この世界の正しき真理の言葉は重みが違い、さしもの冥竜王が閉口したのをマリシュ―スは気を良くする。
自分が言った事はすべて正しく、故に対価を払う者をどうしようとも自分の自由。
樹の根から腰を上げず、手に触れている幹を爪で傷つける。
樹が傷つけばティファの顔が、幹と同じ傷が出来青い血を薄っすらと滲ませた。
魂と同じ、樹が傷つけばティファ自身も同じ傷が出来る。
幹からも薄っすらと樹液が流れ出すのををマリシュ―スは人差し指で掬い取り、ぺろりと舌で舐め上げ口内で転がすように樹液の味を愉しむ。
思った通りに甘く香しい。
樹液はその者の心根を表す、ティファのように美しい夢を本気で見る者の樹液は甘いだけではなく、金木犀の様な香りを伴い、幾らでも貪れそうだ。
これは本当に良い者を拾ったとマリシュ―スはほくそ笑みながらさらに樹液を取ろうと幹に傷つけようとする手を、弾かれて止められた。
折角無礼を見逃そうと思った冥竜王の闘気が弾いたのを、マリシュ―スは目に殺意を浮かべて咎める。
「先程の言葉にお前も納得したはずだぞ。この者が・・・」
「対価を払うものだとお前は言ったな。」
「その通りだ。であるのならばお前はもうここから立ち去るべきだ。グズグズと居るのならば私の権限でお前を罰するぞ?」
殺意と共に、膨大な神気を迸らせ始めるマリシュ―スの言葉を、ヴェルザーはせせら笑い、そんなヴェルザーの態度にマリシュ―スは怪訝な顔をする。
先程まで自分の言葉に言い返せず悔しそうにしていた冥竜王の態度が一変した事に。
「・・・・何を企んでいる?」
「ふん、お前ほど悪辣な事を考えられる知恵は俺には到底ないぞ?」
「私はお前の顔に見飽きた。さっさと失せろ。」
「くっくっく、お前はそんなにちび助と早く二人きりになりたいのか?生憎と俺が失せる時はちび助も共に連れ行くぞ。」
「・・・・何だと?如何にお前でも世界の対価を払わない時の惨状は知っている筈だが?」
もしも対価の不履行が起これば、この世界はすぐには崩壊はせずとも気の循環システムが止まり、天も地も穢れた気で満ち溢れ瘴気の世界が出現する。
少し前のヴェルザーであったればそんな事お構いなしに自分に対しての嫌がらせとしてティファを強引に連れ去ろうとするのだろうが、今のこやつは・・・・
マリシュ―スの考えを見透かしたように、ヴェルザーは愉快気に話を続けた。
「貴様はこの世界が変わった対価を支払えと言った。死すべきものが死なず新たな者が生まれず、新たな世界の因果律を生み出す為に、大魔王の魂と命からなる膨大なエネルギーをちびすけから取り立てたと。」
「その通りだ、幼き愚か者の現世での生命は最早四散し、エネルギーはこの世界に組み込まれた。
後はこれの魂のみだが、肉体エネルギーだけで十分。残った魂は謂わば私の無聊を慰めて貰う為のおまけだが、冥竜王と呼ばれたお前にも魂なぞ使い道があるまい?」
「・・・・・ではもう対価は支払われたと?」
「・・くどいぞ、対価は支払われ、お前の言うちび助は死んだ・・・・なに?」
「ふん!その言葉冥竜王たる俺がしっかと聞いたぞ!!対価は全て支払われ終えたと!!
なれば-この後のティファ-の生命は最早誰にも奪う権利はないぞ、其れは輪廻神・マリシュ―ス!貴様とてもだ!!!」
「なっ?!これは!・・貴様!!!これを待っていたのか!!!!!!」
ティファの肢体が色づきそして止まっていた心臓が脈打ち出す。
落ちてきた後は冷たくなり心臓が確かに止まっていたのが・・・・
「お前はちび助を過小評価しすぎだ。こいつの為ならば命なぞいらぬという者が山程いすぎるのだ。」
「だがしかし!!尽きたる命を蘇らせる蘇生最上級の呪文、ザオリクとて生命エネルギーの枯渇したこ奴を生き返らせる事は不可能ぞ!!」
仮にティファにわずかに生命エネルギーが残っていたとしても、蘇生呪文を司るのは輪廻神の自分であり、自分が手元に置く為に殺したティファに呪文が・・・まさか!!!!
