-あの人-が・・・父さんが竜の騎士最強形態になった姿を見たのはったったの二度だけ。
一度目は俺の記憶を消して攫いに来た敵として俺達の前に立ちはだかった時。
あの時のーあの人ーの目は、何もかもを憎んでいた獣性に満ちた瞳で俺達を潰しにかかって来た。
二度目は俺達を守る為に、俺達と共にバーンに立ち向かってくれた時。
その時の-父さん-の瞳は、眠らせたティファを心配して憂いに満ちながらも、俺達を守ろうとしてくれた優しい光が瞳に浮かんでいた。
・・・・今の俺は、どんな姿で、どんな目で敵を見ているのだろうか?
佇むだけで、圧倒的有利な立場にある筈の長老達はダイの姿を見ているだけで、嗤っていた顔に怯えの色を浮かべ冷や汗を流す。
重いのだ、たったの十二の童子が放つ気配が、まるで古の・・・絶頂期のヴァルガブル神と相対しているかを錯覚させる気配に押し潰されそうで。
だが彼等は知らない。否、痴天使達等には知りようも無く、想像だにも出来ないであろうが、圧倒的な気配を出してい敵を威圧している積りがダイには無い事を。
ともすれば身の内から溢れそうになる獣性を、己をも飲み込もうとする殺戮衝動を必死に押し殺し耐えている事を。
これが竜魔人化・・・父さんが竜魔人になった二度目の時、戦っている父さんを冷静に見れた。
其れは獣が本能で戦う様な圧倒的な殺気を以て、確実に敵を殺す事のみの動きであった。
本来の-騎士-としての、守るべき者達のために戦う優しい父の面影までもが飲み込まれていたようで、あの時は頼もしく思った半面怖かった。父が、獣性に飲み込まれてしまうのではないかと、命を懸けた極限での戦いにおいて、別の事に気を取られるだなんて未熟だと己を叱責しながらも・・・・・俺は・・・・こいつ等を殺したいのだろうか?
ヴェルザーの言う通り、圧倒的な力を以てこいつ等を捻り潰す事が正しいのだろうか?
殺せば、それで全てが解決するのだろうか?
・・・・この殺戮衝動に身を任せ、あいつ等を殴り殺して終わればいいのだろうか?
其れが・・・・俺の思い描いた勇者として正しい姿なのだろうか?
衝動を抑えつつも、長老達を睨みで押さえつけているダイは在りし日を思い起こす。
勇者を志す-ダイ-にとっての正義とは何か、難しい事を聞いてきた妹と共に考え、懊悩の果てに生まれた俺の・・・・あぁそうだ、そうだった・・・
「き・・・貴様!!!このバケモノが!!!」
ダイの威圧と、それに付随する様に強いられる沈黙に耐え切れなくなった一人の長老がダイに向かって怒鳴り上げる。
その様は口調とは裏腹に、青褪め、全身を震わせ怖れ戦き、何が言いたいのかと視線を静かに向けただけで涙目になっているではないか。
他も同じ、自分達の優位な立場を忘れる程、自分の事が怖ろしいらしい。其れは自分の気配かはたまた自分では見られないので分からないが、父のあの姿よりも異形の物と成り果て悍ましい姿のかは分からないが・・・・少なくとも見える範囲では両手はいつもと同じで、見た目が劇的に変わった様子はないが其れは兎も角・・
怯えているあいつ等を殺して何に・・・
「にぃ・・・・」
一人の長老が怒鳴ったですぐに訪れた沈黙を、幽かな声がポツンと破る。
声は隣からし、横を向けば妹を抱き上げたバーンが来ていた。
どうやら、衝動を抑え込むのに自分は随分と手間取っていたらしいとダイは苦笑しながら、バーンの腕に抱かれている妹の頭を優しく撫でる。
ティファの顔が憂いに満ちている。きっと、怯えたあいつ等の姿を見て-いつもの様に-・・・・其れが困り事だと世界が言っても俺には関係ない。だって俺がなりたい勇者はもう決まっている。
「ダイよ、あ奴等を仕留めぬのか?」
「バーンはそうした方が嬉しい?」
「ぬ・・・・どうするというのだ?」
