかったから。
地の底に落として百年後に、頭が冷えた筈だと地の底の者達に呼び掛けた。
瘴気の大半を自分の中に、残りを天界の一角にて全力で浄化させる事に成功し、大地の瘴気が無くなれば、時が経てば彼等も冷静になり、また元の様に仲良く暮らせるだろうと心弾ませて。
だが返ってきた言葉にいたく傷ついた。
貴方と天界はお気に入りの弱い者達だけを可愛がっていればいい!我等を気紛れに巻き込むな、二度と神なぞ崇めるものか!!
其れは自分の恩恵を振りほどき、訣別する呪いの言葉
以降魔界に墜ちた者達と心繋ぐことが出来なくなった。
神とは、崇められて初めて相手に恩恵を与えることが出来、心を繋ぐことが出来るからだ。
愛していた、間違いなく自分はどちらも愛していた!力が弱い子供達だけではなく、強い子達にも我慢を強いてしまったがそれでも愛していたのだ!!
切々と語ろうとも魔族達はヴァルガブルの言葉を無視し、彼が与えた言葉で騙す事を、謀り事を、傷つける事を躊躇いも無くする者達になり、其れでも数千年間繋がりを戻そうと見ていたヴァルガブルの心を冷え込ませていった。
何故私の心を分かろうとしない?分かってくれない!何故祝福であるべき言葉を悪しき事に使う!!!
その苛立ちと悲しみはいつしか猜疑心へと傾き、五千年の後にヴァルガブルに決意をさせた。
何時か悪意に染まった魔界の者達が、清らかなる天界を滅ぼしに来る。
そうはさせじと、現神達を選出して引継ぎ、その日の内に自身を巨大なる結界へと変貌させ天界を覆い尽くし、魔界の者達が魔界より容易に出られない様にと魔界の周りに空間のひずみを作った。
魔界から滅多に魔族・強大な力を盛ったモンスター達が地上に来ないのはそのせいであった。
そうして地上も守ろうとして、悠久の時が流れた今、自分の役割はもはや意味はないのかと、ヴァルガブルはティファに問う。
最早私は不要なのであろうかと
今宵ここまで
本当の意味での全知全能神はいないのかもしれないというお話