「おのれ!!!大魔王風情が!!!!!!」
-あの方法-なればと思い至ったマリシュ―スが罵り声を上げるのをヴェルザーは益々愉快気に嗤表情を歪ませる。
「先ほども言った通り、お前はちび助を慕う者達を見誤ったのだ。」
自信ありげに言い切るヴェルザーを、マリシュ―スは憎々し気にねめつけ、そして-ティファの遺体-がある筈のロロイの谷を急ぎ水鏡にて映し出す。
自分の考えが正しければ恐らくは・・・・・
「・・・・・・なんだあれは!!!!!!!⁉」
果たして・・・・この結末を予想していなかった自分よりも、結末を用意したはずのヴェルザーの方が、水鏡に映っていた光景をより驚いているのは何故だと、ヴェルザーの声に驚き一瞬ヴェルザー-達-に湧いた殺意が明後日の方に出かけたマリシュ―スは小首をかしげる。
そんな事には気が付いていないヴェルザーは水鏡に映っている出来事に怒りを燃やし、わなわなと震え出す。
「バーンの若造どう言う積りだ!!何故ちび助に深い口付けをしているのだ!!!!」
そこに映っていたのは、ティファの身に起こった出来事を、嘆き悲しみながらも見守るダイ達と、そしてティファを腕に抱きしめ、意識の無いティファに深い口付けをしているバーンの姿が映っていた。
ティファがひび割れると同時に空から六大精霊王達が降り立ち、バランの腕の中に居るティファ目掛けて一目散に飛来し、意識が落ち、呼吸も心臓も少しずつに止まってしまったティファの手を、水の精霊王がとって大泣きをし、他の精霊王も泣き崩れながらダイ達に詫びた。
マリシュ―スがティファとヴェルザーに教えたのと同じ事をダイ達に伝えながら。
対価を払うのは、本来は自分達であった事も包み隠さずに。
その話を聞いた、ノヴァとキルが同時に切れた。
「ふざけるな!!そんな話をティファが知って止めないはずが無いだろう!!!」
「あの子の事を如何に道具扱いしていたかがよく分かるよ!!!・・お嬢ちゃんが!そんな計画を素通りさせるものか!!!!」
二人はティファを心から愛するのと同時に、ティファの優しさから生じる身勝手さにうんざりとするほど振り回されていただけによく知っている。
ティファはこの世の誰よりも身勝手なのだ。
他者が、誰かの為に命を懸けて動く事を厭うくせに、自分は散々己の命を懸けて事をなすのを平然としてのける。
自分が命を懸ける分にはよく、他者がそれをするのを赦さないという傲慢で・・そしてどこまでも優しすぎる身勝手なティファが、三神と精霊王達が消滅するのを指を咥えて黙って見ているはずが無いのだと・・・
本当に、ザオリクでもどうにもならないと知ったダイ達は膝から崩れ落ち、地を叩き呻く様に咽び泣く。
どうして・・・・-みんなの幸せ-にティファが入らないのだと・・・・
バランは腕の中で冷たくなっていくティファを抱きしめ泣き崩れながらも叫び上げた。
「輪廻転生の神よ!!私の魂と命では足りないか⁉持っていくのであれば私を!!どうか未来あるこの子を返してくれ!!!!この子の代わりに私の何もかもを持っていってくれ!!」
己の魂を差し出すと天に向かって吠え上げるバランの声は、虚しく谷の中を木霊するだけで、応と返される事は遂になく・・・・そんな中、キルだけが必死に思考を張り巡らせてた。
考えろ・・・・僕は死神だ・・・死を司る神だ!あの子の魂をこの世界にとどめる?・・・そんな事をしても今の僕は嬉しくも無い!!元気なあの子の笑顔を見たいんだ・・・・ザオリクも無理ならアイテムは?・・・世界樹の葉は、アルキード国消滅と共に世界樹自体が無くなり、ふっかつのつえは杖自体が行方が分からず千年近く経っている・・・・どうすればいい・・・他に生き返る・・・・あ・・・・
「バーン様!!!!!」
キルはある秘術にも近い生命を操る呪法をつい最近知らされたばかりなのを思い出し、ダイ達と共に涙を流し、悲しみに沈みかける主の名を力強く叫んだ。
あの方法ならばきっと!!