「大魔王?にぃ?」
何時まで経っても攻撃しないダイに、バーンは敵を、この状況をどうするつもりだと問うたが、反対に問われてしまい面食らう。
当初は怒りに任せて奴輩共をズタズタに引き裂き殺そうとしたのだが・・・
ダイと同じ思いに達したバーンの沈黙に、ティファはどうしたのかと二人に声を掛ける。
このまま動かなければ帰る事も出来ないのに何故動かないのか分からなくて。
髪が逆立ち、犬歯がほんの少し鋭くなった以外はさして変わらない兄を見つつ、ティファは自分を埋めたくなっている。、双竜紋を全開にする事で-ダイ-が竜魔人になれる事をすっかり忘れてましたいた間抜けな自分を。
ここ半月は-原作-とはまるで違う事が起きるこの世界を-物語-と思う事は遂になくなり、そしてこの世界に生きるすべての者達と同じく、我武者羅に前に進んで生きていく間にすっかりと忘れてしまっていたのは良い事なのか悪い事なのか分からないが、少なくとも自分もしっかりとこの世界に足をつけて生きていこうと足掻くようになったのはいい事だと思う事にして、それ故に思ってしまう。
-この世界-の為にも、あの駄天使達は残すべきではないのかと。
少なくとも兄とバーンはあいつ等を赦す事は金輪際ないだろうと。
其れでも思ってしまう・・・・もしも出来る事ならば・・・・
そんな妹の考えなど、-兄-が分からなくてどうするとばかりにダイは妹の頭を優しく数度叩く。
「ティファ、俺は勇者だ。竜の騎士・竜魔人である前に勇者なんだ。」
「う?うん・・・・」
「だから、俺は勇者としてこの戦いを終わらせる。」
「にぃ?」
兄が何を言いたいのか分からないなど、ティファにとっては初めてであり物凄い戸惑いを感じて困惑する。
今までは、自分の言動に兄が振り回されていたのに、立場が逆転してしまったようで。
「其方は、それで良いのか?」
どうやらバーンの方が、今の兄を分かっているようで最終確認をしている。一体、二人は敵達をどうするのか決めているのだろうか?
ハラハラとしながらも、何か仲間外れをされているようで釈然としないティファに苦笑しながら、ダイは剣を正眼に構え大上段に構える。
その姿に、自分達の殲滅を目論むかと長老達も構え、回復と補充を何時でも出来る様に術式を発動させる。
一人でも残れば、何度でも蘇れる。其れに絶望しながら、何度でも無駄な足掻きをすればいいと高を括って。
怯えながらもどこか慢心した表情、少し前の俺なら分からない人の繊細な機微を、俺の中のティファが教えてくれる。あれは何か悪あがきをしようとしている者だと。
ティファの見ている景色はこんな感じなのかと思うと、左手にあり、今は自分の紋章と融合したティファの紋章に愛おしみが増す。
どうすれば、ティファを自分一人で独占できるかを近頃ずっと考えていたが、ある意味で其れは達成されたと言えよう。
ティファの紋章は誰にも、其れこそ神すら触れられず、終生自分一人だけのものなのだから。
平和になって、レオナと結婚をして、そうして子供も生まれ家族に囲まれても、時折一人になってティファの紋章に触れ、ティファの思いを共有する事が出来たなら、きっと自分は完璧で幸せな人生を送れるのだと思うと優しい気持ちになる。
あいつ等を、殺そうと思わない程に
剣を大上段に構えたダイは、体内の竜闘気を練り上げ剣に伝わせる。
青白い竜闘気が剣に行きわたり、ダイ自身の気も練り上がったその時、ダイは剣を振り下ろした。
何の力も込めず自然に。其れはアバンが最初にダイに課した大地漸と同じで、余計な力を込めず、練り上げた闘気を信じて振り下ろして大岩を斬った時と同じ。
ダイが剣を振り下ろした瞬間、斬られたものが縦に亀裂が奔り、駄天使達から驚愕の声が響き渡った。