そしてその方法が見つかる少し前に、ヴェルザーは封印の為に肉体が動けずとも、魂だけを飛ばしてティファの魂を冥府の底、マリシュ―スの住処迄単身追いかけた。
あの人形ならば、バーンより命を宿されたかつて人形であったキルなれば、唯一ティファの命を、対価を支払った状態で現世に繋ぎ止める方法を思い出す筈だと。
それが・・・・
「マスター=エンゲージにするにしても!!口付ける必要が何処にあるというのだバーンの若造めが!!!!」
キルとマリシュ―スが思い至ったのはバーンのハイ=エント・マスター=エンゲージ。
使い方には二種類ある。
一つはキルの様に、無生物を命あるものに変える。
これは周囲の自然エネルギーを組み込み、徐々に生命体へと変質させるの効力を持つ。
もう一つは己の魂と寿命を半分分け合う事で、生命エネルギーが枯渇した使者をも現世に繋ぎとめられる秘術であり、魔界の神に相応しい能力と言えよう。
ティファに起こった事で悲しみの衝撃を受け過ぎたバーン自身が思い浮かばなかった事を、キルが思い出し進言したまでは良かっただろうが!!!
谷にいる精霊王達までもが見守る中、バーンはバランよりティファを受け取る。
まるで世界で一番の宝物を受け取るが如く慎重に、そうでなければひび割れた体のティファが砕け散るのを怖れて。
自分達の先祖と神達が起こしてしまった事を、後の世の幼な子が何故死なねばならないのか・・・・どうしてもというのであれば!同じ大魔王の魂を持つ自分が・・
その決意を示す様に、バーンは少し開かれているティファの口に、己の口を合わせる。
少し開いた口を舌で押し開き、さらに深く口付け己の魂と寿命をティファに注ぎこむ。
このまま、ティファの代わりに冥府に落とされても構わないとばかりに・・・・
その光景を、谷居る誰もが祈りながら見守る。
ティファの目が開かれる事を願って。
・・・・魂と寿命はマスター=エンゲージの詠唱と共に!!繋ぎ合った手からでも流し込めるのをあの若造が!!!!
ハイ=エントの全能力も知っているヴェルザーは、バーンがティファに口付けをする必要が無い事を知っているので怒り心頭に発している。
後でバラン達にも事情を伝え!ティファに口付けた事をバーンに後悔させてやると息巻いて、隣で目論んだ事がご破算になりむっつりとしているマリシュ―スをうっちゃっているのが、マリシュ―スからすればそれもまた腹ただしい。
「・・・・・私の機嫌を損ねて、大魔王の魂を返せと?」
「喧しいわ!!腹ただしいが!!!バーンの若造の口付けのおかげでそのちび助には精霊王達からの他にも、大勢の祈る者達の生命エネルギーが流れ込んでいるのは貴様も分かっているだろう!
ちび助にそのエネルギーは不要だ!お前の機嫌損ねのご機嫌取りなぞ、そのエネルギーだけで事足りるだろうが!!」
「む・・・・確かに・・・」
手と手を繋がりあっただけではバーンの物だけ受け取る事で終わり、もしかしたらマリシュ―スの言った通りになっていたかもしれないが、口付けとは相手を尊重し合い深く愛する者同士がする事で-神聖な行い-の一つと定義され、神聖な行いには神聖な思いも干渉しやすく、もし万が一バーンだけではエネルギーが足りず、ティファを助けんと大魔王バーンと光の精霊王を筆頭に、六大精霊王達がバーンを通してティファに生命エネルギーを流し込んでいる他に、ティファを大切に想う父や兄達の、ロロイの谷にいる全ての者達の祈りが、彼等の生命エネルギーを少しずつティファに流れていくという奇跡が、期せずして起きた。
対価は少なすぎても多すぎてもいけない
それは輪廻転生の神・マリシュ―スにも課せられるこの世界の厳格なルール。これでは対価の超過払いが起きてしまう。
誰よりもルールに厳格であらねばならないマリシュ―スは、渋い顔をする。
まだ-輪廻転生の神としての自分への対価-を納得していないという事も出来なくはないが・・・駄々をこねている様で無様な自分を嘲笑うヴェルザーが想像できてやりたくはない。
ならば
「ヴェルザー答えよ。」
「・・・・なんだ?この期に及んで・・・」
「お前は分かっている筈だ、これを対価にすると決めるのは-私の気が済んだ-と納得するかどうかを。」
「ふん・・・・無駄な事を・・・・六大精霊王達以外の者達迄もが注ぐエネルギーを対価として足らぬと拒めば、お前とて・・」
「そう、私だとて無事では済むまい。だが、対価に大魔王や六大精霊王達以外のエネルギー要らない。
貰ったとて-面白味-も何もない。」
「・・・・・貴様らしい歪んだ考えだ・・・」
絶対神はおらずとも、原初の神の思考は、世界のルールとても忖度させる事は儘あるのを知っているヴェルザーはうんざりとしながら聞いてやることにした。
「何を知りたいマリシュ―ス?」
「そうこなくてはな。」
ヴェルザーは自分に楯突く愚か者であるが、其れは気概があり愚鈍ではないからなのをマリシュ―スは気に入っている。
これは本気で答えれば或いは幼き愚か者を返したやらんでもない
「質問に応えろヴェルザー。お前は何故-ティファ-を此処までして守ろうとしている。」
冥竜王と呼ばれていても、封印された身で常世の国たる冥府に降りてくれば、魂が冥府に住み着く餓鬼・魑魅魍魎・鬼にくわれる可能性とてあるのにだ。
その質問に、ヴェルザーは逡巡の果てに口を開いた
「俺は・・・・・・・・・・・・」
その答えにマリシュ―スはにんまりと嗤った
-ミャァ~ミャァ~-
海鳥が鳴く声を聞きながら、ダイはデルムリン島の海岸を一人で歩いている。
寄せては返す波が、布靴を濡らすのを心地よさげにしながら、-西の果ての海-にポツリと見える大陸の端を見ながら。
大戦から一年近くが経ち、夏が来ようとして日差しを増す太陽の光を眩し気にして。
森の方から親友・ゴールデンメタルスライムのゴメちゃんがすっ飛んでくる。
どうやら朝食の支度が整ったようで、早く食べに行こうと自分の癖っ毛の髪を引っ張りながら急かしている。
「分かってるよゴメちゃん。そんなに慌てなくっても、朝ご飯は逃げないよ。」
ダイは食いしん坊の親友を肩にとまらせ、柔らかく撫でながら落ち着かせる。
ダイの手が気持ちいとゴメちゃんは擦り寄り、きゃいきゃいしながら歩いていけばすぐに自分達の家が見える。
二階建てのロモス風のバンガロー造りに、隣には離れが出来ている。
今デルムリン島には
「おはようございますディーノ様。」
「朝ごはんが出来たとブラス様が探していますぜ。」
「バラン様もお待ちですぞ。」
「おはようラーハルト、ガルダンディー、ボラホーン。皆も朝ごはん一緒だよね。」
「「「勿論です。」」」
ブラスと父と竜騎衆三人が暮らしている。
大戦が終わった事でロモス王国からの派遣されていた人達は帰国し、代わりに父と竜騎衆が新たにこの島の住民となった。
島の友達ともすぐに仲良くなった父達は、穏やかに暮らしながら-自分達-を守ってくれている。
「遅かったのダイや。呼びに行ったゴメがどこかで道草したのか?」
「ピィ~!」
「はは、違うよ爺ちゃん。俺がゴメちゃんの声に気が付くのが遅かったんだよ。
直ぐに行くって父さんにも伝えておいて。」
手洗い場であったブラスに、父への伝言とゴメちゃんを託したダイは、裏口から家に入り自分達の寝室へと向かう。
扉を開ければ柔らかい風に白いカーテンが揺れ、眠っている者の上に影を作る。
ダイは眠っている者に、起きた時と同じく、額に口付け挨拶をする。
「おはようティファ、朝だよ。今日はティファの好きなトマトスープがあるんだよ。」
ダイに挨拶をされても、ティファは身じろぎもしないのをダイは気にした様子も無く、優しく話し掛け続ける。
ティファの生命が繋ぎ止める事が出来、一年が経とうとしても目を覚まさない妹の髪を優しく梳きながら
今宵ここまで・・・・
ヴェルザーが何と答えたのかは後日談辺りで書こうかと思います。
それまではヴェルザーが何と答え、輪廻転生の神が何を思って主人公を返したか読者の皆様のご想像にお任せしたいと思います。
主人公の命は繋ぎ止めることが出来、この話の本編も後わずかとなりました。
三界の行く末も後味の良い結末を迎えられればと思います。