「馬鹿な!!この!!!我等が心血を注いだこの空間があんな小僧に!!!」
「このバケモノが!!!我等の思いを知らぬ愚か者!!!!」
「永劫に呪われるがいい!下郎が!!!」
崩壊する空間を、信じられない面持ちで見つめた数瞬後、痴天使達は口々にダイに向かって喚き散らすのを、愉快気な声がそれらを遮る。
「やってくれたな小僧、あいつ等を屠らず-引き摺り出す-方を選んだか。」
「ヴェルザー・・・・怒っているかい?バーンも?」
自分が選んだ結末に後悔はない。自分が目指した勇者とは、カッコよく敵を倒すものでは無く、周り、特にティファがずっと笑顔で笑えるように、悪いものを全部倒す事だから。この道であれば、ティファが後悔の涙を流す事は少なくともない筈だと信じて行ったのだから。
それでも、自分も地上も、瘴気の脅威を本当の意味でいまだに分かっていない中、彼等の怨敵をこんな形で終わらせようとする自分に怒っていないかと尋ねるダイに、魔界の二大巨頭の笑い声がする。
空間が崩壊しているこんな時にだ。
何故二人が笑うのだとダイが聞こうとしたその時、空間が亀裂に耐え切れずに割れだし、そしてガラスが砕けるような轟音と振動がダイ達をも襲い、バーンは咄嗟にダイもティファと同様に抱え込み、ティファもまたなけなしの力を振り絞って-全員-にジ=アザーズを施す。
此処まで来たのであればもう・・・・
結界が空間が崩壊して地上かその他のどこかに戻るまで保だろうかと危惧したその矢先、崩壊によって真っ暗になっていた空間が一斉に砕け散り、何かの光が差し込んだ。
其れは何かと、ダイとティファとバーンが見上げた時、僅かに夜の空に残る星達が三人の目に飛び込んできた。
下を見れば駄天使達も欠ける事無く全員いる。
そして周りから大歓声が起き、知っている者達が続々と自分達目掛けて来ようとする気配に三人は思わず顔を見合わせ笑みを浮かべる。
トベルーラで来ようとしているポップを筆頭にした仲間達の気配に、キルとミストの気配に、谷で待っていてくれた仲間達の気配に、自分達は無事に地上世界、それもロロイの谷に帰って来れたのだと
そしてそれは谷にいた者達全員と、神々と精霊達の水鏡で、地上のみならず、魔界、天界の、文字通りの世界中が知り、その瞬間世界中が喜びの大歓声が轟き響く。
魔界の神・大魔王バーンの腕に守られる様に抱かれている双子・竜の騎士にして勇者であるダイと、一行の料理人にして大魔王の魂を身に納めているティファの帰還を言祝いで、世界は喜びの一色に満たされる中、東の空が白み始め、太陽が昇らんとしている。
どうやら自分達が思っていたよりも長い時間、駄天使達と死闘を繰り広げていたのだとダイとティファは知った。
戦っていた自分達にはあっという間であったが、待つ者達にとっては長い、本当に誰にとっても長い夜がとうとう明けるのを、ダイとティファはバーンの腕の中でその光景を見つめる。バーンも、時間が経ったことに驚いているだろうかと二人が見上げれば、バーンの目に、うっすらと涙が見えたのを見て驚いた。
そしてバーン自身も、涙が出そうな事に戸惑っていた。
一大決戦を仕掛け、其れでもどちらも滅びなくてもよい道を指し示され、選んだ末に見る太陽の、何と美しい光景かと胸を打たれた。
幾度も見ていたはずの太陽が、今は初めて見た時のあの驚きと温かさに触れた喜びが思い出される。
ほどなくすれば、魔界全土にこの温かい光を満ち溢れさせる事が出来るのかと思うと胸が熱くなり、不覚にも涙が零れそうになる。絶望を退けんと世界に戦いを挑み、その果てにようやく絶望の暗闇を蹴散はしてくれるであろう事を、バーンは心の底からを実感し歓喜に身を震わせ、そして胸の中で幾度も噛みしめる。
絶望の夜が明けたのだと
今宵ここまで